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189話、仲間が居るっていいなぁ
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『“風壊砲”、“極光蟲”に告ぐ! 最優先すべき敵は、土を司るノームだ! 姿を現し次第、一斉攻撃を始めてくれ!』
最も警戒すべき対象は、対策が可能な目に見える厄災よりも、いつ来るのかさえ分からない不確定な脅威。神経を張り巡らせ続けて、精神を無駄に削っていく暇は無い。
死角は『風壊砲』と『極光蟲』に任せておくとして。私は、残り三本にまで減った『光柱の管理人』に気を取られている、双頭竜に集中しよう。
距離にして、まだ数km前後。限界速度で飛んで行けば、約二、三分弱で、頭部に攻撃が届く距離へ入れる。だがその前に、双頭竜が私へ攻撃を始めるだろう。
流石に、一瞬で天を穿つどす黒い高圧水流のブレスは、来るのが分かっていても避けようがない。範囲も広いから、一回でも私に向かって放たれたら終わりだ。
それは、ウィザレナ達も然りなのだが……。なぜか、ウィザレナ達が担当している双頭竜の頭部は、何かに抉られた様に半壊している。
下顎も吹っ飛んでいるから、ブレスが上手く放てず垂れ流し状態。再生を始めるも、ウィザレナの『一番星』と思われる荒々しい光線が、別の箇所を抉り飛ばしていった。
「私も負けてられないな」
しかし、今の私は必死になって近づいて行く事だけしか出来ない。頼みの綱も『天翔ける極光鳥』のみ。こんな私が、迫害の地最強の魔女だと謳われていただなんて。聞いて呆れる。
どす黒い高圧水流のブレスが真横に薙ぎ払われ、二本の『光柱の管理人』を四本に切断。そろそろ動かないと、私の余命が残り数秒になってしまう。
『半数の“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 双頭竜の気を散らせるだけでいい! 上手く避けつつ、頭部への攻撃を開始してくれ!』
来たる死を回避する為の、指示を出してみれば。私の右側に居た『天翔ける極光鳥』が光芒化し、迂回を開始。
私からだいぶ離れた距離まで行くと、直角で曲がり、ほぼ一瞬で頭部の下顎まで駆けて接触。そのまま貫通し、痛々しい風穴を開けた。
やはり効いているらしく。新たに出来た即席の穴から、どす黒い滝を流しながら重低音の慟哭を発している。距離も近くなってきたので、全身の底まで響く衝撃だ。
安全圏まで離脱した光芒が、だんだん散り散りになっていき。目視が難しい細い線にまでなると、更にばらけ、光の尾を引きながら頭部へ集約していった。
「……む、『竜の禊』が出てきたか」
出現箇所は、風通しが良くなってきた頭部から。数も、おおよそ三十弱とそれなりの数だ。旋回中の『天翔ける極光鳥』を捉えられずとも、執拗に追いかけ回している。
頭部もそう。最早、狙いなんて定めていない。がむしゃらに高圧水流ブレスを撒き散らし、辺りにどす黒い雨を降らせ始めた。
まずい。このどす黒い液体は、たぶん汚泥だ。これらを媒介して、ノームが一気に距離を詰めてくる可能性がある。せめて、周辺の汚泥だけは払わないと。
「“風の杖”!」
指招きではなく、声で風の杖を呼び寄せ、私の目前に配置した。
『烈風の加護よ。抜きん出た邪を掻き退け、滅する力を我に与えたまえ! 『風護陣』!』
詠唱を唱え終えると、約十m先に淡い若草色をした魔法陣が出現。その魔法陣が強い光を帯びると、鋭い波を打つ風の膜を吐き出し、私の周りに展開させていった。
この魔法壁は、攻守を兼ね揃えた上位の魔法壁だ。膜の正体は、風の刃を幾重にも連ねた高速で吹き荒れる烈風。少しでも触れれば綺麗に削ぎ落され、あらゆる物の断面が拝める様になるだろう。
たとえそれが、鋼鉄であってもだ。……しかし、過去に何回か『風護陣』を使った事があるけども。半径十m以上の広さで展開されたのは、これが初めてになるな。
「……ああ、なるほど。シルフと契約したからか」
それなら合点がいく。よくよく思えば、『風壊砲』が放つ竜巻に爆ぜる効果なんて無かったはずだ。これも、シルフと契約した賜物か。
なら、『風護陣』もかなり強化されているだろう。その証拠に、降って来た汚泥を霧状になるまで切り刻み、風圧で遠くまで吹き飛ばしている。これなら、ノームも易々と近づけまい。
「だったらここは、一気に距離を詰めるべきだな」
ウィザレナ達が担当している双頭竜は、既に頭部が無い。再生が追い付いていないので、胴体への攻撃に移行している。あいつら、いつの間に頭部があった場所に到着していたんだ……?
