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138話、あまりにも大きいツケの一部

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「見えてきました! このままピピラダ様が居る場所まで案内致します!」

 助けを求めてきたハルピュイアを追い、約十五分後。ようやく集落が見えてきたかと思えば……。なんだ、この変わり果てた寂れようは?
 いつもならば、空が狭くなるほどハルピュイア達が飛んでいたのに対し。今は数体しか飛んでいないせいで、空がやたらと広く感じる。
 それに、かつての活気が過多な賑やかさはどこへ行ったんだ? 断崖絶壁にある多数の壁穴に目をやれば、ハルピュイアの姿はまあまあ見えるけども。
 どのハルピュイアも翼を広げて雑に寝っ転がり、どこか衰弱した虚ろな目をしている。やつれているようにも見えるし、私が来なかった間に何があったんだ?

「おい、ここで一体何があったんだ?」

「それは後で説明致します! さあ、こちらです!」

 私の質問を一蹴し、とある壁穴へ滑空していくハルピュイア。駄目だ、もうピピラダにしか意識が向いていない。翼に何かあったピピラダも放っておけないが、集落の状態も目に余るものがある。
 二体のハルピュイアは、どちらも話を聞いてくれないし。これは、ピピラダから直接聞き出した方が早そうだ。
 これからの流れを纏めた私は、断崖絶壁の中腹部分にある壁穴へ着地したハルピュイアを目指し、その壁穴の中に入り、箒を停止させた。
 ウィザレナ達とサニーが箒から降り、私も降りて二本の箒を消した頃。背後から雄々しい翼の羽ばたき音と、アルビスの「ふう」という短い声が聞こえてきた。

「ピピラダ様! 回復魔法を使えるお方をお連れしました!」

「え、ほんとー!? すごいじゃーん! よく連れて、んげっ……! アカシックぅ……」

 全身に七色の極彩色が散りばめられた羽を纏い。何かあったであろう右の翼だけを広げ、壁に寄りかかっていたピピラダが、苦虫を噛み潰したような露骨に嫌がっている表情を浮かべた。
 ハルピュイアの報告で、壁穴から差し込んでいる陽の光よりも明るくなった顔が、私の出現によって夜よりも闇深くなるとは。
 落差が激しいっていうもんじゃない。二秒で天国と地獄を味わった気分でいそうだ。

「久々に会ったっていうのに、随分とご挨拶な顔をしてるじゃないか」

「あのさー? 毎日のように風切羽かざきりばねをよこせって言ってた奴が来て、喜ぶハルピュイアが居る訳ないでしょー?」

「風切羽? ……あっ」

 ……そうだった、すっかり忘れていた。まだ私の心が闇に堕ちていた時、頻繁にこの集落に訪れては、新薬の材料が欲しくてピピラダにせがっていたんだった。
 けど、こいつのどこか憎めない性格と喋り方のお陰で、『もう帰って』て言われたら、何もしないで素直に帰っていたんだっけ。

「もしかして、忘れてた感じー? 嘘でしょー? あんだけ来てたのにー。あたしより鳥頭じゃーん」

「うっ……」

「なんだ。余の他にも、ちょっかいを出されてた奴が居たのか」

「ぐっ……」

 すぐ右側で呟いたアルビスの言葉に、体を大きく波立たせる私。

「アカシック殿、流石にそれはいただけないぞ」

「そうですよ、アカシック様。人に迷惑を掛ける行為は、許せるものではありません」

「がっ……!」

 ウィザレナとレナの追撃に、私の心に太い何かが突き刺さったような痛みが走った。今の重い一撃は、顔を歪めたくなるほど効いた……。
 精神的な物ではなく、物理的な攻撃だったとしたら、致命傷だったかもしれない。

「お母さん。あのハルピュイアさんに、何か悪い事をしてたの?」

「ゔっ……!!」

 サニーにトドメを刺された瞬間。内臓のどこかをやられたのか、喉の底から血の味が湧き出してきた。
 全員に、弁解をしたいのだが……。下手な言い訳をしても、ウィザレナ達には通用しないだろうし。何よりも印象が悪くなる。ここは、余計な事は言わずに素直になろう……。

「……はい、してました……」

「悪い事をしたら、何をするんだっけ?」

「……ごめんなさいと謝ります……」

「それじゃあ、あのハルピュイアさんに謝らないとだね」

「……そうですね……」

 ああ……、体に風穴が開きそうな鋭い視線が痛い。それに、サニーの圧と怒りを感じる説教に、心臓が耐えらなくて破裂してしまいそうだ。
 しかし、これは全て私が悪い。きっと、今までのツケの一部が回ってきたのだろう。……これで一部かぁ。もし全部一気に回って来たら、私は死んでしまうんじゃないか?
 けれども、私は今までそれだけの事をしてきたんだ。悪い事をすれば、した分だけ己に返ってくる。せめて、いきなり死なないように祈っておこう。
 完全に意気消沈した私は、サニー達の顔を見ぬまま振り返る。そのまま前へ進み、視界の上にピピラダの屈強な鉤爪が映ると、その場に正座をして頭を下げた。

