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200話、想定外の減りに焦る魔女

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「よし。これで後は、『不死鳥のくちばし』と『女王の包帯』の順番で入れてくだけだ」

 作業を始めてから、ここまで約数十分。大体の材料を入れて終えて、木の棒で全てが溶けるまで混ぜ込んだ。
 最初は透き通っていた、ただの水も、今やボコボコと大泡を立てる紫色に変化している。粘度も高いので、まるで溶岩の様な見た目だ。

「ずいぶん毒々しくなったな。やっぱ、手を突っ込んだら溶けるのか?」

「長時間入れてたら、じんわり溶けてくぞ」

「マジかよ、ちゃんと猛毒じゃねえか。よくその棒は溶けねえな」

「酸に強い特殊な木から作った物だからな。けど、残りの材料を入れれば、ちゃんと効果を持った調合薬になる。まあ見ててくれ」

 得意気に説明を挟みつつ、あらかじめ粉末状にしておいた『不死鳥のくちばし』に構えた指を向け、パチンと鳴らす。
 すると『ふわふわ』が発動し、約二kgはあろう粉末が、散らばる事無くふわりと浮かび。指招きをして私の真横まで持ってきた。

「それ、一気に入れてしまうのですか?」

「いや。一気に入れるとダマが残るから、少しずつゆっくり入れながら混ぜてく」

「そうなんですね。かなりの量がありますけど、疲れないのですか?」

「あまり大きな声で言えないけど、百年ぐらい同じ作業を繰り返してきたからな。腕の筋力だって相当ついたし、五日間ぐらいなら休まず混ぜられるぞ」

 自慢じゃないが、このお陰で握力も鍛えられた。だからこそ、箒を手で握っただけの状態でも、限界速度の飛行が可能だし長時間それを維持出来る。
 説明の合間を縫い、もう一度指を鳴らし、一塊になった巨大な粉末を切り分ける。適度な大きさの塊を複数個作り、一つ目の塊を鍋へ沈めた。

「へえ~、そいつはすげえな。おっ! 色がだんだん変わってきた」
「まるで、燃え盛る炎のような紅緋色ですね」

 粉末状にした『不死鳥のくちばし』を注ぎ出していく度に、鮮やかな紅緋色に変わっていく。粘度も下がってきたら、だいぶ混ぜやすくなってきた。

「すごいだろ? 材料がちゃんと正常に反応してる証拠だ。それで、残りの『不死鳥のくちばし』を全部入れて、最後に『女王の包帯』も入れた後。少しずつ火を強めて煮詰め、何回もこして水分を全部飛ばせば完成だ」

「水気を全部飛ばしちまうのか。なんだか勿体ない気がするな」

「水分があればある分だけ、効果が薄まってしまうんだ。確かに勿体ないけど、濃度を凝縮すればするだけ、効果も高まってく」

「それでは今回は、その効果を最大限に引き出すんですね」

「そうだ。前回の質が悪くて効果が低い調合薬でも、私は不老になってしまったからな。今回は、飲まないで魔法の開発に役立ていくけども。もし飲んだ場合、どうなってしまうか分からない」

 完全な不老不死化。もしくは、不死鳥フェニックス化もありえる。そして『女王の包帯』により、それらの効果が永続化してしまう。
 どちらにせよ、不老不死化は避けられないか。解呪方法がまだ分かっていないので、誰かが誤って飲んでしまわないよう、保管だけはしっかりしておかなければ。
 数分掛けて『不死鳥のくちばし』の粉末を入れ終えたので。ダマが無いか確認してから火を強め、同じく粉末状にした『女王の包帯』を入れた。

「おお~、色が濃くなってきたな」
「これは真紅色でしょうか? 透明度も高くなってきましたし、綺麗ですね」

「前回は、濁った赤色だったのに。やはり質が高いと、色まで変わってくるな」

 粘度も更に下がり、水の様にサラサラとしてきている。透明なのが救いだが、色が色なだけあり、だんだん血を煮詰めている気分になってきた。
 見た目は溶岩から脱却したものの、火を強めたから気泡が大きくなり、表面がボコボコと暴れ回っている。水分が飛び、明らかに量が減ってきたので、そろそろこす準備に入ろう。
 そう決めた私は、指を二度鳴らし。一回り小さな鉄の釜と、目がきめ細かな漉し器具に『ふわふわ』を掛け、空いている釜戸に設置した。

「これらを用意したって事は、次はこすんだな?」

「ああ。ほら、大釜の底を見てくれ。溶け切らなかった材料や、小さなゴミが沈殿してるだろ? あれが全部無くなるまで、何回もこしてく」

「あら、結構残っていますね」
「色が抜けてるから、なんだか砂っぽく見えるな」

 二人も大釜の中を覗き込み、底に沈んでいる不純物を視認したようで。ただのゴミを、物珍しそうに眺めている。なんだか、とても新鮮な光景だ。

「なあ、アカシック。これ、『ふわふわ』や風魔法を覚えてない魔女にとっては、かなりの重労働になるんじゃねえか?」

「そういえば、そうなるな。こんなに大きな鉄釜なんて、私一人じゃ絶対持てないな」

 ルシルの着眼点も、中々面白い。確かに、この熱せられた鉄の大釜を持ち上げるのは、そう容易い事じゃないぞ。大の大人が四人がかりで、ようやくといった所だろうか?
 しかし、私は闇属性以外の魔法を扱える魔女だ。大釜に『ふわふわ』をかければ、すんなりと持ち上げられる。そう改めて思うと、魔法ってすごいんだな。

