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169話、記憶にない旅路

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 自己紹介で燃え尽きたウィザレナとレナを介抱し、落ち着いた二人もシルフ達の元へ歩み寄った後。私はアルビスと共に、料理作りを再開した。
 まではよかったのだが。アルビスが神妙な面立ちで、『アカシック・ファーストレディ。ルシルさんって、確かエルフだったよな? 普通の料理を振る舞って大丈夫なのか?』と私に耳打ちをしてきたせいで、料理を作っていた手がピタリと止まってしまった。
 そういえばエルフって、肉、魚、乳、卵類が食べられない種族だ。故にそれは、私達が作った料理のほとんどが食べられない事を意味する。

 急いで『風の証』を通してシルフに相談してみたけれども。あいつは『見た目がエルフっぽい人間に変身してっから、そこら辺は大丈夫だぜ』と言っていた。シルフの奴、案外抜かりがないな。
 その旨をアルビスに伝えたら、『そうか、なら安心だな』と胸を撫で下ろし、鼻歌を交えながら料理を作る手を早めていった。
 さあ、私もこうしちゃいられない。早く最高の料理を沢山振る舞い、ウンディーネ様とシルフの溜まった疲れを癒してあげなければ。










「ディーネさん、ルシルさん。長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。こちらで、全ての料理が出揃いました」

「いや、待つのは全然構わねえんだけどよお……。とんでもねえ料理の数だな」

「ええ。それに、どの料理も本当に美味しそうに見えます」

「うわぁ~っ、おいしそう~っ!」

 呆然とした顔で、テーブルに敷き詰められた料理群に、ただただ圧倒されているウンディーネ様とシルフに。
 その二人の間に挟まっているサニーが、テーブルに身を乗り出し、弾けた笑顔をしながら言った。
 ちゃっかり二人の間に座っているけども、相変わらず、人と打ち解けるのが早いな。それに私の仲間と分かっているせいか、二人の事を相当気に入っていそうだ。

「ルシルさん、ディーネさん! このお肉とお魚が私のおすすめです!」

「へぇ~、こりゃ美味そうだな。見た目からして柔らかそうだぜ」

「こちらの料理からも、とてもいい匂いがしてきますね。お腹が『くぅっ』と鳴ってしまいましたが、これがお腹が空くという感覚。ああ、早く食べてみたいです」

 遠まわしに『これから私は、生涯で初めて料理を食べる』と言ってしまったウンディーネ様に、蔑みを含んだような横目をやるシルフ。しかし、ウンディーネ様はその視線に気付いていない。料理に目が釘付けだ。
 ここへ来る前、シルフに『危なっかしい』と言われていたが……。本当に危ういな。ボロを出さないよう、私達もシルフの補助をしないと。

「では。余が取り分けますので、食べたい料理をお申し付け下さい」

「アルビス、私も手伝うよ。居る場所的に、アルビスがディーネに。私がルシルとサニーを担当すればいいだろ」

「そうだな、助かる」

 すぐに私の提案を了承してくれたアルビスが、ウンディーネ様の横に付く。
 取り分け方は、アルビスの真似をすればいい。何回も見てきたので、多少の心得はある。たぶん、私も出来るはずだ。たぶん。

「おっ、悪いな! それじゃあアカシック、サニーちゃんがおすすめした肉を頼むわ」

「私もっ! お肉が食べたい!」

「肉だな、分かった」

「アルビスさん、ありがとうございます。私は、こちらのお魚をお願い致します」

「了解致しました」

 二人の注文を叶えるべく、肉が盛られた大皿を手前まで持ってきて、一口大に切り分けていく。……これ、視覚から入る情報や匂いのせいで、食欲が刺激されて食べたくなってくるな。
 このお肉、とにかく柔らかくて美味しいんだ。今だってそう。最早、切っている感覚がしない。
 一太刀なぞれば、肉自らが避けていっていると錯覚する程に柔らかい。ああ、誘惑が強すぎる。

「へっへへっ……、おっと。ほら、ルシル、サニー」

 みるみる湧いてくる食欲を振り払い、平静を装いつつ、二人の空き皿に切り分けた肉を三切れずつ盛っていく。

「へっへっへっ。アカシック、顔に食いたいって書いてあんぜ。あんがとよ」

「ゔっ……!」

「ありがとう、お母さんっ!」

 シルフの鋭い指摘に、体を波立たせる私。……食いたい顔をしているって、一体どんな顔をしていたんだ、私は? まずいぞ、早速醜態を晒してしまった。

「うわっ、すっげえ! あっという間に肉が無くなっちまった」

「でしょでしょ! びっくりしますよね!」

「だな、驚いちまったわ。しかも、めちゃくちゃ美味えなあ、これ。何枚でもいけそうだぜ」

「ふゎっ……。まろやかな塩味に、中からじわりと溢れ出してくる魚の濃厚な旨味……。頬がとろけてしまいそうな程に美味しいですぅ……」

 ワンパク気味にサニーと顔を合わせて感想を言い合うシルフと、恍惚とした表情で天井を見上げるウンディーネ様。
 二人の反応から察するに、料理は口に合っていそうだ。流石はアルビス。五十年以上も執事をやっていた事だけはある。初めて料理を食べる、大精霊さえも唸らせてしまうとは。

