ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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204話、母から妹へ

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「描けたっ!」

 サニーが、ただその場に座った私の姿を描き始めてから、体感的に十五分ぐらいが経った頃。終わりを告げる台詞を嬉々と上げ、満足気にニンマリと笑う。

「早いな、見せてくれないか?」

「いいよ、はいっ」

「どれどれ……、おお~」

 描かれ立ての私の確認するべく、サニーが渡してきてくれた画用紙を覗いてみれば。画用紙の中には、ちんまりとしていながらも、精巧な私の姿が収まっていた。
 いつも眠たそうにしていた目は、パッチリと開いていて、赤が深い瞳がまん丸に描かれている。
 漆黒の長髪もそう。大人の時に書かれた時の私より艶が強い。顔の印象は、完全に子供。ちゃんとした童顔だ。
 服装は、いつもの黒いローブではなく。サニーから借りた、上下一体の白い衣服。この、凄まじく違和感がある服装よ。幼少期から一貫して、黒色の衣服を好んで着ていたせいもあるのだろうが……。
 まったくと言っていいほど似合っていない。なので、今更になってかなり恥ずかしくなってきた。後で、買い物へ行くアルビスに頼んで、子供用の黒いローブを買ってきてもらおう。

 手は、これまた小さいな。大人の時に比べると太く見えるし、やや丸っこい。腕や足も、年相応に短くなっているので、椅子はすんなりと座れないし。
 風呂だって、足を大きく上げないと、一人で入れないだろう。そう思うと、意外と不便だな。子供の体って。

「やはり、小さいな。……む?」

 ふと、後ろから誰かに抱きしめられた感触したので、振り返ってみると。私の体を満遍なく包み込み、柔らかく微笑むサニーの顔があった。

「えへへっ、捕まえた」

「捕まってしまった」

 とても眩しい笑顔で言い、更に強く抱きしめてくるサニー。体全体が覆われている事もあり、だんだん心地よい温かさを感じてきた。まるで、太陽の光を浴びているかの様な暖かさだ。

「お母さんの体、いつもより温かいや。それに、すごくギュッてしやすい」

「お前より小さくなってしまったからな。けど年齢的に、私がお前に甘えるべきだと思うんだが」

「いいのっ。いつもは、お母さんが私をギュッてしてるじゃんか。だから今ぐらい、私がギュッてしていいでしょ?」

「ふふっ、そうだな」

 確かに。暇さえあれば、私はサニーを呼んで抱きしめている。それが今では、逆の立場。正直に言うと、悪くない。むしろ、もっと抱きしめていて欲しい。

「そうやってると、なんだか姉妹に見えてくるな」

「だね。とっても仲が良さそう」

 その場にしゃがみ込んできたウィザレナが、真顔であっけらかんと言い。間違いないといった表情のレナが、後を追う。

「姉妹っ! じゃあ、私がお姉ちゃんで、お母さんが妹ね!」

「とうとう、妹にされてしまったか」

 私が、サニーの妹か。うん、それも悪くない。むしろ良い。私は孤児だった故、一人っ子だとすら分からないものの。明確に姉という存在が居ると、素直に嬉しくなる。

「今のレディ、美味そうに見えるよな」

「そうね。頬を触った感じ、肉質がサニーちゃんより柔らかかったから、今が食べ頃だと思うわ」

「やっぱ、人間だと焼くより生の方がうめえのか?」

「さあね。私も食べた事がないから分からないわ」

「おい、サニーの前で物騒な話はするな」

 そう指摘すると、ヴェルインとカッシェさんが顔を見合わせ、軽く苦笑いをした。種族が違うだけで、話す内容にこうも違いが出てくるとは。

「ヴェルインさん、カッシェさん。私のお母さ、妹を食べちゃダメですからね?」

 横目を流すと、頬をプクッと膨らませているサニーの横顔が見えた。間近にある、可愛いという単語の意味を視覚化させた様な、サニーの横顔よ。たまらなく好きだ。
 そして、これも一応、私を食べようとしているウェアウルフ達から、サニーが果敢に立ち向かい、守ろうとしていると言ってもいいんだよな? この構図も、また良い。

