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153話、合点がいく仮説

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 私が一向に答えを言わないまま、ウンディーネ様に体を揺すられ続けて数分後。結局私は、思考が働かない頭で、全ては『シルフ』が悪いという結論を捻り出し。
 暴走し始めたウンディーネ様の体を抱きしめ、『ウンディーネ様は、何も悪くありません』と囁き、安心させて一旦落ち着かせた。
 次に、今回の元凶だと決定付けたシルフを呼び。とりあえず有無を言わさず、私達の前に正座をさせた。一応、シルフも大精霊なのだが。
 シルフは、『相手が大精霊だからって、遠慮や忖度する必要は一切ない』と言っていた。ひねくれた発想だけども、その言葉はウンディーネ様ではなく、大精霊様全員を差している。
 ならば私は、シルフにだって遠慮や忖度をする必要はない。それに少しだけ、シルフに対して腹が立っている。

 よくよく考えれてみれば。私はもう、ウンディーネ様がアルビスを人質に取った行為や、意固地になって私を世界へ旅立たせようとした事について、全て許している。
 なのにだ。シルフはウンディーネ様に罪をなすり付けようとして、それらを使って蒸し返してきた。たぶんウンディーネ様も、例の一件については、まだかなり気にしているはず。
 その証拠に、なだめたはずのウンディーネ様は、未だに私を涙目で見つめてきている。シルフの一言が、よっぽど効いたのだろう。
 今回は、勘違いした私も悪い。それは後で謝罪する。が、ウンディーネ様の心の傷をこじ開けたシルフも同罪だ。まずは、納得がいっていない様子のシルフを咎めてやろう。











「おい、アカシック! なんで俺だけ正座しなきゃならねえんだよ! おかしいだろ!?」

「今回の件は、お前に非があると判断したからだ」

「嘘だろ!? そりゃあ、俺が悪いのも少しは認めるぜ? けどあの状況が、人質を取ったように見えただとか。大精霊の印象が悪いだとか、大体の原因はウンディねえにあるんじゃねえのか!?」

「いや、無い。私は、ウンディーネ様がしてきた事を全て許してる。が、お前は真っ先にそれを蒸し返し、ウンディーネ様に罪をなすり付けようとした。それに腹を立ててるんだ」

「あ……」

 私が怒っている理由を明かすと、シルフの目が点になり、口をポカンと開けた。そのまま数秒ほど硬直すると、苦虫を噛み潰したように表情を歪め、気まずそうに後頭部を掻いた。

「そういや、ウンディねえの奴。その件について嬉しそうに話してなあ。すっかり忘れてたぜ」

「ちょっと、シルフさん!? 恥ずかしいので、そういう事は言わないで下さい!」

「っと、そうだな。すまねえ。あまり暴露しちまうと、また俺の好感度が下がっちまう」

 『初対面だし、元から無いけどな』という、余計な一言を飲み込む私。どうやら本人は、罪を認めたようだし。これ以上とやかくいうのは、私もやめておこう。
 そのシルフはというと。おもむろに立ち上がって腕を組み、鼻から小さくため息をついた。

「つー事だ。謝罪は、最後に行動で示すとして。自己紹介は、一応しとくか?」

「大精霊のシルフだろ?」

「大当たり。風を司る大精霊、『シルフ』様だ。俺も気が楽になるから、接し方はそのままでいいぜ」

 ようやく落ち着いて自己紹介を出来たシルフが、妖精を彷彿とさせる透明な羽を羽ばたかせ、私の目線のよりも高く飛び上がり、ワンパク気味に口角を上げた。
 シルフが大精霊だという事は、確信までしていたので驚いていない。属性もある程度の予想をしていた。けど、私が知りたいのはそれじゃない。

「で、私達をここへ連れて来た理由は、一体なんなんだ?」

「おおー、やっと説明が出来るぜ。まずは、そうだな。この場所についてだ。ここは俺が作り出した異空間、『風の瞑想場』。連れて来た理由は、お前らの『時の穢れ』を払う為だぜ」

「『時の穢れ』を払う為?」

 時の穢れについては、昨日ウンディーネ様から説明を受けたものの。不死族以外の種族は、発症までに至らない病のはずだが?

「そう。お前らは昨日の戦いで、数十年後には発症しちまうほどの量を吸っちまってる。だから完全に払えるまでの間、ここで眠っててもらうぜ」

「なっ……!?」

 確かに昨日、時の穢れに冒された不死鳥もとい、メリューゼと戦った。しかし、私もアルビスも、攻撃をまともに食らっていない。
 いや、待てよ? 時の穢れは、大地や空といった自然界にも影響を及ぼす代物だ。だとすると……。

「……私達は、時の穢れに冒された空気を、吸い続けていた?」

「流石だぜ、理解が早くて助かる。まあ、渓谷地帯の穢れ自体は、ウンディ姉が『慈雨じう』で払ったから安心してくれ」

 そう後頭部に両手を回し、ふわっとあくびをするシルフ。メリューゼが放った膨大な『不死鳥の息吹』は、空間を埋め尽くすほどの高密度だった。
 そしてその全てが、時の穢れに冒された攻撃。当然、空気が冒されてもおかしくない。そうなると、かなり厄介だな。時の穢れに冒された者との闘いは。

