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157話、後悔が残らない行動を
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「なあ、プネラ。いくつか質問をしてもいいか?」
「質問? うん、なんでも言って!」
なんでもと来たか。プネラは闇の精霊だから、ウンディーネ様やシルフ側の人物になる。となると、私が知らない情報を色々と知っているだろう。
更に別の好奇心が湧いてきてしまったが、それを今聞くのは違うな。きっとプネラは、善意で私の夢の中へ入ってきてくれたんだ。
私にとっての本題に触れ、うっかりプネラが口を滑らせてしまった場合。ウンディーネ様達に、こっぴどく叱られてしまうだろうし。何よりも、プネラの善意を裏切る行為になってしまう。
なので、本題について触れるのは駄目だ。甘い誘惑や予期せぬ好機は、全て悪い形で跳ね返ってきて、後々自分が痛い目を見る。私は、それを散々味わってきたから、後悔が絶たないほど、身を持って学んでいる。
「お前って、元の姿はどんな感じなんだ?」
「わたしの、元の姿? ええ~? アカシックお姉ちゃん、わたしの本当の姿を見てみたいの~?」
気になる一つの質問をした途端。プネラが思わせぶりに語り出し、ニヤニヤしながら口元に右手を添えた。……そうだ。この頃の私って、まあまあお調子者だったんだ。
というか、プネラの奴。私の姿になってから、それなりの時間が経過したせいか。精神面までもが完全に私になってしまっている。
「ちょっと興味があるんだ。よかったら見せてくれないか?」
「仕方ないな~、それじゃあ見せてあげるよ。とうっ!」
子供らしく快諾してくれたプネラが、その場で跳躍し、地面へ溶け込むように姿を消して、水たまりみたいな姿に変わってしまった。
その水たまりは闇深く、モゾモゾと左右に蠢いている。その状態になってから、数秒後。水たまりが一気に収縮し、上へ伸びていった。
「ふおっ!?」
瞬間的に新たな姿へ変わった水たまりは、最早最初の原型は無く。巨大な水滴を逆さにしたような見た目で、胴体だと思われる部分の左右に、短く尖った両手みたいな物が生えている。
口や目だと予想出来る物は、薄っすらと白く発光しており。口は横にギザギザと伸び、目は逆三角形のような形をしていて、そことなく悲壮感が漂う面立ち。
体全体は、水が黒く色付いたような印象を受け。透明度は低く、プネラの体を通して背景が薄っすらと見える。スライム、とは言い難い見た目だ。
「……ぷ、プネラ?」
元の姿に戻ろうとも、異形な目で私を捉え続けているプネラからの返答は無い。そういえば、姿を借りないと言葉を発せないんだったっけ。
「それが……、お前の本当の姿、なのか?」
確認の質問をしてみると、プネラは体を少し前へ倒し、直立の状態へ戻った。今の動作は、頷いたという解釈でいいんだよな?
「そ、そうか。最初は驚いたが……。見慣れてくると、愛嬌がある顔をしてるな」
そう褒めると。頬だと思われる部分が、やや赤みを帯び、身を激しくよじり出した。両手を上下にパタパタとさせているし、たぶん嬉しがっているのだろう。仕草が、そことなく可愛い。
目の保養にと、飛沫が飛びそうな速度で身をよじっているプネラを見ていると、不意にピタリと止まり。私に一礼をしてから、再び地面へ吸い込まれるように姿を消し、水たまりの状態へと戻る。
そして、水たまり全体が跳ね上がるように跳躍し。集約した黒い水の塊が、回転しながら私の姿へ変わり。そのまま長椅子に着席した黒い私が、ニッと微笑んだ。
「ありがとう、アカシックお姉ちゃん。驚いて泣いちゃうかもって思ってから、すごく嬉しいよ!」
「まあ、多少驚いたけど。精神面自体は大人のままだからな、心に余裕を持って見れたよ」
プネラの言う通り、精神面まで五歳時の私だったら、プネラの見た目に慄いて泣いていただろう。当時の私は、それだけよく泣いていた。
魔物の生態が記された書物を読んでは、怖くなって泣き出し、ピースやレムさんに抱きついて離さなかったり。レムさんの怖い話に耐えられなくなり、布団に包まりながら大泣きしていた。
思い返してみると、やや恥ずかしい記憶でもあるが。今となると懐かしいなぁ。
「よかった! それでそれで! アカシックお姉ちゃんは、さっきまで何をやってたの?」
「私? 私はだな」
もういくつか、質問をしてみたかったものの。先を越されてしまったので、プネラの質問に答えるべく、隣にあった薬草の専門書を持ち、適当な頁を開いた。
「薬草の勉学をしてた所だ」
「へぇ~、色んな薬草の絵が載ってるね」
私と体が密接するほど距離を詰めてきてたプネラが、横から専門書を覗き込んできた。
「この専門書には、比較的簡単に手に入る薬草、毒草類が、約百五十種類記されてる。けど、それはほんの一部に過ぎない。この世界全てを含めると、約二、三千種類の薬草類があるんだ」
「薬草や毒草って、そんなに種類があるんだ。アカシックお姉ちゃんは、全部覚えてるの?」
「いや、流石に全種類は無理だ。けど『タート領』と『迫害の地』に群生してる薬草、毒草類の効果や毒素の抜き方は、大体覚えてるから……。それだと、約七百種類ぐらいになるか?」
「七百種類っ。それでも充分すごいよ!」
「そ、そうか? ありがとう。『迫害の地』は、様々な国や領と隣接してるからな。だから、その国特有の薬草、毒草類がそこら中に群生してて、当時は迫害の地を飛び回って探してた」
そう。なので『迫害の地』は、薬草、毒草類の宝庫になる。特に秀でた効果の薬草がある場所は、砂漠地帯や湿地帯、それと火山、雪原地帯。危険を極めた地帯ばかりなので、満足のいく量を採取するのが大変なんだ。
しかし、『迫害の地』に群生している薬草、毒草の正式名称、効果や毒素の抜き方を覚えたのは、赤ん坊だった頃のサニーを育てる為、『タート』へ行き出した頃の話である。
それ以前は、ほとんど私の身を挺して調べていた。なので調べる際は、優れた毒消しのポーションが必須だった。
「ああ、そういえばそうだね。でも流石に、『闇産ぶ谷』まで来た事はないでしょ?」
「『闇産ぶ谷』?」
「うん! 雪山地帯をずっと先に行くと、『常闇地帯』って呼んでる場所があってね。そこにわたしが産まれた故郷の『闇産ぶ谷』があるんだ」
「はぁ……、それは知らなかった」
確かに、雪山地帯は過酷な環境下だし。ここから遥か遠く離れた場所にあるので、凍原や雪原地帯に比べると、探索はあまりしていないから未踏の場所がかなり多い。
しかし、これで私がしたかった質問の一つである、プネラが居る場所が分かった。……分かったけども、雪山地帯の先か。限界速度で飛んで行ったとしても、片道で十二日間以上は掛かってしまいそうだ。
「そこに行けば、お前に会えるんだな?」
「会えるけども、アカシックお姉ちゃんが無理して来なくてもいいよ。その内、わたしがそっちに遊びに行くから」
「え? お前から、沼地帯へ来てくれるのか?」
「うん! ……けど、条件がすごく厳しいから、会えるのがかなり先になっちゃうかもだけど。アカシックお姉ちゃんとお話をしてみたいし、サニーちゃんとも遊んでみたいから、会える日を楽しみにしてるね!」
唐突に会う約束をしてくれて、さり気なくサニーの名前を口にしたプネラが、闇の精霊とは思えないほどの眩しい笑みを浮かべた。
サニーを知っているという事は、私達の情報は大精霊間だけではなく、精霊達にも周知されているのだろうか? いや、それだけは無いか。
シルフ曰く、精霊達は私の名前や顔を知らないはずだ。けど、大精霊ではないプネラは、私やサニーを知っていた。一体、なぜなんだろう?
