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154話、それともう一つは、俺からの餞別だ
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「シルフ!」
「おっと。これからの質問は、一切受け付けねえ」
「お、おい、なんでだ!? 私はまだ何も言ってないぞ!?」
私の焦り具合から、質問の内容を勘付かれたか? ダメ元で話を続けようとするも、涼しい顔をしているシルフが、人差し指を立てた右手を前へ伸ばし、「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら指を揺らす。
「お前は、色々と察しが良い奴だ。光の大精霊の正体を知りたければ、俺を含めた残りの、火、土、氷、闇の大精霊と契約を交わせ。そうしたら最後に、光の大精霊に逢わせてやるよ」
「グッ……!」
クソッ、やはりバレていたか。けど、その焦らしは悪手だぞ、シルフ。遠回しに、光の大精霊の名前は『レム』だと言っているようなものだ。
「ほう? 良い顔してんじゃねえか、アカシック。俄然、やる気が出てきたようだなあ?」
「ああ。お前のお陰で、成し遂げたい目的が一つ増えたよ。光の大精霊『レム』に逢うという目的がな」
そう挑発気味に光の大精霊の名を言った私は、無詠唱で六属性の杖を一斉に召喚し。息を浅く吐き、臨戦態勢に入った。
レムさんには、聞きたい事が山ほどある。だから、さっさと残りの大精霊達を倒して、契約を交わし、レムさんと逢ってやるんだ!
「シルフ。ここだと、私達の戦いにサニー達が巻き込まれてしまう。だから少し移動しよう」
「あっ? 何言ってたんだ? お前と戦うつもりは、まったくねえぞ?」
「へっ?」
……あっけらかんと言い返されてしまったせいで、集中力がプツンと途切れてしまい、六属性の杖が光の粒子状と化して消えていった。
「いや……。戦ってもらわないと、私が困るんだが……」
「なんでだ?」
「なんでって。お前と戦って私が勝たないと、契約が交わせないだろ? だから、今すぐにでも私と戦ってくれ」
戦ってほしい理由を伝えるも、シルフは不思議そうな顔をして、首を傾げるばかり。
が、何か閃いたのだろうか。シルフは「ああ」と口にして、手をポンと叩いた。
「そうか。そこら辺の細かい説明は、ウンディ姉もしてなかったな」
一人で自己解決したように呟いたシルフが、四枚ある妖精の羽を全て立たせ、私の目線の高さまで降下してきた。
「俺達と契約を交わす条件は、何も戦って勝つだけじゃねえぜ」
「じゃあ、他に何があるんだ?」
「簡単さ。俺達に認めれればいい。理由も特にこれ! といったもんはねえ。度肝を抜かしたり。俺達の心を震わせ、鷲掴んだり。こいつなら、契約を交わしてもいいかもな、なんて、その気にさせるとかよ。そして俺は、もうお前を認めてるんだぜ? アカシック」
容姿が少年のそれに近いせいか。年相応のワンパク気味な笑みを浮かべたシルフが、私に向けて指を差してきた。私が、シルフに認められている?
どういう事だ? 私は、こいつに認められるほど大それた事をした記憶なんて無い。
それどころか、ピースが殺されてから私の心は闇に堕ち。迫害の地へ行き、見放されてもおかしくない行為ばかりしてきている。だから私は、大精霊に認められるような器を持ち合わせていない。
けどシルフは、私を認めていると言ってくれた。一体なぜだ? 懺悔の意味もこめて、私が犯してきた罪を、改めて洗いざらい吐いてみるか?
「シルフ。さっき質問は受け付けないと言ってたけど、これだけは答えてほしい。お前は、私の人生をどこから見てきたんだ?」
「お前の人生? 俺は、特に早かったからなあ。お前が『はいはい』し出した頃から見てたぜ」
「そんなに、早い頃から……?」
はいはいし出した頃って、まだ私に物心すらついていないじゃないか。ならシルフは、私の事をほとんど知っているだろうに。
だったら、なおさらおかしい。私は、新薬の研究をする為に、数多の魔物や獣を殺して部位を奪ったり。
あの時は、ピースを殺されてしまった怒りで我を失ってしまったが。『アンブラッシュ・アンカー』という人間の大悪党や、その取り巻き達をまとめてあの世へ葬り去っている。
私は、人としてやってはいけない事を、生きている内では償い切れないほどの罪を犯してきているんだ。シルフは、それを知らないというのか?