「ちなみに、アルビスさんとウィザレナさん、レナさんは『水の瞑想場』で休養中です。私が戻り次第、十五日間ほど眠りに就いてもらいます」

「十五日間!? そんなに長くなんですか?」

「言っただろ? てめえら全員、生きてる内に発症するほど冒されちまったんだって。後始末は俺達がやっとくから、お前らは各瞑想場でスヤスヤ眠ってろ」

 ウンディーネ様の説明に、捕捉を挟んだシルフが「それと」と続け、空に向かって親指を差す。

「お前が欲しがってた、不死鳥のくちばしなんだが。あれの穢れを払うには、おおよそ一年以上掛かっちまう。だから、それだけは気長に待っててくれな」

 シルフの間髪を容れぬ説明に、私はシルフの親指を視界に入れてから、親指が指し示めしている方角へ顔をやる。
 その先には、『風の揺りかご』という球体の中で、黒い粒子をふつふつと昇らせている不死鳥のくちばしの欠片があった。
 たぶん、時の穢れを払ってくれているのだろうけど……。あの欠片は、アルビスやベルラザにとっての大事な遺品だ。だから私は、あれを新薬の研究に使うつもりは、全く無い。

「穢れを払ってくれてる所、申し訳ないんだが……。私はあれを使うつもりは無い」

「あ? なんでだよ? さっきは、めちゃくちゃ食い気味に欲しがってたじゃねえか」

「さっきまではな。けどあれは、私の家族であるアルビスの、顔見知りの遺品だ。そんな大切な物、私の私利私欲にまみれた研究に使える訳がないだろ?」

「遺品? ああ、そうか。あの欠片、確かメリューゼって奴のくちばしだったな。そりゃあ使いづれえわな」

 私は『風の瞑想場』に連れて来られてから、一度もメリューゼの名を口にしていないのに。肩をすくめたシルフは、昨日の出来事を全て知っている風に返答してきた。
 ウンディーネ様が、大精霊達に話したのかもしれないけれども。シルフや別の大精霊達が、私達を常々見ている可能性だってある。
 そんな可能性を見出してしまったせいか、少しだけ恥ずかしくなってきてしまった。とりあえず、あまり意識しないようにしておこう。

「分かった。なら俺様が、別個体の不死鳥に話をつけて、くちばしの欠片を貰ってきてやるよ。それなら気兼ねなく使えるだろ?」

「え?」

 別個体のくちばしの欠片? まあ、それならば、何の思い入れも無いので使えるだろう。しかし、私にしか利益がない提案をしてくる理由が、まるで分からない。
 腐ってもシルフだって、大精霊の一人。間接的に私の生涯を知っているのだろうけど、ただそれだけだ。
 ウンディーネ様もそうだが。なぜ大精霊達は、私をここまで良くしてくれるんだ? それが分からない。

「なあ、シルフ。教えてくれ。なんでお前は、私の為にそんな動いてくれるんだ?」

「ああ? あー……、なんでって言われるとなあ。仲間のよしみみてえなもんか?」

「私が、仲間……?」

「そう、仲間だ。俺達も顔は知らねえし、なんでお前をあそこに置いてったのかまでは知らねえけど、父と母に感謝しとくんだな」

 私が、大精霊達と仲間? 父と母に感謝しておけ? ますます分からなくなってしまった……。いや、ここで思考を放棄するな。考えろ、私よ。
 私は、父と母に見放された孤児であり。生まれてすぐに、ピースと私の育ての親である『レム』さんの教会前に、置き去りにされていた。
 ……『レム』、『レム』? 待てよ? 『レム』という名は、過去にサニーも口にしていた事があるぞ。あれは確か、ファートの神殿へ行っている途中だったはず。
 そうだ! あの時サニーは、『シルフ』と『イフリート』の名も言っていた。そして、今私の前に、風を司る大精霊『シルフ』が居る。

 サニーが言っていたシルフの容姿は、子供みたいな人。『イフリート』の容姿は、体中がぼーぼー燃えている人。『レム』の容姿は、天使みたいに羽が生えている人。
 全員、各属性を有する精霊の容姿と、どこか似ている。シルフが風の大精霊であれば、イフリートは、火の大精霊と考えるのが妥当。更にレムは、光の大精霊に当てはめられる。
 ……じゃあ、有り得ないだろうけど。私が知っているレムさんと、光の大精霊『レム』が、同一人物だとしたら?
 けど、これだと全てに合点がいってしまう。……分からなかった全ての謎が、一通り解けてしまう。

 なぜ大精霊達が、私を赤ん坊の頃から知っていたのか。なぜウンディーネ様が、当然のように『ピース』の名前を知っていたのか。
 それは『レム』さんが、光の大精霊『レム』であり。大精霊達と情報を共有していたか、その日にあった出来事を全員に話していたのだろう。
 が、これは私の仮説に過ぎない。もう一押し欲しい。せめて光の大精霊の名前さえ分かれば、この仮説が正しいと確信が持てる。

 あっさりと答えてくれるのか怪しいけども。名前を聞くのであれば、今このタイミングしかない。ウンディーネ様でもいい。頼む、答えてくれよ!
 そう一か八かの願いを込めた私は、いつの間にか握った手を口に添え、軽く俯かせていた顔をシルフが居る空へやった。
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