ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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168話、変身魔法とは

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 シルフに伝えられた設定に翻弄され、サニーの質問攻めは夜が更けるまで続くかと思いきや。
 ウィザレナの『サニー殿。早く寝ないと、夜が困惑していつまでも続いてしまい、明日が来なくなってしまうぞ?』という機転を利かせた子供だましにより、サニーは慌てて就寝。数分もせず寝息を立て始めた。
 あんなに興奮していたのにも関わらず、なぜ数分で眠れるのだろうか? サニーの切り替えの早さには、毎回驚かされるものがある。
 そんなサニーから置いてけぼりにされないよう、ウィザレナ達も家に戻り。私達もベッドへ潜り込み、眠りに就いていった。

 そして、次の日の早朝。アルビスは、サニーの誕生日でも作った料理を作るべく、大量の金貨を持って『タート』へ行き。
 私とサニーは、ウンディーネ様とシルフを気持ちよく迎え入れられるよう、部屋の掃除を念入りにし。ウィザレナ達は、何も知らずに来たヴェルインとカッシェさんに、今日の流れを説明した。
 午後になってもファートが来ない所を察するに、また海へ行っているのだろう。帰って来る度に屈強な部下が増えているので、今やヴェルインでも太刀打ち出来るか怪しい強さになっている。
 しかし本人は、『お前らの平和を保つ為には、まだ足りねえな』と過去にボヤいていたので、あいつなりに、私達の事を想って動いてくれているはずだ。なのでいつか、あいつにもお礼を言っておかないと。

 さてと。鮮烈な青さを誇っていた空が、淡い橙色に染まってきた事だし。そろそろ私も、アルビスと一緒に料理を作ろう。











「お母さん! 夕方になったけど、お母さんの仲間まだ来ないよ!?」

「もうそろそろだと思うから、そう焦るな」

「むぅ~っ」

 夕方になる前から、窓からずっと外を覗いて待っていたサニーが、私に頬をプクッと膨らませたしかめっ面を見せ、顔を窓へと戻した。
 そのサニーを挟む形で、料理の手伝いが出来ないウィザレナとレナも、窓に張り付いて外を眺めている。

「そろそろ約束の時間だが……。なんだかこう、すごく緊張してきたな。嘔吐いてしまいそうだ」

「そ、そうだね。私も、心臓がバクバクしてきちゃった」

 そわそわし出した気持ちを落ち着かせる為か。ウィザレナとレナが、真ん中に居るサニーへ密着していく。
 隙間がまるでなく、窓から差し込む夕陽すら遮断している。あのままサニーを持ち上げられそうだ。

「おい、アカシック・ファーストレディ。あの方達は、今どこに居るのか分かるか?」

 私の隣で大判の肉を焼いているアルビスが、ボソッと呟いてきた。

「『ルシル』と『ディーネ』の事か?」

「そうだ。外で待たせる訳にもいかないし、先に中へ招いた方がいいだろ?」

「確かに、そうだな。分かった、ちょっと聞いてみる」

 とは言ったものの。この場合、ウンディーネ様とシルフ、どちらに会話をすればいい? 二人にするのであれば、『水の証』と『風の証』、両方に魔力を流し込めば二人に会話が通じるのだろうか?
 とりあえず、物は試しだ。両方に流してみよう。そう決めた私は、料理を作っている手を止め、首飾りに嵌め込まれた二つの証に右手を添える。
 そのまま魔力を流し込んでみると、二つの証が淡い光を発し出した。ちゃんと光ってくれた所を見ると、どうやら二人同時の会話も可能のようだ。

『ウンディーネ様、シルフ。今、大丈夫ですか?』

『はい。ちょうど、設定通りの姿に変身を終えた所です』

『俺もだぜ! で、どうした?』

 変身し終えたという事は、もう家の近くに居るかもしれない。なら、家に招いてしまおう。

『外で待っててもらうのも悪いので、家の中に入ってもらってもよろしいでしょうか?』

『あら、ご気遣いありがとうございます。では、シルフさ……、ルシルさん、行きましょうか』

『なんだか危なかっしいなあ。頼むぜ? ディーネさんよ』

『は、はい。細心の注意を払って気を付けます』

『それでは、お待ちしていますね』

 ちょっとぎくしゃくとした声色から察するに、ウンディーネ様も緊張していそうだ。ならば、その緊張を私達でほぐしてあげないと。
 料理を振る舞う事よりも先に、やる事を見出し、証に流していた魔力を止めた途端。窓がある方面から「あっ!」という、なんとも張りのある声が耳に飛び込んできた。

