ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
181 / 301

176話、ゴブリンの夢を叶える為に

しおりを挟む
 大精霊のウンディーネとシルフを家に招き、食事を振る舞ったり溜まった疲れを回復魔法で癒し。その後、シルフから愛のある鉄拳を後頭部に受けて、父親のように叱られて。
 ウンディーネからの提案で、今後は喋り方をシルフと同じようにして欲しいと相談されて。二人に恩返しがしたいと申し出たら、私の家が大精霊のゆかりある場所となった、次の日以降。

 二人と一時的な別れを告げるも、次の日の昼前に『ディーネ』ことウンディーネが家に来て。更に午後には、『ルシル』ことシルフまでもが家に来た。
 流石に、毎日とまではいかないものの。三日か四日に一度は、ウンディーネかシルフのどちらかが遊びに来て、共に笑いながら楽しい日々を過ごしている。
 その間に、懸念していたファートとの接触もあったけど。あいつは二人の独特な魔力の濃さに驚愕はしていたが、正体までは見破れず。今では普通に挨拶や会話を交わし、仲良くやっている。

 しかし、この半年間。問題が無かった訳でもない。みんなと親交深くなった二人も、よく魔王ごっこに参加するようになったのだが。
 魔王役に抜擢されたウンディーネがシルフに了承を得て、控えめ気味に暴走を始め。みんなを『水の瞑想場』へ連れて行き、かつて、私を瀕死に追い込んだ『水天楼』という魔法を発動。
 圧倒的に次元が違う魔王感を見せるも、勇者サニーの一撃により呆気なく滅亡した。あとで、ウンディーネから聞いた話なのだけれども。どうやら『水天楼』という魔法は、ウンディーネの秘奥義らしい。
 しかも、現時点で私が『水天楼』を破れる術は、奥の手である『語り』のみ。私の最大魔法である『終焉』を食らい尽くした、アルビスの闇の召喚魔法『暴食王』ですら食い尽くせないとの事。
 そんな凄まじい威力を誇る秘奥義を、魔王ごっこに使用するのはいかがなものかと思ったのだが……。同時にあの時は、奥の手がタイミングよく発動してくれて、本当に運が良かったと再度痛感させられた。

 それはさておき。ウンディーネとシルフが私達の日常に溶け込んでから、おおよそ半年後。サニーは何事もなく十歳になった。
 今年の誕生日会は、シルフからの提案で『天翔ける極光鳥』達にも参加してもらう事になり、去年よりも派手で騒がしい誕生日会になった。
 とにかく楽しかったな。主役のサニーもそうだけど、みんなしてずっと笑い合っていた。いつか、この楽しいひと時の中に、ピースも居る時間が訪れるのだろうか?
 いや、そうじゃない。いつか、訪れる日が来るんだ。だからこそ、私が頑張らなければならない。待っていろよ、残りの大精霊様方。私は、いつでも相手になってやる。










「……入るのが、ちょっと恥ずかしいな」

 昼食の食材を買う為に、『タート』へ行ったのはいいのだが……。まさか、お金が入った布袋を家に忘れるだなんて。明日ぐらいまで、ヴェルインの笑い話の種にされてしまう。
 けど、これに関しては仕方ない。お金入りの布袋を忘れた私が悪いんだ。何度か蒸し返されても、『またか』とぶっきらぼうに返してやろう。

「ただいま……、あれ?」

 扉を開けて中に入るも、灯りが消えている部屋内には誰も居らず。唯一私を出迎えてくれたのは、窓から差し込む光だけだった。

「みんな、どこかへ行ったのか?」

 しかし、みんなしてどこへ? 行くとしたら、『山岳地帯』へ続く森の中か。『水鏡の扉』を抜けた先にある、精霊の森か『花畑地帯』ぐらいなものだけども。
 家に人っ子一人居ないなんて、ずいぶん久しぶりに見る光景だ。最後に見たのは、『針葉樹林地帯』で、サニーと出会う前ぐらいだろうか。

「誰も居ないと、やたらと広く感じるな」

 落ち着かない静寂が、逆にうるさく感じる。それになんだか、ちょっと物寂しい。昔は、八十年以上も共に過ごしてきた空間だというのに。今の私には耐え難いな。

「っと。早くタートに戻って、買い物を済ませないと……、む?」

 お金入りの布袋が見当たらないので、補充しようと思って奥へ歩み出すも。片づけられたテーブルの上に、違和感のある一枚の画用紙が置いてあったので、進行方向をテーブルへ変える。
 テーブルの前まで来ると、サニーの字で何か書かれている画用紙を手に持った。

「『みなさんの夢を叶えるために、ゴブリンさんのお家に行ってきます! サニー』。……ゴブリンの、家?」

 ゴブリンの家って、沼地帯にあったっけ? 洞窟だったら、元々アルビスが住んでいた山のふもとにあるけども。
 なんだか、凄まじく嫌な予感がする内容だ。ゴブリン達の願いを叶える為に、わざわざ住処にまで行くだなんて。
 アルビス達まで居ないのは、サニーと同行しているからと思っていい、よな?