「私達の中でも、魔法抜きでしたらノームさんとあの方達以外は、たぶん持ち上がらないでしょうね」
「だな。でも、あいつは熱に弱いから、冷まさないと無理だと思うぜ」
「ふふっ、そうですね」

 ノーム以外の名前を濁したという所を察するに、私はまだ出会っていない大精霊を差しているのだろう。まさかと思うが、その中に『レム』さんは入っていないよな?
 が、一人だけ、ある程度の予想を立てられる。熱に弱いという事は、たぶん氷を司る大精霊様だろう。
 ……この大釜を素の力で持ち上げられる、筋肉の持ち主か。ノームみたいに、脳筋じゃない事を祈っておこう。

「それじゃあ、一旦火を止めて、こす作業に入るぞ」

 あえて二人の注目を集めてから、指を鳴らして釜戸の火を消す。
 そのままもう一度指を鳴らし、鉄の大釜に『ふわふわ』かけて持ち上げ、事前に用意した釜へ中身を流し込んでいった。

「おお~っ。思ってたより、沈殿物が多いな」
「この沈殿物は、全て廃棄するのですか?」

「一応、使えるかもしれないから取っておく。入念に調べて、本当にただのゴミだと分かってから焼却する」

「焼却か。お前の魔法だったら、大体のもんが蒸発しちまうからな。一番効率がいいぜ」

 沈殿物から汁気が切れるまで、雑談と豆知識を交えつつ、さっきまで使用していた鉄の大釜をどかす。邪魔にならない場所に置き、更に一回り小さな釜を用意した。

「釜がどんどん小さくなってくな。これぐらいの大きさなら、俺でも持てそうだぜ」

 試したくなったのか、両手で軽々しく釜を持ち上げるルシル。重さを確かめる様に上下へ動かし、満足して元の場所へ静かに置いた。

「さてと、そろそろいいだろう。で、ザルをどかして、また釜戸に火を点けて、煮詰める作業に戻る」

「これをずっと繰り返すのか~。根気がいる作業だな」

「そう、根気がいる作業だ。でも幼少期の頃は、みんなの笑顔が見たかったから、苦にはならない作業だったよ」

「へへっ。そういや、お前はいつもニコニコしながら作ってたもんな。懐かしいぜ」
「ルシルさんは、ずっとアカシックさんを見守っていましたものね。あ~あ、私も見ていればよかったです」

 後頭部に両手を回し、屈託のない無垢な笑みを浮かべるルシルに。相反し、残念そうにしょぼくれるディーネ。そうだ。ウンディーネが私を見始めたのは、迫害の地に来てからだったっけ。
 けどウンディーネは、私の半生を耳から聞いたと言っていた。その語り部は、きっとシルフか『レム』さんで間違いない。
 今の二人は、完全に油断し切っている。ちょっとカマを掛ければ、ボロを出してくれるかもしれないが、それだけはやめておこう。この行為は、二人を裏切る行為になる。
 今まで受けてきた恩を、仇で返してはいけない。いずれ私は、光を司る大精霊『レム』もとい、『レム』さんと再会が出来るんだ。その日が来るまで、グッと堪えていよう。

 ほのかに湧いた好奇心を振り払いつつ、新しい釜を用意しては、みるみる量が減っていく調合薬を火にかけて、焦げない様に混ぜていく。
 数回繰り返せば、沈殿物は綺麗に無くなり。火力を強めていけば、調合薬の水分が蒸発し。サラサラとした液体だった調合薬に、弾力性のある粘り気が生まれ。
 火を弱めながら混ぜていき、約数時間後。一番小さな釜の底には、水分が完全に抜けて、妙に弾力性が強く、直径約一cm弱の深紅色をした玉だけが残った。

「……途中からよ? やり過ぎじゃねえかって思ってたんだがぁ、マジで? あれだけあった材料が、こんだけしか残んねえの?」
「小さいですねぇ~……」

「ここまで減るのは、流石に私も想定外だった……」

 最低でも、五百g前後は残るだろうと踏んでいたのだが。もはや、液体ですらなくなってしまった。恐る恐る深紅色の玉に手を伸ばし、熱くないか確かめるべく突っついてみる。
 特に熱く感じなかったので、崩れないように指でやんわりと摘み、目線の高さまで上げた。触り心地は、とてもぷにぷにとしている。弾力性があり、まんまスライムのそれだ。
 不純物を完全に取り除いたから、透明感は抜群に高い。ルシルにかざしてみるも、ただ色が深紅色になっただけで、ルシルの顔がしっかり見えた。 
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