ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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174話、秘密裏に進めている作戦

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「あ~あ、今日という日が終わっちまったなあ。残念でならねえぜ」

「そうですね。シルフさんのお陰で、これからは気軽にアカシックさんのお家に行けるようになりましたが。これ以上という日が訪れる事は、もう二度とないでしょう」

 俺とウンディねえの名残惜しさがある声が、『光の教会』内に響いて霧散していく。相変わらず、声がやたらと通る場所だぜ。

「それにしても、見たか? ウンディ姉。俺がぶん殴った時の、アカシックの怯え切った顔をよ。流石の俺も、あんな顔は初めて見たぜ」

「アカシックさんを一番見ていたあなたですら、初めて拝んだ顔なんですね」

「まあな。内心、ちょっとやり過ぎたと思って焦ってた。けどよ? あの時の俺、なんとなく父親っぽくなかったか?」

「ええ、私もそう感じていました。ですが、いきなり手を挙げるのはよろしくありません。説教だけで済ませていたら、もっと立派で偉大な父親になれていたと思います」

「へへっ、だな」

 ごもっともな意見をやんわりと述べて、母性が垣間見える微笑みを浮かべるウンディ姉。俺がアカシックの父親であれば、ウンディ姉は母親の代わりをしてやれそうだ。
 しかし、アカシックを育てた父親は別に居る。あいつが表舞台に立てない今の内に、俺が三人目の父親になってやりてえ所だけど。俺は不器用だし、荷が重いかもな。
 それにあいつは、二十年間思い出がはち切れんばかりに詰まった月日を、アカシックやピースと共に過ごしてきた。俺がどう足搔いたとしても、差が埋まる事は絶対にねえ。
 だからこそ、あえてここに来たんだ。今では、あいつが逆の立場に居る事だし。今日だけは、たっぷりと自慢話を聞かせてやるぜ。

「ウンディーネ様の言う通りです! もう二度と、アカシックさんに手を挙げないで下さい!」

 背中を押さんばかりに飛んでくる、『エリィ』のずいぶんと透き通ったおしとやかな怒号。
 後ろを振り向いてみれば。主祭壇に立っている『レム』の隣に、怒りをこめた細い眼差しで俺を睨みつけているエリィが居た。そういえばあいつ、『伝心でんしん』を使って、俺に文句を垂れてきていたな。
 確か、ウンディ姉が暴走してアカシックに戦いを挑んで負けた後にも、『伝心』で怒鳴り散らかしてたんだっけか?
 いや、それも無理はねえか。あいつにとってアカシックは、多大なる恩人だしな。

「分かってるって。俺に関しちゃあ、あれが最初で最後だ。もうやらねえよ」

「本当ですね? 信じていますよ、シルフ様」

「シルフさんは、嘘をつかない事で有名なんです。ですので、エリィさん。ご安心下さい」

「は、はい! 分かりました」

 ウンディ姉の言葉を即座に聞き入れたエリィが、胸元に手を添え、ほっと胸を撫で下ろした。
 例の一件で、ウンディ姉にだいぶ懐いちまったな。つか、俺の言葉も信用してほしいぜ。

「ですが、シルフ様? シルフ様に関してという事は、他の方に心当たりがあるのでしょうか?」

「ほら、『ノーム爺さん』と『フラウ姉』だけは、アカシックと戦う気満々だろ? そいつらを引き合いに出したのさ」

「ああ……。ノーム様と、フラウ様ですか」

 戦闘狂である二人の名前を出すや否や。不安に駆られたエリィの顔が暗くなり、あからさまに萎れていった。
 あいつらは、いずれ全力を出すとも豪語していたし。その豪快な宣言を、エリィは直に聞いていたしな。相当不安がっているだろうよ。

「私達も幾度となく説得を試みましたが、全て失敗に終わりました。ですので、ノームさんとフラウさんには、秘密裏に準備を進めています」

「準備、ですか?」

「アカシックは、この前俺と契約しただろ? で、俺とノーム爺さんの相性は超最悪だ。アカシックが危機に瀕した時、必ず俺が手助けをして勝利に導いてやる」

「シルフ様……」

 だからこそウンディ姉に一任されていた、アカシック達を蝕んでいた『時の穢れ』を払うのに、俺も加わった訳だ。まあ、出会いは見るも無残な形になっちまったが。
 けど、どうにかしてノーム爺さんよりも先に、アカシックと自然に接触が図れるタイミングなんて、あそこぐらいしかなかったよな。

「シルフ様。アカシックさんを、どうかよろしくお願い致します!」

「おう、任せとけ! 俺が召喚された後は、どんな戦況でもひっくり返してやるぜ」

 握り拳をかざして誓ってみれば、エリィの表情に明るさが戻り、柔らかい微笑みを俺に送ってきてくれた。ノーム爺さんに関しては、これで大丈夫なはず。後は、フラウ姉の件だな。

