ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
215 / 301

210話、粗相まみれな黒龍の修業

しおりを挟む
「よっと!」

 余の足を踏み台にしたフローガンズが、体を捻りながら距離を取り、綺麗な着地を決めた。身のこなしも、七十年前に比べると良くなっている。
 純粋な威力も、そう。フローガンズの力をまともに受け止めた右足は、未だに痺れが止まらず。受け止めた際に発せられた衝撃波の空振も、洞穴の奥で響き渡り続けている。
 これは、少々まずいな。単純な力の差は、フローガンズに軍配が上がっていそうだ。力比べで負けるのであれば、魔法も然り。
 洞穴内は、氷属性のマナが込められた氷で覆い尽くされているので、簡易的な『瞑想場』の役割を果たしていそうだ。なので、全ての差が歴然としている。余の分が圧倒的に悪い。

「んで? たった半日でとんずらこいたあんたが、何しに戻って来たってーの? もしかして、あたしと戦いの続きをやりたい感じ?」

 華奢で細い腕を組んだフローガンズが、嬉しそうにニッと笑う。容姿自体は、七十年前のまま。余より、若干低い身長。印象的な幼さが見え隠れしている小顔。
 笑顔は、屈託の無いワンパク気味な小僧そのもの。上位精霊になろうとも、性格までは変わっていなさそうだ。だったら話は早い。
 ここへ来た目的は、あくまで腹ごしらえと休憩。あいつを言葉巧みに操り、疲労した体を休ませてしまおう。

「まあ、そう事を焦るな。ちょっとこっちへ来い」

「え? うん、分かった」

 素直に余の言葉を聞いたフローガンズが、目を丸くさせながら近づいてきた。その隙に余は指を鳴らし、自身に『ふわふわ』を掛け、やや浮いた状態で胡坐を掻く。
 次に、もう一度指を鳴らし。目の前に、詠唱を省いた火属性の魔法を使い、拳大の炎を召喚。うむ、調理に適した丁度いい火力だ。

「アルビス、なんで火を出したの? 熱いんだけど」

「貴様、上位精霊になったんだろう? 大精霊様と引けを取らない貴様が、この程度の炎で弱音を吐くんじゃない」

「あれ? なんで分かったの?」

 布袋から、小型の鉄鍋と干し肉、固形の獣脂や香辛料を取り出している最中。視界外から、驚いた様子の声が聞こえてきた。
 どれも氷を触っているかの如く冷たい。このまま干し肉を焼くと、温度差によって中まで火が通らないな。
 とりあえず、鉄鍋は炎に直接当てて。干し肉も炎の近くに置き、常温になるまで温めておかねば。

「貴様と対峙した時、信じられないほど強烈な魔力と力を感じてな。まさかと思ったが、やはりそうだったとは。おめでとう、フローガンズ。すごいじゃないか」

「そ、そう? えっへへへ……、ありがとう」

 満更にも無い様子で、照れ笑いしながら頬を指で掻くフローガンズ。頬も蒼白色をしているから、赤い火照りがやたらと目立っている。
 そうこうしている内に、鉄鍋から白い湯気が昇り始めた。干し肉も温まってきたので、そろそろ鉄鍋に獣脂を馴染ませておこう。
 鉄鍋に固形の獣脂を落とし、『カラン』と音が鳴り。熱によって溶け出し、『パチパチ』と弾ける音が後を追う。

「ねえ、アルビス? 何やってんの?」

「獣脂を鉄鍋に馴染ませてるんだ」

「へえ、獣脂。うわ、だんだん臭くなってきた」

 この、最早懐かしさを感じる油の匂いよ。約十日振りの食事だし、本格的に腹がへってきてしまった。っと、しまった。余とした事が、菜箸を忘れたか。
 なら、仕方ない。『ふわふわ』で調理をしてしまおう。右手にはめていた白い手袋を、唇で挟んで外し。温まってきた干し肉を、鉄鍋に敷いた。

「ちょっと、アルビス? ここ、私の修業場なんだけど? なに、くっさい肉を焼き始めてんの? 外でやってくんない?」

「フローガンズよ、余が憎いか?」

「え? あんたも肉なの?」

「確かに。余も食えなくないだろうが、そうじゃない。勝手に肉を焼いてる余が、憎たらしいと思わないか?」

「ああ、そっち? うん、ぶん殴ってやりたいぐらいには怒ってる」

 いきなり侵入してきた部外者が、唐突にしれっと肉を焼き始めているんだ。怒るのも当然だろう。さあ、ここからフローガンズを出し抜いていこうじゃないか。

「そう。貴様は今、怒りの衝動に駆られている。その怒りを開放するのは容易だが、感情に身を任せた攻撃は変に力んで大振りになり、相手も軌道を読みやすくなってしまう。そうだろ?」

