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218話、碌でもない王の居る場所

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「グッ!?」
「いだっ!?」

 シャドウの指示に従ってから、数秒後。襲ってきたのは、体を不規則に襲う固い衝撃の連続。余とフローガンズの声が聞こえ、衝撃を受けた箇所から微かな痛みを感じる。
 どうやら、強制転移とやらはちゃんとしてくれたらしい。奪われた感覚が戻ってきたのが、その証だ。強制転移の場所は、おそらく……。

 予想を立てつつ、恐る恐る瞼を開く。初めに見えたのは、鈍い赤紫色をした地面に突っ伏している、余の両腕。手にはめている手袋は、ちゃんと白く見えるな。
 この、不気味な色をした地面よ。岩石の様に固い何かを覆っている粒子状の物は、砂か? いや、そんな事はどうでもいい。辺りの様子をうかがってみねば。

 上体を起こし、服に付着した粒子物を払いながら、左右を見渡してみた。左右共、一段が長く階段状になった渓谷。
 所々に穴が空いているが、そこから変に怯えた視線を感じる。襲って来る様子がないので、一旦無視してしまおう。
 どこを見渡せど、無数のマナの飛光体が視界に入り込むな。周りはなまり色で、中は漆黒色をした飛光体。属性は闇。マナの飛光体が発生しているのであれば、やはりここは───。

「『闇ぶ谷』で間違いないな」

「ここが、ねえ。まとわりついてくる空気が不快だし、何もかもが辛気臭っ」

 余の横に付いたフローガンズが、両手を垂らしながら文句も垂れた。表情も、まるでやる気が見受けられない。帰れと言ったら、すぐにでも帰ってくれそうだ。

「ねえ、アルビス師匠。飛んでる最中に、何回か方向転換したり止まったりしてたでしょ? それにさ、急に『闇産ぶ谷』まで来ちゃったけど、何があったの?」

「なんだ、貴様は何も知らないのか?」

「こちとら、縦横無尽に地上を凍らせてただけだよ? 何も知るわけないじゃん」

 口を尖らせ、細めた同心円眼で睨みつけてきたフローガンズが、体全体をグイッと伸ばす。どうやらフローガンズには、シャドウの『伝心でんしん』が入っていなかったようだ。
 なら余らが、闇の精霊に体を乗っ取られたブラックドラゴンに、“暴食王”を放たれて死に掛けていた事や。シャドウのお陰で、九死に一生を得た事も知らないだろう。

「色々あったが、説明は後だ。早くアカシック・ファーストレディの元に行くぞ」

「あっ、そうだった! でもさ、どこに居るんだろうね? ここ、かなり広そうだよ?」

「そうだな……。とりあえず奥へ進もう」

『アルビスお兄ちゃん、無事に辿り着けたんだね!』

 闇雲に歩き出した矢先。見計らっていたかの様に、プネラの弾けた声が頭の中から響いてきた。声色からして、本当に嬉しそうにしている。

『ああ、シャドウ様のお陰で助かったよ。それで、道はこっちで合ってるのか?』

『うん! そのまま奥に進んで行ったら、アルビスお兄ちゃんの姿を借りてるお父さんが居るよ! で、お父さんが守ってる洞穴の中に、私とアカシックお姉ちゃんが居るからね!』

『おお、そうか。ありがとう』

 ならば、余の姿を借りたシャドウを目指して歩けばいいか。なんでも闇の精霊は、他種族の姿を借りなければ、言葉を話せないらしい。
 よかった、アカシック・ファーストレディの姿を借りていなくて。実に甚だしい事実だが、あいつは余らの命の恩人。少なくとも、それなりの誠意を見せなければならない。
 ここに居る間は、下僕も同然。あいつに対する負の感情は、全て殺しておかねば。余計な一言も、そう。上辺で肯定し、無関心で同調する。

