172 / 294
169話、記憶にない旅路
しおりを挟む
自己紹介で燃え尽きたウィザレナとレナを介抱し、落ち着いた二人もシルフ達の元へ歩み寄った後。私はアルビスと共に、料理作りを再開した。
まではよかったのだが。アルビスが神妙な面立ちで、『アカシック・ファーストレディ。ルシルさんって、確かエルフだったよな? 普通の料理を振る舞って大丈夫なのか?』と私に耳打ちをしてきたせいで、料理を作っていた手がピタリと止まってしまった。
そういえばエルフって、肉、魚、乳、卵類が食べられない種族だ。故にそれは、私達が作った料理のほとんどが食べられない事を意味する。
急いで『風の証』を通してシルフに相談してみたけれども。あいつは『見た目がエルフっぽい人間に変身してっから、そこら辺は大丈夫だぜ』と言っていた。シルフの奴、案外抜かりがないな。
その旨をアルビスに伝えたら、『そうか、なら安心だな』と胸を撫で下ろし、鼻歌を交えながら料理を作る手を早めていった。
さあ、私もこうしちゃいられない。早く最高の料理を沢山振る舞い、ウンディーネ様とシルフの溜まった疲れを癒してあげなければ。
「ディーネさん、ルシルさん。長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。こちらで、全ての料理が出揃いました」
「いや、待つのは全然構わねえんだけどよお……。とんでもねえ料理の数だな」
「ええ。それに、どの料理も本当に美味しそうに見えます」
「うわぁ~っ、おいしそう~っ!」
呆然とした顔で、テーブルに敷き詰められた料理群に、ただただ圧倒されているウンディーネ様とシルフに。
その二人の間に挟まっているサニーが、テーブルに身を乗り出し、弾けた笑顔をしながら言った。
ちゃっかり二人の間に座っているけども、相変わらず、人と打ち解けるのが早いな。それに私の仲間と分かっているせいか、二人の事を相当気に入っていそうだ。
「ルシルさん、ディーネさん! このお肉とお魚が私のおすすめです!」
「へぇ~、こりゃ美味そうだな。見た目からして柔らかそうだぜ」
「こちらの料理からも、とてもいい匂いがしてきますね。お腹が『くぅっ』と鳴ってしまいましたが、これがお腹が空くという感覚。ああ、早く食べてみたいです」
遠まわしに『これから私は、生涯で初めて料理を食べる』と言ってしまったウンディーネ様に、蔑みを含んだような横目をやるシルフ。しかし、ウンディーネ様はその視線に気付いていない。料理に目が釘付けだ。
ここへ来る前、シルフに『危なっかしい』と言われていたが……。本当に危ういな。ボロを出さないよう、私達もシルフの補助をしないと。
「では。余が取り分けますので、食べたい料理をお申し付け下さい」
「アルビス、私も手伝うよ。居る場所的に、アルビスがディーネに。私がルシルとサニーを担当すればいいだろ」
「そうだな、助かる」
すぐに私の提案を了承してくれたアルビスが、ウンディーネ様の横に付く。
取り分け方は、アルビスの真似をすればいい。何回も見てきたので、多少の心得はある。たぶん、私も出来るはずだ。たぶん。
「おっ、悪いな! それじゃあアカシック、サニーちゃんがおすすめした肉を頼むわ」
「私もっ! お肉が食べたい!」
「肉だな、分かった」
「アルビスさん、ありがとうございます。私は、こちらのお魚をお願い致します」
「了解致しました」
二人の注文を叶えるべく、肉が盛られた大皿を手前まで持ってきて、一口大に切り分けていく。……これ、視覚から入る情報や匂いのせいで、食欲が刺激されて食べたくなってくるな。
このお肉、とにかく柔らかくて美味しいんだ。今だってそう。最早、切っている感覚がしない。
一太刀なぞれば、肉自らが避けていっていると錯覚する程に柔らかい。ああ、誘惑が強すぎる。
「へっへへっ……、おっと。ほら、ルシル、サニー」