「あの人達かな!? お母さん、仲間って何人来るの!?」

「二人だ」

「やっぱり! じゃあ、あの人達がそうだ!」

 私の言葉で確信を得たサニーが、嬉々とした笑顔をしながら床に飛び下り、駆け足で扉まで向かっていく。

「なあ、レナ。ディーネ殿の姿、どう思う?」

「えっと、ほとんど変わってなかったね」

「え?」

 ……なんだ? 今の不穏な会話は? ウンディーネ様の姿が、ほとんど変わっていない? ウンディーネ様ならともかく。シルフも変わっていなかったら、相当まずいのでは?
 確かシルフは、とある絵本のせいで、サニーに面が割れている。サニーは、記憶力がとても優れている子だ。なので、当然シルフの顔を覚えているだろう。……本当に大丈夫なのか?
 言い知れぬ不安が、だんだん心に芽生え始めてきた中。扉に設置された窓に、夕陽の逆光を浴び、闇を纏った一つの影が出現。
 シルフは身長が低いので、あの影はきっとウンディーネ様だろう。その影が佇むと、扉から二度叩いたような音が鳴った。

「どうぞっ!」

 待っていましたと言わんばかりに、間髪を容れぬサニーの大きな招く声。すると、扉がひとりでに開き、見慣れ過ぎた人物が二人、姿を現した。
 片や、妖精の羽が消えただけのシルフ。服装も髪型も、私と初めて出会った時のままだ。浅緑色で、狩人を彷彿とさせる服。ふわふわな若草色の髪。マナを凝縮させ、具現化させた弓。
 だけど、身長は少し高い。面構えも、やや大人びた感じがする。けど、それだけだ。ほとんど見た目が変わっていない。おまけに、大精霊独特の凄まじい魔力も健在だ。まったく隠し切れていない。

 ウンディーネ様もそう。見た目が人間の姿に変わり、服装が純白の一枚布に変わっただけだ。細い腰まで伸びている、清らかな薄水色の長髪。暖かみのある、真紅の瞳。
 華奢な腕で携えているは、山脈を一刀両断してしまいそうな風貌がある、紺碧の三叉槍。全ての罪を許してくれそうな聖母のように、表情をほころばせているけども……。
 身長よりも高い三叉槍のせいで、歴戦の戦乙女みたいな印象しか受けない。賢者というよりも、大人しそうな女戦士にしか見えないぞ?
 そんな、変身魔法を使ったのか怪しい二人が、四歩ほど進んで部屋の中へ入り。シルフが、ワンパクを隠し切れていない笑みを浮かべ。ウンディーネ様は、ふわりと微笑んだ。

「よう、アカシック! 邪魔するぜ!」

「アカシックさん、お久しぶりですね。半日ですが、お世話になります」

「久しぶりだな、二人共。わざわざ来てくれてありがとう、疲れただろ?」

 シルフの接し方は、いつも通りでいいとして。ウンディーネ様も、砕けた感じで喋ればいいか?
 一応、私達は仲間という設定だけども。ここら辺は、事前に打ち合わせをしておいた方がよかったな。

「あ、あっ……、あのっ!!」

「ん?」

 ウンディーネ様の接し方について、模索している最中。二人がサニーの声に気付き、視線を下へ滑らせていく。
 私も二人の視線を追ってみると、落ち着きのないサニーが、二人の顔をひっきりなしに見返していた。

「おっ! もしかして、君がアカシックの娘か?」

「は、はいっ! サニーです! よろしくお願いします!」

「へぇ~、礼儀正しい子じゃねえか」

「ふふっ。初めまして、サニーさん。とても可愛いですね」

 中腰になり、サニーの顔をまじまじと眺めるシルフに。その場にしゃがみ込み、麗しくほくそ笑むウンディーネ様。

「あのっ! お二人は、お母さんの仲間ですかっ?」

「おう、そうだぜ! そういや、自己紹介がまだだったな。俺は、風魔法を極めたエルフの『ルシル』だ! で、こっちが」

「『ディーネ』です。ちまたでは、水の賢者と呼ばれています」

「『ルシル』さんに、『ディーネ』さん! エルフさんで、水の賢者っ! わっ、わっ!」

 まだ自己紹介の段階だというのに、サニーの興奮具合が凄まじいな。もう首だけではなく、体ごと二人に向けている。
 そんな、体力の消費が激しそうに右往左往しているサニーが、何を思ったのか。急にこちら側へ体を向け、発光しそうな勢いでギンギンに輝いている瞳を見せつけてきた。

「ウィザレナさんっ! ウィザレナさんと同じエルフさんだよっ!」

「お……、おおー、そうかー。私と同じエルフ族かー。同族に会うのは、何百年振りだろうかー」

 この、棒読みが極まったウィザレナの喋り方よ。緊張しているとも言っていたし、根が真面目で嘘をつくのも下手なので、今日の棒読みに歪みが一切ない。一直線だ。

「おお、あんたもエルフなのか! 俺も同族に会うなんて、すげえ久々だぜ。名はなんていうんだ?」

「わ、私の名は『ウィザレナ』だーですー。よろしく頼むぞーですー。で、私に似たこの子がー」

 ルシルの正体が『シルフ』だと知っているが故に、言葉を崩し切れず支離滅裂状態になっているウィザレナが、右隣りに居るレナへ手をかざす。

「い、今は、エルフに変身しちぇいましゅが、元はユニコーンの『レナ』と申しましゅ! 『ルシル』しゃま、『ディーネ』しゃま、今日はよろしくお願い致しましゅ!」

 やはり、レナもガチガチに緊張しているようで。自己紹介は呂律が回っていないし、お辞儀も残像が見えるほどに素早い。あとで、二人の心も落ち着かせてやらないと……。

「はっはっはっ。面白えなあ、お前ら。なんだか仲良くやってけそうだぜ。よろしくな、二人共!」

「ウィザレナさんと、レナさんですね。よろしくお願い致します」

「は、はいー!」

「は、はひっ!」

 二人の固すぎるも好印象がある返事に、シルフがもう一度笑ってから腕を組む。

「それで? 執事服を着た奴と、ウェアウルフさんの二人は、どんな名なんだ?」

「アカシックファ……、アカシックの家族の一員で、元の姿はブラックドラゴンの『アルビス』と申します。ルシルさん、ディーネさん。遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます。今日は、よろしくお願い致します」