「お口に合ってくれたようで、なによりです。お次は、何をお食べになりますか?」

「それでは~……。シル、ルシルさん達が頂いたお肉を、三切れほどよろしいでしょうか? あと、あちらのシチューもお願いしたいのですが」

「りょ、了解致しました」

 ウンディーネ様。今絶対に、ルシルを『シルフ』と言おうとしていたよな? 肉を食べ進めていたシルフも、その言葉を聞き逃していなかったようで。今度は顔ごとウンディーネ様に向けている。
 無言でウンディーネ様を睨みつけているけども。たぶん、直接頭の中に語り掛けているのだろう。ウンディーネ様がだんだんと赤面し出して、体が縮こまっていっている。

「アカシック。俺にも、ディーネが食ってた魚をくれ。ついでに、お前が作ったシチューも一緒に頼む」

「あっ! お母さん、私も同じ料理をちょうだい!」

「魚とシチューだな、分かった」

 二人から新たな注文が入ったので、該当する料理が盛られた皿と鉄鍋を手前に持ってくる。とは言っても、『シルフ』と『ウンディーネ』様の名は、まだこの世に知られていない。
 そもそも、大精霊の存在さえ確認されていないんだ。なので、名前だけ知られてしまったとしても、あまり問題無い気がするのだが。まあ、念には念をだ。深く考えるのはやめておこう。

「そうだ! あの、ルシルさん! ディーネさん!」

「ん? どうした?」

「なんでしょう、サニーさん」

 何かを思い出しかのように声を上げたサニーが、二人の注目を集めていく。ほんの少しばかり、嫌な予感がする。

「昔のお母さんって、どんな感じだったんですか!?」

 嫌な予感が的中したせいで、シチューをすくっていた私の手が動揺で止まってしまった。やはり、私の仲間ともあらば、そんな質問をしてしまうよな。
 ウンディーネ様とシルフは、どう語るのだろうか? なるべくなら、相槌で済ませられる程度にしてほしい。
 そう私が切に願い、魚を食べやすく切り分けている中。シルフは最後の肉を口に運びつつ、視線を天井へやった。

「どんな感じ、ねえ。とにかくアカシックが居れば、絶対に死なねえっつう安心感があったな」

「ええ、そうですね。アカシックさんの的確な後方支援のお陰で、数え切れない程の窮地を脱せてこれましたし。中距離から超長距離の支援攻撃には、何度も命を救われました」

「そうそう。圧巻だったよなあ、あれ。瀕死状態をも完治させちまう範囲型の回復魔法から、まるで天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法よ。『光の申し子』と言われても恥じない姿だったぜ」

「光の申し子っ!? なにそれっ!? 私、風魔法や氷魔法とか、ものすごく大きな土の手を出してる所しか見た事ないっ!!」

 興奮が爆発したサニーが言っているのは、渓谷地帯で不死鳥フェニックスと対峙した時に、私が召喚した“覇者の右腕”の事だろうけど。
 ……終わった、完全に終わった。やり過ぎだ、二人共。話の規模が、とんでもない事になっている。そんな話をしたら、サニーは見せてと絶対に言ってくるじゃないか。
 瀕死をも完治させる回復魔法は、最上位の光属性魔法である『フェアリーヒーリング』のはず。こっちの魔法は、屋内で使用しても大丈夫。
 だが、天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法って、間違いなく『天翔ける極光鳥』だ。こんな場所で召喚したら、大変な事になるぞ? どうにかして、サニーの気を逸らさないと。

「ほ、ほらサニー! 料理の盛り付けが終わったぞ、冷める前に食べ―――」

「お母さんっ! 私、光属性の魔法を使ってるお母さんなんて、一回も見た事ないよっ!? ルシルさん達だけずるいっ! 私にも見せてっ!」

「グッ……!」

 駄目だ。サニーのギンギンに輝いている、好奇心という名の猛火を宿した青い瞳は、私を焼き尽くさんとばかりに捉えている。すごいな、あの目の眩むような力強い眼差し。熱気すら感じる。
 アルビスに視線を送るも、あいつは気まずそうに首を横に振るだけだし。ウィザレナとレナに至っては、『私達も見たいぞ』という期待に満ちた顔をしている。
 ヴェルインやカッシェさんもそう。興味津々そうに耳を立てては、料理に舌鼓したつづみを打っている。
 ……そういえば。アルビス以外には、私が光属性の魔法を使っている所なんて、見せた事がなかったな。