みるみる湧いてくる食欲を振り払い、平静を装いつつ、二人の空き皿に切り分けた肉を三切れずつ盛っていく。
「へっへっへっ。アカシック、顔に食いたいって書いてあんぜ。あんがとよ」
「ゔっ……!」
「ありがとう、お母さんっ!」
シルフの鋭い指摘に、体を波立たせる私。……食いたい顔をしているって、一体どんな顔をしていたんだ、私は? まずいぞ、早速醜態を晒してしまった。
「うわっ、すっげえ! あっという間に肉が無くなっちまった」
「でしょでしょ! びっくりしますよね!」
「だな、驚いちまったわ。しかも、めちゃくちゃ美味えなあ、これ。何枚でもいけそうだぜ」
「ふゎっ……。まろやかな塩味に、中からじわりと溢れ出してくる魚の濃厚な旨味……。頬がとろけてしまいそうな程に美味しいですぅ……」
ワンパク気味にサニーと顔を合わせて感想を言い合うシルフと、恍惚とした表情で天井を見上げるウンディーネ様。
二人の反応から察するに、料理は口に合っていそうだ。流石はアルビス。五十年以上も執事をやっていた事だけはある。初めて料理を食べる、大精霊さえも唸らせてしまうとは。
「お口に合ってくれたようで、なによりです。お次は、何をお食べになりますか?」
「それでは~……。シル、ルシルさん達が頂いたお肉を、三切れほどよろしいでしょうか? あと、あちらのシチューもお願いしたいのですが」
「りょ、了解致しました」
ウンディーネ様。今絶対に、ルシルを『シルフ』と言おうとしていたよな? 肉を食べ進めていたシルフも、その言葉を聞き逃していなかったようで。今度は顔ごとウンディーネ様に向けている。
無言でウンディーネ様を睨みつけているけども。たぶん、直接頭の中に語り掛けているのだろう。ウンディーネ様がだんだんと赤面し出して、体が縮こまっていっている。
「アカシック。俺にも、ディーネが食ってた魚をくれ。ついでに、お前が作ったシチューも一緒に頼む」
「あっ! お母さん、私も同じ料理をちょうだい!」
「魚とシチューだな、分かった」
二人から新たな注文が入ったので、該当する料理が盛られた皿と鉄鍋を手前に持ってくる。とは言っても、『シルフ』と『ウンディーネ』様の名は、まだこの世に知られていない。
そもそも、大精霊の存在さえ確認されていないんだ。なので、名前だけ知られてしまったとしても、あまり問題無い気がするのだが。まあ、念には念をだ。深く考えるのはやめておこう。
「そうだ! あの、ルシルさん! ディーネさん!」
「ん? どうした?」
「なんでしょう、サニーさん」
何かを思い出しかのように声を上げたサニーが、二人の注目を集めていく。ほんの少しばかり、嫌な予感がする。
「昔のお母さんって、どんな感じだったんですか!?」
嫌な予感が的中したせいで、シチューをすくっていた私の手が動揺で止まってしまった。やはり、私の仲間ともあらば、そんな質問をしてしまうよな。
ウンディーネ様とシルフは、どう語るのだろうか? なるべくなら、相槌で済ませられる程度にしてほしい。
そう私が切に願い、魚を食べやすく切り分けている中。シルフは最後の肉を口に運びつつ、視線を天井へやった。
「どんな感じ、ねえ。とにかくアカシックが居れば、絶対に死なねえっつう安心感があったな」
「ええ、そうですね。アカシックさんの的確な後方支援のお陰で、数え切れない程の窮地を脱せてこれましたし。中距離から超長距離の支援攻撃には、何度も命を救われました」
「そうそう。圧巻だったよなあ、あれ。瀕死状態をも完治させちまう範囲型の回復魔法から、まるで天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法よ。『光の申し子』と言われても恥じない姿だったぜ」
「光の申し子っ!? なにそれっ!? 私、風魔法や氷魔法とか、ものすごく大きな土の手を出してる所しか見た事ないっ!!」
興奮が爆発したサニーが言っているのは、渓谷地帯で不死鳥と対峙した時に、私が召喚した“覇者の右腕”の事だろうけど。
