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138話、あまりにも大きいツケの一部
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「見えてきました! このままピピラダ様が居る場所まで案内致します!」
助けを求めてきたハルピュイアを追い、約十五分後。ようやく集落が見えてきたかと思えば……。なんだ、この変わり果てた寂れようは?
いつもならば、空が狭くなるほどハルピュイア達が飛んでいたのに対し。今は数体しか飛んでいないせいで、空がやたらと広く感じる。
それに、かつての活気が過多な賑やかさはどこへ行ったんだ? 断崖絶壁にある多数の壁穴に目をやれば、ハルピュイアの姿はまあまあ見えるけども。
どのハルピュイアも翼を広げて雑に寝っ転がり、どこか衰弱した虚ろな目をしている。やつれているようにも見えるし、私が来なかった間に何があったんだ?
「おい、ここで一体何があったんだ?」
「それは後で説明致します! さあ、こちらです!」
私の質問を一蹴し、とある壁穴へ滑空していくハルピュイア。駄目だ、もうピピラダにしか意識が向いていない。翼に何かあったピピラダも放っておけないが、集落の状態も目に余るものがある。
二体のハルピュイアは、どちらも話を聞いてくれないし。これは、ピピラダから直接聞き出した方が早そうだ。
これからの流れを纏めた私は、断崖絶壁の中腹部分にある壁穴へ着地したハルピュイアを目指し、その壁穴の中に入り、箒を停止させた。
ウィザレナ達とサニーが箒から降り、私も降りて二本の箒を消した頃。背後から雄々しい翼の羽ばたき音と、アルビスの「ふう」という短い声が聞こえてきた。
「ピピラダ様! 回復魔法を使えるお方をお連れしました!」
「え、ほんとー!? すごいじゃーん! よく連れて、んげっ……! アカシックぅ……」
全身に七色の極彩色が散りばめられた羽を纏い。何かあったであろう右の翼だけを広げ、壁に寄りかかっていたピピラダが、苦虫を噛み潰したような露骨に嫌がっている表情を浮かべた。
ハルピュイアの報告で、壁穴から差し込んでいる陽の光よりも明るくなった顔が、私の出現によって夜よりも闇深くなるとは。
落差が激しいっていうもんじゃない。二秒で天国と地獄を味わった気分でいそうだ。
「久々に会ったっていうのに、随分とご挨拶な顔をしてるじゃないか」
「あのさー? 毎日のように風切羽をよこせって言ってた奴が来て、喜ぶハルピュイアが居る訳ないでしょー?」
「風切羽? ……あっ」
……そうだった、すっかり忘れていた。まだ私の心が闇に堕ちていた時、頻繁にこの集落に訪れては、新薬の材料が欲しくてピピラダにせがっていたんだった。
けど、こいつのどこか憎めない性格と喋り方のお陰で、『もう帰って』て言われたら、何もしないで素直に帰っていたんだっけ。
「もしかして、忘れてた感じー? 嘘でしょー? あんだけ来てたのにー。あたしより鳥頭じゃーん」
「うっ……」
「なんだ。余の他にも、ちょっかいを出されてた奴が居たのか」
「ぐっ……」
すぐ右側で呟いたアルビスの言葉に、体を大きく波立たせる私。
「アカシック殿、流石にそれはいただけないぞ」
「そうですよ、アカシック様。人に迷惑を掛ける行為は、許せるものではありません」
「がっ……!」
ウィザレナとレナの追撃に、私の心に太い何かが突き刺さったような痛みが走った。今の重い一撃は、顔を歪めたくなるほど効いた……。
精神的な物ではなく、物理的な攻撃だったとしたら、致命傷だったかもしれない。
「お母さん。あのハルピュイアさんに、何か悪い事をしてたの?」
「ゔっ……!!」
サニーにトドメを刺された瞬間。内臓のどこかをやられたのか、喉の底から血の味が湧き出してきた。
全員に、弁解をしたいのだが……。下手な言い訳をしても、ウィザレナ達には通用しないだろうし。何よりも印象が悪くなる。ここは、余計な事は言わずに素直になろう……。
「……はい、してました……」
「悪い事をしたら、何をするんだっけ?」
「……ごめんなさいと謝ります……」
「それじゃあ、あのハルピュイアさんに謝らないとだね」
「……そうですね……」
ああ……、体に風穴が開きそうな鋭い視線が痛い。それに、サニーの圧と怒りを感じる説教に、心臓が耐えらなくて破裂してしまいそうだ。
しかし、これは全て私が悪い。きっと、今までのツケの一部が回ってきたのだろう。……これで一部かぁ。もし全部一気に回って来たら、私は死んでしまうんじゃないか?