『君の服装、動き辛くて仕方がないねぇ。片眼鏡も邪魔だったから、粉々に砕かせてもらったよ。何を好きで、こんな物を身に付けているんだい? 理解に苦しむよ』

 ……早速、余の私物に手を付けたようだが。その報告、大精霊としての威厳を損なうだけだぞ? 傍から見れば、ただ構って欲しい子供が起こした、愚策のようなものだ。

『数十年前、執事をやっていた時期がありまして。その片眼鏡は、箔が付くからと、我があるじから頂いた贈り物でございます』

 この片眼鏡は、余が執事を始めた頃。ベルラザから初めて貰った、形見であり大切な贈り物だ。
 しかし、あいつが壊した片眼鏡は、所詮紛い物に過ぎん。いくら破壊しようとも、余には関係無い。

『ああ、そんな大切な物だったとは露知らず。君の姿を借りて、いの一番に踏み潰してしまったよ。砕けた破片の後始末、よろしく頼むよ?』

『仰せの通りに』

 正式な許可は貰った。その片眼鏡の破片とやらは、貴様の体の一部なのだろう? 余のブレスで、跡形も無く蒸発させてやる。

「だんだん闇の魔力が濃くなってきたけど、道はこっちで合ってるのかな?」

 代わり映えしない景色に飽きてきたのか。余の少し先を行き、後頭部に手を回していたフローガンズが言う。

「アカシック・ファーストレディは、シャドウ様の近くに居るはずだから、合ってるはずだ」

「あ、そうなんだ。何やってんのかサッパリだけど、治療ってのがちゃんと終わってるといいねー」

「そうだな」

 シャドウと中身の無い会話をしているよりも、フローガンズと話す方がよっぽど有意義だ。何も考えず、頭を空っぽにして話していられる。

「それにしてもさ。ここに居る闇の精霊、まったく襲って来ないね。なんか妙に怯えてるみたいだし、つまんなーい」

「貴様の凄みに恐れを成してるんじゃないか?」

「ああ~、なるほどっ? あたし、あいつらとは違って上位精霊だもんね。何もしてなくても、凄みが勝手に出っちゃってるか~。なら仕方ないなぁ」

 どうやら、機嫌がすこぶる良くなったらしく。フローガンズの足取りは軽快なものへ変わり、両手を大振りさせながら更に前へ進み出した。
 ヴェルインに引けを取らないお調子者だが、今は居てくれるだけで場が和む。一人でここまで来ていたら、今頃どうなっていた事やら。
 言う事は、しっかり聞いてくれるし。この様子なら、アカシック・ファーストレディと鉢合わせても、問題は無いだろうか? 案外、上手くやっていけそうな気がする。

「あっ! ねえ、アルビス師匠。奥の方に、色がくすんだアルビス師匠が居るよ」

「む」

 歩みを止めたフローガンズが、こちらへ振り返り。とある方向へ指を差したので、視線を指し示された方へ滑らせていく。
 渓谷の終わりが近い、視線の先。右側にある洞穴の手前で、腕を組んで立っている黒い余が居た。あれがシャドウか。確かに、報告通りに片眼鏡をしていない。
 それに、シャドウが立っている周り一面が、やたらと湿っていそうな濃い色をしている。何か変な物を撒いていなければいいが。

「あれは、余の姿を借りてるシャドウ様だ」

「んげっ……! あ、あれが、そうなの? やっべぇ、指差しちゃった……。けど、なんで知ってんの?」

「まあ、色々あってな。頼むから、粗相をおかさないでくれよ?」

「当たり前じゃん! あたし達にとって、王みたいな存在なんだからね。……ああ、頼むから、今の見てないで下さい~……。師匠に怒られたくないよぉ~……」

 余が忠告をする前に、粗相をおかしたフローガンズが、泣きながら両手を擦り出した。あいつが王、ねえ。民が可哀想で仕方がない。
 ここに居る闇の精霊が怯えているのも、きっとあいつが原因だろう。今だけは、同情しておいてやる。さて、サニーを待たせてしまっている事だし、長居は無用。
 早くアカシック・ファーストレディと合流して、とっとと帰ってしまおう。
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