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215話、考え方が固い黒龍

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「アルビス様、見えてきました。あそこが『常闇地帯』です」

「あれが……。まるで闇の壁だな」

 アイスドラゴンに道案内をされ、高高度から雪山地帯を進んでいき、ほぼ半日が過ぎただろうか。白銀の世界には、あまりにも不自然な闇深い壁らしき物が見えてきた。
 その闇壁へ近づくに連れ、気温は徐々に上がっていき。約五百mまで迫れば、積もっていた雪の姿は消え去り。約三百m手前まで来ると、辺りは一面岩肌が剥き出しの荒野と化した。

「アルビス様。一旦、ここで止まって下さい」

「む、何故だ?」

「もう少し先に行くと、常闇地帯の影響を受け始めてしまうんです。魔物の攻撃も始まるので、落ち着ける場所に居た方が良いかと思いまして」

『アイスドラゴンさんが言ってる事は、ちょっと大袈裟かな。影響を受けるのは、常闇地帯に入ってからだよ』

 余らを想って滞空したアイスドラゴンへ、プネラの『伝心でんしん』が補足を挟む。つい三時間ほど前か。
 アカシック・ファーストレディの治療について、進捗具合を報告しに来てくれたので、そのまま余との『伝心』を継続してもらっている。
 しかし、やはり禁足地と謳われている事もあり。常闇地帯に対するアイスドラゴンの警戒心は、かなり強く出ているな。

「分かった、従おう」

「ありがとうございます。……して、何度も言ってますが、本当に行かれるのですか? 下手すれば、命を落としかねませんよ?」

「余の体は、そこまで柔くない。無傷で突破してみせるさ」

「はぁ……、かっけぇ」

 格好つけて言ってみたが、道案内はプネラにしてもらう。どうやら、視覚以外の感覚を奪われようとも、『伝心』での会話は可能らしい。
 なので、プネラに安全な道を教えてもらいつつ、魔物の接敵も最小限に抑えられる訳だ。が、今はフローガンズが居る。一応、こいつの話も合わせておかなければ。

「分かりました。俺は流石に、ここから先へはいけません。ご武運を祈ります」

「ありがとう、道案内助かったよ」

「鬱陶しいからさっさと帰れ、バーカ」

 とんでもない間抜け面をして、ベロを出してアイスドラゴンを挑発するフローガンズ。貴様がこいつに見下されるのは、そういう所だぞ?

「おう。てめえが闇の藻屑になる事を、祈りながら帰るぜ。では、アルビス様。失礼します」

「ああ、じゃあな」

「間違って溶岩地帯に行って、全身丸焦げになっちまえバーカ」

 フローガンズを尻目に懸けたアイスドラゴンが、鼻で笑いながら遠ざかっていく。あの余裕の表情よ。これは当分の間、フローガンズに軍配が上がる事は無さそうだ。

「さてと」

 アイスドラゴンの姿が、点になった所で、変身魔法を使いながら闇の壁に体を向ける。数秒すると、余の手は龍の物ではなく、白い手袋をした人間の物に変わった。
 背後は雪山地帯なのだが、ここら辺の空気は生温く感じる。それに、風が一切吹いていないせいか、音という音も聞こえない。なんとも不気味な空間だ。

「あれ? なんで、そっちの姿になっちゃったの?」

「元の体だと、如何せん大きいからな。人間の姿の方が、敵からの被弾を最小限に抑えられるし、機動性も優れてて動きやすいんだ」

「へえ、なるほど。でさ、ここからどうする? 『闇ぶ谷』って、常闇地帯のかなり奥にあるんだけどさ。道中に居る魔物や、闇の精霊がかなり厄介なんだよね」

「そうだな……」

 さて、ここからはフローガンズと話を合わせつつ、プネラとの会話を始めよう。

『プネラ。闇産ぶ谷へ直進で行ける方角は、大体どの辺なんだ?』

『えっとね。アルビスお兄ちゃんから見て、ちょっと左側の方角だよ』

『こっちか?』

『そうそう、そこ! その方角をまっすぐ行けば、闇産ぶ谷まで最短距離で着くよ』

 そう言われるも、見えるのは漆黒のみ。……いや。地面と空の境界線や、低い山の輪郭は、なんとか視認出来る。
 これなら前方に居る敵影は、ギリギリ見えそうだ。っと。一応、フローガンズと情報を共有しておかねば。分かりやすいよう、闇産ぶ谷がある方角へ指を差しておこう。

「フローガンズ。この方角から、強力な闇の魔力を感じる。たぶん、この先に闇産ぶ谷があるだろう。最短距離で行くなら、このまま直進で飛んでいかないか?」

「あ、そんな魔力を感じるんだ。あたしは全然わかんないや。ちなみに、どう行く? 少しでもはぐれたら、二度と再会出来ないよ」

「飛ぶ速度は余の方が早いだろうから、貴様が余の両足を掴んだ状態で飛んでいくのはどうだ?」

「それだと、あたしが攻撃し辛くなっちゃうじゃん。それじゃつまんないからさ、アルビス師匠はあたしの体を抱きしめて、飛んでくのに集中してよ」

「ええ……?」

 こいつ、なんて提案をしてくるんだ。精霊であろうとも、体は女性なんだぞ? そう易々と抱きしめられるものか。恥かしいにも程がある。
 アカシック・ファーストレディといい、こいつといい。もっと女性としての自覚や、羞恥心を持って欲しいものだ。

「なぁ~に? その露骨に嫌そうな反応はぁ~。ああ、わかったぁ~。あたしの体を触るのが、恥ずかしいんでしょ~?」

「ああ、その通りだ」

「……あのさ? そんな真面目な顔をしながら、正直に言わないでよ。あたしの方が恥ずかしくなるじゃん」

「貴様は精霊である前に、女性なんだぞ。いいか? フローガンズ。女性の体というのは、そう滅多やたらに触れていいものではない。たとえそれが、違う種族であってもだ。容易に触れ合っていいのは、婚約の儀を交わし、心から許し合った者同士だけだと覚えておけ」

 男性と女性のなんたるかを説明しようとも、フローガンズの同心円眼は、意味が分かってない様子で細まっていくばかり。

「アルビス師匠って、人間じゃなくて龍だよね? 考え方が固くない?」

「固くない、当然の事を言ったまでだ」

「ああ、そう……」

 疲れ気味に上体を項垂れさせたフローガンズが、「なら」と続ける。

「アルビス師匠のお腹に氷を張って、そこにあたしが引っ付くのは、どう?」

「それならいいぞ」

「あれ? いいんだ。ねえ、あたしが言うのも何だけどさ。さっきと今の提案に、何か違いはあるの?」

「余と貴様の体の間に、氷を一枚隔ててるだろ。そこが明確な違いじゃないのか?」

「ああ、ソダネ……」

 再び上体を項垂れさせたフローガンズが、「めんどくさ……」と暗い小声で呟いた。ここまで来たいうのに、『闇産ぶ谷』へ行くのが面倒臭くなったのか?
 なんとも気まぐれな奴だが。こいつとアカシック・ファーストレディが鉢会う事もなくなるので、それはそれで願ったりな流れになる。

「面倒臭いなら、貴様も帰っていいんだぞ?」

「イヤだね。アカシックに会いたいから、行くに決まってんじゃん」

 そう不快気味に拒否したフローガンズの両頬が、プクッと膨らんだ。帰ってくれた方が有難かったんだが、結局付いて来るのか。
 『常闇地帯』で振り払う訳にもいかないし……。とりあえず、一旦は『闇産ぶ谷』まで同行するとしよう。

「そうか、なら行くぞ。地上からの攻撃は、全て貴様に任せる。余は、貴様より上の範囲を見ていよう」

「了解! 『闇産ぶ谷』へまで、ちゃちゃっと行っちゃってよ?」

「ああ。貴様に言われなくても、そうするさ」

 余が沼地帯を飛び去ってから、今日で十日目になった。早くアカシック・ファーストレディと合流して、寂しがっているであろうサニーと、逢わせてやらなければ。
 待っていてくれよ、二人共。もう半日も経てば、貴様らは再会出来る。あと少しの辛抱だ。フローガンズの言う通り、一秒でも速く行ってしまおう。
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