けれども、私は今までそれだけの事をしてきたんだ。悪い事をすれば、した分だけ己に返ってくる。せめて、いきなり死なないように祈っておこう。
完全に意気消沈した私は、サニー達の顔を見ぬまま振り返る。そのまま前へ進み、視界の上にピピラダの屈強な鉤爪が映ると、その場に正座をして頭を下げた。
「……ピピラダさん。今までご迷惑をお掛けしてしまい、誠にすみませんでした……。もう二度としません……」
「あっはっはっはっはっ! あー、ゆかいゆかーい。いやー、久々に笑わせてもらったよー。なにー? みんなはアカシックの友達か何かなのー?」
陽気な高笑いが聞こえてきた後。たぶん許してくれたピピラダが、私以外の人物に注目すると、「まあな」とアルビスが先行した。
「そいつの家族の一員であり、執事をやってるアルビスだ」
「エルフのウィザレナだ。よろしく頼む! アカシック殿は、私にとって命の恩人だ」
「ユニコーンのレナです。ウィザレナと同じく、私もアカシック様に助けてもらいました」
「初めまして! 娘のサニーです、よろしくお願いします!」
全員の自己紹介が終わると、「はぁ……」とピピラダの呆気に取られたような声が聞こえてきた。
「アカシックに家族が居たのにも驚いたけどー……。エルフとユニコーンって、またとんでもない組み合わせだねー。そっかー、アカシックに助けられたんだー。よかったねー」
「ああ! もしアカシック殿と出会ってなければ、今頃私とレナはこの世に居なかったかもしれない。アカシック殿には、今でも深く感謝してる」
「ええ。私もアカシック様と出会っていなければ、ユニコーンの姿のまま生涯を終えていたでしょう。ですのでアカシック様には、常日頃から感謝をしています」
意気消沈している事も相まって、二人の嬉しくも心がむず痒くなる言葉に、視界がだんだん潤んできてしまった。もう一押しされたら、泣いてしまうかもしれない。
「ふーん。アカシック、やれば出来るじゃーん。えらいえらいー」
「ありがたき幸せです……。じゃなくて」
頭にぽふっと乗せられたピピラダの翼を持ち上げるも、触り心地が良くて頭の上に戻す私。
「お前とこの集落に、一体何があったんだ? 少しだけ様子を見てきたけど、酷い有り様だったぞ」
一番気になっていた事を告げると、頭の上にあった翼が遠のいていき、苦慮していそうなピピラダの若緑色の瞳が視界に映り込んだ。
「あーねー……。七日前ぐらいに新参者が現れてさー。あたし達の空が奪われちゃったんだー」
「新参者……、なるほど」
だから、集落全体がこんな状態になっていたのか。集落で一番強いはずのピピラダが、翼をこうもやられてしまったんだ。もう為す術が無いだろうし、士気もだだ下がりだろう。
「その新参者とは、一体どんな奴なんだ?」
「それが、わかんないだよねー」
「分からない?」
「うん。飛ぶのが速すぎて、誰も姿を確認出来てないんだー。この上空を通過する時に、すっさまじい衝撃波を放ってくから、今や『風の壁』って言われて恐れられてるよー」
凄まじい衝撃波。なるほど。それに吹き飛ばされたせいで、上流から葉や枝が大量に流れてきていた訳か。
衝撃波というからには、たとえ魔法壁を張ったとしても、勢いに負けて吹き飛ばされてしまうな。
「その風の壁とやらに、翼がやられたのか?」
「そんな感じー。もう二度と空を飛べないと思ってたよー。アカシックー、早く治してー」
「っと、そうだったな」
本来の目的を催促されたので、広げている右の翼に注目してみた。が、羽が厚くてどこが悪いのか分からない。
たぶん折れているのだろうけど。ここは完璧に治してやりたいので、秘薬を飲ませてやるか。そう決めた私は、内懐から秘薬入りの容器を取り出し、ピピラダの顔の前に寄せた。
「秘薬を飲ませてやるから、口を開けろ」
「何それー? 毒ー?」