「あっ。アカシックお姉ちゃんの体、ちょっとずつ透けてきちゃったや。そろそろ起きちゃう時間だね」
「へ?」
あっけらかんと言ってきたプネラの言葉に、意に反して視界が落ちていく。落ち切った視界の先には、光の粒子を昇らせ、だんだんと透明になっていっている私の手があり。
視界と共に手の平を挙げると、私の手を挟み、なんとも寂しそうな笑みをしているプネラが見えた。
「あーあ、もうアカシックお姉ちゃんとお別れかぁ。寂しくなっちゃうなー」
「……起きるって。私達は、十五日間ぐらい掛けて『時の穢れ』を払わないといけないんだろ? いくらなんでも、早すぎじゃないか?」
「夢の中と現実世界の時間の流れは、まったく違うからね。現実世界は、もう十五日間経ってるよ」
「え? そ、そう、なのか……?」
さっき夢を見始めて、プネラによって夢の中で意識が覚醒してから、体感的には十五分も経っていないというのに……。まさか、もうそこまで経っていただなんて。
「それじゃあ、アカシックお姉ちゃん。先に夢から出てるね。間違っても、アカシックお姉ちゃんから『闇産ぶ谷』に来ちゃダメだよ?」
「なぜだ?」
「道中にある『常闇地帯』は、視覚以外の四感を奪う場所だから、すごく危険なんだ。常人だと自分は死んだと勘違いしちゃって、すぐに発狂し出すから絶対に来ちゃダメだからね?」
視覚以外の四感を奪う? 他の四感は、聴覚、触覚、味覚、嗅覚だけど。プネラの言っている事が本当であれば、かなり厄介だ。特に危険なのが、聴覚と触覚を奪われる事。
周りの音が聞こえなければ、魔物や獣の存在に気付きにくくなるし。攻撃されても、最悪気が付かないまま死に至る可能性だってある。
……ここは、プネラの言う通りにしよう。聞きたい事が、まだ沢山あるけども。いずれ、またプネラと会えるんだ。今焦る必要は無い。
「分かった、大人しく待ってる。けど、必ず私の元に来てくれよ? お前には、現実世界でも礼を言いたいからな」
「うん! わたしも魔王ごっこをしてみたいし、絶対に行くね! それじゃあ、バイバーイ!」
私らしい手の振り方をしたプネラが、跳躍してから床に向かって落下し、また水たまりのような姿になると思いきや。硬い床に波紋を広げつつ、そのまま床に吸い込まれていき、姿を消してしまった。
「……出会いも別れも、唐突だったな」
プネラが落ちていった床から、半透明になっていく自分の腕へ視線を移し、天井を仰ぐ。七色の流星群が降り注いでいる天井の絵画には、私の体から昇っている光の粒子も混ざっていた。
私の意識を、夢の中で覚醒させてくれて。二度と戻っては来れないと思っていた場所へ、戻って来れたんだと実感させてくれて。私の色んな笑い方を見せてくれた、闇の精霊プネラ。
なんとも不思議な奴だった。私がもっと眠っていてくれたら、プネラともっと会話が出来ていたというのに。
……今ぐらい、少しは空気を読んでくれよ。現実世界で眠っている私よ。
「もう少しだけ、ここに居たかったなぁ」
未練がましい欲を残しつつ、二度と拝む事が出来ない教会内の景色を、目に、脳裏へ必死に焼き付けていく。
まさか、二つ三つの質問をしただけで、時間が来てしまうとはな……。決して悠長に過ごそうとは思っていなかったのに、最初から全てを見誤っていたようだ。
レムさんの部屋にも行きたかったなぁ。今から行けば、なんとか間に合うだろうか? けど、天井の絵画も見ていたい。
ああ、やりたい事や見たい物が多すぎる。この残された時間で、私は一体何をすれば後悔が残らないんだろう?
