ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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217話、追い詰められた先で

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『あっ! アルビスお兄ちゃん、魔法壁を張って!』

『新手か!?』

 プネラの荒ぐ指示を頼りに、唱えているのか分からない呪文を唱える。
 すると数秒後、召喚された魔法壁に何かが当たったようで。幾重にも連なった黒線が、右側から左側へ流れていった。

『プネラ、敵はどこに居る?』

『ごめん! 今の攻撃は、相当遠い場所から飛んで来た闇魔法だから、特定が出来な……、まずい! アルビスお兄ちゃん、今すぐそこから離脱して! 地上から、闇の精霊が大勢迫って来てる!』

『なに!?』

『きっと、フローガンズお姉ちゃんの攻撃が止まっちゃったせいだよ! 急いで、早く!』

 焦りを極めたプネラの命令に、体を感覚的に半回転させ、急発進を開始。その地上に視線を持っていけども、既にフローガンズの氷魔法が届いたのか。
 気持ち透明に見えなくもない薄黒い膜の下で、三角形状やギザギザの形を成した、薄く発光している物を身に付けた漆黒の怒涛が、所狭しと蠢いている。
 あれらが全て、闇の精霊だというのか? なんて数だ。発光している部分を大雑把に数えてみても、数千は下らないぞ。

『アルビスお兄ちゃん! 掻い潜ってきた闇の精霊が、背後から追っかけて来てるよ!』

『余とそいつら、飛ぶ速度はどちらが速い!?』

『えっと……、アルビスお兄ちゃん!』

『そうか、なら無視だ! このまま強引に突き進む!』

 遠方からの攻撃にも対処出来るよう、魔法壁を五重に展開。やられっぱなしは何かと癪だが、ここは逃げに徹した方が断然いい。
 不特定多数で、体を乗っ取る闇の精霊群。プネラも特定が出来ない遠方から放たれた、正確無比な攻撃。それらを全て、プネラの言葉頼りに捌くのは、到底不可能。
 悠長に相手をしていたら、知らぬ間に包囲され、体を奪われるのがオチだ。余の目的は、あくまでアカシック・ファーストレディを迎えに行く事。
 こんな場所で彷徨い続ける生涯を、送る為ではない。……なんだか、懐かしさを覚える構図だな。体の部位目当てで、長年に渡り襲われ続けていたが。今度は、本体諸共ときたか。

『気を付けて! 中位以上の闇魔法も飛んできてるよ!』

『中位魔法なら、魔法壁だけで難なく防げる。上位以上の魔法及び、召喚魔法が飛んできたら教えてくれ』

『分かった。……あっ』

『む?』

 ばつが悪そうなプネラの声に、視界の闇が若干狭まった。ほんの僅かだが、気まずさも含まれていた様な気がする。

『どうした?』

『……これ、アルビスお兄ちゃんに言っちゃっても、いいのかな?』

『何をそんなに躊躇ってるんだ? 包み隠さず言ってくれ』

『う~ん……。分かったけど、後悔しないでね?』

 後悔? 縁も所縁ゆかりもない、初めて訪れたこの場所で、余が後悔する事だと? プネラは、一体何を見たというんだ?

『とりあえず、話してみてくれ』

『う、うん……。えと、闇の精霊に体を乗っ取られた大きなブラックドラゴンが、物陰に潜んでて、アルビスお兄ちゃん達を狙ってるの』

『よ、余の同族……、だと?』

 余以外の、ブラックドラゴン。一応、絶滅したと認定されているが……。まさか生き残りの同族が、この地に迷い込んでいたとは。
 しかし、そんな事はどうでもいい。催促して損をしたまである。余は過去、逃走生活の中で、同族に何度も裏切られてきた。なので、同族は全員敵だと見做している。
 たとえ目の前に現れて、涙目で助けを求められても、決して手を差し伸べやしない。その場で楽にしてやるか、無視して立ち去るだろう。それ程までに、憎き相手なのだ。だが───。

