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181話、戦闘の前準備

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 ノームと戦うべくして宝物庫に入ったものの。とんでもない財宝の数々が、そこらかしこに置いてある。これ全部、先代のゴブリン達が集めた物なのだろうか?
 山の様に積み上げられた金貨。思わず目を奪われてしまう、煌びやかな光を放つ宝石群。悪趣味な装飾が施された宝剣。貴婦人が身に着けていそうな、一つ一つの粒が大きい白い首飾りなどなど。
 そんな、左右から私を誘惑してくる財宝の山々が、奥までずっと続いている。だからこそ、サニーにあんな豪華を極めた慰労会いろうかいが出来たのだな。

「先代のゴブリン達は、各地で相当派手に暴れ回っていたんだな」

「まるで、サニー殿が持ってる絵本の中みたいだ。奥に行ったら屈強がドラゴンが居そうだな」

「その絵本、私も読んだ事ある! アルビス様みたいに、大きなドラゴンが居るんだよね!」

「ああ、その絵本か。私もサニーに……、え?」

 なんて事はない独り言を呟いたつもりだったのに。聞き慣れ過ぎた二人の声が、あまりにも自然に入ってきたせいで、思わず私も反応してしまったが。もしかして、今の声って……。

「う、ウィザレナ!? それに、レナまで……」

「やあ、アカシック殿。一人で行こうとするなんて、ずいぶん水くさいじゃないか。アカシック殿が居ないと寂しいから、私達も付いてくぞ!」

「ウィザレナに同じです。アルビス様の強い制止を何とか振り切ってきたので、戻るのがとても怖いです。ですのでアカシック様、匿って下さい」

 顔を真横に移してみれば。凛とした涼しい顔で、我の強そうなワガママを言い、いつでも頼ってくれと言わんばかりに自分の胸を叩くウィザレナに。
 後々訪れるであろう黒龍の折檻から逃れようと、はにかみながら私に助けを求めてくるレナ。
 二人共、いつから付いてきていたんだ? まるで気配が無かったぞ。

「お、お前達? いつから居たんだ?」

「たった今、アカシック殿に追い付いた所だ」

「息を殺しながら必死になって走って来ました」

「ああ、なるほど……?」

 だから、さっきまで気配が無かったと。しかし二人共、息がまったく上がっていない。いや、そうじゃない。
 今付いて来られると、これから始まる熾烈を極めた戦いに巻き込まれてしまう。なので二人には悪いが、早々に広場まで戻ってもらわないと。

「二人共。今回は、少し訳が違うんだ。だから、今すぐ広場に戻ってくれ」

「断る。広場に戻ったら、アルビス殿に叱られてしまうじゃないか。ドラゴンの姿に戻ったアルビス殿に、本気で叱られてみろ? 想像するだけで、すごく怖い。今だってそうだ。少し想像してしまったから、恐怖で足がすくんできたぞ!」

「私だってそうです。私はウィザレナみたいに心が強くないので、たぶん泣きます」

 二人は、ああ言っているけども。透き通った清々しい表情で豪語してくるものだから、まるで説得力が無く、恐怖心に駆られているとは到底思えない。
 目だってそう。ウィザレナの、活力漲る天色の切れ目に。私の緊張感を解していく、レナのつぶらな黒い切れ目よ。恐怖心なんて、微塵も抱いていなさそうだ。

「駄目だ。二人には悪いが、大人しくアルビスに叱られてくれ」

「いいや、絶対に戻らないぞ。あそこに居る、得体の知れない者の正体が分かるまではな」

現れた時から、違和感を覚えてたんです。微量ながらも、魔力を感じますし。一体、どこのどなたが変身魔法を使ってるんでしょうね?」

 二人が、ここへ来た本当の理由を明かした途端。二人の切れ目が、獲物を狙う狩人の物へと変わり、洞窟内に佇む湿った空気がざわめき出した。
 なるほど、それで私に付いて来たのか。やはり魔法を使える二人も、ノームに変な違和感を覚えていたらしい。しかし、正体までは分かっていないようだ。

「貴様、何故アカシック殿をここへ誘い込んだ? 三十秒以内に話せ。もし一秒でも過ぎれば、貴様の頭を即座に射る」

「歩くのも止めて下さい。魔法の詠唱及び、こちらへ振り向く事も禁じます。少しでも怪しい素振りを見せれば、あなたの頭に二つの風穴が開く事になります」

 初手から最終警告を告げた二人の手に、魔力を圧縮した煌びやかな光の弓矢が現れて、ノームの頭に目掛けて弓を構えた。
 この、躊躇ためらいをまったく感じさせない凍てついた警告よ。二人共、過去の経緯もあってか脅し慣れている。
 迷い無き弓矢を向けられたノームも、ちゃんと歩みを止めてくれたが。ここは、二人に本当の事を話した方がいいのだろうか?

