170 / 294
167話、約百年分の想い
しおりを挟む
『そうだな、まずは礼だ。お前に非道な行為を続けてきたアカシックを許してくれた、その寛大なる心に、大精霊を代表して深謝する。ありがとう、アルビス』
シルフの話が始まった途端。整えたばかりの私の心が、再び大きく揺らいだ。まさか、それについて話してくるとは……。シルフは、私が『はいはい』し出した頃から知っている。
なので当然、アルビスに仕出かしてきた行為も見てきていただろう。それは、大精霊様全員も知っているはず。
ウンディーネ様は、この話題に触れてこなかったけど。シルフは私に対して、色々と気遣ってくれて、距離感もかなり近く、この私を仲間だと言ってくれた大精霊だ。
なのでこのお礼は、心にくる物がある……。私には本当の父や母が居ないから、そういった感覚に乏しいけれども、親や仲間が私に代わって謝っている時って、きっとこんな感じなんだろうな。
『本来のアカシックは、今お前の隣に居るアカシックだ。昔のあいつは、まったくの別人だと思ってくれ。それでなんだが、アルビス。お前に一つだけ頼みがある』
改まったシルフの言葉に、アルビスは天井を仰いだまま小さく頷いた。
『アカシックは、とある出来事のせいで一度道を踏み外しちまったけど、サニーやお前達のお陰で、歩むべき正しい道へ戻ってこれた。けど、また踏み外す可能性はねえとも言い切れねえ。本来なら、俺達が正してやるべき所なんだが。立場上、あの頃はそれが出来ずに見守る事しか出来なかった。歯痒かったぜ、あの永遠にも感じたもどかしい月日がよお』
私が道を踏み外したのは、ピースが『アンブラッシュ・アンカー』に殺された日を境に、おおよそ九十年以上が経っている。その間にシルフは、ずっと私を見ていてくれていたんだ。
この事実は、あまり気付かされたくなかった。私はシルフ達に、大精霊様方に、どれだけ辛い思いをさせていたのか、想像すらつかない。
『今ならアカシックと顔合わせも出来たし、契約も交わせたので、ある程度の接触や手助けを出来るようにまでなれた。けど、それだけじゃまだ足りねえ。本音は、四六時中付きっ切りで傍に居てやりてえ。が、それは俺達が大精霊という存在である限り、不可能な事だ。しかし、今は違う。今のアカシックには、アルビスという、いつでも手を差し伸ばす事が出来る家族が居る』
大精霊という存在である限り。そうだ。私がウンディーネ様と突発的に出会うまでは、大精霊は存在すら確認されていない、伝説上や絵本の中、憶測の域でしか語られていなかった存在だ。
きっと、人の前に現れる事が出来るのは、特定の場所、または特殊な条件が重なった時のみだろう。それは、まだ接触をしていないかった、特例中の特例である私でさえもだ。
なので本当なら、まだ接触さえしていないアルビス、ウィザレナ、レナに対しての、この語りも禁忌だと予想出来る。……となると私、かなりまずい約束を、シルフ達としてしまったのでは?
『だからよ、アルビス。俺達の代わりに、アカシックを正しい道へ導き続けてやってほしいんだ。もちろん、間違った道に歩み出そうとした時、何をしても構わねえ。それは俺達が許す。見てて清々しくなるほど、徹底的にやってくれ』
「ゔっ……」
シルフの釘を刺す鉄槌染みた言葉に、思わず声が漏れ出して、体を大きく波立たせる私。何をしても構わないと来たか。けど、そうまで言わないと、アルビスは私に手加減をしてくるだろう。
にしても、これは単なる頼みというよりも、一生のお願いに近いものがある。それに、大精霊からの直々たる頼みだ。あのアルビスが、断れるはずがない。
家族や親が、他の人に監視役を頼む時も、こんな感じで話すんだろうな。とどのつまり、私の親はシルフになる訳か。例えで出すのも、恐れ多い事なのだが……。ほんの少し、悪くないかもと思ってしまった。
様々な感情が、視界を泳がせていく中。アルビスは神妙な面立ちでいながらも、深く頷いた。
『すまねえな、アルビス。恩に着るぜ。無論、タダとは言わねえ。感謝の印として、お前と契約を交わしてやるよ』
「へっ……? け、けいや―――」
「わ、私達と、契約をっ!?」
「け、契約っ!?」
我慢し切れずに、アルビスが声を出すや否や。その愕然とした声を掻き消す、ウィザレナとレナの叫び声。そして、三人は同時に「へ?」と呟き、目が丸くなっている顔を見合わせた。
『ウィザレナとレナにも、同じ話をしてた所でな。あいつらは、アカシックに助けられて生き永らえた命を、アカシックの為に使ってくれると言ってくれた。いやあ、あれを聞いた時は、胸が熱くなって震えたね。ならば、俺もあいつらに協力してやろうと思って、契約を持ち掛けたんだ。それに、アルビス。お前もだぜ?』
話を続けるシルフに、ウィザレナとレナはバッと天井を仰ぎ。アルビスは、眉間に浅いシワを寄せながら天井に顔をやった。
『アカシックとの関係を白紙に戻し、家族になってくれたからというものの。時には、あいつの折れかけた心を励まし、応援してくれて。時には、過去のあいつを共に殺し。時には、あいつの夢に通じる道に、近道を作ってくれて。時には、強大なる敵と、あいつと共に対峙してくれて。誰よりもあいつを心配して、看病をしてくれて……。アルビス。お前は、俺達がしてやりたかった事を、与えてやりたかった物を、アカシックに全部与えてくれた。サニーが常に傍に居たけど、お前も一緒に居てやらなかったら、今頃アカシックはどうなってたのか分からねえし。最悪、また一人で暴走してたかもしれねえ』
語っていく内に、頭の中で響いていたシルフの声が、だんだんとしおらくなってきた。
そう。私には、愛娘のサニーが居る。闇に堕ちていた心を救ってくれて、幼少期の頃に決めた決心を思い出させてくれて、私を元の私に戻してくれる切っ掛けを作ってくれたサニーが。
けれども、それだけでは危うかった時期があったのも事実。実際、私の心が折れかけた時、アルビスがその場に居なくて、そのまま心が折れていたら……。
また、間違った道を歩み出していたかもしれない。全てを投げ出して、夢を諦めていたかもしれない。背筋がゾッとするような、最悪な結末が待っていたかもしれない。
『アカシックはな? 俺達にとって仲間であり、大げさに言っちまえば孫みたいなもんだ。だからよ、アルビス。アカシックにそこまでしてくれたお前に、契約の一つでも交わさねえと、俺達の面目が立たねえ。そうそう、ついでに言っちまうけどよ。お前には後々、火の大精霊とも契約を交わしてもらうからな?』
「へっ? 火の……、っ!?」
追撃とも取れるシルフの捕捉に、アルビスは女々しい甲高い声を発し、慌てて口を両手で塞いだ。アルビスが、火の大精霊とも?
火の大精霊とは、私もまだ出会った事がないし。アルビスの反応から察するに、あいつもまだ出会っていなさそうだ。はて、なぜなのだろうか?
『へへっ。お前も案外、面白れえ奴だな。っと、わりいわりい。火の大精霊は、今は訳あって、二人組で行動してるんだ。再会出来る日を、楽しみに待ってな』
「さ、再会……?」
火の大精霊が二人組で行動していて、かつ、アルビスの再会を楽しみにしている? しかしあいつは、私に顔を合わせてきては、『いや、余も覚えがない』と言わんばかりに、口がポカンと開いた顔を横に振っている。
シルフ達は、裏で一体何をやっているんだ? ……大精霊様と出会う度に、気になる新たな謎が増えていく。今回は、とうとうアルビスまでもが巻き込まれてしまった。これは、私のせいでもあるが。
『つー事だ、アルビス。適当な日に、契約を交わしてやるから、これも楽しみに待っててくれな。よし! お前らに言いたい事を、ようやく全部吐けたぜ! とりあえず、ここからは会話を全員に戻すぞ。もう喋っていいからなー』
そう告げると、シルフの声に無邪気さが戻ってきた。先のやり取りは、アルビスだけにしか用がないと言っていたけれど。
あの会話は、私にも言い聞かせていたようにも聞こえた。それに短い間だったが、あの会話には、約百年分以上溜まっていたシルフの想いも込められていたような気がする。
シルフはきっと、私との出会いを心待ちにしていたのかもしれない。なのに私は、あんな醜態を晒し、シルフに対して強く当たってしまった。
そう気付いてしまったせいで、揺らいでいた心がもっと揺らぎ、何かに強く締め付けられたように左胸が痛くなってきた。
私は、恩人とも言えて、仲間とも言える人になんて事をしてしまったんだろう……。なんでこうも私は、気付くのがいつも遅過ぎるんだ。
……謝って済む問題じゃないけれども。明日、合間を縫ってシルフに謝らないと。
『そうそう! アカシック。さっきまでウンディ姉と話し合ってよ、色々設定を決めたんだ』
「せ、設定?」
『おう! ただの人間に変身するのは、なんかつまんねえって思ってよ! 俺は、風の魔法を極めたエルフ族の狩人『ルシル』。ウンディ姉は、水の魔法を極めし賢者『ディーネ』という設定だ! ちなみに、サニーちゃん達には、かつて、汚れた大地を浄化すべく、世界を股にかけて冒険をした仲間だって紹介しといてくれ。頼むぜ、光の申し子『アカシック』さんよお』
設定とやらを明かし始めたシルフの声が、ハキハキとし出して張りが増してきた。おい、嘘だろ? ちゃっかりと、私の設定まで決められているじゃないか……。
「なんで、私の設定まで……?」
『なんかな、ウンディ姉と設定を考えてる内に、だんだん盛り上がってきちまってよ。いやあ、ありもしない設定を考えるのって、めちゃくちゃ楽しいのな!』
やたらと弾けた声で語るシルフをよそに。アルビスは腕を組み、『分かります』と同調した表情になり、二度素早く頷いた。
そういえば、アルビスは日々、魔王ごっこの設定を綿密に細々と決めているんだった。この二人、出会って早々に意気投合しそうだな。
「ふあぁ~……」
「む?」
とりあえずアルビスの為に、話を魔王ごっこに持っていこうと思った矢先。寝ていたはずの、サニーの大きなあくびが耳に入り込んできたので、視線をアルビスからベッドへ持っていく。
軽く動かした視界の先には、既に体を起こしていたサニーが、眠たそうな瞼を手の甲で擦っていた。
『おっと、起きちまったか。そんじゃお前ら、明日はよろしくな! あばよ!』
唐突な別れの時が来るも、声に出す訳にもいかないので。私達は誰も居ない天井に向かい、頭を下げた。
「……あっ、おかーしゃんだぁ。おかえりぃ」
「ただいま、サニー」
起きたばかりで頭が重いのか。まだ目が開いていない顔を左側に傾け、緩い笑みを浮かべているサニーに声を掛け。みんなが居る方へ顔を移し、同時に小さく頷く。
さて。まだ事情をまったく知らないでいるサニーに、明日、ここへ私の『仲間』が来る事を説明してやらないと。
「そうだ。サニー、お前に一つ伝える事がある」
「なーにぃ~?」
「明日の夕方頃なんだが。ここに私の仲間達が来て、共に食事をする事になったんだ。来たら紹介してやるから、楽しみにしててくれ」
「仲間ぁ~? うん、わかったぁ……、はぇっ? お母さんの、仲間っ!?」
まだ頭が夢現を彷徨っているサニーが、一旦は了承するも、すぐに理解が追いついたのか。
慌ててベッドから下り、駆け足で近寄ってきては、椅子に座っている私の太ももに両手を置き、流星の如く輝いている青い瞳を私に合わせてきた。
「お母さん、仲間がいたのっ!?」
「ま、まあな。隠しててすまなかった」
あまりにも眩しいサニーの眼差しに、ちょっとした罪悪感が芽生える私。しかし、今の言葉は嘘だと判定されていなかったようで、私の左胸に痛みが走る事はなかった。
「わ、わっ! 本当なんだ! ねえっ、お母さん! お母さんの仲間って、どんな人なのっ!?」
「それは、明日の夕方までの秘密だ」
「ええーっ!? 少しぐらい教えてよ! その仲間と何をしてたの!? もしかして冒険とか? それとも、魔王退治とか? あっ、わかった! 珍しい物を探してたんでしょ? ねえ、お母さん、どうなの? 当たりでしょ!?」
はぐらかす為の何か言ってやりたいのは、山々なんだが……。間髪を容れぬ怒涛の質問攻めのせいで、私はサニーの前に両手を出し、たじろぐ事しか出来ない。
今の私は、きっと苦笑いをしているんだろうな。口角が上がっていて、強張っているのが自分でも分かっている。
このやんちゃな質問攻めは、サニーが疲れて寝落ちするまで続くだろう。今宵は、いつもより長くなりそうだな。
シルフの話が始まった途端。整えたばかりの私の心が、再び大きく揺らいだ。まさか、それについて話してくるとは……。シルフは、私が『はいはい』し出した頃から知っている。
なので当然、アルビスに仕出かしてきた行為も見てきていただろう。それは、大精霊様全員も知っているはず。
ウンディーネ様は、この話題に触れてこなかったけど。シルフは私に対して、色々と気遣ってくれて、距離感もかなり近く、この私を仲間だと言ってくれた大精霊だ。
なのでこのお礼は、心にくる物がある……。私には本当の父や母が居ないから、そういった感覚に乏しいけれども、親や仲間が私に代わって謝っている時って、きっとこんな感じなんだろうな。
『本来のアカシックは、今お前の隣に居るアカシックだ。昔のあいつは、まったくの別人だと思ってくれ。それでなんだが、アルビス。お前に一つだけ頼みがある』
改まったシルフの言葉に、アルビスは天井を仰いだまま小さく頷いた。
『アカシックは、とある出来事のせいで一度道を踏み外しちまったけど、サニーやお前達のお陰で、歩むべき正しい道へ戻ってこれた。けど、また踏み外す可能性はねえとも言い切れねえ。本来なら、俺達が正してやるべき所なんだが。立場上、あの頃はそれが出来ずに見守る事しか出来なかった。歯痒かったぜ、あの永遠にも感じたもどかしい月日がよお』
私が道を踏み外したのは、ピースが『アンブラッシュ・アンカー』に殺された日を境に、おおよそ九十年以上が経っている。その間にシルフは、ずっと私を見ていてくれていたんだ。
この事実は、あまり気付かされたくなかった。私はシルフ達に、大精霊様方に、どれだけ辛い思いをさせていたのか、想像すらつかない。
『今ならアカシックと顔合わせも出来たし、契約も交わせたので、ある程度の接触や手助けを出来るようにまでなれた。けど、それだけじゃまだ足りねえ。本音は、四六時中付きっ切りで傍に居てやりてえ。が、それは俺達が大精霊という存在である限り、不可能な事だ。しかし、今は違う。今のアカシックには、アルビスという、いつでも手を差し伸ばす事が出来る家族が居る』
大精霊という存在である限り。そうだ。私がウンディーネ様と突発的に出会うまでは、大精霊は存在すら確認されていない、伝説上や絵本の中、憶測の域でしか語られていなかった存在だ。
きっと、人の前に現れる事が出来るのは、特定の場所、または特殊な条件が重なった時のみだろう。それは、まだ接触をしていないかった、特例中の特例である私でさえもだ。
なので本当なら、まだ接触さえしていないアルビス、ウィザレナ、レナに対しての、この語りも禁忌だと予想出来る。……となると私、かなりまずい約束を、シルフ達としてしまったのでは?
『だからよ、アルビス。俺達の代わりに、アカシックを正しい道へ導き続けてやってほしいんだ。もちろん、間違った道に歩み出そうとした時、何をしても構わねえ。それは俺達が許す。見てて清々しくなるほど、徹底的にやってくれ』
「ゔっ……」
シルフの釘を刺す鉄槌染みた言葉に、思わず声が漏れ出して、体を大きく波立たせる私。何をしても構わないと来たか。けど、そうまで言わないと、アルビスは私に手加減をしてくるだろう。
にしても、これは単なる頼みというよりも、一生のお願いに近いものがある。それに、大精霊からの直々たる頼みだ。あのアルビスが、断れるはずがない。
家族や親が、他の人に監視役を頼む時も、こんな感じで話すんだろうな。とどのつまり、私の親はシルフになる訳か。例えで出すのも、恐れ多い事なのだが……。ほんの少し、悪くないかもと思ってしまった。
様々な感情が、視界を泳がせていく中。アルビスは神妙な面立ちでいながらも、深く頷いた。
『すまねえな、アルビス。恩に着るぜ。無論、タダとは言わねえ。感謝の印として、お前と契約を交わしてやるよ』
「へっ……? け、けいや―――」
「わ、私達と、契約をっ!?」
「け、契約っ!?」
我慢し切れずに、アルビスが声を出すや否や。その愕然とした声を掻き消す、ウィザレナとレナの叫び声。そして、三人は同時に「へ?」と呟き、目が丸くなっている顔を見合わせた。
『ウィザレナとレナにも、同じ話をしてた所でな。あいつらは、アカシックに助けられて生き永らえた命を、アカシックの為に使ってくれると言ってくれた。いやあ、あれを聞いた時は、胸が熱くなって震えたね。ならば、俺もあいつらに協力してやろうと思って、契約を持ち掛けたんだ。それに、アルビス。お前もだぜ?』
話を続けるシルフに、ウィザレナとレナはバッと天井を仰ぎ。アルビスは、眉間に浅いシワを寄せながら天井に顔をやった。
『アカシックとの関係を白紙に戻し、家族になってくれたからというものの。時には、あいつの折れかけた心を励まし、応援してくれて。時には、過去のあいつを共に殺し。時には、あいつの夢に通じる道に、近道を作ってくれて。時には、強大なる敵と、あいつと共に対峙してくれて。誰よりもあいつを心配して、看病をしてくれて……。アルビス。お前は、俺達がしてやりたかった事を、与えてやりたかった物を、アカシックに全部与えてくれた。サニーが常に傍に居たけど、お前も一緒に居てやらなかったら、今頃アカシックはどうなってたのか分からねえし。最悪、また一人で暴走してたかもしれねえ』
語っていく内に、頭の中で響いていたシルフの声が、だんだんとしおらくなってきた。
そう。私には、愛娘のサニーが居る。闇に堕ちていた心を救ってくれて、幼少期の頃に決めた決心を思い出させてくれて、私を元の私に戻してくれる切っ掛けを作ってくれたサニーが。
けれども、それだけでは危うかった時期があったのも事実。実際、私の心が折れかけた時、アルビスがその場に居なくて、そのまま心が折れていたら……。
また、間違った道を歩み出していたかもしれない。全てを投げ出して、夢を諦めていたかもしれない。背筋がゾッとするような、最悪な結末が待っていたかもしれない。
『アカシックはな? 俺達にとって仲間であり、大げさに言っちまえば孫みたいなもんだ。だからよ、アルビス。アカシックにそこまでしてくれたお前に、契約の一つでも交わさねえと、俺達の面目が立たねえ。そうそう、ついでに言っちまうけどよ。お前には後々、火の大精霊とも契約を交わしてもらうからな?』
「へっ? 火の……、っ!?」
追撃とも取れるシルフの捕捉に、アルビスは女々しい甲高い声を発し、慌てて口を両手で塞いだ。アルビスが、火の大精霊とも?
火の大精霊とは、私もまだ出会った事がないし。アルビスの反応から察するに、あいつもまだ出会っていなさそうだ。はて、なぜなのだろうか?
『へへっ。お前も案外、面白れえ奴だな。っと、わりいわりい。火の大精霊は、今は訳あって、二人組で行動してるんだ。再会出来る日を、楽しみに待ってな』
「さ、再会……?」
火の大精霊が二人組で行動していて、かつ、アルビスの再会を楽しみにしている? しかしあいつは、私に顔を合わせてきては、『いや、余も覚えがない』と言わんばかりに、口がポカンと開いた顔を横に振っている。
シルフ達は、裏で一体何をやっているんだ? ……大精霊様と出会う度に、気になる新たな謎が増えていく。今回は、とうとうアルビスまでもが巻き込まれてしまった。これは、私のせいでもあるが。
『つー事だ、アルビス。適当な日に、契約を交わしてやるから、これも楽しみに待っててくれな。よし! お前らに言いたい事を、ようやく全部吐けたぜ! とりあえず、ここからは会話を全員に戻すぞ。もう喋っていいからなー』
そう告げると、シルフの声に無邪気さが戻ってきた。先のやり取りは、アルビスだけにしか用がないと言っていたけれど。
あの会話は、私にも言い聞かせていたようにも聞こえた。それに短い間だったが、あの会話には、約百年分以上溜まっていたシルフの想いも込められていたような気がする。
シルフはきっと、私との出会いを心待ちにしていたのかもしれない。なのに私は、あんな醜態を晒し、シルフに対して強く当たってしまった。
そう気付いてしまったせいで、揺らいでいた心がもっと揺らぎ、何かに強く締め付けられたように左胸が痛くなってきた。
私は、恩人とも言えて、仲間とも言える人になんて事をしてしまったんだろう……。なんでこうも私は、気付くのがいつも遅過ぎるんだ。
……謝って済む問題じゃないけれども。明日、合間を縫ってシルフに謝らないと。
『そうそう! アカシック。さっきまでウンディ姉と話し合ってよ、色々設定を決めたんだ』
「せ、設定?」
『おう! ただの人間に変身するのは、なんかつまんねえって思ってよ! 俺は、風の魔法を極めたエルフ族の狩人『ルシル』。ウンディ姉は、水の魔法を極めし賢者『ディーネ』という設定だ! ちなみに、サニーちゃん達には、かつて、汚れた大地を浄化すべく、世界を股にかけて冒険をした仲間だって紹介しといてくれ。頼むぜ、光の申し子『アカシック』さんよお』
設定とやらを明かし始めたシルフの声が、ハキハキとし出して張りが増してきた。おい、嘘だろ? ちゃっかりと、私の設定まで決められているじゃないか……。
「なんで、私の設定まで……?」
『なんかな、ウンディ姉と設定を考えてる内に、だんだん盛り上がってきちまってよ。いやあ、ありもしない設定を考えるのって、めちゃくちゃ楽しいのな!』
やたらと弾けた声で語るシルフをよそに。アルビスは腕を組み、『分かります』と同調した表情になり、二度素早く頷いた。
そういえば、アルビスは日々、魔王ごっこの設定を綿密に細々と決めているんだった。この二人、出会って早々に意気投合しそうだな。
「ふあぁ~……」
「む?」
とりあえずアルビスの為に、話を魔王ごっこに持っていこうと思った矢先。寝ていたはずの、サニーの大きなあくびが耳に入り込んできたので、視線をアルビスからベッドへ持っていく。
軽く動かした視界の先には、既に体を起こしていたサニーが、眠たそうな瞼を手の甲で擦っていた。
『おっと、起きちまったか。そんじゃお前ら、明日はよろしくな! あばよ!』
唐突な別れの時が来るも、声に出す訳にもいかないので。私達は誰も居ない天井に向かい、頭を下げた。
「……あっ、おかーしゃんだぁ。おかえりぃ」
「ただいま、サニー」
起きたばかりで頭が重いのか。まだ目が開いていない顔を左側に傾け、緩い笑みを浮かべているサニーに声を掛け。みんなが居る方へ顔を移し、同時に小さく頷く。
さて。まだ事情をまったく知らないでいるサニーに、明日、ここへ私の『仲間』が来る事を説明してやらないと。
「そうだ。サニー、お前に一つ伝える事がある」
「なーにぃ~?」
「明日の夕方頃なんだが。ここに私の仲間達が来て、共に食事をする事になったんだ。来たら紹介してやるから、楽しみにしててくれ」
「仲間ぁ~? うん、わかったぁ……、はぇっ? お母さんの、仲間っ!?」
まだ頭が夢現を彷徨っているサニーが、一旦は了承するも、すぐに理解が追いついたのか。
慌ててベッドから下り、駆け足で近寄ってきては、椅子に座っている私の太ももに両手を置き、流星の如く輝いている青い瞳を私に合わせてきた。
「お母さん、仲間がいたのっ!?」
「ま、まあな。隠しててすまなかった」
あまりにも眩しいサニーの眼差しに、ちょっとした罪悪感が芽生える私。しかし、今の言葉は嘘だと判定されていなかったようで、私の左胸に痛みが走る事はなかった。
「わ、わっ! 本当なんだ! ねえっ、お母さん! お母さんの仲間って、どんな人なのっ!?」
「それは、明日の夕方までの秘密だ」
「ええーっ!? 少しぐらい教えてよ! その仲間と何をしてたの!? もしかして冒険とか? それとも、魔王退治とか? あっ、わかった! 珍しい物を探してたんでしょ? ねえ、お母さん、どうなの? 当たりでしょ!?」
はぐらかす為の何か言ってやりたいのは、山々なんだが……。間髪を容れぬ怒涛の質問攻めのせいで、私はサニーの前に両手を出し、たじろぐ事しか出来ない。
今の私は、きっと苦笑いをしているんだろうな。口角が上がっていて、強張っているのが自分でも分かっている。
このやんちゃな質問攻めは、サニーが疲れて寝落ちするまで続くだろう。今宵は、いつもより長くなりそうだな。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる