ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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176話、ゴブリンの夢を叶える為に

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 大精霊のウンディーネとシルフを家に招き、食事を振る舞ったり溜まった疲れを回復魔法で癒し。その後、シルフから愛のある鉄拳を後頭部に受けて、父親のように叱られて。
 ウンディーネからの提案で、今後は喋り方をシルフと同じようにして欲しいと相談されて。二人に恩返しがしたいと申し出たら、私の家が大精霊のゆかりある場所となった、次の日以降。

 二人と一時的な別れを告げるも、次の日の昼前に『ディーネ』ことウンディーネが家に来て。更に午後には、『ルシル』ことシルフまでもが家に来た。
 流石に、毎日とまではいかないものの。三日か四日に一度は、ウンディーネかシルフのどちらかが遊びに来て、共に笑いながら楽しい日々を過ごしている。
 その間に、懸念していたファートとの接触もあったけど。あいつは二人の独特な魔力の濃さに驚愕はしていたが、正体までは見破れず。今では普通に挨拶や会話を交わし、仲良くやっている。

 しかし、この半年間。問題が無かった訳でもない。みんなと親交深くなった二人も、よく魔王ごっこに参加するようになったのだが。
 魔王役に抜擢されたウンディーネがシルフに了承を得て、控えめ気味に暴走を始め。みんなを『水の瞑想場』へ連れて行き、かつて、私を瀕死に追い込んだ『水天楼』という魔法を発動。
 圧倒的に次元が違う魔王感を見せるも、勇者サニーの一撃により呆気なく滅亡した。あとで、ウンディーネから聞いた話なのだけれども。どうやら『水天楼』という魔法は、ウンディーネの秘奥義らしい。
 しかも、現時点で私が『水天楼』を破れる術は、奥の手である『語り』のみ。私の最大魔法である『終焉』を食らい尽くした、アルビスの闇の召喚魔法『暴食王』ですら食い尽くせないとの事。
 そんな凄まじい威力を誇る秘奥義を、魔王ごっこに使用するのはいかがなものかと思ったのだが……。同時にあの時は、奥の手がタイミングよく発動してくれて、本当に運が良かったと再度痛感させられた。

 それはさておき。ウンディーネとシルフが私達の日常に溶け込んでから、おおよそ半年後。サニーは何事もなく十歳になった。
 今年の誕生日会は、シルフからの提案で『天翔ける極光鳥』達にも参加してもらう事になり、去年よりも派手で騒がしい誕生日会になった。
 とにかく楽しかったな。主役のサニーもそうだけど、みんなしてずっと笑い合っていた。いつか、この楽しいひと時の中に、ピースも居る時間が訪れるのだろうか?
 いや、そうじゃない。いつか、訪れる日が来るんだ。だからこそ、私が頑張らなければならない。待っていろよ、残りの大精霊様方。私は、いつでも相手になってやる。










「……入るのが、ちょっと恥ずかしいな」

 昼食の食材を買う為に、『タート』へ行ったのはいいのだが……。まさか、お金が入った布袋を家に忘れるだなんて。明日ぐらいまで、ヴェルインの笑い話の種にされてしまう。
 けど、これに関しては仕方ない。お金入りの布袋を忘れた私が悪いんだ。何度か蒸し返されても、『またか』とぶっきらぼうに返してやろう。

「ただいま……、あれ?」

 扉を開けて中に入るも、灯りが消えている部屋内には誰も居らず。唯一私を出迎えてくれたのは、窓から差し込む光だけだった。

「みんな、どこかへ行ったのか?」

 しかし、みんなしてどこへ? 行くとしたら、『山岳地帯』へ続く森の中か。『水鏡の扉』を抜けた先にある、精霊の森か『花畑地帯』ぐらいなものだけども。
 家に人っ子一人居ないなんて、ずいぶん久しぶりに見る光景だ。最後に見たのは、『針葉樹林地帯』で、サニーと出会う前ぐらいだろうか。

「誰も居ないと、やたらと広く感じるな」

 落ち着かない静寂が、逆にうるさく感じる。それになんだか、ちょっと物寂しい。昔は、八十年以上も共に過ごしてきた空間だというのに。今の私には耐え難いな。

「っと。早くタートに戻って、買い物を済ませないと……、む?」

 お金入りの布袋が見当たらないので、補充しようと思って奥へ歩み出すも。片づけられたテーブルの上に、違和感のある一枚の画用紙が置いてあったので、進行方向をテーブルへ変える。
 テーブルの前まで来ると、サニーの字で何か書かれている画用紙を手に持った。

「『みなさんの夢を叶えるために、ゴブリンさんのお家に行ってきます! サニー』。……ゴブリンの、家?」

 ゴブリンの家って、沼地帯にあったっけ? 洞窟だったら、元々アルビスが住んでいた山のふもとにあるけども。
 なんだか、凄まじく嫌な予感がする内容だ。ゴブリン達の願いを叶える為に、わざわざ住処にまで行くだなんて。
 アルビス達まで居ないのは、サニーと同行しているからと思っていい、よな?