攻撃範囲、破壊力、殲滅力、連射力、移動速度、全てが私を軽く上回っている。私がウィザレナに勝てる要素って、手数の多さぐらいか?
「いや、そんな事を考えてる場合じゃない」
場が固まって心に余裕が出来てしまったから、余計な雑念が生まれている。目先の敵に集中しろ。あと三十秒もあれば、頭部に到着するんだ。
雑念が払い切れていない私は、指招きで氷の杖を手元まで招き、杖先を背後へ向けた。
『古の流動を封ずる基部にして、意思ある者に惨苦の試練を与える絶対零度。その流動を赦さぬ形無き者に告ぐ。“気まぐれな中立者”。二度と動かぬ流動を、今一度放棄せよ!』
詠唱を唱えると、見えぬ背後から身震いするような冷気を感じ始めた。氷の魔法陣って、そんなに冷たいんだな。
『“気まぐれな中立者”に告ぐ。召喚されたら三秒後に破裂し、氷煙を垂らして双頭竜を氷像にしてくれ!』
指示まで出したが、合図はまだ出さない。タイミングを見計らい、頭部と胴体で戦っている『天翔ける極光鳥』を逃がさないといけないからな。
横目で背後を見てみるも、残りの『天翔ける極光鳥』や『風壊砲』、『極光蟲』は『風護陣』の中に居る。これなら、『気まぐれな中立者』に巻き添えを食らう者は居ない。
視界を前へ戻し、頭部との距離を測る。おおよそ一km以内。到着まで残り十秒前後。双頭竜は、右へ左へ不規則に揺れ動き、高圧水流ブレスを当てられない『天翔ける極光鳥』に翻弄され続けている。
到着まで、残り約八百m。頭部と『竜の禊』は、私の存在に気付いていない。攻撃が当たると思ったら、光芒になって回避している『天翔ける極光鳥』に釘付けだ。
『頭部と胴体で戦っている『天翔ける極光鳥』に告ぐ! 『竜の禊』と頭部の気を引き付けながら戦線を離脱してくれ! ある程度離れたら『竜の禊』の処理を頼む!』
到着まで、おおよそ五百m。おおまかな指示を聞き入れた『天翔ける極光鳥』が、私が居る反対方向へ飛び去って行く姿を視認。
その離れていく光芒を『竜の禊』が追い。頭部も、首を完全に反った状態で高圧水流ブレスを吐いている。
ずいぶん好都合な姿勢をしてくれているじゃないか。真横を通り過ぎようと思っていたが、比較的に安全な真上を通ってしまおう。
到着まで二百m。遠くまで離れた『天翔ける極光鳥』が、旋回して『竜の禊』への攻撃を再開。反った頭部はがら空き。黄土色の下顎が向き出しだ、実に通りやすい。残り百m……、ここ!
『契約者の名は“アカシック”!』
下顎の荒野へ入った直後に合図を出す。数秒してから紙袋を破裂させたような乾いた炸裂音を耳にして、速度を緩めつつ、来た空路を振り返ってみる。
風切り音しか聞こえない視線の先。大氷煙が頭部全体を包み隠していて、重力に囚われて音も無く垂れ下がっていけば。
何をされたのか分かっていない様子の頭部が現れ、なぞり落ちていく大氷煙により、胴体も分厚い氷に覆われていった。芯まで凍ったようで、ピクリとも動かない。
「なるほど、土にも氷魔法が有効なんだな」
無音の氷原を眺めてから、ウィザレナ達が居る方角へ顔を移す。が、双頭竜の姿はどこにも無く。
胴体が生えていた荒野には、ぽっかりと大穴が開いていた。もはや双頭竜は、再生が間に合ってすらいない。
そして、私とほぼ同じ高さに、星屑を生んでは散っていく光が一つ。その星から何かを知らせるように、一筋の眩い光が放たれ、土埃が舞う青空へ昇っていった。あの光は、『星閃・一文字』か?