「ならお前は、私が犯してきた罪の数々を知ってるだろ?」
「罪? なんの事だ?」
「ほら、私は『アンブラッシュ・アンカー』という人間を殺したり。バレたら即刻死刑になるような研究を、九十年以上に渡って今も続けてる。だから私は罪深い人間で、大精霊であるお前に認められるような存在じゃないんだよ」
「『アンブラッシュ・アンカー』? ……ああ、『ピース』の首を刎ねた奴か」
一旦は聞き返してきたものの。すぐに『アンブラッシュ・アンカー』の名前を復唱し、ばつが悪そうに『ピース』の名前まで口にしたシルフが、神妙な面立ちで腕を組んだ。
「あの出来事が、お前の人生を全て狂わせちまったんだよなあ。流石に俺も、あれを直で見た時は言葉を失ったぜ。けどアカシック、お前は俺を、神みたいな存在だと勘違いしちゃいねえか?」
「え……? 違うのか?」
「ちげえよ、断じてちげえ。俺は風の精霊族を束ねる、お前のところでいう長や王みたいな立場だ。もちろん、俺達だって過ちを何度も犯してきてる」
唐突に説得を始めたシルフが、両手を小さく広げて肩を竦める。
「それに『アンブラッシュ・アンカー』って、九百九十九人の命を無作為に奪ってきた野郎だろ? そんな奴、もう人間なんかじゃねえ。人間の皮を被った悪魔だ。悪魔って人間の中じゃ、恐怖の象徴であり、討つべき存在なんだろ? だったらお前は、悪魔をあるべき場所へ還した英雄さ」
「英雄って……。そんなの、ただのへりくつだ」
「へりくつじゃねえ。お前が自分を卑下してっから、俺目線で見たお前の見解を述べたまでだ。それによ、アカシック。俺だって、お前と同じ立場にいたら、間違いなく逆上して『アンブラッシュ・アンカー』を殺ってたね」
鼻を『ふん』と鳴らしたシルフの暴露に、私の視野が広まった。
「……お前も、殺ってしまうのか?」
「あったりめえだろ? 結婚まで誓った大切な奴が、愉快犯に唐突に殺されるんだぜ? 怒らねえ方がおかしいぜ。なあ、ウンディ姉」
「あの、シルフさん? 内容が内容なので、話を急に振られても、非常にお答えしにくいのですが……」
本当に困っているのか。眉を軽くひそめ、引きつった苦笑いしか出来ないウンディーネ様。
たぶん、これが普通の反応だ。どこもおかしくない。きっと、シルフだけが吹っ切れているのだろう。
「ったく。アカシックの前だからって、いい子ぶりやがって。まあ、それはいいとしてだ。研究の方についてなんだが」
言葉を溜めたシルフが、ふよふよと飛んで来ては私の横に付き、顔を私の耳元まで近づける。
「あまり大きい声で言えねえんだがよ。お前、研究の材料は魔物や獣から調達してただろ?」
「ああ、してたな」
「それ。俺達精霊族に対して、かなり貢献してる行為なんだぜ?」
「へ? そう、なのか?」
驚いてしまい、視界一杯に映るシルフに顔を合わせてしまうも。ニヤニヤし出したシルフが、少しずつ遠ざかっていく。
「ああ。今や『迫害の地』とか呼ばれちまってるけど。昔は、精霊達にとってゆかりのある地でな。俺達大精霊も、羽を休ませる場所として使ってた。まあ、居心地はクッソ悪くなってっけど、今も使ってるけどな。だからこそ、お前はあの地で、ウンディ姉と出会えた訳さ」
「私が羽を休めている森の周辺は、昔はもっと緑豊かな草原だったのですが。ゴーレムさん達が来てから、素敵な花畑になってしまいました」
