ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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180話、私へのお礼はいらない

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「お前達! 歓喜に酔いしれてる場合じゃないぞ! 今すぐファーストレディ様に謝礼の準備をせい!」

「え? 謝礼?」

 歓声を掻き消す長老の一声に、周りのゴブリン達が一斉にあたふためき出し、各々が導き出したであろう行動に移していく。
 謝礼って、私にお礼の品を渡すという意味だよな? ……なぜだ? 私は特に、これといった事はしていないぞ。筋違いにも程がある。今すぐやめさせないと。

「ちょ、長老。お礼はいらないから、ゴブリン達を止めてくれ」

「何を言いますか! 我々はファーストレディ様を邪険に扱ったのにも関わらず、その雄大たる心で我々を許してくれて。更には、我々の欲望を慈悲深き想いで公認までしてくれました。そして、ファーストレディ様という大母神だいぼしん様が居たからこそ、今の我々に女神様が居ります。なので、大母神様に謝礼を贈らねば我々の気が済まぬのです! これ、ジギ! 何をぼさっと突っ立ってるんだ! 大母神様が座られる玉座を拭かんか!」

「あっ! し、失礼しました!」

「いや。ちょっと、私の話を……」

 ああ、駄目だ。どのゴブリンも私の話に耳を傾けてくれない。それにしても、このガタイのいいゴブリン、『ジギ』という名前だったのか。
 とんでもなく真剣な表情をして、玉座を布で拭いているけども、玉座がみるみる鏡面の如く仕上がっていく。
 アルビスにも引けを取らない掃除の技術だ。もはや鏡と言っても差し支えないがないほど、玉座のどこを見渡せど私の顔がくっきり映っている。
 玉座を磨き出してから、約一分後。掃除を終えたのか、ジギがやりきった良い表情を浮かべつつ、汗が滴るひたいを手の甲でぬぐった。

「ささっ。大母神様、こちらへお座り下さい」

「やっぱり、座らないとダメなのか?」

「是非とも、お座り頂ければと! 王族御用達の仕様になってますので、座り心地は抜群でございます!」

「はぁ……、それじゃあ」

 王族仕様と知ったせいで、ちょっとだけ座りたい欲が芽生えてしまい、そっと玉座に腰を掛ける私。

「おお~……。いいなぁ、これ」

 尻と背中がどこまでも沈んでいくような、底知れぬふわふわ具合。肘掛けもそう。見るからに固そうだというのに、最初から私の座高に合わせたかのようにちょうどいい高さだ。
 だからこそ、肘が置きやすくて、体にとてもよく馴染む。信じられないぐらいふわふわなので、長時間座っていても腰が痛くならなそうだ。

「大母神様、つかぬ事をお聞きしますが……。一度世界を掌握した事は、おありで?」

「おい、誰が魔王だ」

「す、すみません! 堂々たる風貌が、正に本物のそれでしたので、つい……」

 ぎこちない苦笑いをし、慣れた手つきでゴマをする長老。さっきまで、私に恐れて死にそうなほど震えていたというのに。
 けど、私に対しての恐怖心は無くなったようだ。先の冗談がいい証拠だ。ヴェルインが霞むほど調子が良すぎるけど、こっち方が何倍もやりやすい。

「それでなのですが、大母神様。何かお望みの物があれば、是非ともお教え願います」

「さっきも言ったけど、私はお礼なんていらない。私よりも、サニーの願いを聞いてやってくれ」

「女神様については、言わずもがなでございます。後々、第三回目の慰労会いろうかいを行います故、ご心配なく。ですので、今は大母神様のお望みがあればと。そうだ! お食事なんていかがでしょう?」

「食事っ」

 食事って事は、サニーにも振る舞われた料理群が食べられる訳か。それなら……、いや待て! アルビスいわく、肉塊だけでも金貨三百枚もする代物だぞ?
 けど、食べたい。『タート』の六階層以降でしか買えない肉塊や野菜、果物を、食べてみたいっ! しかし、我慢するんだ、私よ……。
 たぶん、サニーが後二回ゴブリンの夢を叶えたら、三回目の慰労会が行われるだろう。なので、わざわざ私の為に用意させる必要はない。だから耐えてくれ、私の食欲よ……!