「……い、今まで使う場面がなかったからな。隠してたつもりじゃないけど、すまなかった。見せるのは、回復魔法だけでいいよな?」

「やだっ! 全部見たいっ!」

「ぜ、全部……?」

「うんっ、全部っ!」

 全部? 全部だけは本当にまずい。下手をしなくとも、沼地帯の景観や地形が見るも無残に変わってしまう。
 いや。この場合の全部は、『フェアリーヒーリング』と『天翔ける極光鳥』だけを差すか。
 それでも、まだまずいぞ。『天翔ける極光鳥』を召喚したとして、どんな指示をしてやればいい? 攻撃対象が居ないので、その場に待機させる他ないが、怒ったりしないだろうか?

「いいじゃねえかよ、アカシック。こういう時ぐらい、サニーちゃんにバーッて見せてやれって」

「そうですよ、アカシックさん。それに、またあの時みたいに、優しくて暖かな光に包まれてみたいです」

「いや、回復魔法だけなら別にいいんだが……。召喚魔法は、ここで使うのは色々とまずいだろ?」

「召喚魔法?」

 私が抱いている不安要素を告げるも、シルフは何食わぬ顔をしながら、魚を頬張るばかり。

「別に、戦わせる為に召喚する訳じゃねえし、大丈夫だろ?」

「それがまずいと言ってるんだ。もしかしたら、召喚獣が怒るかもしれないだろ?」

「なら、休ませてやればいいじゃねえか」

「休ませる?」

 待機させる以外の方法を提案してきたシルフが、シチュー入りの容器に手を伸ばす。

「そうだ。なにも、戦わせるだけがあいつらの役目じゃねえ。たまには休ませてやって、のんびり触れ合ってみたらどうだ?」

「召喚獣と触れ合う、か……」

「アカシックさん、実はですね。私達も、よくやっているんですよ」

「え? そうなのか?」

 いつの間にか、体を私の方へ向けていたウンディーネ様が小さくうなずき、おしとやかに微笑んだ。

「ええ。皆さんと交流を深める事も出来ますし、いつもとはまた違った楽しいひと時を過ごせるかと思いますよ」

「はぁ、なるほど」

 召喚獣を休ませたり、交流を図る。二人に言われて、軽い衝撃を受けてしまった。まず、召喚獣と交流を図るという発想が、私一人では思い付きもしなかっただろう。
 逆に、なんで今まで出来なかったんだ? 戦闘時にしか、召喚する機会がなかったから? けどそれは、私が勝手に抱いている固定観念になってしまう。
 そもそも私は、召喚獣をなんだと思っているんだ? 奥の手の一つ? 戦術の一手? 戦いの道具?
 ……なんだこれ? 酷い例えしか出てこないじゃないか。そうか。普段から私は、召喚獣をそんな風に捉えていたんだな。

 しかし、ウンディーネ様とシルフのお陰で、一つの固定観念を壊す事が出来た。休ませたり交流を図れるのであれば、『天翔ける極光鳥』の為にもやってやらないと。
 そういえば、他の召喚魔法も覚えているけど、あいつらともそんな事が出来るのだろうか? 『竜のくさび』なら、その場に留まってもらえれば出来そうだけど。
 『覇者の右腕』や『覇者の左腕』って、体の部位だし。『光柱の管理人』なんて、柱そのものだぞ? 他属性の召喚魔法は……。いや、数が多すぎて埒が明かない。またの機会に考えておこう。
 まず優先すべきは、『天翔ける極光鳥』だ。どうせなので、『天翔ける極光鳥』を召喚してから『フェアリーヒーリング』を使用し、あいつも癒してあげよう。

「分かった。サニー、料理を食べ終わってから見せてやる。けど、ゆっくり味わって食べるんだぞ?」

「わぁっ、わかった! 楽しみにしてるねっ!」

 分かったといいながら、急いで食べ出すかと思いきや。椅子に座り直したサニーは、行儀よく魚に匙を刺し、味わうように咀嚼そしゃくをして「う~んっ、おいしいっ!」と唸りを上げた。
 が、意識はウンディーネ様とシルフに向いたままで。二人の様子をうかがいつつ、記憶に無い過去の私について質問をし始めた。
 その二人は意気揚々と、魔王を討伐したとか。主に未踏の地へ赴き、未知の財宝を探していただとか。
 魔物の襲撃が激しい国へ行き、戦闘に加わって平和へ導いただとか。さも当然のように語っているけども、どれだけ設定を練ってきたんだ?

 けど、冒険の旅か。私も普通に生きていたら、そんな事をしていたのかな?
 もちろん私の隣には、ピースが居る旅だ。うん、悪くない。少しだけ、そんな想像を膨らませてしまおう。
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