「この期に及んで、お前を毒殺する訳ないだろ? どんな傷でも、たちまち治る薬だと思ってくれ。ほら、さっさと口を開けろ」
「んあっ」
私の説明を信じてくれたようで、ピピラダが大口を開けてくれた。すかさずその大口に秘薬を流し込めば、ピピラダは『ゴクン』と喉を鳴らして飲み込んだ。
「おー。まろやかな口当たりで、クセになる甘さだー。もうちょっとだけ飲みた……、ん?」
秘薬を飲み、すぐに異変に気付いたのか。きょとんとしたピピラダの顔が、右の翼へ向いていく。
「あれ? 痛く、なくなった?」
次にピピラダは、あまり動かしたくないであろう翼を、恐る恐る動かしていく。二回ほどゆっくり動かすと、羽ばたきの振りがだんだん大きくなっていた。
「……お、おっ、おーっ! 治ってる! あたしの翼が治ってるーっ! ありがとー、アカシックー!」
両翼を嬉々と羽ばたかせたピピラダが、満面の笑顔で私の体にふわりと抱きついてきた。すごい、綿に包まれたかのようなふわふわ具合だ。
そんな、私の体に頬ずりまでし出したピピラダは、顔を密着させたまま、私に潤んだ上目遣いを合わせてきた。
「あのさ、アカシック。悪いんだけどさー……、そのヒヤクっていうの、まだある?」
「家に帰れば沢山あるし、あとで集落のハルピュイア達全員にも飲ませてやるつもりだ」
「えっ、みんなの分もくれるの!?」
「もちろんだ。あんな酷い有り様を見せられたら、放っておける訳がないだろ? それに……」
ピピラダを見据えていた顔を、壁穴から見える狭い空へ移す。
「先に『風の壁』をどうにかしないとな」
「風の壁って……、もしかして?」
「ああ。そいつを先に倒さないと、秘薬をあげてもジリ貧だ。放置してたら、ハルピュイア達が全滅してしまうだろ? だから、アルビス」
空を仰いだ顔をアルビスにやれば、腕を組んでいたあいつは嬉しそうに口角を上げた。
「共闘か?」
「そうだ。私の目になってくれないか?」
「元より、そのつもりでいた。貴様が一人で行こうとしてたら、余が止めてたぞ」
全てを察してくれていたアルビスが、頼り甲斐のある凛とした笑みを見せつけた。姿が見えないほど素早く動く敵が、私の天敵なのはアルビスも知っている。
そしてアルビスの龍眼が、ハルピュイアの目よりも優れているのは、私も知っている。だから索敵をしてほしいから、アルビスに声を掛けたんだ。
「ありがとう、恩に着るよ」
「感謝などいらん。余らは家族だ。家族が困ってたら、手を差し伸べるのが当たり前だろ?」
家族。改めて聞かされると、心に強く響くいい言葉だな。
「……そうだな。お前も何かあったら、必ず私に言えよ? いつでも待ってるからな」
「分かった。いずれ貴様に頼る時が来るだろうから、その言葉に甘えさせてもらおう」
ちゃんと約束してくれたアルビスに、頷きで応え、ウィザレナ達に目線をやる。
「ウィザレナ、レナ。争い事に巻き込んでしまってすまないが、サニーを守っててくれないか?」
「もちろんだ! このウィザレナ、命に代えてでもサニー殿を守ろう!」
「ウィザレナに同じです。皆さんから授かった魔法で、サニー様とこの集落を、必ずや守り通してみせましょう」
本来であれば、平和な日常をずっと送り続けて欲しかったのだが……。二人共、即答で快く引き受けてくれた。
この二人が手を組むと、『奥の手』を使用する前に先手を打たれたら、私は攻撃を避け切れずに死んでしまうだろう。
たぶん、アルビスも危ういな。自慢の堅固な鱗も、紙当然の如く貫かれるはず。それほどまでに、何もかもが未知数な『月属性の魔法』とやらは強力なんだ。
「お母さん……」
下から消えてしまいそうなサニーの声が聞こえてきたから、顔を下げてみれば。ウィザレナの足元で、胸元で両手を握り、不安に駆られていそうな表情のサニーが居た。
今から言おうとしている事は、顔に全て書いてあるので。私はその場にしゃがみ込み、『行かないで』と訴えている頬に手を添えた。
「大丈夫、悪者を懲らしめてくるだけだ。すぐに帰って来る」
「……ほんと?」
まだ不安が残っているサニーの手が、私の手を抑えた。
「本当だ。私とアルビスが組めば、どんな魔王にだって勝てる。万が一もありえない」
「そうだ。この世を滅ぼそうと企む神だって追い返してみせよう」
不安を払拭させる為だろうけど、それはちょっと厳しいな……。が、サニーは信じてくれたらしく。
右手で握り拳を作ったアルビスを認めたサニーが、元気が戻ってきた顔を私に戻してきた。
「……絶対だよ? 絶対に帰って来てね?」
「もちろんだ。約束しよう」
「うんっ、約束だよ!」
大袈裟に頷いたサニーが、ニコリと微笑んでくれた。私も小さく頷き返し、そっと立ち上がる。
「ピピラダ。風の壁とやらは、どの方角から飛んで来るんだ?」
「え? えっと……。出入口の穴から見て、右側から飛んで来るけどー……。ねぇ、アカシック。なんで、そこまでしてくれるの?」
「なんで? なんでって……」
そう言葉を溜めて、右手に漆黒色の箒を召喚する私。理由は単純に、この凄惨たる有り様を放っておけなかった事。
それに、腹が立った理由がいくつかあるけども。それを正直に告げるのは、なんだか恥ずかしいな。もっともらしい理由にしておこう。
「お前の眼差しが助けてと言ってたからだよ、ピピラダ」
無難な理由だけを言い残し、箒に飛び乗り、まだ広い空を目指して飛んでいく。
安心して待っていろよ、ピピラダ。お前の翼を傷付けた奴は、私達が必ず倒してやる。
助けを求めてきたハルピュイアを追い、約十五分後。ようやく集落が見えてきたかと思えば……。なんだ、この変わり果てた寂れようは?
いつもならば、空が狭くなるほどハルピュイア達が飛んでいたのに対し。今は数体しか飛んでいないせいで、空がやたらと広く感じる。
それに、かつての活気が過多な賑やかさはどこへ行ったんだ? 断崖絶壁にある多数の壁穴に目をやれば、ハルピュイアの姿はまあまあ見えるけども。
どのハルピュイアも翼を広げて雑に寝っ転がり、どこか衰弱した虚ろな目をしている。やつれているようにも見えるし、私が来なかった間に何があったんだ?
「おい、ここで一体何があったんだ?」
「それは後で説明致します! さあ、こちらです!」
私の質問を一蹴し、とある壁穴へ滑空していくハルピュイア。駄目だ、もうピピラダにしか意識が向いていない。翼に何かあったピピラダも放っておけないが、集落の状態も目に余るものがある。
二体のハルピュイアは、どちらも話を聞いてくれないし。これは、ピピラダから直接聞き出した方が早そうだ。
これからの流れを纏めた私は、断崖絶壁の中腹部分にある壁穴へ着地したハルピュイアを目指し、その壁穴の中に入り、箒を停止させた。
ウィザレナ達とサニーが箒から降り、私も降りて二本の箒を消した頃。背後から雄々しい翼の羽ばたき音と、アルビスの「ふう」という短い声が聞こえてきた。
「ピピラダ様! 回復魔法を使えるお方をお連れしました!」
「え、ほんとー!? すごいじゃーん! よく連れて、んげっ……! アカシックぅ……」
全身に七色の極彩色が散りばめられた羽を纏い。何かあったであろう右の翼だけを広げ、壁に寄りかかっていたピピラダが、苦虫を噛み潰したような露骨に嫌がっている表情を浮かべた。
ハルピュイアの報告で、壁穴から差し込んでいる陽の光よりも明るくなった顔が、私の出現によって夜よりも闇深くなるとは。
落差が激しいっていうもんじゃない。二秒で天国と地獄を味わった気分でいそうだ。
「久々に会ったっていうのに、随分とご挨拶な顔をしてるじゃないか」
「あのさー? 毎日のように風切羽をよこせって言ってた奴が来て、喜ぶハルピュイアが居る訳ないでしょー?」
「風切羽? ……あっ」
