ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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140話、対、時穢れの不死鳥戦

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 敵が不死鳥フェニックスだというのは、十秒前に目星が付いていた。けど、目先で血の雨を降らしているこいつは、本に記されていた姿とはあまりにも違い過ぎる。
 本来の不死鳥は、神々しく燃え盛る烈火を彷彿とさせる羽を纏い。飛翔時の姿は清らかで悠々しく、羽ばたく際に発生した風は、瘴気を振り払うと記されていた。
 しかし、視界の中に居る不死鳥は、邪悪そのもの。なんだ、あの全身から発せられている、おどろおどろしい黒い粒子は? 毒? 瘴気? それとも、あの粒子がアルビスの言っていた……。

「おい、アルビス! 『時の穢れ』って一体なんなんだ!?」

「話すと長くなる! まずはこいつの全身を凍らせろ!」

 一蹴されるも束の間。不死鳥の砕けたくちばしから噴き出していた血が収まりだし、黒ずんだ血を滴らせながら私達の方へ向き、裂けんばかりに大口を開けた。
 その闇深い喉奥から、まるで地獄の蓋を開けたかのような、不気味な紅緋べにひ色の光が―――。

「チィッ!」

 三発目の『不死鳥の息吹』を放たれる前に、私は咄嗟に呼び寄せた氷の杖を雑に振り上げ、不死鳥の全身を氷漬けにした。

「よし! アカシック・ファーストレディ! ここで戦うと渓谷地帯が焦土と化す! だから、こいつを別地帯まで遠ざけるぞ!」

「遠ざけるって、どうやって!?」

「とにかく吹っ飛ばせ!」

「とても分かりやすい指示で助かるよ! どうなっても知らないぞ!?」

 大雑把過ぎる指示に文句を垂らしつつ、落下し始めた不死鳥に向けて指を鳴らし、『ふわふわ』を発動。
 体の芯までは凍り付いていなかったのか。既に氷が溶け始めていたので、氷の杖を振り直して更に分厚い氷牢に閉じ込めてから、不死鳥の腹部に土の杖をかざした。

『生命を宿す者の基部にして、生命の残した証を慈悲なる心で抱擁せし台地! その証を護る絶対暴君に告ぐ! “覇者の右腕”、慈悲なる心を今一度捨てよ!』

 大声で詠唱を唱えると、杖先から躍起気味にも見える、山の模様が描かれた土色の魔法陣が浮かび上がった。
 不死鳥の吹っ飛ばし役は、ウンディーネ様との闘いでも活躍してくれた“覇者の右腕”。ただ殴るだけの力なら『覇者の左腕』に次ぎ、私が使える召喚魔法の中でも随一を誇る。

『“覇者の右腕”に告ぐ! 目の前に居る奴を、とにかく全力でぶん殴れ! 契約者の名は“アカシック”!』

 最後の合図まで唱え切り、視界一杯に覇者の右腕の断面が現れたと同時。思わず耳を塞ぎたくなるような、鼓膜を直接殴打してくる轟音が大気を裂く。

「はっ! やはり何回見てもおぞましい威力だな、その召喚魔法は! 不死鳥が秒で点になったぞ!」

「私はもう見えないけどな。反撃される前に追うぞ!」

 役目を果たし、土色の粒子になりつつある『覇者の右腕』の、荘厳な拳が指し示す方角に目掛け、限界速度で飛行を開始。
 当たり前のように反撃をされる前提で言ったけども。『覇者の右腕』で殴られた者は、大体姿形が残らないほど木端微塵になる。
 今まで耐え切られたのは、アルビスとウンディーネ様。それと、この前戦った山蜘蛛だけ。点となった不死鳥は、原型も留めていなさそうだ。

「アカシック・ファーストレディ! 縦一閃の大熱線が来るぞ!」

「なに!? まだ三十秒も経ってないぞ!? それに縦一閃って事は……!」

 私達の真後ろには、サニー達とピピラダが居る『渓谷地帯』がある。不死鳥が放つ物理的な攻撃は、たぶん数km先にも届く。
 もし、次の攻撃を防がずに避けた場合、渓谷地帯は不死鳥の息吹と爆風に飲み込まれて……!

「やらせるかぁッ!!」

 避けるという選択肢を捨てた私は、後ろに構えた氷の杖を乱暴に振り上げ、行く手に巨大な氷山を生成。
 高さにして、八百mはあろう紺碧の急斜面を見上げると、氷山の頂上を吹き飛ばし、空へ伸びていく不死鳥の息吹を視認した。
 が、休む暇もなく。低くなった氷山の頂上付近に、無傷の状態で現れた不死鳥が、しゃがれた奇声を発しながら降り立った。

「再生が早ければ、来るのも早いな」

「一方的な消耗戦だと、埒が明かん。アカシック・ファーストレディ、あいつをもう一度凍らせろ。その確たる隙を突き、あいつの首を真っ二つに斬る」

 不死鳥はただ、私達に向けて怒りの咆哮を放っているだけなので、その場に滞空したまま不死鳥を見据える。

「首を斬ると何かあるのか?」

「再生が著しく低下するんだ。時間にして一分弱。その間に貴様は、戦力の強化と『奥の手』を使え。余は、あいつを殺す為の道筋を説明する」

 それでも一分。なるべく手数を増やしたいので、光属性最上位の召喚魔法である“天翔ける極光鳥”、“光柱の管理人”を召喚したい。たぶんその二つを召喚しただけで、一分が過ぎてしまうだろう。

「息を整えるのには、ちょうどいい時間だな」

「無茶を承知で言ってる。けど貴様なら、それ以上の働きをしてくれると思ってるんだがな」

 私へ発破をかけるアルビスの言う通り、他属性の召喚魔法も追加したいけれども。水属性の召喚魔法ですら、如何せん心もとない。
 あいつの大熱線は、何かもが規格外だ。大火に一滴の雫を落としても、何の意味も成さない……。
 いや、私はあの人を召喚出来るじゃないか。最悪の事態が訪れたら、是非とも助けてもらおう。

「……そうだな。今の私には『奥の手』が二つあるし、頑張ってみるよ」

「ほう? この後に及んで、まだ隠してる物があったのか。まあいい。まずは、手筈通りに行くぞ!」

 龍の翼をはためかせ、先陣を切ったアルビスの背中を追うべく、私も両隣に風と氷の杖を引き連れ、限界速度で飛び出した。
 私達が先に動いたせいか。聞くに堪えない咆哮を発し続けていた不死鳥が、両足を上げて漆黒の鉤爪を氷山に食い込ませ、くすんだ朱色の羽を撒き散らしながら翼を大きく広げる。
 すると不死鳥の前方に、赤くて小さな魔法陣が、見える視界範囲一杯に出現。どうやら魔法も使えるみたいだが、出現した魔法陣は、全て下位の火属性に属する物だ。
 が、規模が桁違いすぎるが故に。魔法陣から一斉に放たれた火の粉の雨は、瞬く間に炎の壁と化した。たぶん、あの壁は私達を油断させる為の目くらまし。きっと本命は……。

「アルビス、固まるとまずい! 二手に分かれるぞ!」

 指示を飛ばした矢先。炎の壁を突き抜けて来たのは、私達もろとも巻き込みかねない大熱線。
 余裕を持って左側に逸れてやり過ごすも、相手には私の姿が見えているようで。大熱線は途切れる事なく、正確に私の背後を捉え、じりじりと距離を詰めてきている。

「大地の力でぶん殴ったんだ、恨みを買うのは当然か」

 『不死鳥の息吹』は確かに脅威だけども。直線的な攻撃に過ぎないから、真正面から突然来なければ避ける事自体は容易。それに凍らせてただの氷柱にも出来る。爆風の範囲にだけ気を付けていればいい。
 しかし、不死鳥は魔法も使える。今は下位の魔法しか放っていないけど、最上級の魔法を使えてもなんら不思議ではない。本気を出されれば、大熱線の豪雨だって降り注いでくるだろう。
 それに、不測の事態にも備えておかないと。ウンディーネ様と戦っていた時は、放った魔法に自身を溶け込ませて、そこから新たな魔法を使っていた。
 だから背後に迫り来る大熱線とか、空を覆い尽くす穢れた火の粉の一つ一つから、最上位の魔法が飛んで来る可能性だってある。

「“氷”、“風”、“水”の杖よ!」

 とりあえず、全ての魔法を防がなければならないので。大熱線が迫る背後へ、氷の杖を。炎の壁に向けて風と水の杖を配置。

『古怪狼の凍咆!』

 詠唱を省いた最上位の氷魔法を唱えると、氷の杖先に凛々しいフェンリルの頭部が描かれた、白みを帯びた青色の魔法陣が出現。
 その魔法陣が淡い水色の光を発すると、爪斬撃に似た氷晶を交えた暴風雪が広範囲に渡って吹き出し、大熱線に爪痕を残しながら氷柱へと変えていく。
 『不死鳥の息吹』の対処は、これだけでいい。空を燃やしている炎の壁は、所詮火の粉。風と水の盾を重ねて防ぎ続けていれば、何の問題も無い。
 後は、合間を縫って不死鳥の元へ近づき、『古怪狼の凍咆』で氷像にしてやり。アルビスが不死鳥の首を斬った事を確認してから、光属性の召喚魔法で戦力を整えつつ『奥の手』を使用。

 もし、それでも足らずに万策尽きたら、ウンディーネ様を召喚して助けてもらおう。
 そう負け戦に抗う術を纏めた私は、炎の壁を防ぐべく、風と水の盾を召喚し、中へ突っ込んでいった。
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