「……ピピラダさん。今までご迷惑をお掛けしてしまい、誠にすみませんでした……。もう二度としません……」

「あっはっはっはっはっ! あー、ゆかいゆかーい。いやー、久々に笑わせてもらったよー。なにー? みんなはアカシックの友達か何かなのー?」

 陽気な高笑いが聞こえてきた後。たぶん許してくれたピピラダが、私以外の人物に注目すると、「まあな」とアルビスが先行した。

「そいつの家族の一員であり、執事をやってるアルビスだ」

「エルフのウィザレナだ。よろしく頼む! アカシック殿は、私にとって命の恩人だ」

「ユニコーンのレナです。ウィザレナと同じく、私もアカシック様に助けてもらいました」

「初めまして! 娘のサニーです、よろしくお願いします!」

 全員の自己紹介が終わると、「はぁ……」とピピラダの呆気に取られたような声が聞こえてきた。

「アカシックに家族が居たのにも驚いたけどー……。エルフとユニコーンって、またとんでもない組み合わせだねー。そっかー、アカシックに助けられたんだー。よかったねー」

「ああ! もしアカシック殿と出会ってなければ、今頃私とレナはこの世に居なかったかもしれない。アカシック殿には、今でも深く感謝してる」

「ええ。私もアカシック様と出会っていなければ、ユニコーンの姿のまま生涯を終えていたでしょう。ですのでアカシック様には、常日頃から感謝をしています」

 意気消沈している事も相まって、二人の嬉しくも心がむず痒くなる言葉に、視界がだんだん潤んできてしまった。もう一押しされたら、泣いてしまうかもしれない。

「ふーん。アカシック、やれば出来るじゃーん。えらいえらいー」

「ありがたき幸せです……。じゃなくて」

 頭にぽふっと乗せられたピピラダの翼を持ち上げるも、触り心地が良くて頭の上に戻す私。

「お前とこの集落に、一体何があったんだ? 少しだけ様子を見てきたけど、酷い有り様だったぞ」

 一番気になっていた事を告げると、頭の上にあった翼が遠のいていき、苦慮していそうなピピラダの若緑色の瞳が視界に映り込んだ。

「あーねー……。七日前ぐらいに新参者が現れてさー。あたし達の空が奪われちゃったんだー」

「新参者……、なるほど」

 だから、集落全体がこんな状態になっていたのか。集落で一番強いはずのピピラダが、翼をこうもやられてしまったんだ。もう為す術が無いだろうし、士気もだだ下がりだろう。

「その新参者とは、一体どんな奴なんだ?」

「それが、わかんないだよねー」

「分からない?」

「うん。飛ぶのが速すぎて、誰も姿を確認出来てないんだー。この上空を通過する時に、すっさまじい衝撃波を放ってくから、今や『風の壁』って言われて恐れられてるよー」

 凄まじい衝撃波。なるほど。それに吹き飛ばされたせいで、上流から葉や枝が大量に流れてきていた訳か。
 衝撃波というからには、たとえ魔法壁を張ったとしても、勢いに負けて吹き飛ばされてしまうな。

「その風の壁とやらに、翼がやられたのか?」

「そんな感じー。もう二度と空を飛べないと思ってたよー。アカシックー、早く治してー」

「っと、そうだったな」

 本来の目的を催促されたので、広げている右の翼に注目してみた。が、羽が厚くてどこが悪いのか分からない。
 たぶん折れているのだろうけど。ここは完璧に治してやりたいので、秘薬を飲ませてやるか。そう決めた私は、内懐から秘薬入りの容器を取り出し、ピピラダの顔の前に寄せた。

「秘薬を飲ませてやるから、口を開けろ」

「何それー? 毒ー?」

「この期に及んで、お前を毒殺する訳ないだろ? どんな傷でも、たちまち治る薬だと思ってくれ。ほら、さっさと口を開けろ」

「んあっ」

 私の説明を信じてくれたようで、ピピラダが大口を開けてくれた。すかさずその大口に秘薬を流し込めば、ピピラダは『ゴクン』と喉を鳴らして飲み込んだ。

「おー。まろやかな口当たりで、クセになる甘さだー。もうちょっとだけ飲みた……、ん?」

 秘薬を飲み、すぐに異変に気付いたのか。きょとんとしたピピラダの顔が、右の翼へ向いていく。

「あれ? 痛く、なくなった?」

 次にピピラダは、あまり動かしたくないであろう翼を、恐る恐る動かしていく。二回ほどゆっくり動かすと、羽ばたきの振りがだんだん大きくなっていた。

「……お、おっ、おーっ! 治ってる! あたしの翼が治ってるーっ! ありがとー、アカシックー!」

 両翼を嬉々と羽ばたかせたピピラダが、満面の笑顔で私の体にふわりと抱きついてきた。すごい、綿に包まれたかのようなふわふわ具合だ。
 そんな、私の体に頬ずりまでし出したピピラダは、顔を密着させたまま、私に潤んだ上目遣いを合わせてきた。