ウンディーネ様も会話に加わってきたので、横目を流してみれば。頬に手を添えているウンディーネ様は、まんざらでもない様子で微笑んでいた。
「そういえば、ウィザレナが言ってました。樹海地帯に居た精霊に、魔法を教わっただとか。草原地帯で、エルフを襲ってた人間が野営をしてたとか」
「ええ、全て本当です。私も、この目でしかと見てきましたから。今や樹海地帯と呼ばれている場所では、かつて『月の精霊』が住んでいました。しかし、あの惨劇です。月の精霊達が人間に愛想を尽かし、精霊界へ帰ってしまうのも無理はありません」
「月の精霊……」
月の精霊。ウィザレナやレナが、月属性の魔法を使用していたから、どこかしらに居るのだろうと推測していたのだが……。
ウンディーネ様の説明から察するに、もうこの世界には居ないらしい。どの書物にも載っていない属性だし、きっと存在を確認される前に、『精霊界』とやらに帰ってしまったのだろう。
「その人間達が、エルフや精霊を独占しようとして争い出し。血の匂いを嗅ぎつけた魔物や獣が集まってきて、お前も知ってる『迫害の地』になっちまったのさ。けど、お前は相当数を倒してくれただろ? それを聞いた精霊達が、名前や顔も知らないアカシックという一人の魔女に、好意を寄せ始めてんだぜ?」
「は、はぁ……。そんなつもりで、魔物や獣を倒してきた訳じゃないんだけどな」
「そう、事実は俺達だけが知ってる。だが精霊界の間では、ゆかりある大地をかつての姿に戻そうと、日々奮闘してくれてる魔女が居るだとか、相当湾曲した情報が定着しちまってんだわ」
「湾曲し過ぎて、原型が微塵も残ってないじゃないか……」
私はただ、ピースを生き返らせたいが為だけに、魔物や獣を新薬の材料に使うべく、何も考えずに倒し続けていただけだというのに。
けど、その行為が精霊達にとって、奉仕活動みたいな感じになってしまっていたとは。なんだか精霊達を騙しているようで、気が引けてしまうな。
そういえば、シルフが私を認めてくれた理由って、それなのだろうか? 有力候補の一つだと思うけども、この際だから聞いてしまうか。
「シルフ。その行為が、私を認めてくれた理由になったのか?」
「いんや。俺がお前を認めた理由は、もっと昔にあんぜ」
「もっと昔?」
私の考えを一蹴したシルフが、距離を詰めて私に指を差してきた。
「俺がお前を認めた理由。それは、幼少期のお前が一つの決心をした時にだ」
「幼少期の私がした、決心……」
幼少期の私がした決心。それは『光属性の魔法や私が作った薬で、私達と同じような立場に居る人達を少しでも癒してあげて、幸せにする』事だが……。
「確かにしたけど。その決心だけで、お前は私を認めてくれたのか?」
シルフも私がした決心の内容は知っているだろうと踏み、あえて内容を言わずに話を続けてみたが。
かなり近い距離にあるシルフの顔が、不機嫌そうなしかめっ面になり、差していた指で私の鼻を押してきた。
「言っただろ? 俺達に認められるには、特にこれといった理由はねえってよ。俺はあの時、ひどく心を打たれたんだぜ? お前だって、厳しい環境下で生きてきたってのに。あんな幼気な少女が、同じ立場に置かれてる人間を幸せにしたいと決心して、それをずっとやり続けてきたんだ!」
