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156話、思い出にしか残っていなかった場所

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「君は……、確かプネラだったな」

「うん、そうだよ! 改めてよろしくね、アカシックお姉ちゃん」

「ああ、こちらこそよろしく」

 声、見た目、喋り方も五歳だった頃の私と酷似しているせいで、まるで色だけが反映されていない鏡を見ているかのようだ。
 ここで目覚めた直後からの記憶があるので、先のやり取りは大体覚えている。全身黒く、艶やかな光沢を走らせた私の姿をしているこの子の名前は、『プネラ』。
 人間の物ではない独特な魔力からして、精霊で間違いない。あまり感じた事のない魔力なので、属性の判別が付かないから、これは直線プネラから聞くとして。
 ……むう。聞きたい事が多すぎるせいで、頭の整理が出来ないな。とりあえず、思い付いたものから聞いていくとしよう。

「それで、プネラは精霊だよな? 属性は、なんなんだ?」

「わたしの属性? 闇だよ」

「闇っ!? ……そ、それじゃあプネラは、闇の精霊?」

「うん!」

 闇の精霊? 精霊は主に、水、火、風、土、氷、光、闇と居るものの。精霊関連の書物に記載された情報が正しければ、闇の精霊は今まで目撃情報が無かったはず。
 故に生態、生息地域も未だ不明。なので希少性だけなら、不死鳥やユニコーンよりも断然高い。まさか、こんな場所で闇の精霊と出会えるとは……。

「……は、初めて見た」

「初めて見るのは無理もないよ。人間の前に姿を現したのは、私が初めてらしいからね」

「はぁ……、そうなのか」

 ああ、もう駄目だ。一つ目の質問だけで、理解の範疇が限界を超えてしまった。いや、ウンディーネ様と突発的に出会った時点で、とっくに超えていたな。
 なら、難しく考えるのはやめておこう。あまり遠くない未来に、これらを軽く凌駕する出来事が待ち受けているんだ。もっと気を楽にしていかないと、頭が爆発してしまう。
 そう、考えを緩くまとめた矢先。プネラが「ねぇっ!」と興味津々そうに声を発し、私との距離をずいっと詰めてきた。

「今見てる夢って、アカシックお姉ちゃんにとって、良い夢?」

「良い、夢?」

「うん! もし悪い夢だったら、無理やり意識を覚醒させちゃった事を、謝らないといけないから」

 だんだん声に覇気が無くなっていき、黒い瞳を下へ落としていくプネラ。
 なんだか、性格や仕草までもが、五歳だった頃の私に似ている。最早、鏡ではなく生き写しと言った方が正しいかもしれない。

「夢、か」

 辺りを確認するべく、プネラから視線を外し、いつもより低い視界で辺りを見回してみた。そういえば、ここって私の夢の中なんだったっけ。
 換気が行き届いておらず、ちょっとほこりっぽい空気。長椅子の両隣にある、揺れずに直立している蝋燭の炎。等間隔に設置された窓から、柔らかな陽の光が差し込んでいる側廊。
 逆に光が足らず、くすみが際立つ身廊の赤い絨毯。参拝客が居る時に、レムさんが立っている主祭壇を視界に入れ。やや上を仰いだ先にあるは、縦長の長方形で、目を奪われる鮮やかな七色の色硝子。

 一番左から、紺碧、赤、緑。真正面には、三対の純白の翼が生えた聖母が、両手をおおらかに広げて見守る黄。そこから右に向かって、茶、青、深紫と続いている。
 今は太陽が左側にあるので、紺碧、赤にしか光が宿っていないけど。正午になると、全ての色硝子が煌びやかに光るんだ。
 教会内の薄暗さも相まって、思わず見惚れてしまう神々しさがある七色の光よ。どうやら、あの七色の光は、当時の技術では再現が難しかったらしく。この教会でしか拝めない光として有名だった。