「そして、フラウさんですが。こちらは、プネラさんに任せています」

「プネラさん……? あっ! レム様を、アカシックさんの夢の中へ入り込ませてくれた精霊様ですね」

「その通りです。プネラさんも、『シャドウ』さんを通して作戦を知っていますし、快諾してくれています。こちらに関しては、数年ほどの猶予がありますので、焦る必要はありません。プネラさんが『黒闇の通路』を習得次第、頃合いを見て作戦を開始します」

「『イフリートの旦那』も、新人教育に立て込んでっからなあ。それさえ終われば、アカシック達との契約を交わせるようになるぜ」

 新人の強さだけを見たら、イフリートの旦那と同等か、それ以上。長期戦にもつれ込んだ場合、ジリ貧でイフリートの旦那が間違いなく負ける。
 つか、相性が最悪なウンディ姉も危ういな。なんべん死んでも生き返るとか、勝ち筋がまったく見えてこねえ。

「イフリート様に付いた新人……。あっ! まだお名前は伺ってはいませんが、私や夫のように『精霊の祝福』を受けたお方ですね」

「そうだ。アカシックと会う時は、火の大精霊の代理をする事になってる。あいつがアカシックと契約を交わせば、フラウ姉ともいい勝負が出来るだろ。んで、どっかで適当に『シャドウにぃ』とアカシックが契約を交わした後。ついに、アカシックがここへ戻って来る訳だ」

「そして、私がアカシックさんと契約を交わすのですねっ!」

「ああ。全員で見守っててやっから、しっかりやれよ?」

「はいっ! ふふっ、やっとアカシックさんと再会が出来るのですね。驚くだろうなぁ。人間だった私が、光の精霊になってる事を知ったら」

 エリィの、嬉しそうにしている満面の笑顔よ。二人の別れを惜しんでいた『レム』も、ずいぶんと粋な計らいをしたもんだ。
 あの世で夫と再会し、いざ天国へ行こうとした矢先。居ても立ってもいられなかったレムが、二人の前に現れて、光の精霊として生きていく道を提案した。
 そして、二人は半日ほど相談し合った結果。レムの提案を承諾。『精霊の祝福』を受け、光の精霊になり。エリィの申し出によって、レムの補佐をする事になった訳だ。
 エリィの言う通り。アカシックの奴、めちゃくちゃ驚くだろうなあ。っと。そういえば、気になる事があったんだった。ちょうどあいつが居るし、聞いてみるか。

「なあ、レム。アカシックの夢の中に入って、あいつと何を話したんだ?」

 主祭壇に置いた何かの本を読んでいたレムに、問い掛けてみるも。俺に顔を向けてきたあいつは、もどかしそうな苦笑いを送ってくるばかり。

「夢の中で意識を覚醒させるのに、少々手間取ってしまいまして。アカシックさんには、一つの相槌しか出来ませんでした」

「げっ、そうだったのか。どんな相槌をしたんだ?」

「目を覚ます直前にアカシックさんが言った『これが、夢じゃなければいいのに』という呟きに対して、『ええ、同感です』とだけ」

「……そうか。それじゃあアカシックに謝るのは、またの機会だな」

「そうですね。あのタイミングが、私にとって最大の好機でした。ですので、次の機会があるとすれば、エリィさんがアカシックさんと契約を交わした後でしょう」

 穏やかな声で残念そうに答えたレムが、物思いにふけた顔を天井へやった。

「早く、アカシックさんに謝りたいです。あの時、助けに行けず、すみませんでした。と」

「まさか、お前が『時の墓場』に行って、『フォスグリア爺さん』に近況報告をしている時に、あんな惨劇が起こるだなんてなあ……」

 レムが『時の墓場』に居た時間は、本人いわく十五分程度。が、いざ『時の墓場』から出てくると、こっちでは十日間以上が経過していた。
 その間に、ピースがアンブラッシュ・アンカーに斬首されて。心が闇に堕ちたアカシックは、ピースを生き返らせる術を身に付けるべく『迫害の地』へ行った。
 あの時、唯一二人を助ける事が出来たのは、二人の育ての親であるレムだけ。しかし当本人は、時の流れが気まぐれ過ぎる『時の墓場』に居た。
 レムさえこっちに居れば、あの惨劇が回避出来たっていうのになあ。当時は、全てのタイミングが最悪を極めていた。

「流石の私も、取り乱して自暴自棄になってしまいました。もし皆さんが止めてくれていなかったら、私も間違った道を歩んでいた事でしょう」

「ありゃあ無理もねえよ。俺だって同じ事が起きたら、フォスグリア爺さんに『時を戻してくれ』って直談判しに行くぜ」

「私の場合は、ほぼ恫喝でしたけどもね」

「それだけ、アカシック達を愛してたって事だろ? 再会したら、今度は離れてやるなよ?」

「ええ、分かっています」

 ……なんか、レムに自慢話を聞かせる空気じゃなくなっちまったなあ。一刻も早く、アカシックとレムを再会させてやりてえ。
 なんで大精霊っていう立場は、こうも融通が利かねんだろうかな? 色々ともどかしいったら、ありゃあしねえぜ。
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