「へっへっへっ、美味そうな人間共が居るじゃねぇかぁ~。一口で丸飲みしちまうぞぉ~?」

「やめなさいって」

「あでっ」

 いやらしい演技を始めたヴェルインの後頭部に、平手打ちをかます呆れ顔のカッシェさん。そうだ。昼食を食べ終えたら、みんなで魔王ごっこをやろう。
 もちろん、私は魔王に攫われた形で、サニーが私を助け出す勇敢な勇者だ。そうと決まれば、あとでアルビスに相談しておかなければ。

「それにしても。今のファートレディ、本当にただのガキなんだな。魔力のまの字すら感じないぞ。あ、飴いる?」

「飴? まあ、せっかくだし貰っておくか。うん、甘くて美味い」

 この飴玉、私が『タート』にある菓子屋で購入した物だが。一粒が大きくなっているので、口の中で転がすと『カロッ』と音が鳴る。
 それになんだか、元の姿で舐めていた時よりも、ずっと甘く感じる気がするな。肥えた舌まで、幼少期の頃まで戻っているのだろうか?

「美味そうに舐めるな。この菓子もいる?」

「そうだな。小腹がすいてきたし、少しだけくれ」

「おい、アカシック・ファーストレディ。もうすぐ昼食が出来るんだぞ。その様子だと、胃も小さくなってそうだし、あまり食べるんじゃない」

「あっ。そうですね、アルビス様。申し訳ございませんでした!」

 台所から聞こえてきた、子を叱るようなアルビスの注意に、慌てたファートが菓子を遠ざけていく。……おい、嘘だろ? 一口も駄目だというのか?

「あ、アルビス? せめて一口ぐらいは、食べてもいいだろ?」

「駄目だ。歯止めが効かなくなって、全部食べたらどうするつもりだ? 食べるんだったら、昼食を食べ終えて、少し経ってからにしろ」

 わざわざ台所から出てきて、三角巾を頭に被り、太ももまで隠れる長さの前かけを掛けたアルビスが、威嚇するように菜箸を『カチカチ』と鳴らす。
 こいつ、なんだかいつもより気合が入っていないか? 私の育ての親である『レム』さんとはまた違う、厳しい父みたいな威厳と風格を醸し出している。

「歯止めが効かなくなるって、中身は大人のままなんだぞ? そんな誘惑に、私が負ける訳ないじゃないか」

「飴を舐めながら他の菓子を食べようとする時点で、かなり危ういぞ。そもそも、食べるなら飴を舐め切ってからにしろ」

「ゔっ……」

 じりじりとにじり寄って来るアルビスの追撃に、体を波立たせる私。アルビスの言う通りだ。それにいつもなら、飴を舐めているから後で食べると言って、断っていたはず。
 もしかして、思考能力まで低下しているのでは? もしそうなのであれば、私は時を重ねていく度に、本当の子供になっていってしまうぞ。……流石に、そうじゃないと願いたいな。

「そのいかがわしい反応、何か思い当たる節があるのか?」

「い、いやっ、大丈夫だ。なんの問題も無い」

「……ふむ。見るからに嘘をついてそうだが、まあいい。もし、貴様が幼児退行してしまったとしても、余が再教育して立派な大人へ育ててやるから、安心してろ」

「おい、嘘だろ? 本当に勘弁してくれ……」

 再教育だと? 幼少期の私は、大の勉学嫌いで、事あるごとに箒で逃げ出していたんだぞ? しかも、今は魔法を使えないから箒を召喚出来ないし、相手は高速飛行が可能な龍のアルビス。
 走って逃げるのは、まず不可能。そして、厳しいアルビスの事だ。捕まってしまえば、一昼夜休憩無しで勉学漬けにされてしまうだろう。嫌だ、それだけは本当に嫌だ。
 ……シルフ、ウンディーネ。早く、解呪方法を探し出してくれ。このままだと、アルビスに拷問という名の再教育をされて、今とは違う勤勉で立派な私になってしまう。
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