「先に合図を出されてしまったか」
もしくは、『早くやれ』という催促か。ったく。ウィザレナ達と別れてから、まだ十分も経っていないというのに。
長丁場になると予想していたが、ずいぶん呆気なかった。私がここに一人で来ていたら、この場面が一つの佳境を迎えていただろう。そして、助けを求めてシルフを召喚していたかもしれない。
「やっぱり、仲間が居るっていいなぁ」
厄災だった氷像に向けて、構えた指をかざす。そのまま指を鳴らせば、氷像に大きな亀裂が走り、音を立てながら枝分かれしていき、勝手に自壊していく。
再生が始まらない所を見ると、やはり倒し方は合っていたらしい。双頭竜から生み出された『竜の禊』や残骸もそう。
主が倒された事により、魔力の供給が止まって静止し。体の一部がポロポロと剥がれ出したかと思えば、細々な砂に変化して、風に流されていっている。規模が規模なせいで、地上では砂塵が発生しているな。
「とりあえず、私も合図を出しておくか」
もう火の杖を使わずに、手だけでやってしまおう。そう横着した私は、箒を握っていた左手を、空へ掲げた。
『不死鳥の息吹』
火の杖、詠唱無しという魔女にはあるまじき大雑把なやり方で、呪文名だけ唱えてみれば。本来なら、爆発を伴う灼熱の大熱線が出るというのに。
今回は、手の平大の魔法陣が現れて、『ポン、ポン』と、なんとも可愛げで腑抜けた音を発する赤い光線が出始めた。一応、これでも発動するんだな。
「まるで、赤い流れ星みたいだ」
戦闘に対する集中力は欠けていないし、警戒も怠ってはいない。しかし、ひと時の安全を確保出来た事もあってか、少々悪ふざけが過ぎた。
そのお陰で、心にだいぶ余裕がある。慢心と一蹴されれば、それで終わってしまうが。
けど、まだ油断は禁物だ。ノームが使用した、一つの魔法を打ち破ったに過ぎない。そして、あいつがその気なら何回でも使ってくるだろう。
そろそろ、ノーム本体を探し出して倒さなければ。新たな鬼ごっことかくれんぼが始まる前に。
最も警戒すべき対象は、対策が可能な目に見える厄災よりも、いつ来るのかさえ分からない不確定な脅威。神経を張り巡らせ続けて、精神を無駄に削っていく暇は無い。
死角は『風壊砲』と『極光蟲』に任せておくとして。私は、残り三本にまで減った『光柱の管理人』に気を取られている、双頭竜に集中しよう。
距離にして、まだ数km前後。限界速度で飛んで行けば、約二、三分弱で、頭部に攻撃が届く距離へ入れる。だがその前に、双頭竜が私へ攻撃を始めるだろう。
流石に、一瞬で天を穿つどす黒い高圧水流のブレスは、来るのが分かっていても避けようがない。範囲も広いから、一回でも私に向かって放たれたら終わりだ。
それは、ウィザレナ達も然りなのだが……。なぜか、ウィザレナ達が担当している双頭竜の頭部は、何かに抉られた様に半壊している。
下顎も吹っ飛んでいるから、ブレスが上手く放てず垂れ流し状態。再生を始めるも、ウィザレナの『一番星』と思われる荒々しい光線が、別の箇所を抉り飛ばしていった。
「私も負けてられないな」
しかし、今の私は必死になって近づいて行く事だけしか出来ない。頼みの綱も『天翔ける極光鳥』のみ。こんな私が、迫害の地最強の魔女だと謳われていただなんて。聞いて呆れる。
どす黒い高圧水流のブレスが真横に薙ぎ払われ、二本の『光柱の管理人』を四本に切断。そろそろ動かないと、私の余命が残り数秒になってしまう。
『半数の“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 双頭竜の気を散らせるだけでいい! 上手く避けつつ、頭部への攻撃を開始してくれ!』
来たる死を回避する為の、指示を出してみれば。私の右側に居た『天翔ける極光鳥』が光芒化し、迂回を開始。
私からだいぶ離れた距離まで行くと、直角で曲がり、ほぼ一瞬で頭部の下顎まで駆けて接触。そのまま貫通し、痛々しい風穴を開けた。
やはり効いているらしく。新たに出来た即席の穴から、どす黒い滝を流しながら重低音の慟哭を発している。距離も近くなってきたので、全身の底まで響く衝撃だ。
安全圏まで離脱した光芒が、だんだん散り散りになっていき。目視が難しい細い線にまでなると、更にばらけ、光の尾を引きながら頭部へ集約していった。
「……む、『竜の禊』が出てきたか」