……そうだった、すっかり忘れていた。まだ私の心が闇に堕ちていた時、頻繁にこの集落に訪れては、新薬の材料が欲しくてピピラダにせがっていたんだった。
けど、こいつのどこか憎めない性格と喋り方のお陰で、『もう帰って』て言われたら、何もしないで素直に帰っていたんだっけ。
「もしかして、忘れてた感じー? 嘘でしょー? あんだけ来てたのにー。あたしより鳥頭じゃーん」
「うっ……」
「なんだ。余の他にも、ちょっかいを出されてた奴が居たのか」
「ぐっ……」
すぐ右側で呟いたアルビスの言葉に、体を大きく波立たせる私。
「アカシック殿、流石にそれはいただけないぞ」
「そうですよ、アカシック様。人に迷惑を掛ける行為は、許せるものではありません」
「がっ……!」
ウィザレナとレナの追撃に、私の心に太い何かが突き刺さったような痛みが走った。今の重い一撃は、顔を歪めたくなるほど効いた……。
精神的な物ではなく、物理的な攻撃だったとしたら、致命傷だったかもしれない。
「お母さん。あのハルピュイアさんに、何か悪い事をしてたの?」
「ゔっ……!!」
サニーにトドメを刺された瞬間。内臓のどこかをやられたのか、喉の底から血の味が湧き出してきた。
全員に、弁解をしたいのだが……。下手な言い訳をしても、ウィザレナ達には通用しないだろうし。何よりも印象が悪くなる。ここは、余計な事は言わずに素直になろう……。
「……はい、してました……」
「悪い事をしたら、何をするんだっけ?」
「……ごめんなさいと謝ります……」
「それじゃあ、あのハルピュイアさんに謝らないとだね」
「……そうですね……」
ああ……、体に風穴が開きそうな鋭い視線が痛い。それに、サニーの圧と怒りを感じる説教に、心臓が耐えらなくて破裂してしまいそうだ。
しかし、これは全て私が悪い。きっと、今までのツケの一部が回ってきたのだろう。……これで一部かぁ。もし全部一気に回って来たら、私は死んでしまうんじゃないか?
けれども、私は今までそれだけの事をしてきたんだ。悪い事をすれば、した分だけ己に返ってくる。せめて、いきなり死なないように祈っておこう。
完全に意気消沈した私は、サニー達の顔を見ぬまま振り返る。そのまま前へ進み、視界の上にピピラダの屈強な鉤爪が映ると、その場に正座をして頭を下げた。
「……ピピラダさん。今までご迷惑をお掛けしてしまい、誠にすみませんでした……。もう二度としません……」
「あっはっはっはっはっ! あー、ゆかいゆかーい。いやー、久々に笑わせてもらったよー。なにー? みんなはアカシックの友達か何かなのー?」
陽気な高笑いが聞こえてきた後。たぶん許してくれたピピラダが、私以外の人物に注目すると、「まあな」とアルビスが先行した。
「そいつの家族の一員であり、執事をやってるアルビスだ」
「エルフのウィザレナだ。よろしく頼む! アカシック殿は、私にとって命の恩人だ」
「ユニコーンのレナです。ウィザレナと同じく、私もアカシック様に助けてもらいました」
「初めまして! 娘のサニーです、よろしくお願いします!」
全員の自己紹介が終わると、「はぁ……」とピピラダの呆気に取られたような声が聞こえてきた。
「アカシックに家族が居たのにも驚いたけどー……。エルフとユニコーンって、またとんでもない組み合わせだねー。そっかー、アカシックに助けられたんだー。よかったねー」
「ああ! もしアカシック殿と出会ってなければ、今頃私とレナはこの世に居なかったかもしれない。アカシック殿には、今でも深く感謝してる」
「ええ。私もアカシック様と出会っていなければ、ユニコーンの姿のまま生涯を終えていたでしょう。ですのでアカシック様には、常日頃から感謝をしています」
意気消沈している事も相まって、二人の嬉しくも心がむず痒くなる言葉に、視界がだんだん潤んできてしまった。もう一押しされたら、泣いてしまうかもしれない。
「ふーん。アカシック、やれば出来るじゃーん。えらいえらいー」
