ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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150話、ベルラザという、死すとも消えぬ炎

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「ある程度の察しが付いてると思うが。ベルラザは、死ぬ寸前だった余の傷を癒してくれて、人里からやや離れた場所にある屋敷に匿ってくれた、余のあるじだ」

 なんとも穏やかな声で、昔を懐かしむように語り出したアルビス。その表情は無垢な微笑みをしていて、とても嬉しそうにしている。

「やはり、そうだったのですね」

「ええ。どうやら余は、ベルラザが所有してた領地内に居たらしく。人間に変身したまま死んでやろうと思い、気を失った後。血溜まりを作って倒れてた余を見つけ、屋敷まで運んでくれたらしいんです」

「確か、『アルシェライ領』って所だったよな?」

「そうだ。海を超えた先に、『凍原地帯』があるだろ? 更にそこをずっと行くと、永久の雪に囲まれた『アルシェライ領』がある。そこで五十年以上もの間、余はベルラザの屋敷に住んでたんだ」

 アルシェライ領。アルビスが『絶滅種録』を読んだ際に言っていた名である。おそらく『タート領』同様、迫害の地と隣接した国だと思えばいいのだろう。

「けど、当時は自分以外を敵だと認識してたんだろ? よく、ベルラザの屋敷に住んだな」

「無論、最初は牙を剥いたし、何度もベルラザを殺そうとした。が、いくら殺意を向けても、あいつは決して傍から離れず。余の傷が癒えてく度に、清々しい笑顔で喜んでくれて。傷が完治した頃には、なんだかこいつを殺そうとしてるのが馬鹿らしくなってて、気付いたら心を開いてたんだ」

「先のやり取りを拝見していましたが、まさに思いやりの塊みたいな人でしたね」

「ええ、まさにその通りです。あいつを嫌いになる人物なんて、この世に居ないでしょう。それに、まるで憎めない豪快な性格の持ち主で、どこか色々と危なっかしくもあり、なんだか放っておけないというか。こいつと一緒に居れば、余のくだらなかった生涯も忘れさてくれるほど楽しくなるだろうという、あやふやな確信が持てる奴でした」

 ベルラザの嬉々とした語りが止まらないアルビスが、「それに」と続ける。

「あいつは大事な局面になると、余の心が痺れるほど勇ましくなるんです。例えば、とある人間が屋敷の会合へ来た時。執事を始めて間もなかった余を、気に入って引き抜こうとしたんです。そうしたらあいつ、なんて言ったと思います?」

「そうですね。丁重にお断りしたとかでしょうか?」

「少し当たってます。最初はあいつも、腰を低くくして無難に接してました。『すみません。こう見てもこいつ、私の大事な大事な執事でしてねえ。ですので、そういうお誘いの方は、ちょっとご勘弁願いたいです』と。ですが人間は引き下がらず、金貨を大量に積んで説得を続けてきたんです。そうしたら、あいつがいきなり立ち上がって」

 語っている内に、その場面とやらを思い出したのか。アルビスが握った手を口元に添え、愉快そうに笑い始めた。

「『すみませーん。私、たった今、てめえの事が殴りたくなるほど嫌いになりました。だから、とっとと失せろ。そして二度と、私の屋敷に近づくんじゃねえ。次、私の視界に入ったら、分かってんだろうな?』って低い声で言いながら、怒り顔で拳を鳴らし出したんです。いやあ、あの時の人間の唖然とした顔。実に痛快でした」

「まあ、ふふっ。アルビスさんを絶対に守るという強い意思が、ひしひしと伝わってくる行動ですね。当時は嬉しかったんじゃないですか?」

「はい。突拍子もない行動でしたので、余も釣られて驚いてしまいましたが。同時に、こいつは、本当に余の事を想ってくれているんだと嬉しくなり、一生付いていこうと決心しました」

 夜空から差し込む月明かりに照らされたアルビスの表情は、ほがらかな笑顔が絶えないでいる。そんな心の底から敬っていた人が、『時の穢れ』に冒されてしまい。
 アルビス自らの手で、『冥府の門』を使って殺してしまったんだ。『時の穢れ』から解き放つ方法は、当時それしかなかったのだろうけど……。想像を絶する瞬間だったのだろうなぁ……。
 いや、今はこんな暗い事を考えている場合じゃない。私は、気分や感情が表情に出やすくなっているんだ。今宵だけは忘れておこう。