出現箇所は、風通しが良くなってきた頭部から。数も、おおよそ三十弱とそれなりの数だ。旋回中の『天翔ける極光鳥』を捉えられずとも、執拗に追いかけ回している。
頭部もそう。最早、狙いなんて定めていない。がむしゃらに高圧水流ブレスを撒き散らし、辺りにどす黒い雨を降らせ始めた。
まずい。このどす黒い液体は、たぶん汚泥だ。これらを媒介して、ノームが一気に距離を詰めてくる可能性がある。せめて、周辺の汚泥だけは払わないと。
「“風の杖”!」
指招きではなく、声で風の杖を呼び寄せ、私の目前に配置した。
『烈風の加護よ。抜きん出た邪を掻き退け、滅する力を我に与えたまえ! 『風護陣』!』
詠唱を唱え終えると、約十m先に淡い若草色をした魔法陣が出現。その魔法陣が強い光を帯びると、鋭い波を打つ風の膜を吐き出し、私の周りに展開させていった。
この魔法壁は、攻守を兼ね揃えた上位の魔法壁だ。膜の正体は、風の刃を幾重にも連ねた高速で吹き荒れる烈風。少しでも触れれば綺麗に削ぎ落され、あらゆる物の断面が拝める様になるだろう。
たとえそれが、鋼鉄であってもだ。……しかし、過去に何回か『風護陣』を使った事があるけども。半径十m以上の広さで展開されたのは、これが初めてになるな。
「……ああ、なるほど。シルフと契約したからか」
それなら合点がいく。よくよく思えば、『風壊砲』が放つ竜巻に爆ぜる効果なんて無かったはずだ。これも、シルフと契約した賜物か。
なら、『風護陣』もかなり強化されているだろう。その証拠に、降って来た汚泥を霧状になるまで切り刻み、風圧で遠くまで吹き飛ばしている。これなら、ノームも易々と近づけまい。
「だったらここは、一気に距離を詰めるべきだな」
ウィザレナ達が担当している双頭竜は、既に頭部が無い。再生が追い付いていないので、胴体への攻撃に移行している。あいつら、いつの間に頭部があった場所に到着していたんだ……?
攻撃範囲、破壊力、殲滅力、連射力、移動速度、全てが私を軽く上回っている。私がウィザレナに勝てる要素って、手数の多さぐらいか?
「いや、そんな事を考えてる場合じゃない」
場が固まって心に余裕が出来てしまったから、余計な雑念が生まれている。目先の敵に集中しろ。あと三十秒もあれば、頭部に到着するんだ。
雑念が払い切れていない私は、指招きで氷の杖を手元まで招き、杖先を背後へ向けた。
『古の流動を封ずる基部にして、意思ある者に惨苦の試練を与える絶対零度。その流動を赦さぬ形無き者に告ぐ。“気まぐれな中立者”。二度と動かぬ流動を、今一度放棄せよ!』
詠唱を唱えると、見えぬ背後から身震いするような冷気を感じ始めた。氷の魔法陣って、そんなに冷たいんだな。
『“気まぐれな中立者”に告ぐ。召喚されたら三秒後に破裂し、氷煙を垂らして双頭竜を氷像にしてくれ!』
指示まで出したが、合図はまだ出さない。タイミングを見計らい、頭部と胴体で戦っている『天翔ける極光鳥』を逃がさないといけないからな。
横目で背後を見てみるも、残りの『天翔ける極光鳥』や『風壊砲』、『極光蟲』は『風護陣』の中に居る。これなら、『気まぐれな中立者』に巻き添えを食らう者は居ない。
視界を前へ戻し、頭部との距離を測る。おおよそ一km以内。到着まで残り十秒前後。双頭竜は、右へ左へ不規則に揺れ動き、高圧水流ブレスを当てられない『天翔ける極光鳥』に翻弄され続けている。
到着まで、残り約八百m。頭部と『竜の禊』は、私の存在に気付いていない。攻撃が当たると思ったら、光芒になって回避している『天翔ける極光鳥』に釘付けだ。
『頭部と胴体で戦っている『天翔ける極光鳥』に告ぐ! 『竜の禊』と頭部の気を引き付けながら戦線を離脱してくれ! ある程度離れたら『竜の禊』の処理を頼む!』
到着まで、おおよそ五百m。おおまかな指示を聞き入れた『天翔ける極光鳥』が、私が居る反対方向へ飛び去って行く姿を視認。
その離れていく光芒を『竜の禊』が追い。頭部も、首を完全に反った状態で高圧水流ブレスを吐いている。
ずいぶん好都合な姿勢をしてくれているじゃないか。真横を通り過ぎようと思っていたが、比較的に安全な真上を通ってしまおう。
到着まで二百m。遠くまで離れた『天翔ける極光鳥』が、旋回して『竜の禊』への攻撃を再開。反った頭部はがら空き。黄土色の下顎が向き出しだ、実に通りやすい。残り百m……、ここ!
