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213話、相応の罰を受ける黒龍と、良からぬ流れ
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『―――師匠』
深淵の中で、遠くから誰かの声が反響してきた。
『ねえ―――ってば』
ぼやけていた声の輪郭が、ハッキリとしてきて。深淵に明るみが帯び、眩しくなっていく。
「ほんとに反応しないじゃん。まさか、凍死してたりしないよね? ねえ、アルビス師匠ってばー」
「……むぅ」
全身が揺れている感覚がしたので、重い瞼を開けてみれば。視界一杯に、抜けた真顔をしたフローガンズが映り込んだ。
「……ああ、貴様か。余に声を掛けたという事は、六時間が経過したのか?」
「うん、キッカリ六時間経ったよ」
そう言ったフローガンズの顔が、ゆっくりと遠ざかっていく。まだ取れていない眠気を飛ばすべく、上体を思いっ切り伸ばした。
余が寝てから、本当に六時間が経過しているようで。体の疲れは、まあまあ取れている。
あまり慣れていない体勢で寝てしまったから、肩と腰が少々凝っているな。適度に動かして解しておかねば。
「そういえば、弱々しく泣き言を垂れ流してた割に、炎の数が減ってないな」
余が、寝る前に出した炎の数は、確か三十個前後だったと記憶しているが。改めて炎の数を確認してみるも、減った様子は無さそうだ。
「一時間ぐらいしたら、だんだんコツを掴んできてね。完全に習得出来たから、今なら砂漠に行っても平気だよ!」
「ほう、流石は氷の上位精霊だ。飲み込みが早いな、やるじゃないか」
「えへへへ、ありがとう。あまりやった事がない修業だったから、やり応えがすごくあったよ」
今までの修業を軽く振り返り、ニッと笑うフローガンズ。こうも感謝されると、変に罪悪感が湧いてくるな。こいつは、ただの戦闘狂だとばかり思っていたものの。
課された修業は、嫌々ながらも受け。助言を貰わずとも、己自身で学び。そして、完璧にこなして完遂してしまった。僅かだが、こいつに対する見方を変えないといけないかもしれない。
「そうか、よろしい。なら、余が教える事は、もう何も無い」
ここへ来た本当の目的は、腹ごしらえと休息を取る為だけ。適当な理由を付けて、早々に立ち去ってしまおう。
そう決めた余は、指を鳴らし、周りに点在している炎を一気に消し。氷の膜が張った鉄鍋を、アカシック・ファーストレディの着替えが汚れぬよう、布袋の中にしまい込んだ。
「では、さらばだ―――」
「ねえ、どこに行くってーの? アルビス師匠ぉ。修業の成果を見せたいから、一戦ぐらい相手してくんな~い?」
体を入口へ向けた直後、フローガンズに右肩を掴まれた。こいつ、いくらなんでも力を込め過ぎじゃないか?
横目で右肩を見てみたら、蒼白色をした五本の指全てが、余の肩に深くめり込んでいるぞ? 正直、とんでもなく痛い。
「ふ、フローガンズ? 一旦、肩から手を放してくれないか? そろそろ、肩の肉が引き千切れてしまいそうなんだが……」
「離したら、前みたいに逃げちゃうでしょ? だからやだ。絶対離さない」
「グッ……!」
やはり、そうなるよな。おまけに、更に力を込めたらしく。余の肩から、『ギチギチ』という鳴ってはいけない音を発し始めている。
「あ、安心しろ、フローガンズ。こう見えても、余は忙しい身でな。要件が済んだら、必ずここへ戻って来る。だから離してくれ」
「へぇ~、そうなんだ。まったく見えないけどな~。ちなみに、要件って何?」
話は聞いてくれるが、離してくれる気はさらさら無いようで。とうとう、空いていた左肩まで掴まれてしまった。
さあ、どうする? 下手すれば両肩を失いかねない、この状況。これから行く『常闇地帯』と『闇産ぶ谷』は、何が起きるのか予想だに出来ない場所だ。
なので、余力は残せるだけ残しておきたい。だから、こいつと一戦も交える事なく、かつ穏便にここから抜け出せる方法を模索していかなければ。
「ちょっと、雪山地帯を超えた先にある地帯に、用があってな……」
「雪山地帯を超えた先って、常闇地帯じゃん。めちゃくちゃ危ない所だけど、何しに行くの?」
「なんだ、知ってるのか?」