「サニーちゃんのお守り役の、ヴェルインだ。よろしく頼むぜ」

「カッシェよ。よろしくね」

 私のすぐ右隣から、丁寧なアルビスの自己紹介が。左の背後から、サニー同様、ウンディーネ様とシルフの正体を知らない二人の自己紹介が聞こえてきた。
 それにしても、アルビスの奴。正体を明かしても大丈夫な人物だから、自らブラックドラゴンと名乗っていたな。たぶん、今の珍しい自己紹介は、二度と聞く事が出来ないだろう。

「なになに? エルフやユニコーン、ブラックドラゴンにウェアウルフ? なかなか面白そうな組み合わせじゃねえか。来て早々、楽しくなってきやがったぜ」

「ええ。様々な場所を旅してきましたけど、初めて見る組み合わせですね」

 確かに。改めて聞かされると、エルフ、ユニコーン、ブラックドラゴン、ウェアウルフが一つ屋根の下に居る光景なんて、世界のどこを探せど、ここだけかもしれないな。

「楽しんでくれて、私も嬉しいよ。そうだ。もう少しで料理が出来上がるから、適当にくつろいでてくれ」

「おっ、そうか! なら、そうさせてもらうぜ。よっし! サニーちゃん、俺と遊ばないかい? サニーちゃん大好物の、『ふわふわ』や『ぶうーん』をやってやるぞ?」

「わっ、ルシルさんもできるんだ! やってくださいっ!」

「サニーさん。私も『ぷくぷく』や『ぽいーん』が出来ますので、次にどうでしょうか?」

「『ぷくぷく』や『ぽいーん』!? 知らない魔法だっ! お願いしますっ!」

 早速、サニーの取り合いを始めた二人が、各々の持ち味を生かしてサニーの気を引いていく。
 ウンディーネ様が言っていた、『ぷくぷく』と『ぽいーん』が気になるな。名前からして水魔法だと予想出来るが、ちょっと見てみたい。

「なあ、レディ」

「む?」

 ふわりと宙に浮いたサニーが、高速で縦横無尽に飛び出した矢先。椅子に座っているヴェルインに呼ばれたので、声がした方へ顔をやる私。

「なんだ?」

「あの二人、お前やアルビスより強くね?」

「あら、ヴェルイン。奇遇ね、私もそう思ってた所よ。あんな風にサニーちゃんと緩く戯れているけど……。なんていうか、持ってる武器の圧もすごいし、二人して別次元の底知れぬ物を感じるのよね」

「そうそう。俺様も昔は、つええ奴を見ると血湧き肉躍ってたんだが……。あの二人は、逆に血の気が引いてくぜ。まるで勝てる気がしねえ」

 ヴェルインの二人に対して恐怖すら感じる評価に、カッシェさんが反応し。二人をより観察するように、目を細めて研ぎ澄ませていく。やはり戦闘経験が豊富な者ほど、そっち関係の感想に行きついてしまうか。
 まあ、無理もない。シルフもウンディーネ様も、サニーに意識が集中しているように見えるけども。周りの警戒を怠っていないし、隙や死角が微塵も見当たらない。
 二人して、何か不測の事態があったとしても、すぐさま対応出来るようにしている。大精霊という立場に居る所以か。それとも、ここが『迫害の地』という危険極まりない場所だからなのか。はたまた。

「よく見抜いたな。二人共、本気を出して掛かってきたら、私なんて足元に及ばないぐらい強いぞ」

「そんなにかよ? レディに仲間が居た事にも驚いたがよ。世界は広いなぁ、カッシェ」

「そうね。あんたと出会ってから色んな場所に行って、色んな奴と戦ってきたけど。まだまだ視野が狭かったみたいね。改めて気付かされた気分だわ」

「まあ、今回は争う為に来た訳じゃないんだ。そう思わないで、仲良くしてやってくれ」

「りょーかい。そんじゃ俺は、あいつらがどんな強い奴らと戦ってきたのか、話を聞いてくるかな」

「あら。いいわね、それ。とても面白そうだわ」

 そう考え方を変えた二人が立ち上がり、ルシル達の元へ歩み寄っていった。警戒心も解いてくれたようだし、あの調子なら様子をうかがわなくても大丈夫だろう。
 さてと。とりあえず私は、既にやり切った顔をしていて、肩で息をしながら天井を仰いでいるウィザレナ達の介抱をしてやらないと。
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