ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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214話、未だ廃れぬ、元最強の名

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「アルビス師匠ー! 雲の近くまで来たけど、敵影がうじゃうじゃあるよー! こりゃ楽しみだなー!」

「……おい、なんの冗談だ? 十や二十じゃ利かないぞ?」

 豪雪で霞む白闇の先、薄っすらと暗雲らしき壁が見えてきたが。大小様々に蠢く影が、数え切れないほどにある。視界内に見えるだけでも、五十は下らない。
 それに相手は、既に余らの気配に気付いているようだ。各方面に散らばっていた敵影が、徐々に真上へ集結し始めている。
 普段の余であれば、百、二百前後の相手なぞ、なんの造作もないものの。生憎、今は強烈な冷気によって全身がかじかんでいて、上手く身動きが取れない状態でいる。
 なので、まともに相手をしている暇も無ければ、余裕さえ無い。あの範囲なら、余のブレスで一掃出来るな。ならば久々に、元の姿で暴れてしまおう。

「フローガンズ! 一旦、余の後ろに下がってろ!」

「ええー、なんで?」

「貴様も巻き込まれて、蒸発してしまうからだ! ついでに、この布袋も持っててくれ!」

「蒸発!? むう……、分かった」

 渋々了承してくれたフローガンズが、余を掴んでいる腕を離し、後方へ下がっていく。
 その間に余は、肩に掛けていた布袋に、プネラ入りの瓶も忍び込ませ、フローガンズに投げ渡した。

「わっと! で、何するつもりなの?」

「あの煩わしい暗雲ごと、空を焼く」

 大雑把に説明した余は、右手に嵌めていた手袋を外し、指を鳴らして変身魔法を解除する。すると、視界が眩い虹色の光で満たされていき。
 数秒もすれば、虹色の光は消え失せ、再び豪雪を纏う白闇に染まっていった。……黒龍の姿に戻ると、嘘のように寒くなくなったな。
 なんだ、初めからこうしていればよかったじゃないか。うん、全身も難なく動かせる。流石は、過酷な環境にも余裕で耐えられる黒龍の体よ。今だと、その有難みがよく分かる。

「うわー。それが、アルビス師匠の本来の姿なんだ。大きいー」

「大きいだけじゃないぞ。今から貴様に、太陽を拝ませてやろう」

 体を自由に動かせるのであれば、五十を超す魔物群なぞ、恐るるに足らず。より快適な空路を進んで行きたいので、まずは空へ通ずる穴の確保だ。
 そう決めた余は、敵影が多い箇所に顔を向け、最大火力のブレスを放つ。見た目は、アカシック・ファーストレディがよく使用する、爆発を伴う灼熱の大熱線『不死鳥の息吹』そのもの。
 一極に集中したブレスは、二秒もすれば暗雲に衝突。そのままブレスを起点とし、暗雲は音も無く円状に広がっていき。
 数十秒後。余の頭上には、鬱陶しい豪雪を降らせていた暗雲の姿はどこにも無く。代わりに燦々さんさんとした光を降り注ぐ太陽と、鮮烈な青さを誇る空が見えた。

「ふむ、良い青空だ。やはり、空はこうでなくてはな」

「すっげー……。辺り一帯の暗雲が、全部無くなっちゃった。でも、アルビス師匠。ちょっと、ヤバい奴が居るね」

 暗雲を抜け、上は遮蔽物が一切無い晴天。下は、薄暗く滑らかな雲海が見える高度まで昇ってきた頃。遠目の正面に、新たな一つの敵影を視認。
 見た感じ、アイスドラゴンのようだが。荒々しい鱗や、アイスドラゴン特有の突き出した角の形状からして、齢百前後の若さだろうか。それに、あいつから感じる魔力は、不安定で未熟。
 上位精霊のフローガンズなら、赤子の手を捻るような相手だというのに。何故こいつは、そこまであのアイスドラゴンを警戒しているんだ?

「フローガンズ。魔物はあいつしか居ないし、余より圧倒的に弱いから、初戦は貴様にくれてやるぞ?」

「ごめん、アルビス師匠。あいつ、ここら辺の主でさ。おまけに、氷魔法がまったく効かないし鱗も頑丈で、何回も返り討ちにあってるんだよね。だから、アルビス師匠に譲るよ」

「ふむ。要は、あいつとの相性が最悪な訳か」

 氷の精霊だというのに、唯一使える氷魔法が相手に効かなければ、頼りの怪力もあまり通らず。命を賭けた戦いをするとなると、いくらなんでも分が悪い。致命的もいい所だ。
 しかし肝心の相手は、余らを見据えているだけ。敵意を感じられず、殺気すら放っていない。
 近づいていく度に、はっきりとしてきた表情は、まるで信じられない物を見たと言わんばかりの驚愕面。

 戦闘意欲も見受けられず、ただそこで呆けながら滞空している。あいつは一体、余らを見て、何をそこまで驚いているのだろうか?
 あいつとの距離、おおよそ百mまで詰めた矢先。ようやく、アイスドラゴンが恐る恐ると飛行を開始するも、やはり戦闘の意志は無さそうだ。頭部を低く下げているし、蒼白色の龍眼には覇気が見受けられない。
 何かを詮索するように迫って来たアイスドラゴンが、余と十mほど離れた場所で滞空し、頭部を軽く上げた。