「うん。師匠に『修業しに行くぞ!』って言われて、何回か連れて行かれた事があるんだけど、数え切れないぐらい死に掛けたんだよね。たぶん、師匠が付いてくれてなかったら、本当に死んでたと思う」
視覚以外の四感を奪われるとはいえ。あのフローガンズでさえも、幾度となく死に直面していると。
やはり、サニーを連れて来なくて大正解だった。そんな危険を極めた場所なぞ、余一人で行くのも危ういじゃないか。
「ちなみに、常闇地帯には何時間ぐらい滞在してたんだ?」
「ええ~、時間? 色んな感覚を奪われちゃうから、正確な時間が分からないんだよね。あそこ、すごいんだよ? 視覚以外の感覚が無くなっちゃうから、攻撃されても全然気付かないだ。身体中穴だらけになってた事もあったし、脇腹が深く抉れてた事もあったなー」
「な、なるほど……」
フローガンズの言っている事が正しければ、凶暴な魔物も多々と居るらしい。これは、まずいな。だんだん『闇産ぶ谷』へ行けるか、怪しくなってきたぞ。
それに、プネラから聞いていた奪われる感覚は、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の四感のみだ。痛覚と触覚を同義に捉えているのであれば、辻妻は合ってくるけれどもだ。
聴覚、嗅覚は、気配と察知能力で、ある程度は補えるとたかを括っていたが……。痛覚まで奪われるとなると、話がまるで違ってくる。
死角から攻撃を受け、四肢を捥がれようとも決して分からん。そして、己が死んだ事さえ気付かぬまま、『常闇地帯』で彷徨い続ける事になるだろう。
「で? 常闇地帯まで、何しに行くの?」
「い、いや……。用があるのは、更にその先にある場所なんだ」
「常闇地帯の先ぃ? うっわ……、闇産ぶ谷じゃん。あんな辛気臭い場所に、一体何の用があんの? 悪い事は言わないから、行くの止めた方がいいよ?」
優しい気遣いとは相反し、フローガンズの十本指は、相変わらず肩にめり込んだまま。フローガンズめ、本当に嫌そうな声を出していたな。
しかし、『闇産ぶ谷』まで知っているとは。まあ、フローガンズも精霊だ。場所まで把握していても、なんら不思議ではないか。
「いや。どうしても、そこへ行かねばならない理由があってな」
「理由、ねえ。もしかして、『シャドウ』様に会うの?」
「それもあるが。大事な家族の一人が、闇産ぶ谷で治療を受けててな。そいつを迎えに行ってる途中だったんだ」
「えっ? ちょっと、急に意味が分からなくなってきたんだけど? なんで、アルビス師匠の家族が、闇産ぶ谷で治療を受けてんの? どういう事情で? それに、家族居たんだ? ……えっと、なんで?」
この、あからさまに動揺し出した声色よ。聞いていて面白い。肩にめり込んでいた指の力も、だんだん甘くなってきた。
「色々あってな。呪われた調合薬を飲まされて、子供の姿になってしまったアカシック・ファーストレディを、闇の精霊が闇産ぶ谷へ連れて行ってしまったんだ。で、そろそろ治療が終わり、大人の姿に戻ってるであろうあいつを、迎えに行くんだ」
「……え? アカシック?」
闇産ぶ谷へ向かう事情を、簡潔に説明するや否や。両肩がふっと軽くなり、同時に痛みも若干和らいできた。よし、ようやく離してくれたな。後は隙を突き、ここから抜け出すだけだ。
「ねえ、アルビス師匠? アカシックってさ、黒の長髪で、目が赤い魔女のアカシック?」
「む、そうだが……、うおっ!?」
フローガンズとの距離を測るべく、後ろを振り向いた瞬間。
再び両肩をガッと掴まれたかと思えば、五cmにも満たない至近距離まで、水色の同心円眼をギンギンに輝かせたフローガンズの顔が、瞬時に迫ってきた。
「な、なっ!?」
「やっぱり! ねえっ、アルビス師匠! あたしもアカシックに会いたいから、闇産ぶ谷まで一緒に行きたい!」
「……はい?」
……あっ。そういえば、アカシック・ファーストレディとフローガンズも顔見知りで、十日間以上に渡り、戦闘をしていた経緯があったんだった。
それで満足したフローガンズから、上質な『上位の氷のマナの結晶体』を貰ったと、アカシック・ファーストレディが苦笑いをしながら語っていたっけ。
だとすると、これは非常にまずい。こんな危ない奴と、アカシック・ファーストレディを再び会わせてみろ? あいつの平穏な暮らしが、手の届かぬ場所まで遠ざかってしまう!
