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199話、魔女アカシックによる薬の調合講座

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「むぅ~っ。ねえ、お母さん。ノームさんって、どういう人なの?」

 ヴェルインとノームの大馬鹿笑いに慣れ始め、集中してサニー浴を出来そうになった頃。私の頬に、自分の頬を寄せてきたサニーが言ってきた。ああ、温かくて柔らかい感触がする。
 それはそうと、約数ヶ月振りの質問だ。しかし生憎、ノームと出会ったのは昨日が初めて。素性をまったく知らなければ、日常でどう振る舞っているのかすら分からない。
 おまけに、あいつはずっと酒を飲み、窓硝子が割れかねない声量で笑っているだけ。最早、『タート』の一角にある、冒険者が集う集会場へ来た気分にさえなってきた。

「そうだな……。基本、ああいった感じだ。酒が好きで、暇さえあれば飲んでる」

「へぇ~、そうなんだ。もしかして、ずっと?」

 『ずっと』と言う所を察するに。サニーはまだ、ノームと会話する事を諦めていないようだ。数十分以上同じ事を繰り返しているし、たぶんそうなんだろうな。

「ああ、大体ずっとだ。酒を飲んでない方が珍しいまである。そして、一旦飲み出すと長い。数時間は飲みっぱなしだ」

「げっ……、そうなんだね。じゃあ、ノームさんの絵でも描こうかな~」

「そうしろ。あまり動かないし、むしろ好機じゃないか?」

「だね! よーし、いっぱい描くぞー! それじゃあお母さん、そろそろ離れてもいい?」

「っと、悪い悪い。ほら、行ってこい」

 サニーのお願いを優先するべく、ガッチリと抱きしめていたサニーの体から離れ、遠ざかっていく背中を泣く泣く見守る。
 本当であれば、もう一時間ぐらいサニー浴をしていたかったのだが……。仕方ない。私もやる事があるし、そろそろ例の薬を調合するか。
 そう決めた私は、まだ微かに残るサニーの温もりを感じながら立ち上がり。頭の上に、『天翔ける極光鳥』を二羽留まらせているルシルに顔をやった。

「ルシル。この前貰ったくちばし、そろそろ使わせてもらうぞ」

「お、やっとか! なあアカシック、暇だし見学してもいいか?」
「あっ! なら、私もしてみたいです。アカシックさん、よろしいでしょうか?」

 むしろ、見学させろと言わんばかりのルシルに。既に紺碧の三叉槍を手に持ち、席から立ち上がっているディーネ。
 二人は、ノームが色々暴露しないよう、監視する為にここへ訪れたはずなのだが。暇だって事は、もう監視しなくとも大丈夫だと判断したのだろうか?
 まあ、肝心のノームは、酒を飲んで大爆笑しているだけだし。あれなら、放置していても問題無いだろう。たぶん。

「見てても面白い物じゃないが、いいぞ。付いてきてくれ」

「よっしゃ! どんなもんが出来るのか、楽しみだぜ」
「ありがとうございます。では」

 辛うじて聞こえる二人分の足音を聞きつつ、台所へ向かう。指を鳴らし、あらかじめ掃除して綺麗にした鉄の大釜に『ふわふわ』を掛け、釜戸へ運んでいく。
 その間に私は、必要な材料をお盆に乗せていき。集め終わると、氷魔法で冷凍保存していた『不死鳥のくちばし』にも『ふわふわ』を掛けて、二人が待つ台所に戻っていった。

「お待たせ、二人共。これから始める」

「へえ~、それが材料か。めちゃくちゃ多いな」
「薬草だけでも、かなりの量がありますね。この大きな骨は、スカルドラゴンの骨でしょうか?」

 材料を台所へ並べている最中。ある程度の目星を付けたディーネが、興味津々な指を正解の骨へ差した。

「そうだ。スカルドラゴンの骨には、秀でた解毒作用がある。その大きさなら大半の毒を中和してくれるから、重宝してるんだ」

「こっちの薬草や蜜って、昔のお前もよく集めてたやつだよな? どんな効果があるんだ?」

「えと。こっちの薬草が、針葉樹林地帯に群生してる薬草で、安定剤の役割を果たす。そっちの蜜は、樹海地帯の木から採れるやつだな。薬を調合する上で欠かせない、全ての土台になる。それが無いと調合が上手くいかず、ほぼ失敗してしまうんだ」