「さ、サニーの慰労会が行われた時に、少しだけ貰うから、今用意しなくても、いい……」

「歯を食いしばってるようにも見えますが……、本当によろしいのですか?」

「よ、よろしい、です……」

「そうですか。なら、どうしましょう?」

 考えるな長老、そのまま私の事は諦めてくれ。第一、私は何もしていないんだ。なので、謝礼を受け取る筋合いなんて、これっぽっちもない。
 頼むから、サニーの演劇を再開してくれ。今、私が一番見たいのは、それだけなのだから。

「でしたら、凝り治療―――」

「ジジイ。嬢ちゃんを宝物庫とやらに連れてって、欲しいもんを選ばせた方が早えんじゃねえかあ?」

「だ、誰がジジイだ! ……むう? お前、見ない顔だな」

「む?」

 長老が新たな提案を話している途中。やけに馴れ馴れしい第三者の声が割って入ってきたので、いつの間にか地面に向けていた顔を上げる私。
 移り変わった視界の先。太々しさが全面に押し出している、周りのゴブリン達と特に差異の無いゴブリンが、腕を組んで私の方に顔を合わせていた。
 いや、差異がないのは見た目だけだ。この太々しいゴブリンから、微弱ながらも魔力を感じる。弱すぎて話にならないが、なんだか違和感のある魔力だ。

「おうおう、仲間の顔を忘れんじゃねえよお。ジジイ、とうとうボケたかあ?」

「な、仲間の顔と名前は全員覚えているが。そう言われると、だんだん自信が……。お前、名前は?」

「名前? あー……、『ノーム』様だあ」

「ノーム? やはり、名前も聞き覚えが無い―――」

 指摘されて自信を失っている長老が、話を続けようとするも。変な間を置いた『ノーム』と名乗ったゴブリンが、長老の細々しい肩に手を回し、体をグイッと引き寄せた。

「まあまあ。俺様の事はいいから、話を続けようぜえ。なあ嬢ちゃん、てめえだって宝物庫に行きてえだろ?」

「いや、別に行きたくないが」

「ほ~う、いいのかい? 嬢ちゃん。ここで行っとかねえと、いつまで経っても嬢ちゃんの夢は叶えられねえぜえ?」

「私の、夢……?」

 何か意味のありそうな発言をしたノームが、口角を上げて不敵に笑う。こいつに付いていかないと、私の夢が叶えられない?
 私の叶えたい夢は三つある。一つ目は、『アルビスが平和な日常を送れるよう、私が影から全面的に協力し、約五百年の幸せを与える事』。
 二つ目は、『サニーを幸せにし続ける事』。そして三つは、『ピースを生き返らせる事』だが―――。

「……お前、まさか?」

「気付いたな? そう、そのまさかだあ」

 確信を得るには充分過ぎる『ノーム』の返答に、私の全身がふるっと震え、頭部の先まで走っていった。本当にいつも、とんでもないタイミングで現れるな。この方達は。
 名前を名乗る時に、変な間があったのはそういう事か。極め付きは、『ノーム』から感じる違和感のある魔力。
 どうやら『シルフ』は、ちゃんと言い聞かせてくれていたらしい。急襲せず、わざわざゴブリンに変身してまで、私に接触してきたのだから。

「長老、気が変わった。こいつと二人だけで、宝物庫に行かせてくれ」

「え? こいつとだけでですか? それは、別に構いませぬが……。本当に、それでよろしいのですか?」

「ああ、充分だ。しかし、宝物庫にある物は何も取らない。手ぶらで帰ってくる」

 そう、お目当てはゴブリンの財宝じゃない。この、ノームと二人っきりになれる時間が欲しいだけだ。

「は、はぁ……、分かりました。おい、ノームとやら。大母神様に、迷惑を掛けるんじゃないぞ?」

「分かってらあ。ほれ嬢ちゃん、行くぞお」

 私に向かい、大きく手招きをしたノームが、広場の左奥にある洞穴に向かって歩き出す。
 私もノームの見下せる背中を追って歩き出すも、不意に背後から「おい、アカシック・ファーストレディ」という、アルビスの小声が聞こえてきた。

「なんだ?」

「余も付いていこうか?」

 この、私の背中を刺してくるような、アルビスのピリッと張りつめた気配よ。たぶんアルビスも、ノームの正体を見破っていそうだ。

「いや、私一人で大丈夫だ。お前はここに残って、時間稼ぎをしててくれ」

「時間稼ぎ?」

「ああ。あそこへ行ったら最後、いつ帰って来れるか分からないからな。最低でも、三時間以上は稼いどいて欲しい」

「三時間以上、ねえ。前回は、皆を誤魔化すのに苦労したからな。分かった、今回は諦めよう。だが、アカシック・ファーストレディ」

 遠ざかっていく気配から、再び私を呼び止めるアルビスの声。

「死ぬなよ?」

「もちろんだ。ちゃんと生きて帰ってくる」

「……そうか、なら安心だ」

 若干不安が混じった安堵の声を認め、一度も振り返らずに宝物庫へ入る。本当であれば、頼りなるアルビスと共闘がしたかった。
 しかし、先にも言った通り、いつ帰って来れるのか予想すらつかない。なので、事情を把握しているアルビスをあえて残し、少しでも私から気を逸らさせるよう頼んだのだ。
 さてと。あと問題があるとすれば、どのタイミングで戦いが始まるかだな。まさかと思うが、こんな狭い場所ではやらないだろう。
 だとすれば、私はこれから『瞑想場』へ連れて行かれるはず。ノーム。お前は土と氷、どっちを司る様なんだ?
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