「はい? じゃなくて! ほら、早く行くよ!」
「のわっ!?」
どうにかしてフローガンズを説得し、一時的に別れようとするも。あいつは余の手を逃がさまいと掴み、入口に向かって高速で飛び出した。
まずい、まずいぞ! こいつとアカシック・ファーストレディは、絶対に会わせては駄目だ! 早く、なんとかしなければ!
「ちょ、ちょっと待てフローガンズ! 分かった! 余がアカシック・ファーストレディを、ここへ連れて来るから、貴様は大人しく待っててくれ!」
「やだ! アカシックも、また戦おうねって約束したのに、全然来てくれないんだよ!? だから文句も言いたいし、絶対に付いていく!」
「フローガンズ! 一旦止まって余の話を……、さむっ!?」
入口へ近づくに連れ、外から差し込む眩い白光が強くなり。氷柱が阻む入口を抜けようとも、光は薄まるも白はより濃くなり。
凍てつく寒さを纏う、辺りを見渡してみれば。数十m先さえ拝めぬ、強烈な猛吹雪が余らを出迎えてくれた。
「ふ、フローガンズ! とりあえず、雲の上まで行こう! 周りがまったく見えないし、寒くて凍死してしまいそうだ!」
「吹雪いてる時に、雲に近づくのは危険だよ! それ狙って待ってる強い魔物が、雲の中にうようよ居るからね!」
「倒す! 向かって来る魔物は、全部余のブレスで焼き払ってやるから! お願いだから、雲の上へ行ってくれ!」
「えっ、戦うの? じゃあ共闘しようよ!」
なんだ? フローガンズは共闘って言ったのか? 烈風と耐え難い寒さのせいで、上手く聞き取れん!
「なんでもいいから、とにかく一刻も早く雲の上へ行ってくれ!」
「分かった! よーし、久々に暴れちゃうぞー!」
そう嬉々と声を弾ませたフローガンズが、飛んでいる方角を真上に変え、一直線に空へ向かい始めた。
頼む、フローガンズ。一秒でも早く、雲の上へ行ってくれ。でなければ、本当に凍死してしまう。
深淵の中で、遠くから誰かの声が反響してきた。
『ねえ―――ってば』
ぼやけていた声の輪郭が、ハッキリとしてきて。深淵に明るみが帯び、眩しくなっていく。
「ほんとに反応しないじゃん。まさか、凍死してたりしないよね? ねえ、アルビス師匠ってばー」
「……むぅ」
全身が揺れている感覚がしたので、重い瞼を開けてみれば。視界一杯に、抜けた真顔をしたフローガンズが映り込んだ。
「……ああ、貴様か。余に声を掛けたという事は、六時間が経過したのか?」
「うん、キッカリ六時間経ったよ」
そう言ったフローガンズの顔が、ゆっくりと遠ざかっていく。まだ取れていない眠気を飛ばすべく、上体を思いっ切り伸ばした。
余が寝てから、本当に六時間が経過しているようで。体の疲れは、まあまあ取れている。
あまり慣れていない体勢で寝てしまったから、肩と腰が少々凝っているな。適度に動かして解しておかねば。
「そういえば、弱々しく泣き言を垂れ流してた割に、炎の数が減ってないな」
余が、寝る前に出した炎の数は、確か三十個前後だったと記憶しているが。改めて炎の数を確認してみるも、減った様子は無さそうだ。
「一時間ぐらいしたら、だんだんコツを掴んできてね。完全に習得出来たから、今なら砂漠に行っても平気だよ!」
「ほう、流石は氷の上位精霊だ。飲み込みが早いな、やるじゃないか」
「えへへへ、ありがとう。あまりやった事がない修業だったから、やり応えがすごくあったよ」
今までの修業を軽く振り返り、ニッと笑うフローガンズ。こうも感謝されると、変に罪悪感が湧いてくるな。こいつは、ただの戦闘狂だとばかり思っていたものの。
課された修業は、嫌々ながらも受け。助言を貰わずとも、己自身で学び。そして、完璧にこなして完遂してしまった。僅かだが、こいつに対する見方を変えないといけないかもしれない。
「そうか、よろしい。なら、余が教える事は、もう何も無い」
ここへ来た本当の目的は、腹ごしらえと休息を取る為だけ。適当な理由を付けて、早々に立ち去ってしまおう。
そう決めた余は、指を鳴らし、周りに点在している炎を一気に消し。氷の膜が張った鉄鍋を、アカシック・ファーストレディの着替えが汚れぬよう、布袋の中にしまい込んだ。
「では、さらばだ―――」
「ねえ、どこに行くってーの? アルビス師匠ぉ。修業の成果を見せたいから、一戦ぐらい相手してくんな~い?」
体を入口へ向けた直後、フローガンズに右肩を掴まれた。こいつ、いくらなんでも力を込め過ぎじゃないか?