熱弁し始めたシルフが、私と少し距離を置き、右手に固い握り拳を作る。
「俺は感動したぜ! 人々を笑顔にして、それを見て幸せそうに微笑むお前によぉ!! だから俺も決めたんだ! もしこいつと契約を交わせる日が来たとしたら、喜んで交わしてやろう! ってなぁ!!」
私に熱弁を飛ばしてきたシルフの瞳が、炎の如く真っ赤に燃え出した。あの決心は、ただ本当に、人を幸せにしたい為だけに決めたものだ。
見返りなんて求めていない。評価されたいとも思っていない。感謝の言葉もいらないし、その人が幸せになってくれるだけでよかった。……よかったのに、あんな風に言われてしまったら―――。
「……なんだか、嬉しいなぁ」
「お? 今なんて言ったんだ?」
「嬉しいって言ったんだ。こう、なんて言えばいいんだろうな? 上手く言葉に言い表せないし、どう表現すればいいのか分からないんだが……。ピースと一緒にやってきた事が、ちゃんとやれてた事が分かって、嬉しくなったんだ」
他者の目線から見ても、当時の私達は、人々を幸せにする事が出来ていたらしい。よかった。私達がやってきた事は、決して無駄ではなかったんだ。それが分かっただけでも、すごく嬉しいな。
「そっちかい。まあ、お前は今でもよくやってるよ。アルビス、ファートもそうだが。サニーを拾い、その母親である『エリィ』の魂を救い。ウィザレナとレナを死地から救い。『タート』では子供の傷を癒し、毎日のように遊び相手をしてるしな」
「うっ……。け、結構細かく、私を見てるようだな?」
『エリィ』さんの事は、まだアルビスにさえ話していないというのに。そこまで見ていたとは。
「まあな。っと、あまり長話をすると口が滑っちまうな。そろそろ、お前も寝る時間だ。アカシック」
そう、突然話をぶった切ったシルフが、指を高らかに鳴らす。すると私の周りに、サニー達を囲っている『風の揺りかご』とやらが出現し、景色全体が若草色に染まっていった。
「なっ!? おい、いくらなんでもいきなり過ぎるぞ! 頼むから、もう少しだけ時間をくれ! お前とは話したい事がまだあるんだ!」
「いいから寝ろ。契約は、お前が寝てる間に交わしといてやるから、何かあったら『風の証』に魔力を流し込んで、俺に話しかけてこい」
一方的に話を続けるシルフが、再び指を二度鳴らす。それと同時。私の目の前に、緑色の魔法陣と、白い魔法陣が現れ。その二つの魔法陣から、緑色と白色をした矢が一本ずつ出てきた。
「こ、これは……?」
「緑色の矢は、さっきお前達に放った矢よりも強力なやつだ。効果は昏睡。ザックリ言っちまえば、すげえスヤスヤ眠っちまう矢だな」
さっき、私達に放った矢? もしかして、ピピラダ達と話していた時、腹部から正体不明の衝撃が走ったけれども。この矢のせいだったのか?
「それともう一つは、俺からの餞別だ。避けずにちゃんと受けろよ?」
「避けずに受けろって言ったって……。攻撃が見えてるせいで、かなり怖いんだぞ!? せめて、私の死角から放ってくれ!」
「ははっ、怖がってる怖がってる。おんもしれえ」
私が素直に弱みを見せた途端。現状を楽しんでいるかのように、ヘラヘラといやらしく笑い始めるシルフ。……分かったぞ。さてはこいつ、ヴェルインみたいにお調子者だな?