「ありがたき幸せです……。じゃなくて」
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「お前とこの集落に、一体何があったんだ? 少しだけ様子を見てきたけど、酷い有り様だったぞ」
一番気になっていた事を告げると、頭の上にあった翼が遠のいていき、苦慮していそうなピピラダの若緑色の瞳が視界に映り込んだ。
「あーねー……。七日前ぐらいに新参者が現れてさー。あたし達の空が奪われちゃったんだー」
「新参者……、なるほど」
だから、集落全体がこんな状態になっていたのか。集落で一番強いはずのピピラダが、翼をこうもやられてしまったんだ。もう為す術が無いだろうし、士気もだだ下がりだろう。
「その新参者とは、一体どんな奴なんだ?」
「それが、わかんないだよねー」
「分からない?」
「うん。飛ぶのが速すぎて、誰も姿を確認出来てないんだー。この上空を通過する時に、すっさまじい衝撃波を放ってくから、今や『風の壁』って言われて恐れられてるよー」
凄まじい衝撃波。なるほど。それに吹き飛ばされたせいで、上流から葉や枝が大量に流れてきていた訳か。
衝撃波というからには、たとえ魔法壁を張ったとしても、勢いに負けて吹き飛ばされてしまうな。
「その風の壁とやらに、翼がやられたのか?」
「そんな感じー。もう二度と空を飛べないと思ってたよー。アカシックー、早く治してー」
「っと、そうだったな」
本来の目的を催促されたので、広げている右の翼に注目してみた。が、羽が厚くてどこが悪いのか分からない。
たぶん折れているのだろうけど。ここは完璧に治してやりたいので、秘薬を飲ませてやるか。そう決めた私は、内懐から秘薬入りの容器を取り出し、ピピラダの顔の前に寄せた。
「秘薬を飲ませてやるから、口を開けろ」
「何それー? 毒ー?」
「この期に及んで、お前を毒殺する訳ないだろ? どんな傷でも、たちまち治る薬だと思ってくれ。ほら、さっさと口を開けろ」
「んあっ」
私の説明を信じてくれたようで、ピピラダが大口を開けてくれた。すかさずその大口に秘薬を流し込めば、ピピラダは『ゴクン』と喉を鳴らして飲み込んだ。
「おー。まろやかな口当たりで、クセになる甘さだー。もうちょっとだけ飲みた……、ん?」
秘薬を飲み、すぐに異変に気付いたのか。きょとんとしたピピラダの顔が、右の翼へ向いていく。
「あれ? 痛く、なくなった?」
次にピピラダは、あまり動かしたくないであろう翼を、恐る恐る動かしていく。二回ほどゆっくり動かすと、羽ばたきの振りがだんだん大きくなっていた。
「……お、おっ、おーっ! 治ってる! あたしの翼が治ってるーっ! ありがとー、アカシックー!」
両翼を嬉々と羽ばたかせたピピラダが、満面の笑顔で私の体にふわりと抱きついてきた。すごい、綿に包まれたかのようなふわふわ具合だ。
そんな、私の体に頬ずりまでし出したピピラダは、顔を密着させたまま、私に潤んだ上目遣いを合わせてきた。
「あのさ、アカシック。悪いんだけどさー……、そのヒヤクっていうの、まだある?」
「家に帰れば沢山あるし、あとで集落のハルピュイア達全員にも飲ませてやるつもりだ」
「えっ、みんなの分もくれるの!?」
「もちろんだ。あんな酷い有り様を見せられたら、放っておける訳がないだろ? それに……」
ピピラダを見据えていた顔を、壁穴から見える狭い空へ移す。
「先に『風の壁』をどうにかしないとな」
「風の壁って……、もしかして?」
「ああ。そいつを先に倒さないと、秘薬をあげてもジリ貧だ。放置してたら、ハルピュイア達が全滅してしまうだろ? だから、アルビス」
空を仰いだ顔をアルビスにやれば、腕を組んでいたあいつは嬉しそうに口角を上げた。
「共闘か?」
「そうだ。私の目になってくれないか?」
「元より、そのつもりでいた。貴様が一人で行こうとしてたら、余が止めてたぞ」
全てを察してくれていたアルビスが、頼り甲斐のある凛とした笑みを見せつけた。姿が見えないほど素早く動く敵が、私の天敵なのはアルビスも知っている。
そしてアルビスの龍眼が、ハルピュイアの目よりも優れているのは、私も知っている。だから索敵をしてほしいから、アルビスに声を掛けたんだ。
「ありがとう、恩に着るよ」
「感謝などいらん。余らは家族だ。家族が困ってたら、手を差し伸べるのが当たり前だろ?」
家族。改めて聞かされると、心に強く響くいい言葉だな。
「……そうだな。お前も何かあったら、必ず私に言えよ? いつでも待ってるからな」
「分かった。いずれ貴様に頼る時が来るだろうから、その言葉に甘えさせてもらおう」
ちゃんと約束してくれたアルビスに、頷きで応え、ウィザレナ達に目線をやる。
「ウィザレナ、レナ。争い事に巻き込んでしまってすまないが、サニーを守っててくれないか?」
「もちろんだ! このウィザレナ、命に代えてでもサニー殿を守ろう!」
「ウィザレナに同じです。皆さんから授かった魔法で、サニー様とこの集落を、必ずや守り通してみせましょう」
本来であれば、平和な日常をずっと送り続けて欲しかったのだが……。二人共、即答で快く引き受けてくれた。
この二人が手を組むと、『奥の手』を使用する前に先手を打たれたら、私は攻撃を避け切れずに死んでしまうだろう。
たぶん、アルビスも危ういな。自慢の堅固な鱗も、紙当然の如く貫かれるはず。それほどまでに、何もかもが未知数な『月属性の魔法』とやらは強力なんだ。
「お母さん……」
下から消えてしまいそうなサニーの声が聞こえてきたから、顔を下げてみれば。ウィザレナの足元で、胸元で両手を握り、不安に駆られていそうな表情のサニーが居た。
今から言おうとしている事は、顔に全て書いてあるので。私はその場にしゃがみ込み、『行かないで』と訴えている頬に手を添えた。
「大丈夫、悪者を懲らしめてくるだけだ。すぐに帰って来る」
「……ほんと?」
まだ不安が残っているサニーの手が、私の手を抑えた。
「本当だ。私とアルビスが組めば、どんな魔王にだって勝てる。万が一もありえない」
「そうだ。この世を滅ぼそうと企む神だって追い返してみせよう」
不安を払拭させる為だろうけど、それはちょっと厳しいな……。が、サニーは信じてくれたらしく。
右手で握り拳を作ったアルビスを認めたサニーが、元気が戻ってきた顔を私に戻してきた。
「……絶対だよ? 絶対に帰って来てね?」
「もちろんだ。約束しよう」
「うんっ、約束だよ!」
大袈裟に頷いたサニーが、ニコリと微笑んでくれた。私も小さく頷き返し、そっと立ち上がる。
「ピピラダ。風の壁とやらは、どの方角から飛んで来るんだ?」
「え? えっと……。出入口の穴から見て、右側から飛んで来るけどー……。ねぇ、アカシック。なんで、そこまでしてくれるの?」
「なんで? なんでって……」
そう言葉を溜めて、右手に漆黒色の箒を召喚する私。理由は単純に、この凄惨たる有り様を放っておけなかった事。
それに、腹が立った理由がいくつかあるけども。それを正直に告げるのは、なんだか恥ずかしいな。もっともらしい理由にしておこう。
「お前の眼差しが助けてと言ってたからだよ、ピピラダ」
無難な理由だけを言い残し、箒に飛び乗り、まだ広い空を目指して飛んでいく。
安心して待っていろよ、ピピラダ。お前の翼を傷付けた奴は、私達が必ず倒してやる。
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八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
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