「いいねえ、その洗練された殺意。弓矢で射られる前に、全身穴だらけになっちまいそうだあ。それに、現在この世で唯一、『月属性の魔法』を使える嬢ちゃん達とも戦うってのも、悪かねえなあ」

「むっ……」

 私達以外に、知る由もない属性がノームの口にから出てきたせいか。ウィザレナの瞼がピクリと反応し、眼光の鋭さが増していく。

「なるほど。貴様、精霊のたぐいだな? 一体、何の用があってゴブリン殿の姿に変身し、アカシック殿に近づいた?」

「なんの用ってえ。もちろん、嬢ちゃんと戦う為に決まってんだろうがっとォ!」

「なっ……!?」

 そう意気揚々に叫び、ノームが足を上げて地面を踏んだ瞬間。私の全身に浮遊感を覚えて、ノームが瞬時に上へ落ちていった。いや、違う、私達が地面に落ち―――。

「ったく! これじゃあ、急襲となんら変わりないじゃないか!」

「チィッ! 奴め、アカシック殿のように無詠唱で魔法を使ったぞ! 相当な手練れだな!」

「一瞬で別の場所に来ちゃったけど、なんで空から落ちてるの!?」

 そうだ。今は、ノームに不満をぶつけるよりも、先に状況確認と戦闘の準備を行わなければ!

「出て来い! “火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”!」

 とりあえず、召喚出来る杖を全て出し、重力が働いている方向へ顔を向ける。
 辺り一面、赤褐色をした隆起が激しい荒野。とんでもない広さだ。どこを見渡せど、地平線の彼方まで荒野が続いている。
 地面までとの距離は、まだ余裕があるけども。なんだ? あの、雨の様に点々と降り注いでいる岩石は?
 地面に落ちても割れず、波紋を立たせながら地面へ吸い込まれていっている。

 発生源は、天高き空から突如として出現している魔法陣から。なぜ、あんな不規則にかつ、術者が居ない所から魔法陣が現れているんだ? それも、数えきれないほど大量に。
 いや、相手は新たな大精霊様だ。あの魔法陣付近に、何かがあるはず―――。

「アカシック殿! 私達の真上からも、岩石が降ってきてるぞ!」

「なに!?」

 体を捻り、空へ向けてみれば。見えるはずの空は無く、代わりに視界一杯を覆い尽くす、薄闇を纏った巨大な岩石が映り込んだ。

「ウィザレナ! 後処理は私がするから、あの岩石を細かく砕いてくれ!」

「任せろ! 『流星群』!」

 ノームの頭を射る予定だった弓矢を、目先にある岩石に放てば。かつてエルフの里跡地で初めて見た、様々な流線を描く膨大な量の光線が現れ、岩石に埋まった景色を一気に塗り替えていく。
 ウィザレナとレナ以外、眩い白と化した景色の中。間髪を容れぬ、耳の奥を劈く衝突音と、体を殴り付けてくる空振を連続で感知。
 一応、後処理をするべく氷の杖を持ったけども。数秒もすれば、衝突音と空振は止んでしまった。
 ウィザレナが放った『流星群』は未だ健在だが、跡形も残らず消し飛んでしまったか?

「ふむ。アカシック殿、後処理をする必要はないぞ。あの程度の大きさなら、私一人で十分だ」

「やっぱり、私の出番は無しか」

 ウィザレナの言う通り。流星群が晴れた視界の先には、砂埃すら無く。本来見えるはずだった空があり、悠々と厚い雲を流していた。
 ひとまず一つの脅威は去ったので、氷を杖を手放し、光の杖に持ち替える。そのまま指を三回鳴らし、私達に『ふわふわ』を発動させ、ウィザレナ達に光の杖先をかざした。

『森羅万象の怨恨を拒絶する、聖域の門番よ。道を絶たれし者に希望の光明を授け、怨恨へ抗う術を与えたまえ。『怨祓あだばらいの白乱鏡びゃくらんきょう』』

 呪文を唱え終えると、私とウィザレナ達の周りに、中心を起点として白の波紋を立たせた薄い膜が現れた。
 これで、これから来たるであろう更なる脅威に、何度か耐えられるはずだ。

「おお、なんとも麗しい魔法壁だな」

「すごく薄いですね。ウィザレナとアカシック様が、はっきり見えます」

「見た目は薄いが、私が覚えてる中で最も硬い魔法壁だ。これなら、降ってくる岩石は無視出来るだろう」

「岩石はって事は。やはり、先の得体の知れぬゴブリン殿と?」

 ひと時の余裕が出来た事により、話の本題に入ったウィザレナへ、うなずきで返す私。

「ああ、そうだ。私は今から、あのゴブリンと戦う。場所からして、ここはたぶん『土の瞑想場』だろうから、あのゴブリンの正体は『土を司る大精霊』様で間違いない」

「なっ!? 土を司る……」

「大精霊、様……?」

 確信を得た憶測に、驚愕した二人の切れ目が丸くなり、共に口をポカンとさせた。
 さて、地面はまだ遠い。時間の猶予もそれなりにある。しかし、事の流れを簡潔で手短に話さなければ。
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