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139話、悪夢の再来

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「ふっふっふっ」

 ハルピュイアの集落に現れた『風の壁』を倒すべく、渓谷地帯の空で待っていたら。私の前で滞空しているアルビスが、いきなり弾んだ笑い声を発した。

「急にどうしたんだ?」

「ああ、すまん。貴様が真っ先に余を頼ってくれたのが、嬉しくなってついな」

「私が?」

「ああ。貴様の事だから、誰にも迷惑を掛けたくないと言い、一人で無茶をすると思ってたんだ。まさか、貴様から余を頼ってきてくれるとは。ふっふっふっ、あの時は嬉しくて仕方がなかったぞ」

 本当に嬉しそうにしているアルビスが、肩で笑う。そう言われると、私からアルビスにお願いする機会って、そうそう無かったかもしれない。
 今までの記憶を軽く辿ってみるも。やはり、いつもあいつが率先して申し出て、様々な物事を取り組んでいた気がする。
 私があいつにお願いをしたのは、両手で数えられるほどしかないだろう。けどそれは―――。いや、『誰にも迷惑を掛けたくない』と、もうアルビスに見抜かれていたな。

「そうだな。私だけで倒せる敵だったら、お前に声を掛けなかった」

「だろうな。貴様は、一人でなんでも背負う節がある。余らは家族なんだぞ? どんな事でもいい、もっと余を頼ってくれ」

「ずるいな、その言葉。家族って言われたら、何も言い返せないじゃないか」

「ずるいも何も、家族に気を利かす必要は無い。いいか? アカシック・ファーストレディ。貴様が思ってる以上に、余は単純だ。もし頼ってくれたら、心躍るほどに喜ぶ。貴様からのお願いともならば、どんな些細な事でもなおさらだ」

 私からのお願いともあらば、心躍るほどに喜ぶ、か。そういえば私って、極力人に頼らないで、やれる事は全て自分でやっていたっけ。
 そして、本当に成し遂げたい事が出てきたら、なりふり構わず自分の身を差し出してまで提案していた。
 なんだか『人に迷惑を掛けたくない』という、この気持ち。ただ自分を正当化したいだけなんじゃないかと思えてきた。
 けど、今深く考えるのはやめておこう。余計な雑念が増えて、戦闘に集中出来なくなる。アルビスが、ああ言っているんだ。なら、これから少しずつ、あいつを頼りにしていこう。

「頼み事って、どんな事でもいいのか?」

「無論だ。とにかく何でもいい。どんなにくだらない事でも構わない。貴様に頼られたいから、何でも言ってくれ」

「何でもか、分かった。お前が困らない頻度で、お願いをしてみるよ」

「貴様からのお願いであれば、困る事なんて何一つ無い。どんどん余を頼ってくれ」

 あいつの時間を奪いたくないので、少しだけ遠慮したものの、キッパリ言い切られてしまった。それだと、私が困ってしまうな。

「さて、お喋りはここまでだ。敵影はまだ見えないから、軽く作戦会議をしておこう」

「む、そうだな」

「まずは敵の情報だ。今分かってるのは、衝撃波を発する速度で飛べるのみ。飛べるという事は、大型の鳥類、もしくは中型以上の竜だと推測出来る」

「どちらにせよ。そんなに速く飛べる奴なんて、今まで見た事がないな」

 たぶん、観測出来なかったと言った方が正しい。そんなに速く飛ぶ奴だ。誰の目にも留まらず、今日まで確認されなかった生物なのかもしれない。

「余もだ。なので、何もかもが未知数な敵と対峙すると思え。だから、あらゆる固定観念を捨てろ。想定外の動きにも備えて戦え」

「かなり難しい注文だけど、やってみる」

 想定外の動きについては、ウンディーネ様と戦った時に散々分からされている。だから固定観念を大雑把に捨てられた。
 けど、細かな所については苦労しそうだ。敵が中型以上の竜であれば、魔法が使えると予想出来て構えられる。けど大型の鳥類ならば、魔法は飛んで来ないだろうし、攻撃の種類も限られてくるだろうと決め付けてしまう。
 魔法を使える小型の鳥類であれば、ハルピュイアを筆頭に何種族かは知っているけども。大型の鳥類ともなると、伝説上の生物しか思い付かない。一応、頭の片隅に置いておこう。

「よろしい。次に陣形だが、基本的に余が前で、後ろは貴様で異論は無いな?」

「ないけど、場合によっては私が前に出てもいいんだろ?」

「それは構わん。が、もし前へ出る時になったら、魔法壁を何重にも張っておけ」

「そうだな。今の内にやっておこう」

 今回の敵は全てが未知数だ。いくら守りを固めようとも損にはならない。そう考えた私は、右手を前にかざした。

「出て来い、“火”、“風”、“水”、“土”、“氷”、“光”」

 周りに全ての杖を召喚し、指招きで光と水、土の杖を私の傍に呼び寄せた。

「水、光、土の加護よ」

 次に詠唱を省いた魔法壁を出し、水、光、土の順番に重ねると、指を三回鳴らして損ねた効力を補い、最強固にさせた。

「よし。アルビス、お前にも張ろうか?」

「いや、余はいい。必要に応じて自分で出す」

「いらないのか? たぶんお前の魔法壁より、私が出したやつの方が固いぞ?」

「確かに、貴様が出した魔法壁の方が断然固い。が、余は貴様と違って、拳と足を使って近接攻撃もする。先に魔法壁を張られると、余の手と足が相手に届かなくなってしまうんだ」

「ああ、なるほど。そういう事か」

 そうか。私の魔法壁は範囲が広いので、共に動かれると攻撃の邪魔をしてしまう訳か。範囲を狭めれば、アルビスの近接攻撃も相手に届くようになるのだろうけど……。
 魔法壁の大きさを変えた事がないから、やり方が分からないな。アルビスも護ってやりたいし、今度『タート』の図書館に行き、方法を学んでおかねば。

「すまん、アルビス。お前の邪魔にならないよう、明日にでも勉学しておく」

「ああ、頼む。貴様の魔法壁があれば、どんな相手が来ようとも……、む?」

「どうした?」

「……今、遥か前方で、赤い線が真横に向かって伸びていったような―――」

 そう呟いたアルビスの後頭部が、徐々に右側へ動いていく。龍眼を細めている横顔があらわになると、いきなりカッと見開いた。

「アカシック・ファーストレディ! 真上に飛べ! 赤い光線の薙ぎ払いが来るぞ!」

「え? わ、分かった!」

 アルビスの怒号に近い指示に従い、代わり映えしていない前方を認めつつ、箒の先端を空へ向けて急上昇する私。
 直後。視界の右側が赤く染まり出したので、顔だけ地面に向けてみれば。見覚えのある大熱線が、一瞬だけ揺れる視界先を横切っていった。

「今のは、もしかして……」

 けど、視界を前方に戻すも、術者の姿はどこにも見えない。仮に今の大熱線が、火属性最上位の魔法である『不死鳥の息吹』だとしても、絶対にありえない範囲だ。

「第二波が真正面から来るぞ! 左に逃げろ!」

「私はまだ見えてないってのに、どれだけ遠くから放ってるんだ!?」

 文句を第二波が来る前方へ飛ばし、乗っていた箒を消す。そのまま左手に箒を再召喚し、握ってから限界速度で離脱。
 ほぼ同時。三秒前に私達が居た場所と高さに、爆発の連鎖を伴う灼熱の大熱線が通過して、徐々に細くなり消えていった。

「やっぱり間違いない。今の攻撃は『不死鳥の息吹』だ!」

「やはりな! 散々貴様に放たれたし、通りで見覚えがあると思った!」

「けど『不死鳥の息吹』の射程距離は、大体数百mぐらいなんだ! まだ敵が見えないし、色々とおかしいぞ!」

「固定観念を捨てろと言ったはずだぞ! この戦いは、何が起きて、も……」

 大声を上げていたアルビスの声が掠れていき。いきなり滞空でもしたのか、アルビスの姿が右へ流れていく。
 私も慌てて急停止して振り返ってみると、ただ呆然と一点を見据えているアルビス居た。

「どうしたんだ? 急に止まったりして」

「……おい、なんの冗談だ……? 余に、また『あれ』を使えというのか……? 『ベルラザ』をあの世へ送った、『あれ』を……、また?」

「ベルラザ?」

 呼吸が乱れ、明らかに様子がおかしくなったアルビスの元へ近づく私。

「おい、アルビス。お前、一体何を見たんだ?」

「……神よ、貴様はどこまで性根が腐ってるんだ? もし余がここに来てなければ、アカシック・ファーストレディ達は、全員……」

「アルビス? おい、アルビス? どうしたんだ?」

 声が震え出し、顔面蒼白になったアルビスに耐えかねた私は、あいつの左肩に手を置き、体を大きく揺すった。
 すると、ようやく気付いてくれたのか。アルビスが肩が大きく波打ち、涙ぐんでいる龍眼を、恐る恐る私に合わせてきた。

「アカシック……、ファーストレディ?」

 私を認めたアルビスの肩がストンと落ち、疲弊し切ったようなため息をつく。

「……すまん、取り乱してた」

「別に謝らなくてもいいけど……。お前、何を見たんだ?」

「……何を見た、か。最悪な悪夢の再来だよ、余にとってのな」

「悪夢?」

 未だに肩で呼吸をしているアルビスが、そことなく怒りを覚えていそうな龍眼を、前方へ戻す。

「時間が無い。手短だが、いくつか貴様に伝える事がある。心して聞いてくれ」

「な、なんだ?」

「まず一つ目。敵の体や攻撃には、絶対に肌で触れるな。魔法壁もそうだ。攻撃を防いだら、すぐに剥がして新しい物に張り替えろ」

 様々な疑問が浮かぶ説明を始めたアルビスが、指をパチンと鳴らす。

「二つ目。これから、常識が通じない戦いが始まる。少しでも怯んだら、この集落と共に余らは全滅すると思え」

 自身に氷魔法を使ったようで。アルビスの右つま先から太ももにかけ、分厚い氷が這っていく。

「三つ目。今回の敵は不死身なので、余しか殺せん。なので貴様は、なるべく敵の動きを封じる事に専念してくれ」

「ふ、不死身!?」

 不死身の敵だと? 殺意を持った不死身の敵とか、普通ならば話にすらならない。対峙する前に、祈りながら全速力で逃げる他ないぞ?
 それに不死身の種族なんて、私の知る限り二、三種族しか知らない。……今回、敵だと思われる生物は、私達に向けて二度『不死鳥の息吹』を放ってきた。
 もし、その『不死鳥の息吹』が魔法ではなく、直接口から放たれた物理的な攻撃だとすると―――。

「……アルビス。どうやらピピラダ達は、とんでもない奴に目を付けられたようだな」

「そうだな。が、事態は更に深刻を極めてる。なんせ、今回の敵は―――」

 瞬間。数多に重なった雑音が、アルビスの説明を遮り。目の前にあったはずの色鮮やかな渓谷が、全てくすんだ赤色に染まった。
 何か固い物を全力で殴りつけたような、耳底にこびりつく鈍い打撃音。硝子や氷が地面へ落ちた時に発するような、鼓膜を劈く甲高い衝撃音。
 そして、時間が止まったような感覚を覚える、全ての動きが遅く感じる世界の中。いつの間にか右足を垂直に上げていたアルビスを認めてから、視界を上へ持っていく。

 まず目に入ったのは、点在する赤い飛沫。その飛沫に混じり、大小異なった何かの欠片が、思い思いの角度に回っている。
 更にその奥。逆光を浴び、黒みを帯びてくすみが際立った赤い影。黒鳥の羽みたいな物が乱雑に舞っている中心部。
 まるで全身に黒炎を纏っているかのような見た目で、くちばしがへし折れて噴水の如く血を噴き出し、白目を剥かした顔で空を仰いだ、一匹の巨大な怪鳥の姿があった。

「『時の穢れ』に侵された、不死鳥フェニックスだ」
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