ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
152 / 304

149話、時の穢れについて

しおりを挟む
 全てが終わりを迎え、アルビスとベルラザが数十年振りの再会を果たし。二人でしか成し得る事が出来ない約束を交わした後も、色々と大変だった。
 一つ目は、レナの介抱。なんでもあいつは、ハルピュイアの集落までも襲っていた隕石と稲妻の脅威から、みんなを護るべく。広範囲に渡って魔法壁を展開し続けていたらしい。
 なので集落周辺は、何事も無かったかのように形を保っていた。が、レナの魔力や体力の消費が凄まじかったようで。私達が帰って来た途端、膝から崩れ落ちて倒れてしまった。

 ウィザレナも、レナの負担を抑える為に、目に映る隕石を月魔法の弓矢で撃ち落としていたとの事。集落を護ってくれた二人には、いくら感謝しても足りないし、頭が上がらない。
 二人には明日にでも、ちゃんとしたお礼を何度もして、多大な迷惑を掛けてしまった事を謝罪しなければ。

 二つ目は、夜まで掛かってしまったハルピュイアの介抱。集落へ帰る前に、ウンディーネ様が気を利かせてくれて、現在位置と私の家を『水鏡の扉』で開通させ、秘薬入りの大釜をくれた。
 お陰で手間が大いに省けたので、何度もお礼を言ってから帰ったのだが……。いかんせん、身を隠していたハルピュイアが多かったから、全員を癒し終えた頃には、大釜に入っていた秘薬が無くなってしまった。
 まあ、これについては何も問題無い。素材を採取して、また作り直せばいい話だ。一応、回復魔法も全員に使用したものの。念の為、明日も集落へ赴いて、全員の容態を確認しておこう。

 三つ目は、元凶を倒し、集落を救った私達の英雄化。これの対応が一番すごかった。なんせ、三百を超えるハルピュイアが私達に押し寄せてきて、順番にお礼を言いながら抱きしめてきたのだから。
 十人十色の深謝に、千差万別の羽毛の触り心地よ。あまりにも気持ちよかったせいで、途中から眠くなってしまった。あわよくば、またやってほしい。

 しかし、私とアルビスの長かった今日は、まだ終わっていない。深夜になってしまったが、これから私達は、ウンディーネ様が居る『精霊の泉』へ行く。
 目的は、もちろん『時の穢れ』について。先に眠りへ就いたサニー達の護衛は、暇を持て余したファートに頼んである。屈強な部下が数体増えていたし、あいつだけで大丈夫だろう。
 現在時刻は、おおよそ夜中の十二時前。疲れが溜った私とアルビスの、あくびの回数が増えていく一方だけれども、精霊の泉に行くとするか。









「……ふう。やはり美味いな、ここの水は」

「心なしか、疲れも癒えた気がするな」

「ふふっ。アカシックさん、アルビスさん。今日はお疲れ様でした」

 真夜中の闇を煌々こうこうと照らす泉から昇る飛光体を纏い、妖々しく輝いて見えるウンディーネ様が、私達にねぎらいの言葉を送ってきた。

「ウンディーネ様、今日は本当にありがとうございました。もしウンディーネ様が居なければ、私達は不死鳥に勝てなかったでしょう」

「メリューゼ様の意識が一時的に戻ったのも、ウンディーネ様あっての事です。心より感謝申し上げます」

「二人の役に立てた事を、光栄に思います。そうだ! 時にアカシックさん! これで私は、汚名をそそぐ事が出来ましたでしょうか?」

 食い気味に聞いてきたウンディーネ様が、不安げにしている表情を、私の目前に迫る勢いで詰め寄らせてきた。
 ……そういえば。私目線から見ると、初めてウンディーネ様と出会った時の印象、態度、経緯、どれを取っても良いものだとは言い難い。もしかして、今まで気にしていたのだろうか?

「あ、いえっ。さ、最初の頃は……、まあ、色々とアレでしたが。今は、まったく気にしてませんので、どうぞ落ち着いて下さい」

 ぎこちなく気にしていない旨を伝えてみれば。視界一杯に映るウンディーネ様の顔が、一旦きょとんとしたものへ変わり。
 紅い瞳を数回ぱちくりとさせ、ずいぶんとか弱いため息をついた。

「それをアカシックさんの口から聞けて、とても安心致しました。とんでもない失態を犯したあの日から、今までずっと気掛かりでいましたので」

 何か重いしがらみから解放されたかのように、胸元に手を添え、もう一度深いため息をつくウンディーネ様。そのまま両手で紺碧の三叉槍を握り締め、柔らかい笑みを浮かべた。

「ああ、ようやく心が軽くなりました。それでは、『時の穢れ』についてですよね」

 明らかに声を弾ませているウンディーネ様が、握った手を口に当て、「んんっ」と喉を温める。

「時の穢れと言いますのは、そうですね。心や精神を徐々に蝕んでいく、超遅効性の猛毒と言うべきでしょうか」

「猛毒?」

「ええ。時というのは、未来から現在、現在から過去へ流れていく不可視なるもの。生き物で言い表しますと、未来という赤子が、この世に産まれ。刹那で現在という成人になり。世界の記憶に刻まれている限り、永久的に過去という老後を過ごしていく、条件付きの不死なる者ですかね」

 時の流れを生き物で例えたウンディーネ様が、人差し指を立てる。

「そして、現在という成人になった瞬間、世界で起こったあらゆる記憶を保持し、過去へ持っていくのですが。その世界の記憶というのが、猛毒と化す原因の一つなのです」

「世界で起こった記憶……。なるほど、少しだけ分かってきたような気がします」

 今まで静かに聞いていたアルビスが、納得気味に小声を挟み。それを肯定するかのように、ウンディーネ様がうなずく。

「世界では、今この瞬間にも、喜怒哀楽を含んだ様々な記憶が湯水の如く生まれています。その中でも、生と負の記憶に分ける事が出来るのですが。『喜』と『楽』が、生の記憶となり。『怒』と『哀』が、負の記憶となります。そして、負の記憶が生の記憶を上回った時、初めて記憶に『穢れ』が生じるのです」

「つまり、現在という記憶が穢れると、「時の穢れ」になり。私達の心や精神を冒しつつ、過去になっていくと?」

「その通りです。ですが冒される量は、本当に微々たるもの。アルビスさんのように、数千年以上の寿命を持つ種族ですら、発症までには至りません」

「という事は、途方にもない年月を生きてきた不死族だけが発症する、特殊な病みたいなものなのですね」

「ご名答です」

 『時の穢れ』の正体とは。人間が生み出す『怒』と『哀』の感情が、記憶という概念を世界規模で穢し。私達の心や精神にも影響を及ぼし、自我を滅していく病だと思えばいいのだろうか?
 数千年単位で心や精神を冒されても、『時の穢れ』は発症しないと言っていたが。ベルラザとメリューゼは、一体どれだけの年月を―――。

「そうだ、アルビス」

「む? なんだ?」

「……あっ。いや、その~……」

 不意に思い出したせいで、後先を考えずに口を開いてしまった……。アルビスとベルラザは、今日の今日で数十年振りの再会を果たし。そして、また別れたばかりだというのに。
 今ここでベルラザの話題について触れるのは、アルビスの為にもやめた方がいい。安易に、あいつの大きな古傷に触れてしまう事になる。それだけは避けたい。
 が、いきなり挙動不審になった私を見て、あいつが感付いてしまったのか。真顔だったアルビスの表情が、柔らかくほくそ笑んだ。

「余に気を遣い過ぎだ、アカシック・ファーストレディ。別に、ベルラザについて語っても構わんぞ?」

「うっ……! だ、大丈夫、なのか?」

「ああ。また別れてしまったが、いずれどこかで必ず再会出来るし、全然問題無い。それにその内、貴様には話そうと思ってたんだ。ちょうどいい機会だから、ここで話してやろう」

 アルビスが気持ちよく快諾してくれると、いつの間にか上がっていた私の両肩が、安心したようにストンと落ちていった。
 アルビスは現世で、ベルラザは死後の世界でという、二つの異なる世界を挟んで約束を交わし。生と死の壁をも超越した再会を、アルビスは必ず出来ると言い切った。
 どうやらアルビスは、ベルラザに対して絶対の信頼感を寄せているようだ。なんだか羨ましいなぁ。どんな約束でも、信じ合える関係って。

「ベルラザさんについては、私も少々気になっていたんです。差し支えが無い程度でよろしいので、教えてはくれませんか?」

「ええ、もちろんです。今宵は気分が良いので、大いに語らせて下さい。気になった所があれば、質問も受け付けます」

「まあっ、それは楽しみです」

 本当に気分が良いのだろう。アルビスの声色が、いつもより明るくてハキハキとしている。私と同じく気になっていたウンディーネ様にも、ああ言っていた事だし。
 ならば私も、ここからはアルビスの話を楽しむとしよう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...