……終わった、完全に終わった。やり過ぎだ、二人共。話の規模が、とんでもない事になっている。そんな話をしたら、サニーは見せてと絶対に言ってくるじゃないか。
瀕死をも完治させる回復魔法は、最上位の光属性魔法である『フェアリーヒーリング』のはず。こっちの魔法は、屋内で使用しても大丈夫。
だが、天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法って、間違いなく『天翔ける極光鳥』だ。こんな場所で召喚したら、大変な事になるぞ? どうにかして、サニーの気を逸らさないと。
「ほ、ほらサニー! 料理の盛り付けが終わったぞ、冷める前に食べ―――」
「お母さんっ! 私、光属性の魔法を使ってるお母さんなんて、一回も見た事ないよっ!? ルシルさん達だけずるいっ! 私にも見せてっ!」
「グッ……!」
駄目だ。サニーのギンギンに輝いている、好奇心という名の猛火を宿した青い瞳は、私を焼き尽くさんとばかりに捉えている。すごいな、あの目の眩むような力強い眼差し。熱気すら感じる。
アルビスに視線を送るも、あいつは気まずそうに首を横に振るだけだし。ウィザレナとレナに至っては、『私達も見たいぞ』という期待に満ちた顔をしている。
ヴェルインやカッシェさんもそう。興味津々そうに耳を立てては、料理に舌鼓を打っている。
……そういえば。アルビス以外には、私が光属性の魔法を使っている所なんて、見せた事がなかったな。
「……い、今まで使う場面がなかったからな。隠してたつもりじゃないけど、すまなかった。見せるのは、回復魔法だけでいいよな?」
「やだっ! 全部見たいっ!」
「ぜ、全部……?」
「うんっ、全部っ!」
全部? 全部だけは本当にまずい。下手をしなくとも、沼地帯の景観や地形が見るも無残に変わってしまう。
いや。この場合の全部は、『フェアリーヒーリング』と『天翔ける極光鳥』だけを差すか。
それでも、まだまずいぞ。『天翔ける極光鳥』を召喚したとして、どんな指示をしてやればいい? 攻撃対象が居ないので、その場に待機させる他ないが、怒ったりしないだろうか?
「いいじゃねえかよ、アカシック。こういう時ぐらい、サニーちゃんにバーッて見せてやれって」
「そうですよ、アカシックさん。それに、またあの時みたいに、優しくて暖かな光に包まれてみたいです」
「いや、回復魔法だけなら別にいいんだが……。召喚魔法は、ここで使うのは色々とまずいだろ?」
「召喚魔法?」
私が抱いている不安要素を告げるも、シルフは何食わぬ顔をしながら、魚を頬張るばかり。
「別に、戦わせる為に召喚する訳じゃねえし、大丈夫だろ?」
「それがまずいと言ってるんだ。もしかしたら、召喚獣が怒るかもしれないだろ?」
「なら、休ませてやればいいじゃねえか」
「休ませる?」
待機させる以外の方法を提案してきたシルフが、シチュー入りの容器に手を伸ばす。
「そうだ。なにも、戦わせるだけがあいつらの役目じゃねえ。たまには休ませてやって、のんびり触れ合ってみたらどうだ?」
「召喚獣と触れ合う、か……」
「アカシックさん、実はですね。私達も、よくやっているんですよ」
「え? そうなのか?」
いつの間にか、体を私の方へ向けていたウンディーネ様が小さく頷き、おしとやかに微笑んだ。
「ええ。皆さんと交流を深める事も出来ますし、いつもとはまた違った楽しいひと時を過ごせるかと思いますよ」
「はぁ、なるほど」
召喚獣を休ませたり、交流を図る。二人に言われて、軽い衝撃を受けてしまった。まず、召喚獣と交流を図るという発想が、私一人では思い付きもしなかっただろう。
逆に、なんで今まで出来なかったんだ? 戦闘時にしか、召喚する機会がなかったから? けどそれは、私が勝手に抱いている固定観念になってしまう。
そもそも私は、召喚獣をなんだと思っているんだ? 奥の手の一つ? 戦術の一手? 戦いの道具?