 その色硝子の下。右奥にある扉の先には、私達が暮らしていた部屋へと続いている。
 元々はレムさんだけの部屋だったので、三人で暮らすには、お世辞でも広いとは言えない狭さだ。
 けど、私はそんな部屋が大好きだった。みんなとの距離が近く、いつでもすぐに甘えられていた部屋が。
 あの部屋には、私達の明るくて暖かな思い出が、溢れる程に詰まっている。今行ってしまったら、ずっと入り浸ってしまうだろうし。時間が許してくれるのであれば、後で行くとしよう。
 
 そして極め付けは、天井全体にある夜空を模した絵画。真中心にある月を起点として、辺りにバーッと広がっていく、儚さと力強さを兼ね揃えた流星群の絵。
 しかし、こちらも一色だけではない。色硝子と同じ、七色が使われている。あの絵画、どんなに歳を重ねていこうとも、毎日飽きずに眺めていたな。
 今、私が座っている長椅子もそう。勉学をする時は、いつも決まって左側の一列目に座っていたんだ。そして隣には、ピースやレムさんも座っていた。
 全部が全部、九十年以上も前の過去となった、今では絶対に見る事も戻って来る事も出来ない場所だ。……そんな、思い出の中にしか残っていなかった場所へ、私はまた来れたんだな。

「嬉しいなぁ……」

 感極まり、天井を仰いでいた視界がぼやけていき、口を強く噤む私。
 レムさんの教会に居るという実感が湧いてくる度に、ごちゃ混ぜになった様々な感情が込み上げてきて、涙に変わって外へ出ようとしてくる。
 この場所は、私の記憶を頼りに、夢として現れた幻の場所だ。それは頭で理解している。……だけど、嬉しい。ものすごく嬉しいな。

「ありがとう、プネラ」

「えっ?」

 一言では物足りな過ぎる感謝を述べ、不意打ちを食らったようなプネラの声が聞こえてきた後。天井を見ていた視線を、プネラへ移していく。

「この教会は、私の思い出が沢山詰まった場所なんだ。もうここへは、二度と来れないと思ってたのに。私の意識を夢の中で覚醒させてくれて、本当にありがとう。すごく嬉しいよ」

「それじゃあ……?」

「ああ。この夢は私にとって、最高に良い夢だ」

 私の嬉しい気持ちを素直にぶつけると。数秒だけ真顔になったプネラが、大袈裟な長いため息を吐き、後ろへ倒れそうになる前に、両手を長椅子に付けた。

「よかったぁ~……。もし悪い夢だったら、どうしようかと思ってたよぉ~」

「ふふっ。安心した時の反応も、私そっくりだな」

「その人の姿を借りると、精神面まで移っちゃうからね。だから、今アカシックお姉ちゃんの目の前に居るのは、もう一人の自分だと思ってくれればいいよ」

 疲れ気味に捕捉を挟んだプネラが、「えへへっ」と笑う。そういえば私って、いつもこんな風に笑っていたっけ。
 みんなで一緒に、ご飯を食べている時も。ピースと一緒に布団の中に潜り、レムさんに絵本を読んでもらっている時にも。
 薬草の種類を覚えて、ちゃんと調合出来た時も。初めて光属性の魔法を覚えて、参拝をしに来た客を癒した時にも。レムさんやピースに、頭を撫でてもらっている時にも。
 レムさんの教会に居るせいか。遥か昔に置いてきた記憶が、昨日起きた出来事のように真新しく、鮮明に色付いて湯水の如く溢れてくる。

 同時に、プネラが、どうやって私の夢の中へ入ってきたのか。入ってきた理由はなんなのか。プネラの本当の姿は、一体どんな感じなのかなどなど。
 好奇心と疑問も大量に湧いてきたけれども。全て聞いてしまったら、えらく長引いてしまいそうだ。この場所は、いつまでも居られる訳じゃない。
 ここは、シルフが出した『風の揺りかご』に捕まり、眠りへ落ちた私が起きた時点で、瞬く間に消え去ってしまう夢の中なんだ。

 けど、現実世界でプネラと再会を果たせるのかも分からない。……それだけを聞くなら、大した時間は掛からないだろう。
 この子とは現実世界でも再会を果たした上で、何としてもお礼を言いたいんだ。だってこの子は、私にかけがえのない時間をくれたのだから。
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