「アルビス、一つ質問をしてもいいか?」

 前のやり取りで少し気になった事があったので、挙手をしながら問い掛ける私。

「ああ、構わんぞ」

「お前って、かなり長い期間、執事をやってたんだよな? 執事を始めた切っ掛けって、一体なんなんだ?」

「それは、単にベルラザに恩返しをしたかったからだ」

「恩返し?」

「そうだ。屋敷に住み始めた頃は、自分の家だと思って自由に暮らせとベルラザに言われてた。もちろん、最初は言われた通りに、そうさせてもらってた。が、時が過ぎてく内に、だんだんあいつに恩を返したくなっていってな。少ししたら、あいつの従者になって屋敷内の警備を始め。もう少し経ったら、あいつと色々話し合い。結果、執事を始める事にしたんだ」

「なるほど。住み始めてからすぐに、執事になった訳じゃないんだな」

 アルビスが執事を始めたのは、恩返しの為だったのか。そういえばアルビスって、与えられた恩を更なる恩で返す主義だったっけ。

「そうだな。しかし、始めた頃はかなり大変だった。皿を洗ってる最中に、握力で何枚も割ってしまったり。掃除を始めると、いつの間にか壁に大穴が開いていたり。仕舞いには、普通の食材を使って料理を作ったのにも関わらず、あいつを一回毒殺してしまった事もある」

「ど、毒殺……?」

「そう、毒殺。野菜汁を作っていたはずなのだが。何故か、粘度の高い紫色をした溶岩みたいな物が出来てしまってな。『最初に毒見して死んだのが、私でよかったな』と、蘇ったあいつに笑われてしまったよ」

 腕を組み、爽やかな苦笑いを私に送るアルビス。……ああ、そうか。何の知識も持っていない黒龍が、いきなり執事を始めてしまったんだ。
 失敗を重ねてしまうのは、仕方がない事だろうけど。あるじを毒殺して笑い話に出来るのは、たぶんこの世のどこを探しても、アルビスとベルラザしか居ないだろうな。

「アルビスさんにも、そんな時期があったのですね」

「当初は、余も世間知らずな龍でしたので……。勉学本や専門書を何冊も読み潰して、頭を煮えくり返しながら覚えていきました」

「だからこそ、今のアルビスさんがあるんですね」

「ええ。今や、作れない料理なんてありませんし。布のみで、木材を鏡面仕上げにする事も可能です。そして、凝り治療も完璧です。もし体が凝ったら、余に言って下さい。鉄鉱石の如く固い凝りも、流動体になると大変好評でしたので」

 語っていく内に、執事の血が騒ぎ始めたのだろうか。表情には凛々しさが増していき、語り口が自信に満ち溢れている。
 しかし、凝り治療か。スライムに変身させたヴェルインのほぐしも最高なのだけれども。アルビスの凝り治療も、すごく気になる。

「そうなのですね。ならば、落ち着いた頃にでもお願い致します」

「任せて下さい。頭部からつま先まで、くまなくほぐしますとも」

「あ、アルビス。私も、凝り治療をお願いしても、いいか?」

「もちろんだ。いつでも声を掛けろ」

 私のお願いも快諾してくれたアルビスが、凛と微笑んでくれた。よし! けど、今の私達には休息が必要だ。
 十日間ぐらい経ってから、風呂上り後にでもお願いしてみよう。本当に楽しみだな、アルビスの凝り治療。っと、話が逸れてしまった。少しでもベルラザについて触れて、話題を戻さないと。

「なあ、アルビス。お前って、ベルラザが所有してた領地内で倒れてたんだよな?」

「む? ああ、そうだ」

「会合が出来るとも言ってたし、屋敷は相当広いんだろ?」

「まあな。部屋数は優に五十を超えてたし、かなり広いぞ」

 部屋数が五十以上、すごいな。タートの一階層にある宿屋よりも全然広い。

「つまり、ベルラザは大富豪で領主なんだよな? 何か仕事でもやってたのか?」

「仕事というか、商人紛いというか。ほら。貴様も、もうベルラザの正体を知ってると思うが、あいつも不死鳥フェニックスでな。高値で売れる己の羽を、たまたま拾ったというていで売りさばいてたらしいんだ」