……なんだこれ? 酷い例えしか出てこないじゃないか。そうか。普段から私は、召喚獣をそんな風に捉えていたんだな。
しかし、ウンディーネ様とシルフのお陰で、一つの固定観念を壊す事が出来た。休ませたり交流を図れるのであれば、『天翔ける極光鳥』の為にもやってやらないと。
そういえば、他の召喚魔法も覚えているけど、あいつらともそんな事が出来るのだろうか? 『竜の楔』なら、その場に留まってもらえれば出来そうだけど。
『覇者の右腕』や『覇者の左腕』って、体の部位だし。『光柱の管理人』なんて、柱そのものだぞ? 他属性の召喚魔法は……。いや、数が多すぎて埒が明かない。またの機会に考えておこう。
まず優先すべきは、『天翔ける極光鳥』だ。どうせなので、『天翔ける極光鳥』を召喚してから『フェアリーヒーリング』を使用し、あいつも癒してあげよう。
「分かった。サニー、料理を食べ終わってから見せてやる。けど、ゆっくり味わって食べるんだぞ?」
「わぁっ、わかった! 楽しみにしてるねっ!」
分かったといいながら、急いで食べ出すかと思いきや。椅子に座り直したサニーは、行儀よく魚に匙を刺し、味わうように咀嚼をして「う~んっ、おいしいっ!」と唸りを上げた。
が、意識はウンディーネ様とシルフに向いたままで。二人の様子を窺いつつ、記憶に無い過去の私について質問をし始めた。
その二人は意気揚々と、魔王を討伐したとか。主に未踏の地へ赴き、未知の財宝を探していただとか。
魔物の襲撃が激しい国へ行き、戦闘に加わって平和へ導いただとか。さも当然のように語っているけども、どれだけ設定を練ってきたんだ?
けど、冒険の旅か。私も普通に生きていたら、そんな事をしていたのかな?
もちろん私の隣には、ピースが居る旅だ。うん、悪くない。少しだけ、そんな想像を膨らませてしまおう。
まではよかったのだが。アルビスが神妙な面立ちで、『アカシック・ファーストレディ。ルシルさんって、確かエルフだったよな? 普通の料理を振る舞って大丈夫なのか?』と私に耳打ちをしてきたせいで、料理を作っていた手がピタリと止まってしまった。
そういえばエルフって、肉、魚、乳、卵類が食べられない種族だ。故にそれは、私達が作った料理のほとんどが食べられない事を意味する。
急いで『風の証』を通してシルフに相談してみたけれども。あいつは『見た目がエルフっぽい人間に変身してっから、そこら辺は大丈夫だぜ』と言っていた。シルフの奴、案外抜かりがないな。
その旨をアルビスに伝えたら、『そうか、なら安心だな』と胸を撫で下ろし、鼻歌を交えながら料理を作る手を早めていった。
さあ、私もこうしちゃいられない。早く最高の料理を沢山振る舞い、ウンディーネ様とシルフの溜まった疲れを癒してあげなければ。
「ディーネさん、ルシルさん。長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。こちらで、全ての料理が出揃いました」
「いや、待つのは全然構わねえんだけどよお……。とんでもねえ料理の数だな」
「ええ。それに、どの料理も本当に美味しそうに見えます」
「うわぁ~っ、おいしそう~っ!」
呆然とした顔で、テーブルに敷き詰められた料理群に、ただただ圧倒されているウンディーネ様とシルフに。
その二人の間に挟まっているサニーが、テーブルに身を乗り出し、弾けた笑顔をしながら言った。
ちゃっかり二人の間に座っているけども、相変わらず、人と打ち解けるのが早いな。それに私の仲間と分かっているせいか、二人の事を相当気に入っていそうだ。
「ルシルさん、ディーネさん! このお肉とお魚が私のおすすめです!」
「へぇ~、こりゃ美味そうだな。見た目からして柔らかそうだぜ」
「こちらの料理からも、とてもいい匂いがしてきますね。お腹が『くぅっ』と鳴ってしまいましたが、これがお腹が空くという感覚。ああ、早く食べてみたいです」
