ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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166話、突然の乱入

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 やや強引で一方的にお礼がしたいと申し出て、シルフ達と食事をする約束を交わした後。
 あいつから『人間に変身しても、魔力を隠し切れないで正体がバレるだろうから、大精霊の存在を知ってるアルビス、ウィザレナ、レナだけには、俺の正体を明かしといていいぜ』と言われ、シルフと別れた。
 確かに。大精霊から放たれる魔力は膨大かつ独特なので、魔力を感じ取れる三人には怪しまれてしまうだろう。先にシルフから、そう配慮してくれて助かった。
 それにファートは、当分の間は海に行って骨を探してくると言っていたので、私の家にはしばらく来ない。なので、サニーだけに注意していれば、ウンディーネ様とシルフの正体がバレる事はないはずだ。
 とりあえずサニーには、私の知り合いが家に来ると伝えておくとして。シルフから貰った、この大きな不死鳥のくちばしの欠片は、一旦外に置いておこう。











「ちょっと、体が冷えてしまったな」

 長時間、颯爽とした夜風に当たっていたせいか。暖炉の火が恋しくなる程、手先が冷たくなっている。もう薄いローブ一枚だけでは、寒い季節をやり過ごすのが無理な体になってしまった。
 いや、これが普通の体だ。体に新薬の副作用が起きていた時期が長すぎていたせいで、それが当たり前になっていただけにすぎない。

 もう少ししたら、寒さが厳しい季節に入る、はず。そうだ。ウィザレナ達の服も少ないし、どうせならあいつらの意見も聞いて、新しい衣服を購入してやろう。
 今後やる事を纏めた私は、暖かそうな光が窓から零れている扉に手を掛け、家の中へ入る。扉を閉めると、部屋を満たしていた暖かな空気が、私の体を一気に包み込んでくれた。

「ただいま」

「戻って来たか。おかえり」

「おかえり、アカシック殿」

「おかえりなさいませ、アカシック様」

 重なって返ってきたのは、テーブルを囲んで座っていた、アルビス、ウィザレナ、レナの声。みんなして、私に顔を合わせてきたけど、サニーの姿が見当たらない。

「サニーは、どこに居るんだ?」

「サニー殿なら、ベッドで気持ちよさそうにして寝てるぞ」

 ほくそ笑んだウィザレナが顔を逸らしたので、私も追ってベッドに顔を映す。視線の先には、画用紙を枕にして、うつ伏せの状態で寝ているサニーが居た。
 ちょうどいい。ヴェルインやファートも居ないし、気兼ねなく話が進められる。サニーの姿を認めつつ、みんなが座っているテーブルへ足を運ぶ。
 空いている席に座ろうとすると、タイミングを見計らっていたアルビスが、湯気が昇っているコップを差し出してきた。すっきりとした匂いからして、アルビスお気に入りのハーブティーだな。

「ありがとう。ちょうど体が冷えてたんだ」

「そうだろうと思ってな。すぐ飲める温度にしてあるから、そのまま飲むといい」

 催促までされてしまったので、じんわりと暖かいコップを両手で持ち、冷まさずに一口飲み込んだ。本当にちょうど良い温度だ。体の内側から、心地よい温かさが広がっていくのが分かる。

「ふう、美味しい」

「アカシック殿。結構長い間外に居たが、あの方と話してたのか?」

 サニーが寝ているのにも関わらず、ウンディーネ様の名前を伏せたウィザレナが語り掛けてきた。念の為に私は、サニーに横目を送り、ウィザレナ達へ戻した。

「いや、違う人と話してた。その件について、みんなに伝えたい事がある」

「む、なんだ?」

「明日の夕方頃。人間に変身したウンディーネ様と、風を司る大精霊『シルフ』がここに来て、料理を振る舞う事になった」

 そうあっけらかんと口にしてみれば。みんなは一斉にバッと立ち上がり、驚愕して目をひん剝いた顔を、私にグイッと近づけてきた。

「……ど、どど、どういう事だ? あ、アカシック・ファーストレディ? ウンディーネ様と、風を司る大精霊様が、ここへ、来るだと!?」

「そ、それに……、サラリと言ってしまったけど……。私達は、風を司る大精霊様とは、一度も会った事がないぞ? 名前を言ったら、まずいんじゃ……?」

「そうですよ、アカシック様! 大精霊様の名前や存在は、会っていない人に明かすのは御法度中の御法度です!」

 心底戸惑っている様子のアルビスに、至極真っ当な意見を述べてきたウィザレナ。そして、おしとやかながらも、声を荒げて私を叱ってきたレナ。
 ウィザレナの言っている事や、レナが珍しく怒るのも無理はない。何も知らない二人からしたら、私は大精霊様との約束を破ってしまった、罪深き愚かな人間なのだから。

「それについては問題ない。シルフから、あいつらに俺の正体を明かしといてくれと、先に言われててな。だからこうして伝えたんだ」

「そ、そうなの、ですか?」

 正体を明かした理由を話すと、レナの顔がきょとんとしたものへ変わった。

「ああ。大精霊は、たとえ人間に変身したとしても、膨大な魔力を隠し切れないらしいんだ。なので、どちらにしろ魔法を使えるアルビス、ウィザレナ、レナには、正体がバレてしまうとも言ってた。それに、最初からこうして言ってしまえば、お前らも身構えられるだろ?」

 三人に伝えたい事は一応全て言えたので、反応をうかがいながら、少し温くなってきたハーブティーを口に含む。
 口の中で転がしてから飲むと、黙りながら固まっていた三人は、崩れるように揃って椅子に腰を落としていった。

「……まあ、そうなのだろうが。貴様、よく大精霊様方と、そんな約束を交わせたな」

「ちょっと、色々あってな。経緯は明かせないんだが……。シルフとウンディーネ様には、多大な迷惑を掛けてしまったし、日頃からお世話になってるし、すごく疲れた様子でいたんだ。だから疲れを癒す為と、お礼の意味を込めて食事に誘ってみたんだ」

「は、はぁ……。それで、わざわざ人間に変身までしてくれて、ここへ来てくれる事に、なったと?」

「大体そんな感じだ」

 大精霊を食事に誘った経緯を大雑把に説明すると、アルビスは握った拳を口元に添え、険しくなった龍眼を右へ逸らした。

「なあ、アカシック殿。シルフ様とは、どこでお会いしたんだ?」

 だんだん落ち着きを取り戻してきたウィザレナが、私に問い掛けてから、ハーブティーを飲む。

「会ったのは、私もつい最近なんだ。ほら、『時の穢れ』を払ってもらう為に、お前らは『水の瞑想場』に居ただろ?」

「ああ、居たぞ。ウンディーネ様から、十五日間眠りに就いてもらうと言われた時は、すごく驚いた。……あれ?」

 何を思ったのか。ふと、ウィザレナの眉間に浅いシワが寄る。

「そういえば……。アカシック殿とサニー殿は、その時どこに居たんだ?」

「私達は、渓谷地帯にあるハルピュイアの集落に着いた後。突然シルフに呼び掛けられて、『風の瞑想場』に連れて行かれたんだ。そこで初めて、シルフと出会った」

「なるほど。本当に突然の出会いだったんだな」

「そうだな。あれは予想すらしてなかったから、流石に驚いたよ」

「アカシック様、アカシック様っ」

 話に区切りがついた矢先。どこかそわそわとしているようにも聞こえる、落ち着きのないレナの声が割って入ってきた。

「なんだ?」

「シルフ様のご容姿は、どういう感じなのでしょか?」

 事の大まかな流れを知ったせいか、先ほど私を叱ってきたレナの黒い眼差しは、知りたがりな幼い子供のように眩く輝いている。

「容姿か。身長は、サニーと同じぐらいで。見た目は、ほぼ妖精そのもの。お前達のように長くて尖った耳をしてて、背中には透明の羽が生えてた。服装も、狩人の服を彷彿とさせる物―――」

『おいおい、アカシック。そこは嘘でも、もっと俺をカッコよく引き立ててくれよなあ』

「む」

「なっ……? だ、誰だ!?」

 不意を突くシルフの登場に、私の視野が狭まり。ウィザレナ達が声の主を探すように、天井を仰いだ。

「ウンディーネ様から声を掛けられる時のように、頭の中から声が聞こえてきましたが……」

「おい、アカシック・ファーストレディ? 今の声、まさか……」

「ああ、風を司る大精霊『シルフ』の声だ」

『よう、お前ら。まだ姿は現さねえけど、明日はウンディ姉と共によろしく頼むぜ』

 みんなに気を使わせないよう、距離感が近い口調で話してきたけれども。相手が相手な故、全員萎縮していて、表情がしどろもどろになっている。

「は、はいッ! 明日は、よろしくお願い致しますッ!」

『お前は、アルビスだったな。声も表情も固い固い。俺に気を使わなくていいから、もっと楽にしてろ』

「は、はいッ」

 あのアルビスが、ガチガチに緊張している。まるで、初めてウンディーネ様と出会った時の私を見ているかのようだ。

『あ、そうそう。アルビス。ウンディ姉が、お前の凝り治療を楽しみにしてたぜ。飯を食った後にでも、たっぷりやってあげてくれ』

「承知致しましたッ! このアルビス、必ずやウンディーネ様の凝りをほぐしてみせましょうッ!」

 気合の入り方が凄まじい。というか、アルビスの奴。『ウンディ姉』が、すぐに『ウンディーネ』様だと分かったのか。

『次はっと、ウィザレナとレナだ』

「は、はいッ!」
「はいっ!」

 シルフに呼ばれた途端。訓練された兵士のように姿勢を正し、真剣が極まった表情を斜め前へやるウィザレナに、声を裏返らせて背筋を立たせるレナ。

『お前らも固えなあ。気ぃ使われるのが嫌いだから、もっと楽にしてくれよ』

「む、無理でございますッ!」
「ウィザレナに同じくですっ!」

『ははっ。アカシック、こいつら面白えな』

 すごいな、ウィザレナ達。生真面目さが功を奏して、秒でシルフに気に入られてしまった。本人達は気が気でなく、まったく気付いていないようだが。

「シルフ。彼女達を、そういじめないでくれ」

『おっと、わりぃわりぃ。でだ、ウィザレナ、レナ』

「は、はいッ!」
「はいっ!」

『エルフの里については、俺も昔からよく知ってるぜ』

「え……?」

 先ほどまでの軽い口調とは打って変わり、シルフの語り口が、大精霊に恥じぬ尊厳深いものへと変わった。あいつ、こんな雰囲気を醸し出せるのか。思わず、私まで畏まってしまった。

『辛い記憶を呼び覚まさせてやりたくねえから、これ以上は語らねえ。ウィザレナ、レナ。アカシックと出会えてよかったな。身を持って知ってるだろうけど、こいつは筋金入りのお人好しだ。そこは、大精霊全員が保証する。お前らに、幸多からん事を願うぜ』

「あ……、は、はぁ……。勿体なきお言葉、ありがとう、ございます……」
「ありがとう……、ございます」

 大精霊から労いの言葉を掛けられようとも、二人は上がり切っていた肩をダランと落とし、天井を仰いで呆けたまま。
 二人にとって、大精霊は神に近い存在だと言える。そんな人から、祈りの言葉を捧げられたんだ。きっと、衝撃的だったに違いない。

『アカシック、アルビス。これからちょっと、ウィザレナ達と会話を分けるぜ。言葉で反応するな、仕草だけで示せ』

 唐突なシルフの指示に、アルビスの表情が強張った。わざわざ会話を分けるという事は、ウィザレナ達には聞かれたくない内容なのか?

『アカシック、お前は聞いてるだけでいい。用があるのは、アルビスだけだ』

「余……、む」

 思わず声を漏らし、慌てて口を噤むアルビス。私には用がないけど、聞かなければならない内容? ……なんだか、嫌な予感がしてきたな。
 まだシルフの意図が掴めないが、予期せぬ流れに、心がだんだんざわめき出してきた。ここからは、覚悟して聞いた方がいい気がする。
 いや、聞かないといけないんだ。だからシルフは、アルビスにしか用がないというのに、私も会話に入れてきたのだろう。『お前は聞いてるだけでいい』というのが、いい証拠だ。
 人知れず覚悟を決めた私は、浅く息を吐き、乱れ始めた心を整える。そして、誰も居ない天井に顔を向けた。
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