「余らに、何か用か?」

「……その威圧感。それに、その姿。貴方、アルビス様で?」

「そうだが、余を知ってるのか?」

「や、やはり!」

 どこか合点がいった様子のアイスドラゴンが、龍眼をカッと見開く。

「龍族で伝説の存在と謳われている貴方を、知らない龍なんて居りません。生きてらっしゃったんですね」

「む、どういう事だ?」

「もう、二年以上前になりますでしょうか。風の噂で、山岳地帯から、アルビス様が居なくなったと聞きまして。ここ最近では、死亡説まで流れていたんですよ」

「ああ、なるほど……?」

 二年前とは言えば。確か余が、アカシック・ファーストレディに家族として迎え入れられた時期だったはず。
 そして、その日を境に、余は山岳地帯の寝床へ帰る事は、ほぼなくなり。結局今では、アカシック・ファーストレディの家に住んでいる。
 そうか。傍から見れば、余は忽然と姿をくらませてしまったようなもの。おまけに変身魔法を使い、人の姿で暮らしているんだ。まず見つかる訳がない。

 ……さて、どうしよう。世間では、余とアカシック・ファーストレディは、五十年以上も戦い続けている間柄だと周知されているだろう。
 それが今では家族になり、同じ屋根の下で仲良く暮らしている。真実を知っているのは、たぶん山岳地帯に居るゴブリン達。後は、ゴーレムと渓谷地帯に居るハルピュイアぐらいか。
 まともに事の経緯を説明するのは、なんだか恥ずかしいな。それに、余とアカシック・ファーストレディは、共に“迫害の地”で最強の地位に君臨する存在。
 下手に明かすと、“迫害の地”の勢力図が大きく変わってしまう可能性だってある。それだけはマズイ。どうにかして、この場を穏便に流さなければ。

「色々と野暮用があってな。身を潜ませながら各地へ飛び回っていたんだ」

「ああ、そうだったのですね。して、お転婆娘と同行してるようですが。これからどこかへ行くのですか?」

「おてんばっ……! ちょっと、アルビス師匠! こいつムカつくから、さっきの雲を払ったやつで凝らしめてよ!」

「えっ!?」

 軽い挑発に乗ってしまい、怒り出したフローガンズが、アイスドラゴンを指差しながら余に命令をしてきた。
 そのアイスドラゴンも、真に受けてしまったようで。鮮やかな蒼白色をした顔面は、焦りの色で上塗りされている。フローガンズめ。こいつに、相当痛めつけられているらしい。

「あ、アルビス様……? まさか……」

「やる訳ないだろ。フローガンズ。そうやって稚拙な挑発にまんまと乗るから、相手に見下されるんだぞ? 悔しかったら、こいつより強くなれ」

「それが出来ないから、アルビス師匠に頼ってんじゃん!」

「なら、なおさらだ。私利私欲の報復は、相手により強い復讐心しか生まん。余がこの地を去ったら、貴様はどうするつもりだ? 何も出来ぬまま、こいつに殺されるのがオチだと思うぞ」

「うっ……」

 どうやら、余の説得に応じてくれたのか。しおらしくなったフローガンズの顔が、ゆっくり項垂れていった。

「分かったよぉ……」

「はぁ~……、よかった」

 視界外から聞こえてきた、安堵に満ちたアイスドラゴンの声。おい、やめてくれ。助かったなんて遠回しに言うのは。
 一体、余をなんだと思っているんだ? そんな事、一度もした覚えはないからな。

「……し、して、話を戻しますが。これから、どこかへ行くのですか?」

「ああ。常闇地帯にある、更にその先にある場所に用があってな。そこに向かってる最中だったんだ」

「常闇地帯!? ここら一帯では、有名な禁足地ですよ? そんな危険な場所へ、何用で……?」

 この、アイスドラゴンの焦り様よ。まあ、無理もない。フローガンズでさえ、何度も命を落としかけた地なんだ。禁足地に指定されているのも、なんら不思議ではないか。

「どうしても行かねばならない理由があってな。あまり時間も無いし、そろそろ行かせてもらう」

「あっ、な、なら! 俺が近くまで案内します」

「貴様が?」

「はい。俺が居れば、雑魚は萎縮して寄ってきません。なので、最短距離で常闇地帯に行けますよ」

 場所自体は、フローガンズも知っているようだが。魔物が寄って来ないというのは、なんとも魅力的な条件だ。体力も温存しておきたいので、こいつを頼らない手はないな。

「そうか。なら、道案内を頼む」

「ええー!? アルビス師匠。常闇地帯の場所なら、あたしも知ってるんだよ? なんでこいつまで連れてくのさ?」

「アルビス様は、この俺を頼ってんだよ。ガキはさっさと洞穴に帰って、修業遊びでもしてな」

「こ、こいつ!? この野郎……、今に見てろよぉ?」

 安い挑発に再び乗り、青筋が立った顔をアイスドラゴンへ近づけていくフローガンズ。なんだか、一昔の余とアカシック・ファーストレディを見ているような気分だ。
 いつもああやって罵り合い、十日間以上も戦いに明け暮れていたな。まだそう遠くない過去だが、懐かしく思えてくる。
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