「まあ、そうだね。筋肉も強張って、いつもみたいに動けなくなるかも」

「そうだ。だからこそ冷静沈着になり、怒りの感情を抑え、心の内に留め続けろ。そして、限界まで溜めた静かな怒りを、上手く体に乗せて一気に開放すればだ? それはもうとんでもない威力になり、たとえ屈強な体を持ち合わせた相手であろうとも、たった一撃で沈んでしまうだろう」

「要は、感情を上手く操れってこと?」

 フローガンズの的を射た返しに、余は干し肉に香辛料を振りかけながらうなずく。

「その通りだ。貴様の力に関しては申し分ないが、精神面で危うい部分をいくつか見て取れた。なので余が、直々に修業をつけてやろうと思ってな」

「へぇ~。アルビスが、あたしに修業を。あんた、何様のつもりなの? いい加減にしないと蹴るよ?」

 なるほど。少々、上から物を言い過ぎたようだ。余の発言が全て、フローガンズを煽る形になっている。黒龍と上位精霊。立場的に、余が圧倒的下だろう。
 ならば、その立場を対等に近づけてしまえばいい。相手は、氷の上位精霊。そして余は、あの御方と契約を交わしている。精霊ともあれば、名前ぐらいは知っているはずだ。
 申し訳ありません、ウンディーネ様、シルフ様。畏れ多いながら、名前を少しだけお借りさせて頂きます。おっと、干し肉をひっくり返さなければ。

「何様、ねえ。おかしいな。貴様は、余に何か違和感を抱いてないのか?」

「違和感? そういえば、さっきっから強烈な風の魔力を感じるけど……。昔は、全然強くなかったよね? それに、あんた黒龍でしょ? なんで、闇属性に特化してそうなあんたが、そんな凄まじい風の魔力を持ってるの?」

「ふっふっふっ。気になるか? 気になるよなァ? 仕方ない。貴様にだけ、特別に教えてやろう」

 干し肉を焼き過ぎないよう、指を鳴らして弱火に調節し。執事服の中にしまい込んでいた、大精霊様と契約を交わした際に受け取った首飾りを引っ張り出し、フローガンズの顔を高さまで掲げた。

「この首飾りに、何か見覚えはないか?」

「首飾りぃ? ごめん、なんも見えない」

 そうあっけらかんと言ったフローガンズが、眉間にシワを寄せつつ目を細めていく。……そうだ。この首飾りは、契約を交わした者にしか見えないんだった。
 まさか、相手が上位精霊であろうとも、視認出来ぬとは。これは思わぬ誤算だった。

「でも、そこから風の魔力を感じるし……。見えない首飾りって事は、もしかして?」

「むっ」

 フローガンズの、思わせぶりな発言よ。もしかして、首飾り自体は知っているのか? であれば、好都合だ。強引に進めてしまおう。

「そうだ。余は、風を司る大精霊『シルフ』様と契約を交わしてる」

「やっぱり! 会うだけでも大変だってのに、よく出来たね。すごいじゃん! どうやって契約したの? やっぱ実力が認められた感じ?」

「まあ、紆余曲折あってな。貴様が日々高みを目指してるように、余もまったく遅れを取ってない訳だ。ちなみに余は、ウンディーネ様やノーム……、様とも相見えてるぞ」

「三人の大精霊様とも!? 名前もちゃんと合ってるし……、嘘じゃなくて本当なんだろうな。すっげー」

 呆け切ったフローガンズの反応からして、余の言葉を信じたようだ。恐ろしいほど効果抜群じゃないか。同心円眼には輝きが増していて、余を尊敬の眼差しで見つめている。
 やはり、流石は大精霊様だ。名前を出しただけで、こうも早く立場が逆転してしまうとはな。

「どうだ? フローガンズ。そんな余が、貴様に修業をつけてやると言ってるんだ。またの機会だとは思わないか?」

「う、うん、思う。まるで、師匠が二人に増えた気分だよ」

「ほう、師匠。貴様に師匠が居たんだな」

「当然じゃん! 師匠のお陰で、あたしはここまで強くなれて、上位精霊になれたんだからね! それじゃあ師匠、よろしくお願いします!」

「よかろう。貴様の足りてなさそうな部分を、余が鍛えてやる」

 よし、とりあえず信頼は得られた。干し肉も丁度焼けた事だし、まずは腹ごしらえだ。その後は……、どうしたものか。食べながら考えるとしよう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...