遠まわしに『これから私は、生涯で初めて料理を食べる』と言ってしまったウンディーネ様に、蔑みを含んだような横目をやるシルフ。しかし、ウンディーネ様はその視線に気付いていない。料理に目が釘付けだ。
ここへ来る前、シルフに『危なっかしい』と言われていたが……。本当に危ういな。ボロを出さないよう、私達もシルフの補助をしないと。
「では。余が取り分けますので、食べたい料理をお申し付け下さい」
「アルビス、私も手伝うよ。居る場所的に、アルビスがディーネに。私がルシルとサニーを担当すればいいだろ」
「そうだな、助かる」
すぐに私の提案を了承してくれたアルビスが、ウンディーネ様の横に付く。
取り分け方は、アルビスの真似をすればいい。何回も見てきたので、多少の心得はある。たぶん、私も出来るはずだ。たぶん。
「おっ、悪いな! それじゃあアカシック、サニーちゃんがおすすめした肉を頼むわ」
「私もっ! お肉が食べたい!」
「肉だな、分かった」
「アルビスさん、ありがとうございます。私は、こちらのお魚をお願い致します」
「了解致しました」
二人の注文を叶えるべく、肉が盛られた大皿を手前まで持ってきて、一口大に切り分けていく。……これ、視覚から入る情報や匂いのせいで、食欲が刺激されて食べたくなってくるな。
このお肉、とにかく柔らかくて美味しいんだ。今だってそう。最早、切っている感覚がしない。
一太刀なぞれば、肉自らが避けていっていると錯覚する程に柔らかい。ああ、誘惑が強すぎる。
「へっへへっ……、おっと。ほら、ルシル、サニー」
みるみる湧いてくる食欲を振り払い、平静を装いつつ、二人の空き皿に切り分けた肉を三切れずつ盛っていく。
「へっへっへっ。アカシック、顔に食いたいって書いてあんぜ。あんがとよ」
「ゔっ……!」
「ありがとう、お母さんっ!」
シルフの鋭い指摘に、体を波立たせる私。……食いたい顔をしているって、一体どんな顔をしていたんだ、私は? まずいぞ、早速醜態を晒してしまった。
「うわっ、すっげえ! あっという間に肉が無くなっちまった」
「でしょでしょ! びっくりしますよね!」
「だな、驚いちまったわ。しかも、めちゃくちゃ美味えなあ、これ。何枚でもいけそうだぜ」
「ふゎっ……。まろやかな塩味に、中からじわりと溢れ出してくる魚の濃厚な旨味……。頬がとろけてしまいそうな程に美味しいですぅ……」
ワンパク気味にサニーと顔を合わせて感想を言い合うシルフと、恍惚とした表情で天井を見上げるウンディーネ様。
二人の反応から察するに、料理は口に合っていそうだ。流石はアルビス。五十年以上も執事をやっていた事だけはある。初めて料理を食べる、大精霊さえも唸らせてしまうとは。
「お口に合ってくれたようで、なによりです。お次は、何をお食べになりますか?」
「それでは~……。シル、ルシルさん達が頂いたお肉を、三切れほどよろしいでしょうか? あと、あちらのシチューもお願いしたいのですが」
「りょ、了解致しました」
ウンディーネ様。今絶対に、ルシルを『シルフ』と言おうとしていたよな? 肉を食べ進めていたシルフも、その言葉を聞き逃していなかったようで。今度は顔ごとウンディーネ様に向けている。
無言でウンディーネ様を睨みつけているけども。たぶん、直接頭の中に語り掛けているのだろう。ウンディーネ様がだんだんと赤面し出して、体が縮こまっていっている。
「アカシック。俺にも、ディーネが食ってた魚をくれ。ついでに、お前が作ったシチューも一緒に頼む」
「あっ! お母さん、私も同じ料理をちょうだい!」
「魚とシチューだな、分かった」
二人から新たな注文が入ったので、該当する料理が盛られた皿と鉄鍋を手前に持ってくる。とは言っても、『シルフ』と『ウンディーネ』様の名は、まだこの世に知られていない。