「お前、起きたら覚えてろよ?」
「おう! 感謝の言葉、待ってんぜ」
今度は静かな怒りを見せようとも、シルフはニッと明るい笑みを私に送ってきた。……なんだか、二つの矢に対する恐怖心が、すっかり消え失せてしまったな。
「はあっ……。もういい、さっさと眠らせてくれ」
「そう思って、もう放っておいたぜ」
「え?」
サラリと返してきたシルフが、後頭部に両手を回し、したり顔になった。すぐさま魔法陣に視線を移すも、その前にあった二本の矢の姿は無く。
一度、左右に顔をやり、慌てて胸元を確認してみれば。いつの間にか、私の腹部に刺さっていた二本の矢が、細かい粒子状となり。風の軌跡を可視化させながら、その姿を消していった。
……嘘だろ? 私は、いつ射られたんだ? 衝撃はおろか、痛みさえ感じ―――。
「う……」
直後。視界が急激に歪み、全身の感覚が無くなり、あるのか怪しい両足がふらついていく。そのまま後ろへ倒れ込み、若草色の空しか見えなくなった最中。
どこからともなく、「いい夢見ろよ、アカシック」という声が聞こえてきて、視界が上下から狭まり、やがて全てが黒に染まった。
「おっと。これからの質問は、一切受け付けねえ」
「お、おい、なんでだ!? 私はまだ何も言ってないぞ!?」
私の焦り具合から、質問の内容を勘付かれたか? ダメ元で話を続けようとするも、涼しい顔をしているシルフが、人差し指を立てた右手を前へ伸ばし、「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら指を揺らす。
「お前は、色々と察しが良い奴だ。光の大精霊の正体を知りたければ、俺を含めた残りの、火、土、氷、闇の大精霊と契約を交わせ。そうしたら最後に、光の大精霊に逢わせてやるよ」
「グッ……!」
クソッ、やはりバレていたか。けど、その焦らしは悪手だぞ、シルフ。遠回しに、光の大精霊の名前は『レム』だと言っているようなものだ。
「ほう? 良い顔してんじゃねえか、アカシック。俄然、やる気が出てきたようだなあ?」
「ああ。お前のお陰で、成し遂げたい目的が一つ増えたよ。光の大精霊『レム』に逢うという目的がな」
そう挑発気味に光の大精霊の名を言った私は、無詠唱で六属性の杖を一斉に召喚し。息を浅く吐き、臨戦態勢に入った。
レムさんには、聞きたい事が山ほどある。だから、さっさと残りの大精霊達を倒して、契約を交わし、レムさんと逢ってやるんだ!
「シルフ。ここだと、私達の戦いにサニー達が巻き込まれてしまう。だから少し移動しよう」
「あっ? 何言ってたんだ? お前と戦うつもりは、まったくねえぞ?」
「へっ?」
……あっけらかんと言い返されてしまったせいで、集中力がプツンと途切れてしまい、六属性の杖が光の粒子状と化して消えていった。
「いや……。戦ってもらわないと、私が困るんだが……」
「なんでだ?」
「なんでって。お前と戦って私が勝たないと、契約が交わせないだろ? だから、今すぐにでも私と戦ってくれ」
戦ってほしい理由を伝えるも、シルフは不思議そうな顔をして、首を傾げるばかり。
が、何か閃いたのだろうか。シルフは「ああ」と口にして、手をポンと叩いた。
「そうか。そこら辺の細かい説明は、ウンディ姉もしてなかったな」
一人で自己解決したように呟いたシルフが、四枚ある妖精の羽を全て立たせ、私の目線の高さまで降下してきた。
「俺達と契約を交わす条件は、何も戦って勝つだけじゃねえぜ」
「じゃあ、他に何があるんだ?」
「簡単さ。俺達に認めれればいい。理由も特にこれ! といったもんはねえ。度肝を抜かしたり。俺達の心を震わせ、鷲掴んだり。こいつなら、契約を交わしてもいいかもな、なんて、その気にさせるとかよ。そして俺は、もうお前を認めてるんだぜ? アカシック」
容姿が少年のそれに近いせいか。年相応のワンパク気味な笑みを浮かべたシルフが、私に向けて指を差してきた。私が、シルフに認められている?
どういう事だ? 私は、こいつに認められるほど大それた事をした記憶なんて無い。
それどころか、ピースが殺されてから私の心は闇に堕ち。迫害の地へ行き、見放されてもおかしくない行為ばかりしてきている。だから私は、大精霊に認められるような器を持ち合わせていない。
けどシルフは、私を認めていると言ってくれた。一体なぜだ? 懺悔の意味もこめて、私が犯してきた罪を、改めて洗いざらい吐いてみるか?
「シルフ。さっき質問は受け付けないと言ってたけど、これだけは答えてほしい。お前は、私の人生をどこから見てきたんだ?」
「お前の人生? 俺は、特に早かったからなあ。お前が『はいはい』し出した頃から見てたぜ」
「そんなに、早い頃から……?」
はいはいし出した頃って、まだ私に物心すらついていないじゃないか。ならシルフは、私の事をほとんど知っているだろうに。
だったら、なおさらおかしい。私は、新薬の研究をする為に、数多の魔物や獣を殺して部位を奪ったり。
あの時は、ピースを殺されてしまった怒りで我を失ってしまったが。『アンブラッシュ・アンカー』という人間の大悪党や、その取り巻き達をまとめてあの世へ葬り去っている。
私は、人としてやってはいけない事を、生きている内では償い切れないほどの罪を犯してきているんだ。シルフは、それを知らないというのか?