 いや、そうであってくれないと困る。相手は『迫害の地』に居るゴブリンだぞ? きっと、おぞましいまでに凶暴で、たとえ女子供であろうとも容赦なく襲い掛かってくるに違いない。
 そして、ゴブリン達に連れて行かれてしまったのは、女神に勝るとも劣らない愛娘のサニー。……今頃、下品に笑うゴブリン達に囲まれて、あんな事やこんな事をされて―――。

「サニィイイーーーーッ!!」

 気が動転してしまい、走りながら扉を蹴り破る私。地面へ着地する前に、右手に漆黒色の箒を召喚して掴み、そのままゴブリンが住む洞窟に向かうべく、低空飛行で森へ突入した。
 ゴブリンが住む洞窟の入口は、ヴェルインのアジトへ続く坂道の手前にある。限界速度で飛んでしまえば、三十秒もあれば着く距離だ。
 木や障害物に気にしている暇なんてない。目視出来れば避けられる。最悪激突してしまっても、死ぬ前に秘薬を飲めばいい。今大事なのは、サニーが無事なのかどうなのかだ!

「見えた!」

 高速で景色が背後へ流れていく、数百m先。洞窟の穴と、その穴の両脇に佇む二本の松明を認め、速度を一気に下げつつ箒を消し。
 地面に付けた左足で踏ん張りを効かせ、速度を殺していく。
 地面を軽く抉りながら数十mほど滑り、完全に止まってから顔を上げてみれば。ちょうど真正面に、連れ去られたサニーが監禁されているであろう、ゴブリンが住む洞窟の入口が視界に入った。

「見張りは、居ないようだな」

 入口を守っているのは、左右にある二本の松明のみ。辺りを探ってみるも、敵影、殺気、気配は無し。聞こえてくるとすれば、平和な空気を強調する鳥のさえずりだけ。
 待ち伏せを警戒していたが、中で守りを固めているのだろうか? だとすれば、それは悪手だ。一ヶ所に固まっていれば、氷魔法で一掃出来る。
 が、油断は禁物だ。中には入った事がないので、地の利はゴブリンにある。足音も響くだろうし、侵入すればすぐにバレてしまうだろう。

 けど、それは普通に侵入した場合だ。箒に乗って進んで行けば、足音は絶対に鳴らない。
 そして私には、アルビスの目を幾度どなく欺いてきた、透明化の魔法がある。物音さえ立てなければ、バレずに最深部まで潜れる。
 侵入方法を纏めた私は、右手に漆黒色の箒を再召喚し。跨りながら指を鳴らして、透明化の魔法を発動させる。
 箒と全身が消えている事を確かめてから、大きく息を吸い、吸った以上に長く吐いた。

「待ってろよ、サニー。今、私が助け出してやるからな」

 今度は息を細く吐き、いつでも杖を出せるよう、右手を箒から離す。神経を研ぎ澄まし、辺りを警戒しながら中へ突入した。
 陽光が絶たれたせいで、中は少し肌寒い。獣の骨が散乱していると思っていたのに、意外と小奇麗だ。ゴミ一つさえ落ちていない。
 正面は、歪に続いていく一本道。私を誘うように、松明が等間隔に設置されている。
 左右は、突き当りが拝めない広さがある。足場がほとんど無く、透明度の高い池と、天井から垂れ下がった大小様々な形の鍾乳石が見えた。

 おかしい、ここにもゴブリンの姿が無い。潜める場所がないというのもあるけど、待ち伏せをしている奴が一匹も居ないとは。
 巡回ぐらいは、していてもいいと思うのだが。まさか、全員がサニーに群がっている?
 その可能性は十二分にありえるな。目の保養にもなるし、見ているだけで心身が癒されるだろう。サニーの可愛さは、最上級の回復魔法ぐらいの効果があるし、無論ゴブリン達も、それを知っているはず。
 索敵をしながら数百m進むと、左右に壁が現れて池と鍾乳石が見えなくなり。幅にして約五m前後はあろう、圧迫感がある緩やかな坂道に変わった。

「む……? あれは、アルビス達か?」

 狭い坂道を下り、数分後。ようやく突き当りが見えたかと思えば。明らかに人工的な灯りが差す左側へ続く道に、アルビス、ヴェルイン、カッシェさん、ウィザレナ、レナの姿があった。
 よかった。みんな、ゴブリンの住処に付いてきていたんだ。しかし、何かを見ながら棒立ちしているようだが……。みんなは一体、何をしているんだ? 気配を消して近づいてみるか。

「あんな道具まで揃えてるとは、ずいぶんと用意周到だな」

「サニーちゃんの表情も相まって、もうそれにしか見えねえぜ」

 サニー? ヴェルインは今確かに、サニーの名前を言った。という事は、みんなの顔が向いている方向に、サニーが居るのか?
 息を止めて気配を更に消し、みんなの背後に付く。ウィザレナとレナの間から、先の景色を認めた瞬間。私の視界が限界まで広がり、頭の中が真っ白になった。
 地底とは思えないほどの広場。その広場のゴツゴツとした岩の壁沿いを囲むように、グルリと一周している無数のゴブリン達。
 そして広場の中央には、生気を失った青い瞳をしていて、くすんだ灰色をしたボロボロの一枚布を着ており、果物を乗せたお盆を持っているサニーが、鉄球付きの足枷を引きずりながら、豪華な椅子に鎮座しているゴブリンの元に向かって歩いていた。
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