「マジか。すげえ蜜なんだな、これ」

 この初々しい質問攻めよ。なんだ先生になった気分になれるし、そことなく気持ちがいい。これなら、私も楽しみながら薬の調合が出来そうだ。
 二人の目が、材料に釘付けになっている隙を突き、鉄の大釜へ泉の水を注ぎ、指を鳴らして釜戸に火を点けた。

「で、この桃色の包帯と『不死鳥のくちばし』が、今回の要になるんだよな?」

「そうだ。桃色の包帯、通称『女王の包帯』は効果の束縛、またはその効果を永続させる。それで『不死鳥のくちばし』の効果は、たぶん不老化。その二つの材料を調合して、出来た薬を飲んだ私は、中途半端な不老の体になった訳だ」

「この薬があったからこそ、今のアカシックさんが居るんですよね。なんだか感慨深いです」

「これを調合して飲んでなかったら、お前達と出会う前に、寿命を迎えていたかもしれないからな。今でも、この薬には感謝してるよ」

 そう。この薬を飲んでいなかったら、まずサニーとも出会えていなかった。アルビスとは、いがみ合った関係のまま人生を終えていただろう。
 六十数体のゴーレムは、未だに土の中で眠っているだろうし。ウィザレナとレナに関しては、エルフの里跡地で、人知れず死んでいたかもしれない。
 そして、大精霊であるシルフやウンディーネ、ノーム達とも出会う事はなかった。この薬を調合して飲んだからこそ、私は数奇な出会いを何度もしてこれたんだ。
 ……待てよ? そうなると、『女王の包帯』をくれたファートは、ある意味私の恩人になってしまうのか? それはそれで、何とも言い知れぬ気持ちが込み上げてくるな。

「そうだな。その薬が無かったら、お前は闇に囚われたまま死んでただろうよ。そうならなくて、本当によかったぜ」
「今こうして、アカシックさんと接せられているのが奇跡に近いですからね。私も、心の底から安堵しています」

 二人が顔を合わせて微笑んでいる姿を見て、私の左胸に、チクリと針に刺された様な痛みが走った。奇跡、か。まったくもってその通りだ。
 私の心が闇に堕ちていた期間は、おおよそ九十年以上にもなる。その間に、私を見守っていてくれた二人や大精霊様方達は、気が気でなかったかもしれない。

「すまない、二人共。長い間、迷惑をかけてしまって。二人にも、多大な感謝をしてるよ」

「いいって事よ。俺は、お前が普通の状態に戻ってくれただけで、十分嬉しいぜ」
「私もです。これからも皆さんと共に、健やかな体で過ごしていって下さいね。アカシックさん」

「ああ、そうする」

 今の私の体が、健やかなのかはさておき。不老化している事以外、ほぼほぼ真人間の状態に戻っている。あとは、この不老化をどうにかするだけ。
 私が調合した秘薬や、『万能治癒』の効果があるシルフの弓矢でも治らない所を見ると。この効果だけは、呪いのたぐいなのかもしれない。

「でよ、アカシック。こっから、どう調合してくんだ?」

「材料を氷魔法で瞬時に凍らせて、粉末状になるまで砕く。それらを全て、順番に沸騰した湯に入れてくんだ。順番を間違えると、そこで調合が失敗するから、かなり重要な工程になる」

「ほーん。だったら、気を付けて入れてかねえとな。ちゃんと確認しながら入れてけよ?」

「分かってる。材料はこれっ切りしかないから、細心の注意を払って入れてくよ」

 とは言っても。この工程は、九十年以上も繰り返してきているので、もう頭ではなく体に染みついている。
 目を瞑っていても、手で触れば、どの材料か判別が付くから、間違える事なんて逆にありえない。
 さて、お湯も沸いてきた事だし。そろそろ材料を凍らせて、粉末状に砕いていこう。
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