ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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209話、あまり行きたくない休憩に適した場所へ

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『あっ! アルビスお兄ちゃん、雪原が見えてきたよ!』

「む? 本当だ。予定よりも一日早く着いてしまったな」

 湿地帯を飛び抜けて、早九日間が経過し。昨日から暗雲が立ち込め、雪がちらついてきたので、そろそろだとは思っていたが。予定よりもだいぶ早く着いたな。

「しかし、どうしてなんだ? 前は十日間以上掛かったというのに」

 もう六、七十年前になるだろうか。『アルシェライ領』から雪原地帯へ入り、今回と同じく休憩を挟まず湿地帯に到着した時は、それぐらい掛かったというのに。

『陸と陸の間を、最短距離で飛んできたからね。余計な時間が掛からなかったんだと思うよ』

「ああ、なるほど」

 ここまで来る間、プネラとは会話を絶やさず飛んで来たものの。合間合間に、飛ぶ方角がずれ始めているから、少し軌道修正してと、かなりの頻度で指示を出されていた。
 つまり余は、ほぼ直線で海上を進んでいた事になる。無駄な距離を飛ばず、正確な最短距離を。しかし、それでもアカシック・ファーストレディの飛行速度に劣る―――。

「そうだ、プネラ。アカシック・ファーストレディの治療は、どれだけ進んでるんだ?」

『えっとね、大体七、八割ぐらいって所かな? まだ行ってない毛細血管を集中的に行って、後回しにしてた脳と心臓にある『不死鳥のくちばし』を取り除けば、一回目の治療が完了するよ』

「そ、そうか」

 聞いた話によれば、プネラはアカシック・ファーストレディの体内へ侵入し、血管を流れている血液に乗り、全身を循環しながら例の調合物を取り除いているらしい。
 その話だけでも、充分おぞましさを覚える話なのだが。これから脳と心臓へ侵入するとなると、流石の余でも、不安が募ってくる。
 治療場面を見守っていたら、情けない程までに取り乱してしまうだろう。

「ちなみに、後どれぐらいで完了するんだ?」

『予定通り、もう二、三日あれば完了するよ』

「ふむ。ここから『闇産やみうぶ谷』へは、どれぐらいで行けるんだ?」

『アルビスお兄ちゃんだったら雲の上を飛んで行けば、豪雪の影響をまったく受けないから~……。一、二日もあれば、行けちゃうかもね』

「ほう、その程度で行けてしまうのか」

 となると、約一日は暇を持て余す事になってしまうな。……どうする? 得体の知れぬ『闇産ぶ谷』で、丸一日滞在するのだけは避けたい。
 つまり休憩を挟める場所は、『雪原地帯』、『雪山地帯』、『常闇地帯』の三地帯のみ。まず、『常闇地帯』は絶対あり得ん。即刻除外だ。

 プネラいわく、『常闇地帯』は視覚以外の四感に異常をきたし、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を奪ってしまうとの事。
 その原因は、周辺で生息している闇を司る大精霊『シャドウ』様を筆頭とする、闇の精霊達。その他に、『闇産ぶ谷』を超えた先にある『特異点』。
 更に、大精霊様全員と契約を果たし、初めて開示可能な情報にある場所が、主に悪さをしているらしいのだが。ここまで聞かされれば、ある程度の予想を立てられる。
 きっと『特異点』のどこかに、水、火、風、土、氷、光、闇を司る大精霊様以外の御方が居るはずだ。何を司っているのかまでは、予想出来ぬがな。

『どうする? アルビスお兄ちゃん。このまま『闇産ぶ谷』まで行っちゃう?』

「いや。飲まず食わずで飛んで来たから、少々疲れた。六時間ぐらい、ここら辺で休憩しようかと思ってる」

 未踏の『雪山地帯』での休憩も除外。そして『雪原地帯』には、正直あまり気が進まないのだが……。たった一ヶ所だけ、休憩に適した場所を知っている。

『なら、そうしよっか! でも、休める場所なんてあるの?』

「ああ。かなり昔だが、この地に一度だけ来た事があるから、一つだけ知ってる」

 そう。海を越える前に、ここを余の寝床にしようと考えていた場所が。しかし、戦闘狂の先客が居たせいで、諦めざるを得なかった。あいつ、まだあの洞穴に居るのだろうか?

『あっ、そういえば言ってたね! ここをずっと先に行くと、『アルシェライ領』があるんでしょ?』

「そうだ。懐かしいな、この凍てつく寒さも。厚い暗雲が日々立ち込めてたせいで、雪は延々と降り続け。日照時間も短かったから、夜の方が長かった」

 なので昼でも、気温はあまり上がらず常に極寒。寒さで身震いが止まらない夜は、暖炉の火が必須だった。『アルシェライ領』で入る風呂は、本当に気持ちが良かったな。

『日照時間が短いのは、お父さんの影響がここまで来ちゃってるせいかな? 雪が止まない原因は、アルビスお兄ちゃんだったら、もう分かってるでしょ?』

「『アルシェライ領』のどこかに、氷を司る大精霊様がいらっしゃるからだろ?」

『正解!』

「ふむ、やはりな」

 大精霊様の影響力は、何かと規格外だ。長年同じ地に定住していれば、気候までも変化してしまう。
 今では万年雪を纏う『アルシェライ領』も、かつて昔は温暖気候で、緑々しい草原に満ちていたらしい。
 ここ“迫害の地”も例外ではない。シルフ様が、羽を休める場所としている渓谷地帯では、ハルピュイアが好む穏やかな風が吹き。
 ウンディーネ様が居る、花畑地帯の一角にある森の中では、清らかな泉が湧いている。
 余の予想だが、砂漠地帯か火山地帯のどちらかに、火を司る大精霊様の羽休め場所があるかもしれない。

