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190話、闊歩する天変地異

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『やるじゃあねかあ、嬢ちゃん達!』

「……ノームか」

 こちらへ近づいて来ている、背中が賑やかなウィザレナを見守っている最中。
 どこからともなく、ノームの地声が耳を劈いてきた。直接頭へ語り掛けてこない所を察するに、近くに潜んでいるのか?

「ノーム、かくれんぼはそろそろ飽きてきた。いい加減、姿を現したらどうだ?」

『それが出来たら苦労しねえってんだあ。こちとらはなあ? 嬢ちゃんの『ふわふわ』のせいで、得意の接近戦がままならねえ状態なんだからよお』

「『ふわふわ』のせいで?」

 『ふわふわ』は、赤ん坊だった頃のサニーをあやす為に開発した、なんて事はない下位の風魔法だぞ?
 威力だって皆無に等しい。なぜ、そんな魔法をノームが警戒しているんだ?

『おうよ! 嬢ちゃんは、いまいち分かってねえようだが。その魔法、強力な束縛効果があるんだぜえ? 風属性だって事もあり、土を司る俺様にはめちゃくちゃ効く! だから、俺様がそれに捕まったら、一網打尽にされるって訳よお!』

「束縛効果……? あっ、なるほど」

 そうだ、単に相手の体を浮かばせるだけじゃない。体の自由を奪い、その場に固定する事も可能なんだ。なんだったら、『ぶうーん』で操る事だって出来る。
 しまった。私は最序盤で、ノームに掛けていたじゃないか。その時に気付いてさえいれば、勝てていたかもしれないのに。最初の一手で、最大の好機を逃していたとは。

『二、三秒もあれば、嬢ちゃんは俺様を捕らえられるだろうよお。そうなったら、俺様は負けちまう。本当なら、嬢ちゃんと熱い真っ向勝負がしてえんだけどなあ。けど嬢ちゃんは、そんな事思ってねえだろお?』

「そうだな。早くお前に勝って、契約を交わしたいと思ってる」

『だよなあ! しかぁし! そう簡単にはやらせねえぜえ? 『双臥龍狂宴』では、とんでもなく素っ気ねえ反応だったけどよお。次は、ちゃんと絶望してくれよ?』

 ノームが新たなに仕掛けると宣言した途端。砂埃を含んだ風と、音という音が全て止んだ。自然がノームに気圧されたか。
 全身を舐めていく不気味な静寂よ。次は『双臥龍狂宴』以上に絶望する大技。これだと、ウンディーネの秘奥義である『水天楼』級が来ると思った方がいいな。

「アカシック殿ォーーッ!」

「むっ」

 静寂を吹き飛ばすウィザレナの大きな呼び声に、孤独感を覚え始めていた私の心が少しだけ弾んだ。
 視界を前へやれば。既に次なる脅威に備え、臨戦態勢に入り、鋭い狩人の目を私に合わせているウィザレ達が居た。

「今、ノーム様と会話をしてたんだろ!? 次は何が来るんだ?」

「まだ分からない。でも、次は『双臥龍狂宴』よりも、ちゃんと絶望できるらしいぞ?」

「『土の瞑想場』も静まり返ってしまいましたし、とんでもない物が来そうですね」

 二人は慄いた様子を見せず、辺りの警戒と索敵を始めた。それよりも、二人が私に近づけないから、『風護陣』を一旦解除しておこう。

『紅蓮の鼓動を奏でし地に、汝あり! 命の灯が集約せし地に、我は鎮座する!』

「……おい、この詠唱。ちょっと違うけど、やけに聞き覚えがあるじゃないか」

 詠唱の出だしが、禁断の召喚魔法と恐れられて、シルフ達に使用を禁じられた『天照らす極楽鳥』と似ている。……そうか。ノームめ、次こそ本気で来るんだな?

『轟かすは世界の鎮魂歌! 彷徨う清白の魂を鎮め、剛健を纏いし手を差し伸ばさん! 我、『大地の覇者』の名の元に告ぐ! 汝に、静穏の鎮魂歌を約束せん! 契約者の名は“ノォォーームッ”!』

「は、覇者だと!?」

 あまりにも嫌な予感がする詠唱が終わると、目に映る荒野全体からおびただしい量の魔力が湧き出し。精霊の泉でよく見る、マナの飛光体を昇らせながら眩い光を帯びていった。
 その、私達のすぐ近く。見下ろす程の近距離にある、重低音の地鳴りを響かせた荒野から、双頭竜とはまるで比にならない巨大な突起物が―――。

「二人共、ここに居るのは危険だ! 急いで後方に下がれ!」

「わ、分かった!」

「それと、高度もなるべく上げろ! 出来る限りだ!」

 荒野から出現した突起物に目もくれず、急旋回して限界速度でがむしゃらに急発進を開始。気になるが振り向くな! 荒野からり出した巨大な何かに巻き込まれる!
 召喚獣は、全身が召喚され切るまで行動が出来ない。なので、多少の猶予はある。今は死に物狂いで離脱し、『大地の覇者』から距離を取らなければ!
 ……いや、その距離も制限されたか。前方でも地平線を隠しながら、ゴーレム型の巨岩が迫り出してきている。

「アカシック殿! 前方の荒野からも何かが出てきてるぞ!」

「分かってる! けど、もう少しだけ進むぞ!」

「それも、私達を囲むようにグルリと連なってる! もう、逃げる場所がどこにも無いよ!」

 視界を左右に滑らせようとも、先の景色は一緒くた。見えるのは、飛び越す事すら許されない標高まで育った、一体一体が双頭竜の全長を優に超すゴーレム群の巨壁。
 ゴーレムの形を成しているという事は、魔力を蓄えた動力源の核が、体のどこかにある。それを破壊しない限り、あいつらは四肢がもげようとも襲い続けてくるだろう。

「それに、アカシック様? 今のは禁断の召喚魔法だと思われますが、何か心当たりでもあるんですか?」

「ああ、ある。『覇者』は、私が好んで使用する召喚獣の一つだ。攻撃範囲は超至近距離だけど、ほぼ確殺の威力を持ってる」

「『覇者』って……。不死鳥フェニックスを吹き飛ばした時に、アカシック殿が召喚したあの巨腕か!」

「そうだ。その確殺の腕を持った奴らが、そこら中にわんさか居る。近づいた瞬間、超高速の拳が飛んできて、あっという間に肉塊と化すだろうな。……おまけに」

 距離と高度を十分稼げたと思い、速度を緩めて振り返ってみる。が、視界に入ったのは、雲を撫でる絶壁染みた胴体のみ。視界を動かさないと、胴体の端が見えないほど幅広い。
 ご尊顔もそう。高高度まで上がったというのに、顔はまだ遥か上空にある。高すぎてよく見えないけど、ノームの顔を模していそうだ。

「これが、禁断の召喚獣か。何もかもが規格外だな」

「流石に大きいな。それに、なんて強烈な威圧感なんだ。情けない話だが、少々恐れてしまったぞ」

「……ウィザレナに同じく」

 あのウィザレナ達でさえ、畏怖して弱音を吐くか。無理もない。私でさえ、頭に薄々と死が過ったからな。
 数分で大国を地ならししていまいそうな両足。一度地面に落ちれば、大陸が半壊しかけない拳。
 それだけでも十分に厄介だが。こいつの全身も、岩石や土で形成されている。なので、少しでも近づこうもならば、魔法の集中砲火を食らうだろう。それも、全てが即死級だ。
 さしずめ、闊歩かっぽする天変地異って所か。先の厄災が、軽い前座扱いになってしまうとは。

『おい、嬢ちゃん達ィ! ちゃんと絶望しろって言っただろうがよお! なんだあ? その、反応に困った顔はよお!?』

「顔に出てないだけで、ちゃんと心の中で絶望したぞ。これから死ぬかもしれないってな」

『おお、そうかあ! よしよし、ならいいってもんだぜえ!』

 地割れが起きかねないノームの嬉々とした大絶叫は、真正面から飛んできている。『大地の覇者』が仁王立ちしている真正面から。
 もしかして、『大地の覇者』の中にノームが居るのだろうか? 熱い真っ向勝負がしたいと言っていたし、それならうなずけるが。

「アカシック殿。あれを倒すには、一体どうすればいい?」

「たぶん、あいつはゴーレムのたぐいだから、体のどこかに動力源の核があるはずだ。それを壊せば、あいつは動かなくなる。けど……」

 指招きで光と風の杖を呼び寄せて、両手に握る私。

「あんな規格外な体を動かせるほどの動力だ。だから、その核はノームがやってるかもしれない」

「なるほど。なら、これから私達は、砂漠で印を付けた一粒の砂を探すような事をすればいいんだな?」

「おまけに、即死級の魔法で反撃してくる凶暴な砂粒だ。反撃の魔法は、私が全て潰すけども。二人共、心して掛かってくれ」

「了解した!」
「は、はいっ!」

 魔法は、発動する前に魔法陣を傷付けて、無効化してしまえばいい。問題は、背後を陣取るゴーレムの巨壁。じわりじわりと歩き、距離をだんだん詰めてきている。
 あれの対処までには、流石に手が回らない。あいつらがここまで来たら、地獄のような作業は強制的に終わりを告げる。すなわち、完全なるお手上げ状態。通常なら私達の負けだ。
 ……頼むぞ、『シルフ』。私達が負ける寸前にまで追い詰められたら、お前に助けを求めるからな。
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