『……それは、非常に由々しき事態だな』

 その相手は、大国を容易に沈める事が可能なブラックドラゴン。逃げる事しか出来ない現状、いくらなんでも分が悪過ぎる。

『由々しき事態?』

『そうだ。別に、相手が同族なのはどうでもいい。闇の精霊に体を乗っ取られていても、余には関係無い。問題なのは、そいつが何も出来ない余らを狙ってるという事だ』

『……もしかして、相当強いの?』

『相当なんてもんじゃない。下手すれば、余やアカシック・ファーストレディより強いかもしれん』

 プネラが存在を確認出来たというのであれば、近くに潜んでいるはず。そんな距離でブレスを放たれたら、とてもじゃないが、軟弱な魔法壁だけでは防ぎ切れない。
 おまけに、今はフローガンズが腹に張り付いている。万が一、第一波を耐えられたとしても、魔法壁を貫通してきた熱により、こいつが溶けてしまう。

『それは、すごくまずい……。あ、ああっ! アルビスお兄ちゃん、急いで近くの物陰に隠れてぇっ!!』

『ど、どうした!?』

『ブラックドラゴンが、闇属性最上位召喚魔法の一つ、“暴食王”を召喚しようとしてるの!!』

『なんだと!?』

 “暴食王”だと!? アカシック・ファーストレディの最強魔法である、『終焉』を食らい尽くした召喚魔法じゃないか!
 その召喚魔法から逃れる方法は、詠唱が終わる前にブラックドラゴンを黙らせるか、視界から外れるかの二択しかないぞ!

『プネラ! ブラックドラゴンは、どこに居る!?』

『右方向を二km先へ行った所に居るけど、もう何をやっても間に合わないよ!! アルビスお兄ちゃんは開けた場所に居るし、どうしよ、どうしよっ!?』

『クッソ……! 流石に遠いな』

 予想していたよりも、遥か遠い場所に居るじゃないか。地上は、氷の下で蠢く闇の精霊群。四方一帯に、山らしき影は無し。
 つまり“暴食王”から逃れるには、闇の精霊がひしめく地上へ突っ込む他ない。……一か八かに賭けて、ブレスを撒き散らしながら行ってみるか?

『おいおい。死ぬんだったら、せめてアカシック君の前で死んでおくれよ。そうすれば、クフフフフ……』

『だ、誰だ!?』

『お父さん!!』

 余の『伝心でんしん』に重なる、希望を見たかの様なプネラの弾けた『伝心』。たった今、頭に響いてきた虫唾が走る声の主が、プネラの父?
 すなわち、闇を司る大精霊『シャドウ』様になってしまうが。死ぬんだったら、アカシック・ファーストレディの前で死ねだと?
 どうやら『シャドウ』様は、余を犠牲にして、アカシック・ファーストレディに掛かった呪いの解呪を試みたいらしい。この御方、ノームとは違う危険な香りがするぞ。

『お父さん、アルビスお兄ちゃん達を助けてあげて!』

『ああ、もちろんさ。そこで死なれたら、僕も困ってしまうからね。さあ、アルビス君。時間が無い。強制転移を始めるから、今すぐその場に滞空して、目を瞑ってくれたまえ』

『きょ、強制転移、ですか?』

『おや? 強制転移について興味があるのかな? よろしい。“暴食王”は発動してしまったけど、知りたいのであれば仕方ない。原理を一から細々と説明してあげよう』

『なっ……!?』

 こいつ、わざと揚げ足と取って楽しんでいるな!? ……流石は、闇の根源と言った所か。他人をおちょくるのに長けている。

『すみません。聞きたいのは山々なのですが、余らの置かれている立場を理解致しました。指示に従いましたので、強制転移をお願い致します』

『クフフフフ。初めから素直に従っていれば、僕に対して憤りを覚えなかったのにねえ。原因を作ったのは、君自身だという事を忘れないように』

『はい、存じております。軽率な発言、誠に申し訳ございませんでした』

『お父さん、早くして! アルビスお兄ちゃん達が“暴食王”に引き込まれちゃってるよ!』

 ああ、『常闇地帯』はろくでもない場所だとは思っていたが。こいつの影響を受けているのであれば、それも納得出来てしまう。
 頼むぞ? シャドウ。アカシック・ファーストレディには、何もしてくれるなよ? 貴様は、腐っても大精霊だ。余に、憎悪の牙を剥かせないでくれ。
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