『でさ、アルビスお兄ちゃん。どこで休憩するの?』

「すぐ近くにある洞穴でだ。ここの景観は、昔とまるで変わってないな」

 奇しくも、上陸した場所から、余が向かおうとしている洞穴はまあまあ近い。あいつから逃れる為に洞穴を出た時、既に氷海が見えていた。
 そして、氷海の上で振り向いた際に見た景色と、ほぼまったく一緒。強いて変わっている場所を上げるとすれば、彼方で点在している雪山の形が、僅かに変化している事ぐらいだろうか。

『アルビスお兄ちゃん、記憶力がいいね』

「忘れられない強烈な記憶を植え付けられた地だからな。ほら、あの洞穴がそうだ」

 プネラの注目を向けさせるよう、余が黒龍の姿に戻ったとしても、余裕で入れる大きな洞穴を指差した。

『あれがそうなんだ。でも、アルビスお兄ちゃん? あの洞穴内に、氷の精霊さんの気配を感じるよ?』

「うっ……。やはり、まだ居るのか」

『まだって事は、会った事があるの?』

「あ、ああ。半日程だが、戦った事もある」

 プネラの言う通り、近づくに連れ、精霊独特の魔力を感じてきた。それに、前よりも強く感じる。どうやら、未だに修業とやらを行っているようだ。

『そうなんだ。すごいね、アルビスお兄ちゃん。上位精霊さんと、半日も戦えるなんて』

「なに? 上位精霊だと?」

『うん。魔力の濃さ的に、上位でも強い方の精霊さんだね。もっと頑張れば、大精霊様候補になれるかも?』

「そ、そうか……、なるほど。何かの冗談であって欲しいな」

 ただの戦闘狂だったあいつが、七十年以上の時を経て、上位精霊になってしまったと。それだと、話がだいぶ変わってくるぞ。
 あいつの事だ。余と再会したら、性懲りも無くまた戦いを挑んでくるだろう。昔だったら、あいつの攻撃は単純で、非常に躱しやすかった。たとえ目を瞑ろうとも、容易く躱せるほどに。
 参ったな。上位精霊の実力なぞ、今まで体験した事が無い。下手すれば、余なぞ数分で氷塊の下に沈む可能性だってある。さて、どうしたものか。

「まあ、流れに任せるとしよう」

 あいつに勝てる見込みがなければ、過去の余よりも情けない二の舞を踏んでしまうが。どうせ、三度会う事はないだろう。約七十年振りに、顔合わせだけでもしておくか。

『それじゃあ、アルビスお兄ちゃん。そろそろ、アカシックお姉ちゃんの脳に突入するから、ちょっと治療に集中するね』

「む、そうか。頼むぞ? プネラ。貴様だけが頼りだ」

『うん、任せて! 行ってくるねー!』

 明るく弾けたプネラの言葉を最後に、余の頭の中から声が響かなくなった。戦闘の邪魔になってしまうし、プネラ入りの容器は内懐にしまっておこう。

「さて、入ってみたはいいが。外より寒いじゃないか」

 あいつの影響か。洞穴内部は、まるで余の侵入を拒んでいるかの様に、歩きにくい地面からも、遥か上にある天井からも野太い氷柱が伸び放題。おまけに、奥へ足を運んでいけば、気温もグッと下がってきた。
 吐く息も、そう。強めに吐けば、目の前に濃霧が現れるほど白い。まるで、紙煙草を吸っているような気分だ。とんでもなく邪魔くさい。

「ふむ。マナの飛光体が肥大化してるな」

 精霊が近くに居ると知らせてくれる、マナの飛光体。昔は極小だったのに対し、今では拳大の物まで伺える。なんとも鮮やかな蒼白色よ。角度を変えると、純白に見えなくもない。
 足を取られながら歩くこと、数分。更に天井の高さが上がり、一際広い場所に出た。飛光体が群を抜いて多いので、ここにあいつが居るな。
 あいつめ。たとえ上位精霊になろうとも、色々と疎かだぞ。気配は完全に消しているが、肌を刺す視線を感じる。居場所は、余の真上。
 なるほど? 余が初めてここへ来た時と、同じ攻撃で迎え撃つつもりだな。ならば、余もそれに乗ってやろう。また、片足だけで貴様の攻撃を止めてやろうじゃないか。

 鼻で小さく笑い、右脚を垂直に上げた瞬間。待っていましたと言わんばかりに、右脚が軋むほどの重い衝撃が走り。
 左足を付けていた地面が、余の体を伝った衝撃に耐えかねたのか。枝分かれした亀裂を作りながら陥没した。

「懐かしい魔力を感じたと思ったら、やっぱりアルビスじゃんか! なーに? またあたしの修業場を奪いに来たわけ?」

 七十年以上経とうとも、変わらぬワンパク気味な声に呼ばれたので、上げたくない顔を仰ぐ。薄白の衝撃波が霧散した、視界の先。
 胸と腰回りだけを隠した衣服から、露出している肌は蒼白色で。群青色の髪を後頭部に束ね、水色の同心円眼で余を見下している女性の精霊が、不敵な笑みを浮かべて八重歯を覗かせた。

「やあ、『フローガンズ』。久しぶりだな」
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