そもそも、大精霊の存在さえ確認されていないんだ。なので、名前だけ知られてしまったとしても、あまり問題無い気がするのだが。まあ、念には念をだ。深く考えるのはやめておこう。
「そうだ! あの、ルシルさん! ディーネさん!」
「ん? どうした?」
「なんでしょう、サニーさん」
何かを思い出しかのように声を上げたサニーが、二人の注目を集めていく。ほんの少しばかり、嫌な予感がする。
「昔のお母さんって、どんな感じだったんですか!?」
嫌な予感が的中したせいで、シチューをすくっていた私の手が動揺で止まってしまった。やはり、私の仲間ともあらば、そんな質問をしてしまうよな。
ウンディーネ様とシルフは、どう語るのだろうか? なるべくなら、相槌で済ませられる程度にしてほしい。
そう私が切に願い、魚を食べやすく切り分けている中。シルフは最後の肉を口に運びつつ、視線を天井へやった。
「どんな感じ、ねえ。とにかくアカシックが居れば、絶対に死なねえっつう安心感があったな」
「ええ、そうですね。アカシックさんの的確な後方支援のお陰で、数え切れない程の窮地を脱せてこれましたし。中距離から超長距離の支援攻撃には、何度も命を救われました」
「そうそう。圧巻だったよなあ、あれ。瀕死状態をも完治させちまう範囲型の回復魔法から、まるで天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法よ。『光の申し子』と言われても恥じない姿だったぜ」
「光の申し子っ!? なにそれっ!? 私、風魔法や氷魔法とか、ものすごく大きな土の手を出してる所しか見た事ないっ!!」
興奮が爆発したサニーが言っているのは、渓谷地帯で不死鳥と対峙した時に、私が召喚した“覇者の右腕”の事だろうけど。
……終わった、完全に終わった。やり過ぎだ、二人共。話の規模が、とんでもない事になっている。そんな話をしたら、サニーは見せてと絶対に言ってくるじゃないか。
瀕死をも完治させる回復魔法は、最上位の光属性魔法である『フェアリーヒーリング』のはず。こっちの魔法は、屋内で使用しても大丈夫。
だが、天使が舞い降りてきたかのような召喚魔法って、間違いなく『天翔ける極光鳥』だ。こんな場所で召喚したら、大変な事になるぞ? どうにかして、サニーの気を逸らさないと。
「ほ、ほらサニー! 料理の盛り付けが終わったぞ、冷める前に食べ―――」
「お母さんっ! 私、光属性の魔法を使ってるお母さんなんて、一回も見た事ないよっ!? ルシルさん達だけずるいっ! 私にも見せてっ!」
「グッ……!」
駄目だ。サニーのギンギンに輝いている、好奇心という名の猛火を宿した青い瞳は、私を焼き尽くさんとばかりに捉えている。すごいな、あの目の眩むような力強い眼差し。熱気すら感じる。
アルビスに視線を送るも、あいつは気まずそうに首を横に振るだけだし。ウィザレナとレナに至っては、『私達も見たいぞ』という期待に満ちた顔をしている。
ヴェルインやカッシェさんもそう。興味津々そうに耳を立てては、料理に舌鼓を打っている。
……そういえば。アルビス以外には、私が光属性の魔法を使っている所なんて、見せた事がなかったな。
「……い、今まで使う場面がなかったからな。隠してたつもりじゃないけど、すまなかった。見せるのは、回復魔法だけでいいよな?」
「やだっ! 全部見たいっ!」
「ぜ、全部……?」
「うんっ、全部っ!」
全部? 全部だけは本当にまずい。下手をしなくとも、沼地帯の景観や地形が見るも無残に変わってしまう。
いや。この場合の全部は、『フェアリーヒーリング』と『天翔ける極光鳥』だけを差すか。
それでも、まだまずいぞ。『天翔ける極光鳥』を召喚したとして、どんな指示をしてやればいい? 攻撃対象が居ないので、その場に待機させる他ないが、怒ったりしないだろうか?