だんだんと視界が細まり、噤んだ口に力が入っていく中。視界外から『ガコン』という、扉の開く音が聞こえてきた。
「質問? うん、なんでも言って!」
なんでもと来たか。プネラは闇の精霊だから、ウンディーネ様やシルフ側の人物になる。となると、私が知らない情報を色々と知っているだろう。
更に別の好奇心が湧いてきてしまったが、それを今聞くのは違うな。きっとプネラは、善意で私の夢の中へ入ってきてくれたんだ。
私にとっての本題に触れ、うっかりプネラが口を滑らせてしまった場合。ウンディーネ様達に、こっぴどく叱られてしまうだろうし。何よりも、プネラの善意を裏切る行為になってしまう。
なので、本題について触れるのは駄目だ。甘い誘惑や予期せぬ好機は、全て悪い形で跳ね返ってきて、後々自分が痛い目を見る。私は、それを散々味わってきたから、後悔が絶たないほど、身を持って学んでいる。
「お前って、元の姿はどんな感じなんだ?」
「わたしの、元の姿? ええ~? アカシックお姉ちゃん、わたしの本当の姿を見てみたいの~?」
気になる一つの質問をした途端。プネラが思わせぶりに語り出し、ニヤニヤしながら口元に右手を添えた。……そうだ。この頃の私って、まあまあお調子者だったんだ。
というか、プネラの奴。私の姿になってから、それなりの時間が経過したせいか。精神面までもが完全に私になってしまっている。
「ちょっと興味があるんだ。よかったら見せてくれないか?」
「仕方ないな~、それじゃあ見せてあげるよ。とうっ!」
子供らしく快諾してくれたプネラが、その場で跳躍し、地面へ溶け込むように姿を消して、水たまりみたいな姿に変わってしまった。
その水たまりは闇深く、モゾモゾと左右に蠢いている。その状態になってから、数秒後。水たまりが一気に収縮し、上へ伸びていった。
「ふおっ!?」
瞬間的に新たな姿へ変わった水たまりは、最早最初の原型は無く。巨大な水滴を逆さにしたような見た目で、胴体だと思われる部分の左右に、短く尖った両手みたいな物が生えている。
口や目だと予想出来る物は、薄っすらと白く発光しており。口は横にギザギザと伸び、目は逆三角形のような形をしていて、そことなく悲壮感が漂う面立ち。
体全体は、水が黒く色付いたような印象を受け。透明度は低く、プネラの体を通して背景が薄っすらと見える。スライム、とは言い難い見た目だ。
「……ぷ、プネラ?」
元の姿に戻ろうとも、異形な目で私を捉え続けているプネラからの返答は無い。そういえば、姿を借りないと言葉を発せないんだったっけ。
「それが……、お前の本当の姿、なのか?」
確認の質問をしてみると、プネラは体を少し前へ倒し、直立の状態へ戻った。今の動作は、頷いたという解釈でいいんだよな?
「そ、そうか。最初は驚いたが……。見慣れてくると、愛嬌がある顔をしてるな」
そう褒めると。頬だと思われる部分が、やや赤みを帯び、身を激しくよじり出した。両手を上下にパタパタとさせているし、たぶん嬉しがっているのだろう。仕草が、そことなく可愛い。
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「まあ、多少驚いたけど。精神面自体は大人のままだからな、心に余裕を持って見れたよ」
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魔物の生態が記された書物を読んでは、怖くなって泣き出し、ピースやレムさんに抱きついて離さなかったり。レムさんの怖い話に耐えられなくなり、布団に包まりながら大泣きしていた。
思い返してみると、やや恥ずかしい記憶でもあるが。今となると懐かしいなぁ。
「よかった! それでそれで! アカシックお姉ちゃんは、さっきまで何をやってたの?」
「私? 私はだな」
もういくつか、質問をしてみたかったものの。先を越されてしまったので、プネラの質問に答えるべく、隣にあった薬草の専門書を持ち、適当な頁を開いた。
「薬草の勉学をしてた所だ」
「へぇ~、色んな薬草の絵が載ってるね」
私と体が密接するほど距離を詰めてきてたプネラが、横から専門書を覗き込んできた。
「この専門書には、比較的簡単に手に入る薬草、毒草類が、約百五十種類記されてる。けど、それはほんの一部に過ぎない。この世界全てを含めると、約二、三千種類の薬草類があるんだ」
「薬草や毒草って、そんなに種類があるんだ。アカシックお姉ちゃんは、全部覚えてるの?」
「いや、流石に全種類は無理だ。けど『タート領』と『迫害の地』に群生してる薬草、毒草類の効果や毒素の抜き方は、大体覚えてるから……。それだと、約七百種類ぐらいになるか?」
「七百種類っ。それでも充分すごいよ!」
「そ、そうか? ありがとう。『迫害の地』は、様々な国や領と隣接してるからな。だから、その国特有の薬草、毒草類がそこら中に群生してて、当時は迫害の地を飛び回って探してた」
そう。なので『迫害の地』は、薬草、毒草類の宝庫になる。特に秀でた効果の薬草がある場所は、砂漠地帯や湿地帯、それと火山、雪原地帯。危険を極めた地帯ばかりなので、満足のいく量を採取するのが大変なんだ。
しかし、『迫害の地』に群生している薬草、毒草の正式名称、効果や毒素の抜き方を覚えたのは、赤ん坊だった頃のサニーを育てる為、『タート』へ行き出した頃の話である。
それ以前は、ほとんど私の身を挺して調べていた。なので調べる際は、優れた毒消しのポーションが必須だった。
「ああ、そういえばそうだね。でも流石に、『闇産ぶ谷』まで来た事はないでしょ?」
「『闇産ぶ谷』?」
「うん! 雪山地帯をずっと先に行くと、『常闇地帯』って呼んでる場所があってね。そこにわたしが産まれた故郷の『闇産ぶ谷』があるんだ」
「はぁ……、それは知らなかった」
確かに、雪山地帯は過酷な環境下だし。ここから遥か遠く離れた場所にあるので、凍原や雪原地帯に比べると、探索はあまりしていないから未踏の場所がかなり多い。
しかし、これで私がしたかった質問の一つである、プネラが居る場所が分かった。……分かったけども、雪山地帯の先か。限界速度で飛んで行ったとしても、片道で十二日間以上は掛かってしまいそうだ。
「そこに行けば、お前に会えるんだな?」
「会えるけども、アカシックお姉ちゃんが無理して来なくてもいいよ。その内、わたしがそっちに遊びに行くから」
「え? お前から、沼地帯へ来てくれるのか?」
「うん! ……けど、条件がすごく厳しいから、会えるのがかなり先になっちゃうかもだけど。アカシックお姉ちゃんとお話をしてみたいし、サニーちゃんとも遊んでみたいから、会える日を楽しみにしてるね!」
唐突に会う約束をしてくれて、さり気なくサニーの名前を口にしたプネラが、闇の精霊とは思えないほどの眩しい笑みを浮かべた。
サニーを知っているという事は、私達の情報は大精霊間だけではなく、精霊達にも周知されているのだろうか? いや、それだけは無いか。
シルフ曰く、精霊達は私の名前や顔を知らないはずだ。けど、大精霊ではないプネラは、私やサニーを知っていた。一体、なぜなんだろう?
「あっ。アカシックお姉ちゃんの体、ちょっとずつ透けてきちゃったや。そろそろ起きちゃう時間だね」
「へ?」
あっけらかんと言ってきたプネラの言葉に、意に反して視界が落ちていく。落ち切った視界の先には、光の粒子を昇らせ、だんだんと透明になっていっている私の手があり。
視界と共に手の平を挙げると、私の手を挟み、なんとも寂しそうな笑みをしているプネラが見えた。
「あーあ、もうアカシックお姉ちゃんとお別れかぁ。寂しくなっちゃうなー」
「……起きるって。私達は、十五日間ぐらい掛けて『時の穢れ』を払わないといけないんだろ? いくらなんでも、早すぎじゃないか?」
「夢の中と現実世界の時間の流れは、まったく違うからね。現実世界は、もう十五日間経ってるよ」
「え? そ、そう、なのか……?」
さっき夢を見始めて、プネラによって夢の中で意識が覚醒してから、体感的には十五分も経っていないというのに……。まさか、もうそこまで経っていただなんて。
「それじゃあ、アカシックお姉ちゃん。先に夢から出てるね。間違っても、アカシックお姉ちゃんから『闇産ぶ谷』に来ちゃダメだよ?」
「なぜだ?」
「道中にある『常闇地帯』は、視覚以外の四感を奪う場所だから、すごく危険なんだ。常人だと自分は死んだと勘違いしちゃって、すぐに発狂し出すから絶対に来ちゃダメだからね?」
視覚以外の四感を奪う? 他の四感は、聴覚、触覚、味覚、嗅覚だけど。プネラの言っている事が本当であれば、かなり厄介だ。特に危険なのが、聴覚と触覚を奪われる事。
周りの音が聞こえなければ、魔物や獣の存在に気付きにくくなるし。攻撃されても、最悪気が付かないまま死に至る可能性だってある。
……ここは、プネラの言う通りにしよう。聞きたい事が、まだ沢山あるけども。いずれ、またプネラと会えるんだ。今焦る必要は無い。
「分かった、大人しく待ってる。けど、必ず私の元に来てくれよ? お前には、現実世界でも礼を言いたいからな」
「うん! わたしも魔王ごっこをしてみたいし、絶対に行くね! それじゃあ、バイバーイ!」
私らしい手の振り方をしたプネラが、跳躍してから床に向かって落下し、また水たまりのような姿になると思いきや。硬い床に波紋を広げつつ、そのまま床に吸い込まれていき、姿を消してしまった。
「……出会いも別れも、唐突だったな」
プネラが落ちていった床から、半透明になっていく自分の腕へ視線を移し、天井を仰ぐ。七色の流星群が降り注いでいる天井の絵画には、私の体から昇っている光の粒子も混ざっていた。
私の意識を、夢の中で覚醒させてくれて。二度と戻っては来れないと思っていた場所へ、戻って来れたんだと実感させてくれて。私の色んな笑い方を見せてくれた、闇の精霊プネラ。
なんとも不思議な奴だった。私がもっと眠っていてくれたら、プネラともっと会話が出来ていたというのに。
……今ぐらい、少しは空気を読んでくれよ。現実世界で眠っている私よ。
「もう少しだけ、ここに居たかったなぁ」
未練がましい欲を残しつつ、二度と拝む事が出来ない教会内の景色を、目に、脳裏へ必死に焼き付けていく。
まさか、二つ三つの質問をしただけで、時間が来てしまうとはな……。決して悠長に過ごそうとは思っていなかったのに、最初から全てを見誤っていたようだ。
レムさんの部屋にも行きたかったなぁ。今から行けば、なんとか間に合うだろうか? けど、天井の絵画も見ていたい。
ああ、やりたい事や見たい物が多すぎる。この残された時間で、私は一体何をすれば後悔が残らないんだろう?
だんだんと視界が細まり、噤んだ口に力が入っていく中。視界外から『ガコン』という、扉の開く音が聞こえてきた。
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