 いや、そうであってくれないと困る。相手は『迫害の地』に居るゴブリンだぞ? きっと、おぞましいまでに凶暴で、たとえ女子供であろうとも容赦なく襲い掛かってくるに違いない。
 そして、ゴブリン達に連れて行かれてしまったのは、女神に勝るとも劣らない愛娘のサニー。……今頃、下品に笑うゴブリン達に囲まれて、あんな事やこんな事をされて―――。

「サニィイイーーーーッ!!」

 気が動転してしまい、走りながら扉を蹴り破る私。地面へ着地する前に、右手に漆黒色の箒を召喚して掴み、そのままゴブリンが住む洞窟に向かうべく、低空飛行で森へ突入した。
 ゴブリンが住む洞窟の入口は、ヴェルインのアジトへ続く坂道の手前にある。限界速度で飛んでしまえば、三十秒もあれば着く距離だ。
 木や障害物に気にしている暇なんてない。目視出来れば避けられる。最悪激突してしまっても、死ぬ前に秘薬を飲めばいい。今大事なのは、サニーが無事なのかどうなのかだ!

「見えた!」

 高速で景色が背後へ流れていく、数百m先。洞窟の穴と、その穴の両脇に佇む二本の松明を認め、速度を一気に下げつつ箒を消し。
 地面に付けた左足で踏ん張りを効かせ、速度を殺していく。
 地面を軽く抉りながら数十mほど滑り、完全に止まってから顔を上げてみれば。ちょうど真正面に、連れ去られたサニーが監禁されているであろう、ゴブリンが住む洞窟の入口が視界に入った。

「見張りは、居ないようだな」

 入口を守っているのは、左右にある二本の松明のみ。辺りを探ってみるも、敵影、殺気、気配は無し。聞こえてくるとすれば、平和な空気を強調する鳥のさえずりだけ。
 待ち伏せを警戒していたが、中で守りを固めているのだろうか? だとすれば、それは悪手だ。一ヶ所に固まっていれば、氷魔法で一掃出来る。
 が、油断は禁物だ。中には入った事がないので、地の利はゴブリンにある。足音も響くだろうし、侵入すればすぐにバレてしまうだろう。

 けど、それは普通に侵入した場合だ。箒に乗って進んで行けば、足音は絶対に鳴らない。
 そして私には、アルビスの目を幾度どなく欺いてきた、透明化の魔法がある。物音さえ立てなければ、バレずに最深部まで潜れる。
 侵入方法を纏めた私は、右手に漆黒色の箒を再召喚し。跨りながら指を鳴らして、透明化の魔法を発動させる。
 箒と全身が消えている事を確かめてから、大きく息を吸い、吸った以上に長く吐いた。

「待ってろよ、サニー。今、私が助け出してやるからな」

 今度は息を細く吐き、いつでも杖を出せるよう、右手を箒から離す。神経を研ぎ澄まし、辺りを警戒しながら中へ突入した。
 陽光が絶たれたせいで、中は少し肌寒い。獣の骨が散乱していると思っていたのに、意外と小奇麗だ。ゴミ一つさえ落ちていない。
 正面は、歪に続いていく一本道。私を誘うように、松明が等間隔に設置されている。
 左右は、突き当りが拝めない広さがある。足場がほとんど無く、透明度の高い池と、天井から垂れ下がった大小様々な形の鍾乳石が見えた。

 おかしい、ここにもゴブリンの姿が無い。潜める場所がないというのもあるけど、待ち伏せをしている奴が一匹も居ないとは。
 巡回ぐらいは、していてもいいと思うのだが。まさか、全員がサニーに群がっている?
 その可能性は十二分にありえるな。目の保養にもなるし、見ているだけで心身が癒されるだろう。サニーの可愛さは、最上級の回復魔法ぐらいの効果があるし、無論ゴブリン達も、それを知っているはず。
 索敵をしながら数百m進むと、左右に壁が現れて池と鍾乳石が見えなくなり。幅にして約五m前後はあろう、圧迫感がある緩やかな坂道に変わった。

「む……? あれは、アルビス達か?」

 狭い坂道を下り、数分後。ようやく突き当りが見えたかと思えば。明らかに人工的な灯りが差す左側へ続く道に、アルビス、ヴェルイン、カッシェさん、ウィザレナ、レナの姿があった。
 よかった。みんな、ゴブリンの住処に付いてきていたんだ。しかし、何かを見ながら棒立ちしているようだが……。みんなは一体、何をしているんだ? 気配を消して近づいてみるか。

「あんな道具まで揃えてるとは、ずいぶんと用意周到だな」

「サニーちゃんの表情も相まって、もうそれにしか見えねえぜ」

 サニー? ヴェルインは今確かに、サニーの名前を言った。という事は、みんなの顔が向いている方向に、サニーが居るのか?
 息を止めて気配を更に消し、みんなの背後に付く。ウィザレナとレナの間から、先の景色を認めた瞬間。私の視界が限界まで広がり、頭の中が真っ白になった。
 地底とは思えないほどの広場。その広場のゴツゴツとした岩の壁沿いを囲むように、グルリと一周している無数のゴブリン達。
 そして広場の中央には、生気を失った青い瞳をしていて、くすんだ灰色をしたボロボロの一枚布を着ており、果物を乗せたお盆を持っているサニーが、鉄球付きの足枷を引きずりながら、豪華な椅子に鎮座しているゴブリンの元に向かって歩いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...