「あのさ、アカシック。悪いんだけどさー……、そのヒヤクっていうの、まだある?」

「家に帰れば沢山あるし、あとで集落のハルピュイア達全員にも飲ませてやるつもりだ」

「えっ、みんなの分もくれるの!?」

「もちろんだ。あんな酷い有り様を見せられたら、放っておける訳がないだろ? それに……」

 ピピラダを見据えていた顔を、壁穴から見える狭い空へ移す。

「先に『風の壁』をどうにかしないとな」

「風の壁って……、もしかして?」

「ああ。そいつを先に倒さないと、秘薬をあげてもジリ貧だ。放置してたら、ハルピュイア達が全滅してしまうだろ? だから、アルビス」

 空を仰いだ顔をアルビスにやれば、腕を組んでいたあいつは嬉しそうに口角を上げた。

「共闘か?」

「そうだ。私の目になってくれないか?」

「元より、そのつもりでいた。貴様が一人で行こうとしてたら、余が止めてたぞ」

 全てを察してくれていたアルビスが、頼り甲斐のある凛とした笑みを見せつけた。姿が見えないほど素早く動く敵が、私の天敵なのはアルビスも知っている。
 そしてアルビスの龍眼が、ハルピュイアの目よりも優れているのは、私も知っている。だから索敵をしてほしいから、アルビスに声を掛けたんだ。

「ありがとう、恩に着るよ」

「感謝などいらん。余らは家族だ。家族が困ってたら、手を差し伸べるのが当たり前だろ?」

 家族。改めて聞かされると、心に強く響くいい言葉だな。

「……そうだな。お前も何かあったら、必ず私に言えよ? いつでも待ってるからな」

「分かった。いずれ貴様に頼る時が来るだろうから、その言葉に甘えさせてもらおう」

 ちゃんと約束してくれたアルビスに、うなずきで応え、ウィザレナ達に目線をやる。

「ウィザレナ、レナ。争い事に巻き込んでしまってすまないが、サニーを守っててくれないか?」

「もちろんだ! このウィザレナ、命に代えてでもサニー殿を守ろう!」

「ウィザレナに同じです。皆さんから授かった魔法で、サニー様とこの集落を、必ずや守り通してみせましょう」

 本来であれば、平和な日常をずっと送り続けて欲しかったのだが……。二人共、即答で快く引き受けてくれた。
 この二人が手を組むと、『奥の手』を使用する前に先手を打たれたら、私は攻撃を避け切れずに死んでしまうだろう。
 たぶん、アルビスも危ういな。自慢の堅固な鱗も、紙当然の如く貫かれるはず。それほどまでに、何もかもが未知数な『月属性の魔法』とやらは強力なんだ。

「お母さん……」
 
 下から消えてしまいそうなサニーの声が聞こえてきたから、顔を下げてみれば。ウィザレナの足元で、胸元で両手を握り、不安に駆られていそうな表情のサニーが居た。
 今から言おうとしている事は、顔に全て書いてあるので。私はその場にしゃがみ込み、『行かないで』と訴えている頬に手を添えた。

「大丈夫、悪者を懲らしめてくるだけだ。すぐに帰って来る」

「……ほんと?」

 まだ不安が残っているサニーの手が、私の手を抑えた。

「本当だ。私とアルビスが組めば、どんな魔王にだって勝てる。万が一もありえない」

「そうだ。この世を滅ぼそうと企む神だって追い返してみせよう」

 不安を払拭させる為だろうけど、それはちょっと厳しいな……。が、サニーは信じてくれたらしく。
 右手で握り拳を作ったアルビスを認めたサニーが、元気が戻ってきた顔を私に戻してきた。

「……絶対だよ? 絶対に帰って来てね?」

「もちろんだ。約束しよう」

「うんっ、約束だよ!」

 大袈裟にうなずいたサニーが、ニコリと微笑んでくれた。私も小さく頷き返し、そっと立ち上がる。

「ピピラダ。風の壁とやらは、どの方角から飛んで来るんだ?」

「え? えっと……。出入口の穴から見て、右側から飛んで来るけどー……。ねぇ、アカシック。なんで、そこまでしてくれるの?」

「なんで? なんでって……」

 そう言葉を溜めて、右手に漆黒色の箒を召喚する私。理由は単純に、この凄惨たる有り様を放っておけなかった事。
 それに、腹が立った理由がいくつかあるけども。それを正直に告げるのは、なんだか恥ずかしいな。もっともらしい理由にしておこう。

「お前の眼差しが助けてと言ってたからだよ、ピピラダ」

 無難な理由だけを言い残し、箒に飛び乗り、まだ広い空を目指して飛んでいく。
 安心して待っていろよ、ピピラダ。お前の翼を傷付けた奴は、私達が必ず倒してやる。
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