横目で右肩を見てみたら、蒼白色をした五本の指全てが、余の肩に深くめり込んでいるぞ? 正直、とんでもなく痛い。
「ふ、フローガンズ? 一旦、肩から手を放してくれないか? そろそろ、肩の肉が引き千切れてしまいそうなんだが……」
「離したら、前みたいに逃げちゃうでしょ? だからやだ。絶対離さない」
「グッ……!」
やはり、そうなるよな。おまけに、更に力を込めたらしく。余の肩から、『ギチギチ』という鳴ってはいけない音を発し始めている。
「あ、安心しろ、フローガンズ。こう見えても、余は忙しい身でな。要件が済んだら、必ずここへ戻って来る。だから離してくれ」
「へぇ~、そうなんだ。まったく見えないけどな~。ちなみに、要件って何?」
話は聞いてくれるが、離してくれる気はさらさら無いようで。とうとう、空いていた左肩まで掴まれてしまった。
さあ、どうする? 下手すれば両肩を失いかねない、この状況。これから行く『常闇地帯』と『闇産ぶ谷』は、何が起きるのか予想だに出来ない場所だ。
なので、余力は残せるだけ残しておきたい。だから、こいつと一戦も交える事なく、かつ穏便にここから抜け出せる方法を模索していかなければ。
「ちょっと、雪山地帯を超えた先にある地帯に、用があってな……」
「雪山地帯を超えた先って、常闇地帯じゃん。めちゃくちゃ危ない所だけど、何しに行くの?」
「なんだ、知ってるのか?」
「うん。師匠に『修業しに行くぞ!』って言われて、何回か連れて行かれた事があるんだけど、数え切れないぐらい死に掛けたんだよね。たぶん、師匠が付いてくれてなかったら、本当に死んでたと思う」
視覚以外の四感を奪われるとはいえ。あのフローガンズでさえも、幾度となく死に直面していると。
やはり、サニーを連れて来なくて大正解だった。そんな危険を極めた場所なぞ、余一人で行くのも危ういじゃないか。
「ちなみに、常闇地帯には何時間ぐらい滞在してたんだ?」
「ええ~、時間? 色んな感覚を奪われちゃうから、正確な時間が分からないんだよね。あそこ、すごいんだよ? 視覚以外の感覚が無くなっちゃうから、攻撃されても全然気付かないだ。身体中穴だらけになってた事もあったし、脇腹が深く抉れてた事もあったなー」
「な、なるほど……」
フローガンズの言っている事が正しければ、凶暴な魔物も多々と居るらしい。これは、まずいな。だんだん『闇産ぶ谷』へ行けるか、怪しくなってきたぞ。
それに、プネラから聞いていた奪われる感覚は、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の四感のみだ。痛覚と触覚を同義に捉えているのであれば、辻妻は合ってくるけれどもだ。
聴覚、嗅覚は、気配と察知能力で、ある程度は補えるとたかを括っていたが……。痛覚まで奪われるとなると、話がまるで違ってくる。
死角から攻撃を受け、四肢を捥がれようとも決して分からん。そして、己が死んだ事さえ気付かぬまま、『常闇地帯』で彷徨い続ける事になるだろう。
「で? 常闇地帯まで、何しに行くの?」
「い、いや……。用があるのは、更にその先にある場所なんだ」
「常闇地帯の先ぃ? うっわ……、闇産ぶ谷じゃん。あんな辛気臭い場所に、一体何の用があんの? 悪い事は言わないから、行くの止めた方がいいよ?」
優しい気遣いとは相反し、フローガンズの十本指は、相変わらず肩にめり込んだまま。フローガンズめ、本当に嫌そうな声を出していたな。
しかし、『闇産ぶ谷』まで知っているとは。まあ、フローガンズも精霊だ。場所まで把握していても、なんら不思議ではないか。
「いや。どうしても、そこへ行かねばならない理由があってな」
「理由、ねえ。もしかして、『シャドウ』様に会うの?」
「それもあるが。大事な家族の一人が、闇産ぶ谷で治療を受けててな。そいつを迎えに行ってる途中だったんだ」