「ならお前は、私が犯してきた罪の数々を知ってるだろ?」
「罪? なんの事だ?」
「ほら、私は『アンブラッシュ・アンカー』という人間を殺したり。バレたら即刻死刑になるような研究を、九十年以上に渡って今も続けてる。だから私は罪深い人間で、大精霊であるお前に認められるような存在じゃないんだよ」
「『アンブラッシュ・アンカー』? ……ああ、『ピース』の首を刎ねた奴か」
一旦は聞き返してきたものの。すぐに『アンブラッシュ・アンカー』の名前を復唱し、ばつが悪そうに『ピース』の名前まで口にしたシルフが、神妙な面立ちで腕を組んだ。
「あの出来事が、お前の人生を全て狂わせちまったんだよなあ。流石に俺も、あれを直で見た時は言葉を失ったぜ。けどアカシック、お前は俺を、神みたいな存在だと勘違いしちゃいねえか?」
「え……? 違うのか?」
「ちげえよ、断じてちげえ。俺は風の精霊族を束ねる、お前のところでいう長や王みたいな立場だ。もちろん、俺達だって過ちを何度も犯してきてる」
唐突に説得を始めたシルフが、両手を小さく広げて肩を竦める。
「それに『アンブラッシュ・アンカー』って、九百九十九人の命を無作為に奪ってきた野郎だろ? そんな奴、もう人間なんかじゃねえ。人間の皮を被った悪魔だ。悪魔って人間の中じゃ、恐怖の象徴であり、討つべき存在なんだろ? だったらお前は、悪魔をあるべき場所へ還した英雄さ」
「英雄って……。そんなの、ただのへりくつだ」
「へりくつじゃねえ。お前が自分を卑下してっから、俺目線で見たお前の見解を述べたまでだ。それによ、アカシック。俺だって、お前と同じ立場にいたら、間違いなく逆上して『アンブラッシュ・アンカー』を殺ってたね」
鼻を『ふん』と鳴らしたシルフの暴露に、私の視野が広まった。
「……お前も、殺ってしまうのか?」
「あったりめえだろ? 結婚まで誓った大切な奴が、愉快犯に唐突に殺されるんだぜ? 怒らねえ方がおかしいぜ。なあ、ウンディ姉」
「あの、シルフさん? 内容が内容なので、話を急に振られても、非常にお答えしにくいのですが……」
本当に困っているのか。眉を軽くひそめ、引きつった苦笑いしか出来ないウンディーネ様。
たぶん、これが普通の反応だ。どこもおかしくない。きっと、シルフだけが吹っ切れているのだろう。
「ったく。アカシックの前だからって、いい子ぶりやがって。まあ、それはいいとしてだ。研究の方についてなんだが」
言葉を溜めたシルフが、ふよふよと飛んで来ては私の横に付き、顔を私の耳元まで近づける。
「あまり大きい声で言えねえんだがよ。お前、研究の材料は魔物や獣から調達してただろ?」
「ああ、してたな」
「それ。俺達精霊族に対して、かなり貢献してる行為なんだぜ?」
「へ? そう、なのか?」
驚いてしまい、視界一杯に映るシルフに顔を合わせてしまうも。ニヤニヤし出したシルフが、少しずつ遠ざかっていく。
「ああ。今や『迫害の地』とか呼ばれちまってるけど。昔は、精霊達にとってゆかりのある地でな。俺達大精霊も、羽を休ませる場所として使ってた。まあ、居心地はクッソ悪くなってっけど、今も使ってるけどな。だからこそ、お前はあの地で、ウンディ姉と出会えた訳さ」
「私が羽を休めている森の周辺は、昔はもっと緑豊かな草原だったのですが。ゴーレムさん達が来てから、素敵な花畑になってしまいました」
ウンディーネ様も会話に加わってきたので、横目を流してみれば。頬に手を添えているウンディーネ様は、まんざらでもない様子で微笑んでいた。
「そういえば、ウィザレナが言ってました。樹海地帯に居た精霊に、魔法を教わっただとか。草原地帯で、エルフを襲ってた人間が野営をしてたとか」