「いいじゃねえかよ、アカシック。こういう時ぐらい、サニーちゃんにバーッて見せてやれって」
「そうですよ、アカシックさん。それに、またあの時みたいに、優しくて暖かな光に包まれてみたいです」
「いや、回復魔法だけなら別にいいんだが……。召喚魔法は、ここで使うのは色々とまずいだろ?」
「召喚魔法?」
私が抱いている不安要素を告げるも、シルフは何食わぬ顔をしながら、魚を頬張るばかり。
「別に、戦わせる為に召喚する訳じゃねえし、大丈夫だろ?」
「それがまずいと言ってるんだ。もしかしたら、召喚獣が怒るかもしれないだろ?」
「なら、休ませてやればいいじゃねえか」
「休ませる?」
待機させる以外の方法を提案してきたシルフが、シチュー入りの容器に手を伸ばす。
「そうだ。なにも、戦わせるだけがあいつらの役目じゃねえ。たまには休ませてやって、のんびり触れ合ってみたらどうだ?」
「召喚獣と触れ合う、か……」
「アカシックさん、実はですね。私達も、よくやっているんですよ」
「え? そうなのか?」
いつの間にか、体を私の方へ向けていたウンディーネ様が小さく頷き、おしとやかに微笑んだ。
「ええ。皆さんと交流を深める事も出来ますし、いつもとはまた違った楽しいひと時を過ごせるかと思いますよ」
「はぁ、なるほど」
召喚獣を休ませたり、交流を図る。二人に言われて、軽い衝撃を受けてしまった。まず、召喚獣と交流を図るという発想が、私一人では思い付きもしなかっただろう。
逆に、なんで今まで出来なかったんだ? 戦闘時にしか、召喚する機会がなかったから? けどそれは、私が勝手に抱いている固定観念になってしまう。
そもそも私は、召喚獣をなんだと思っているんだ? 奥の手の一つ? 戦術の一手? 戦いの道具?
……なんだこれ? 酷い例えしか出てこないじゃないか。そうか。普段から私は、召喚獣をそんな風に捉えていたんだな。
しかし、ウンディーネ様とシルフのお陰で、一つの固定観念を壊す事が出来た。休ませたり交流を図れるのであれば、『天翔ける極光鳥』の為にもやってやらないと。
そういえば、他の召喚魔法も覚えているけど、あいつらともそんな事が出来るのだろうか? 『竜の楔』なら、その場に留まってもらえれば出来そうだけど。
『覇者の右腕』や『覇者の左腕』って、体の部位だし。『光柱の管理人』なんて、柱そのものだぞ? 他属性の召喚魔法は……。いや、数が多すぎて埒が明かない。またの機会に考えておこう。
まず優先すべきは、『天翔ける極光鳥』だ。どうせなので、『天翔ける極光鳥』を召喚してから『フェアリーヒーリング』を使用し、あいつも癒してあげよう。
「分かった。サニー、料理を食べ終わってから見せてやる。けど、ゆっくり味わって食べるんだぞ?」
「わぁっ、わかった! 楽しみにしてるねっ!」
分かったといいながら、急いで食べ出すかと思いきや。椅子に座り直したサニーは、行儀よく魚に匙を刺し、味わうように咀嚼をして「う~んっ、おいしいっ!」と唸りを上げた。
が、意識はウンディーネ様とシルフに向いたままで。二人の様子を窺いつつ、記憶に無い過去の私について質問をし始めた。
その二人は意気揚々と、魔王を討伐したとか。主に未踏の地へ赴き、未知の財宝を探していただとか。
魔物の襲撃が激しい国へ行き、戦闘に加わって平和へ導いただとか。さも当然のように語っているけども、どれだけ設定を練ってきたんだ?
けど、冒険の旅か。私も普通に生きていたら、そんな事をしていたのかな?
もちろん私の隣には、ピースが居る旅だ。うん、悪くない。少しだけ、そんな想像を膨らませてしまおう。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる