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162話、心の底まで染み渡る“暖かな”料理

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「アルビスさん! 味見をお願いしますっ!」

「よかろうッ!」

 ウィザレナとレナの優しさに当てられて、布で目元を隠して泣いている最中、終始叫んでいたサニー達の声が聞こえてきた。よく、あの鬼気迫る声量で叫び続けて、声が枯れなかったな。

「むぅっ……!? おお、すごいぞサニー! 貴様の料理を味見したら、身体中に力が漲ってきたッ! それに味も、本当に初めて作ったとは思えないほど美味いッ! どんな高級食材を使おうとも、この味には決してたどり着けないだろうッ! これならば、アカシック・ファーストレディの体調もすぐに治るはずだァッ!!」

「本当ですかっ!? やったぁっ! それじゃあ、お母さんに食べさせてきますねっ!」

「よし、余も手伝う! 早く器に盛るぞッ!」

「はいっ!」

 ……まずい、アルビスが珍しく暴走している。サニーを心配させない為、互いの熱意を引っ張り合っている内に、ああなってしまったのか?
 それに、いくらなんでも誇張し過ぎだ。滑らかに喋られるようになってきたとはいえ、気だるさのせいで、まだ体は満足に動かせないんだぞ?
 どうしよう……。今の私では、暴走したアルビスの期待に答えられそうにもない。せめて、サニーが初めて私の為に作ってくれた料理は、しっかり味合わないと。

「ウィザレナ。すまんが、少しどいてくれ」

「おっと、分かった」

 まだ目元から布を取っていないので、周りの状況が分からない。が、アルビスの声がかなり近いから、すぐ隣まで来たのだろう。

「アカシック・ファーストレディ。目を覆ってる布を取るぞ、いいな?」

「ああ、頼む」

 そう返答すると、温い布をパッと取られ。急に明るくなったせいで、暗闇に慣れていた目が一瞬だけ眩んだ。

「む? ウィザレナ。布を濡らし直したのは、何分前ぐらいだ?」

「何分前……。体感的に五分前ぐらいだろうか?」

「まだそんなに経ってないから、それで合ってると思うよ」

「ふむ、なるほど。まあいい、分かった」

 まさか、アルビスの奴。布の湿り具合や温かさで、何かしらの違和感を覚えたのか? 深く詮索しなかったけど、いくらなんでも鋭すぎるぞ。

「アカシック・ファーストレディ。『ふわふわ』で上体を起こすから、力を抜いて楽にしてろ。サニーもだ、器をちゃんと持ってろよ?」

「分かった」

「はいっ!」

 アルビスの止まむ指示の後、指を二度パチンと鳴らした音がなった。すると、私に掛けられた『ふわふわ』が発動したようで。上体が勝手に動き出し、視界が高くなっていった。
 変わった視界の先には、回復魔法をしてくれていたレナの姿は無く。代わりに、ベッドの上でちょこんと正座をしていて、野菜汁が入った木の器を大事そうに抱えているサニーが、心配そうな眼差しを私に向けていた。

「お母さん、熱は大丈夫? 頭が痛かったり、気持ち悪くない?」

「ああ、大丈夫だ。みんなのお陰で、かなり楽になってきたよ」

「わあっ、さっきより全然喋れてるね! 顔も元気そうになってきたし、よかったぁ」

 やはり、ずっと心配してくれていたのだろう。私の容態が良くなってきた事が分かると、サニーは大きなため息を吐き、小さな肩をストンと落とした。心なしか、サニーの和らいだ青い瞳が、若干潤んでいる。

「そうだ! お母さん。秘薬より効く野菜汁を作ったから、私が食べさせてあげる」

「秘薬より効く、か。すごい野菜汁を作ったな」

「サニーが貴様を想い、真心を込めて作った世界に二つと無い野菜汁だ。余す事なく味わい、残さず食え! そうすれば、熱なんて瞬く間に吹き飛んでいくぞッ!」

 白い手袋が破けんばかりに固い握り拳を作り、自信満々に高らかと後押しするアルビス。こいつ、まだ熱が冷めていないのか? 頼むから、それ以上敷居を上げるのはやめてくれ。
 そんな意味を込めた視線をアルビスに送るも、あいつは凛とした笑みを浮かべ、小さくうなずくばかり。駄目だ。意識が完全に、先ほどの流れに飲まれている……。

「私が作った野菜汁ね、すごいんだよ! アルビスさんが味見をしてくれたんだけど、ものすごく元気になったんだ! だからお母さんの体調も、すぐ良くなるよ!」

「そ、そうなのか。楽しみだな」

「でしょでしょ? 私が冷ましてあげるから、お母さんは口を、あーんって開けててね」

「あーん……」

 まだ木の匙で野菜汁をすくっていないのに、出来る限り口を大きく開けて待つ私。どんな形であれど、サニーが私の為を想って作ってくれた料理だ。
 しかもサニーにとって、それが人生で初めて作った料理になる。そう考えてしまったからには、もう我慢なんて出来ない。早く食べてみたいなぁ、絶対に美味しいはずだ。

「もう開けちゃったの? ちょっと待っててね、今冷ますから。ふーっ、ふーーっ」

 可愛く苦笑いしたサニーが、木の匙を使って野菜汁をすくう。その野菜汁に、口を尖らせながら息を数回吹きかけた。勢いよく吹きかけたから、少し零れてしまったな。勿体ない。

「これぐらいでいいかな。はい、お母さん。口の中に入れるよ」

 待望とも言える野菜汁を乗せた匙の先が、ゆっくりと近づいてきた。数秒すると、舌に匙の底が当たった感触がしたので、口を閉じた。

「今度は引っ張るね」

 行動を起こす前に必ず報告してくれるから、安心して身を任せられる。匙を引っ張られていくと、野菜汁だけが口の中へ落ちていき。
 舌の上に程よい温もりを感じ、同時に野菜汁の風味が広がっていった。ホロホロと柔らかい、小さめに切られた各野菜の甘み。歯なんていらない。舌と上顎さえあれば充分な柔らかさだ。
 味付けは喉に負担を掛けないようにと、ピリッとした刺激を伴う香辛料は使われていない。しかし、ちゃんとコクを引き立たせるように、鳥肉とハーブを煮込んだ出汁が使われている。

 そして、風味を堪能してから飲み込んでみれば。思いやりをふんだんに含んだ野菜汁は、喉や食道を優しく暖めながら通っていく。
 しかし、まだ終わらない。一番の香辛料であるサニーの思いやりが、私の心にまで届き。隙間なく包み込んでくれて、心身をポカポカに暖めてくれていった。
 心の底まで沁み渡る、サニーが初めて作ってくれた料理。美味しくて、なによりも暖かい。暖炉の火、陽の光になんて比べ物にならないほど、心が暖まっていく。

「……ああ、美味しい」

「おいしい……? 本当、本当に?」

「ああ、本当さ。こんなに美味しい料理、生まれて初めて食べた。体と心が、みるみる暖まっていくのを感じる。これなら、すぐ元気になれそうだ。私の為に作ってくれて、本当にありがとう。サニー」

 暖まった心から溢れてくる本心を、感謝を添えて一文字たりとも漏らさずに曝け出してみるも、受け取ったサニーは、青い瞳をきょとんとさせて固まったまま。
 が、私の言葉が心まで届いてくれたのか。表情が晴天の如くぱあっと明るくなり、潤んできた瞳から雨が零れ落ちる前に、ふわりと微笑んだ。

「よかったっ! すごく嬉しいや! 早く元気になってほしいから、いっぱい食べさせてあげるね!」

「うん。私も早く元気になりたいから、あるだけ全部頼む」

 そう。肌で温度を感じ取れるようになったからには、どうしてもやりたい事が出来た。それは、サニーの体をギュッと抱きしめる事。
 私の体は、新薬の副作用が出てから約九十年以上もの間、肌で温度を感じ取れなくなっていた。けど、今は違う。
 水の冷たさや、サニーの真心がこもった料理の暖かさが、肌で、舌で、心で感じ取れるようになった。ようやく元の体に戻れたんだ。

 サニーを育て始めてから、ずっとやきもきしていた。もっとも近くにある幸せの一つを、肌で感じ取れなかった事に。
 全ては私が悪い。悪いけども、もうさんざん耐えてきたし、我慢の限界も来た。だから、早く元気になってくれ、私の体よ。
 もっとも近くにあり、いくら手を伸ばしても届かなかった一つの幸せを、一秒でも早く全身で感じ取りたいんだ。
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