「ええ、全て本当です。私も、この目でしかと見てきましたから。今や樹海地帯と呼ばれている場所では、かつて『月の精霊』が住んでいました。しかし、あの惨劇です。月の精霊達が人間に愛想を尽かし、精霊界へ帰ってしまうのも無理はありません」
「月の精霊……」
月の精霊。ウィザレナやレナが、月属性の魔法を使用していたから、どこかしらに居るのだろうと推測していたのだが……。
ウンディーネ様の説明から察するに、もうこの世界には居ないらしい。どの書物にも載っていない属性だし、きっと存在を確認される前に、『精霊界』とやらに帰ってしまったのだろう。
「その人間達が、エルフや精霊を独占しようとして争い出し。血の匂いを嗅ぎつけた魔物や獣が集まってきて、お前も知ってる『迫害の地』になっちまったのさ。けど、お前は相当数を倒してくれただろ? それを聞いた精霊達が、名前や顔も知らないアカシックという一人の魔女に、好意を寄せ始めてんだぜ?」
「は、はぁ……。そんなつもりで、魔物や獣を倒してきた訳じゃないんだけどな」
「そう、事実は俺達だけが知ってる。だが精霊界の間では、ゆかりある大地をかつての姿に戻そうと、日々奮闘してくれてる魔女が居るだとか、相当湾曲した情報が定着しちまってんだわ」
「湾曲し過ぎて、原型が微塵も残ってないじゃないか……」
私はただ、ピースを生き返らせたいが為だけに、魔物や獣を新薬の材料に使うべく、何も考えずに倒し続けていただけだというのに。
けど、その行為が精霊達にとって、奉仕活動みたいな感じになってしまっていたとは。なんだか精霊達を騙しているようで、気が引けてしまうな。
そういえば、シルフが私を認めてくれた理由って、それなのだろうか? 有力候補の一つだと思うけども、この際だから聞いてしまうか。
「シルフ。その行為が、私を認めてくれた理由になったのか?」
「いんや。俺がお前を認めた理由は、もっと昔にあんぜ」
「もっと昔?」
私の考えを一蹴したシルフが、距離を詰めて私に指を差してきた。
「俺がお前を認めた理由。それは、幼少期のお前が一つの決心をした時にだ」
「幼少期の私がした、決心……」
幼少期の私がした決心。それは『光属性の魔法や私が作った薬で、私達と同じような立場に居る人達を少しでも癒してあげて、幸せにする』事だが……。
「確かにしたけど。その決心だけで、お前は私を認めてくれたのか?」
シルフも私がした決心の内容は知っているだろうと踏み、あえて内容を言わずに話を続けてみたが。
かなり近い距離にあるシルフの顔が、不機嫌そうなしかめっ面になり、差していた指で私の鼻を押してきた。
「言っただろ? 俺達に認められるには、特にこれといった理由はねえってよ。俺はあの時、ひどく心を打たれたんだぜ? お前だって、厳しい環境下で生きてきたってのに。あんな幼気な少女が、同じ立場に置かれてる人間を幸せにしたいと決心して、それをずっとやり続けてきたんだ!」
熱弁し始めたシルフが、私と少し距離を置き、右手に固い握り拳を作る。
「俺は感動したぜ! 人々を笑顔にして、それを見て幸せそうに微笑むお前によぉ!! だから俺も決めたんだ! もしこいつと契約を交わせる日が来たとしたら、喜んで交わしてやろう! ってなぁ!!」
私に熱弁を飛ばしてきたシルフの瞳が、炎の如く真っ赤に燃え出した。あの決心は、ただ本当に、人を幸せにしたい為だけに決めたものだ。
見返りなんて求めていない。評価されたいとも思っていない。感謝の言葉もいらないし、その人が幸せになってくれるだけでよかった。……よかったのに、あんな風に言われてしまったら―――。
「……なんだか、嬉しいなぁ」
「お? 今なんて言ったんだ?」
「嬉しいって言ったんだ。こう、なんて言えばいいんだろうな? 上手く言葉に言い表せないし、どう表現すればいいのか分からないんだが……。ピースと一緒にやってきた事が、ちゃんとやれてた事が分かって、嬉しくなったんだ」
他者の目線から見ても、当時の私達は、人々を幸せにする事が出来ていたらしい。よかった。私達がやってきた事は、決して無駄ではなかったんだ。それが分かっただけでも、すごく嬉しいな。
「そっちかい。まあ、お前は今でもよくやってるよ。アルビス、ファートもそうだが。サニーを拾い、その母親である『エリィ』の魂を救い。ウィザレナとレナを死地から救い。『タート』では子供の傷を癒し、毎日のように遊び相手をしてるしな」
「うっ……。け、結構細かく、私を見てるようだな?」
『エリィ』さんの事は、まだアルビスにさえ話していないというのに。そこまで見ていたとは。
「まあな。っと、あまり長話をすると口が滑っちまうな。そろそろ、お前も寝る時間だ。アカシック」
そう、突然話をぶった切ったシルフが、指を高らかに鳴らす。すると私の周りに、サニー達を囲っている『風の揺りかご』とやらが出現し、景色全体が若草色に染まっていった。
「なっ!? おい、いくらなんでもいきなり過ぎるぞ! 頼むから、もう少しだけ時間をくれ! お前とは話したい事がまだあるんだ!」
「いいから寝ろ。契約は、お前が寝てる間に交わしといてやるから、何かあったら『風の証』に魔力を流し込んで、俺に話しかけてこい」
一方的に話を続けるシルフが、再び指を二度鳴らす。それと同時。私の目の前に、緑色の魔法陣と、白い魔法陣が現れ。その二つの魔法陣から、緑色と白色をした矢が一本ずつ出てきた。
「こ、これは……?」
「緑色の矢は、さっきお前達に放った矢よりも強力なやつだ。効果は昏睡。ザックリ言っちまえば、すげえスヤスヤ眠っちまう矢だな」
さっき、私達に放った矢? もしかして、ピピラダ達と話していた時、腹部から正体不明の衝撃が走ったけれども。この矢のせいだったのか?
「それともう一つは、俺からの餞別だ。避けずにちゃんと受けろよ?」
「避けずに受けろって言ったって……。攻撃が見えてるせいで、かなり怖いんだぞ!? せめて、私の死角から放ってくれ!」
「ははっ、怖がってる怖がってる。おんもしれえ」
私が素直に弱みを見せた途端。現状を楽しんでいるかのように、ヘラヘラといやらしく笑い始めるシルフ。……分かったぞ。さてはこいつ、ヴェルインみたいにお調子者だな?
「お前、起きたら覚えてろよ?」
「おう! 感謝の言葉、待ってんぜ」
今度は静かな怒りを見せようとも、シルフはニッと明るい笑みを私に送ってきた。……なんだか、二つの矢に対する恐怖心が、すっかり消え失せてしまったな。
「はあっ……。もういい、さっさと眠らせてくれ」
「そう思って、もう放っておいたぜ」
「え?」
サラリと返してきたシルフが、後頭部に両手を回し、したり顔になった。すぐさま魔法陣に視線を移すも、その前にあった二本の矢の姿は無く。
一度、左右に顔をやり、慌てて胸元を確認してみれば。いつの間にか、私の腹部に刺さっていた二本の矢が、細かい粒子状となり。風の軌跡を可視化させながら、その姿を消していった。
……嘘だろ? 私は、いつ射られたんだ? 衝撃はおろか、痛みさえ感じ―――。
「う……」
直後。視界が急激に歪み、全身の感覚が無くなり、あるのか怪しい両足がふらついていく。そのまま後ろへ倒れ込み、若草色の空しか見えなくなった最中。
どこからともなく、「いい夢見ろよ、アカシック」という声が聞こえてきて、視界が上下から狭まり、やがて全てが黒に染まった。
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