『契約者の名は“アカシック”!』
下顎の荒野へ入った直後に合図を出す。数秒してから紙袋を破裂させたような乾いた炸裂音を耳にして、速度を緩めつつ、来た空路を振り返ってみる。
風切り音しか聞こえない視線の先。大氷煙が頭部全体を包み隠していて、重力に囚われて音も無く垂れ下がっていけば。
何をされたのか分かっていない様子の頭部が現れ、なぞり落ちていく大氷煙により、胴体も分厚い氷に覆われていった。芯まで凍ったようで、ピクリとも動かない。
「なるほど、土にも氷魔法が有効なんだな」
無音の氷原を眺めてから、ウィザレナ達が居る方角へ顔を移す。が、双頭竜の姿はどこにも無く。
胴体が生えていた荒野には、ぽっかりと大穴が開いていた。もはや双頭竜は、再生が間に合ってすらいない。
そして、私とほぼ同じ高さに、星屑を生んでは散っていく光が一つ。その星から何かを知らせるように、一筋の眩い光が放たれ、土埃が舞う青空へ昇っていった。あの光は、『星閃・一文字』か?
「先に合図を出されてしまったか」
もしくは、『早くやれ』という催促か。ったく。ウィザレナ達と別れてから、まだ十分も経っていないというのに。
長丁場になると予想していたが、ずいぶん呆気なかった。私がここに一人で来ていたら、この場面が一つの佳境を迎えていただろう。そして、助けを求めてシルフを召喚していたかもしれない。
「やっぱり、仲間が居るっていいなぁ」
厄災だった氷像に向けて、構えた指をかざす。そのまま指を鳴らせば、氷像に大きな亀裂が走り、音を立てながら枝分かれしていき、勝手に自壊していく。
再生が始まらない所を見ると、やはり倒し方は合っていたらしい。双頭竜から生み出された『竜の禊』や残骸もそう。
主が倒された事により、魔力の供給が止まって静止し。体の一部がポロポロと剥がれ出したかと思えば、細々な砂に変化して、風に流されていっている。規模が規模なせいで、地上では砂塵が発生しているな。
「とりあえず、私も合図を出しておくか」
もう火の杖を使わずに、手だけでやってしまおう。そう横着した私は、箒を握っていた左手を、空へ掲げた。
『不死鳥の息吹』
火の杖、詠唱無しという魔女にはあるまじき大雑把なやり方で、呪文名だけ唱えてみれば。本来なら、爆発を伴う灼熱の大熱線が出るというのに。
今回は、手の平大の魔法陣が現れて、『ポン、ポン』と、なんとも可愛げで腑抜けた音を発する赤い光線が出始めた。一応、これでも発動するんだな。
「まるで、赤い流れ星みたいだ」
戦闘に対する集中力は欠けていないし、警戒も怠ってはいない。しかし、ひと時の安全を確保出来た事もあってか、少々悪ふざけが過ぎた。
そのお陰で、心にだいぶ余裕がある。慢心と一蹴されれば、それで終わってしまうが。
けど、まだ油断は禁物だ。ノームが使用した、一つの魔法を打ち破ったに過ぎない。そして、あいつがその気なら何回でも使ってくるだろう。
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