「自分の羽を?」

 やや抜けた声で問い返すと、アルビスは小さくうなずいた。

「不死鳥の羽や血、くちばしや尾羽などには、高い治癒効果や、不老化の効果があるらしくてな。何回か売ってる内に、貴族や富豪共に話が知れ渡っていったのか。ベルラザの屋敷に来る愚者共が、後を絶たなかった」

「じゃあ、会合っていうのは……」

「ほとんどが、不死鳥の羽目的。または、段階を踏んで相識になり、少しでも羽を安く購入しようと目論む屑共の会談だ。が、その時のベルラザは、なかなか気性が荒くなってな。傍から見てて面白かった」

 話している内に、その場面も思い出してきたのだろう。凛々しさを保っていたアルビスの表情が、だんだん緩んでいき、含み笑いをし始めた。

「お前の笑い方を見ると……、色々と豪快なやり取りが繰り広げられてたんだろうな」

「ああ。立場上、傷付ける事などは出来なかったが。とんでもない威圧感を放ったり、火属性の魔法を使って脅したせいで、大の大人が情けない逃げ方をしてたし。その場で漏らした奴だって、何人も居たぞ」

 よっぽど面白かったのだろう……。とうとうアルビスが、「ふっふっふっふっ」と楽しそうに笑い出してしまった。

「いやあ、今思い出しても笑えてくる。ちなみにそれのせいで、二つ名も大量に付いたんだ」

「二つ名か。たとえば?」

「たとえば、『不死鳥に愛された貴婦人』だろ? 『不死鳥の門番』、『流暢に語る烈火』、『笑う暴炎』、『喜怒迅炎きどじんえい』、『飼い慣らせない炎嵐えんらん』、『炎を纏った死神』……」

 最初は、まともかと思いきや。三つ目から雲行きが怪しくなり。四つ目からは、火属性の魔法を使って暴れていたとしか思えない二つ名になっている……。

「そして、余が特に気に入ってる二つ名がある」

「お前が?」

 そう私が返すと、アルビスは凛としていながらも、どこか柔らかな笑みを浮かべた。

「『死すとも消えぬ炎』だ」

「……ほう。言っていいのか分からないが……。なんだか、やけにしっくりくる二つ名だな」

「貴様も、そう思うだろ? 死んでも消えないという事は、事実上まだ生きてる。実際、あいつと再会して、新たな約束を交わせて、再度実感したさ。あいつは、ただ肉体という器が消滅しただけで、実はまだ生きてるんだとな。そんな馬鹿げた解釈がまじめに出来るほど、あの約束は心強く、心の底から安心出来た」

 なんとも触れづらい内容に入るも、アルビスの顔は終始穏やかでいて。その再会を待ちわびていそうな顔で、夜空を仰いだ。
 私もそれに釣られ、顔を上げる。ちょうど真上は、木々といった遮蔽物が何も無く、満点の星々が夜空を埋め尽くしていた。

「きっと今頃、あいつはあの世のどこかで大暴れしてるだろうな」

「そうだな。……む?」

 視線の先。ちょうど真ん中部分から、一筋の赤い流星が現れては、私達に目掛けてきているかのように落ちてきて、視界端にある木々に隠れていった。
 そして、また一つ、また一つと点々と現れ。数十秒もすれば、まるで豪雨の如く降り注ぐ流星群と化した。数が多すぎるせいで、夜闇を根こそぎ照らし尽くし、昼のような明るさになってしまった。

「……なんて数なんだ。それに赤い流星群なんて、初めて見た」

「夜空が燃えているように見えますね」

「たぶん、ベルラザの仕業だろう。あの世で『不死鳥の息吹』を乱発してるんじゃないか?」

「ふふっ、そうかもしれませんね」

 視界外から聞こえてきた、ウンディーネ様の肯定とも取れる声。けど、なんでだろう。赤い流星群を見ていると、アルビスとベルラザは絶対に再会出来るという、不思議な自信が私にも湧いてきていた。
 ならば、再会が少しでも早まるよう、赤い流星群に願いを乗せておこう。夜空が元の闇を取り戻す、その時まで。
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