「えっ? ちょっと、急に意味が分からなくなってきたんだけど? なんで、アルビス師匠の家族が、闇産ぶ谷で治療を受けてんの? どういう事情で? それに、家族居たんだ? ……えっと、なんで?」
この、あからさまに動揺し出した声色よ。聞いていて面白い。肩にめり込んでいた指の力も、だんだん甘くなってきた。
「色々あってな。呪われた調合薬を飲まされて、子供の姿になってしまったアカシック・ファーストレディを、闇の精霊が闇産ぶ谷へ連れて行ってしまったんだ。で、そろそろ治療が終わり、大人の姿に戻ってるであろうあいつを、迎えに行くんだ」
「……え? アカシック?」
闇産ぶ谷へ向かう事情を、簡潔に説明するや否や。両肩がふっと軽くなり、同時に痛みも若干和らいできた。よし、ようやく離してくれたな。後は隙を突き、ここから抜け出すだけだ。
「ねえ、アルビス師匠? アカシックってさ、黒の長髪で、目が赤い魔女のアカシック?」
「む、そうだが……、うおっ!?」
フローガンズとの距離を測るべく、後ろを振り向いた瞬間。
再び両肩をガッと掴まれたかと思えば、五cmにも満たない至近距離まで、水色の同心円眼をギンギンに輝かせたフローガンズの顔が、瞬時に迫ってきた。
「な、なっ!?」
「やっぱり! ねえっ、アルビス師匠! あたしもアカシックに会いたいから、闇産ぶ谷まで一緒に行きたい!」
「……はい?」
……あっ。そういえば、アカシック・ファーストレディとフローガンズも顔見知りで、十日間以上に渡り、戦闘をしていた経緯があったんだった。
それで満足したフローガンズから、上質な『上位の氷のマナの結晶体』を貰ったと、アカシック・ファーストレディが苦笑いをしながら語っていたっけ。
だとすると、これは非常にまずい。こんな危ない奴と、アカシック・ファーストレディを再び会わせてみろ? あいつの平穏な暮らしが、手の届かぬ場所まで遠ざかってしまう!
「はい? じゃなくて! ほら、早く行くよ!」
「のわっ!?」
どうにかしてフローガンズを説得し、一時的に別れようとするも。あいつは余の手を逃がさまいと掴み、入口に向かって高速で飛び出した。
まずい、まずいぞ! こいつとアカシック・ファーストレディは、絶対に会わせては駄目だ! 早く、なんとかしなければ!
「ちょ、ちょっと待てフローガンズ! 分かった! 余がアカシック・ファーストレディを、ここへ連れて来るから、貴様は大人しく待っててくれ!」
「やだ! アカシックも、また戦おうねって約束したのに、全然来てくれないんだよ!? だから文句も言いたいし、絶対に付いていく!」
「フローガンズ! 一旦止まって余の話を……、さむっ!?」
入口へ近づくに連れ、外から差し込む眩い白光が強くなり。氷柱が阻む入口を抜けようとも、光は薄まるも白はより濃くなり。
凍てつく寒さを纏う、辺りを見渡してみれば。数十m先さえ拝めぬ、強烈な猛吹雪が余らを出迎えてくれた。
「ふ、フローガンズ! とりあえず、雲の上まで行こう! 周りがまったく見えないし、寒くて凍死してしまいそうだ!」
「吹雪いてる時に、雲に近づくのは危険だよ! それ狙って待ってる強い魔物が、雲の中にうようよ居るからね!」
「倒す! 向かって来る魔物は、全部余のブレスで焼き払ってやるから! お願いだから、雲の上へ行ってくれ!」
「えっ、戦うの? じゃあ共闘しようよ!」
なんだ? フローガンズは共闘って言ったのか? 烈風と耐え難い寒さのせいで、上手く聞き取れん!
「なんでもいいから、とにかく一刻も早く雲の上へ行ってくれ!」
「分かった! よーし、久々に暴れちゃうぞー!」
そう嬉々と声を弾ませたフローガンズが、飛んでいる方角を真上に変え、一直線に空へ向かい始めた。
頼む、フローガンズ。一秒でも早く、雲の上へ行ってくれ。でなければ、本当に凍死してしまう。
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