ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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137話、ハルピュイアが住む渓谷地帯へ

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 私の誕生日には、絶対に泣かないと決めていたのに。まさかアルビスが、私とサニーの人形を作ってくれていただなんて。
 そんな真心を込められた贈り物をされたら、泣く事なんて我慢出来るはずもなく。あまりの嬉しさに、あいつの前で大泣きしてしまった。
 私の手作り人形か、もう二度と見れないと思っていた。作り方や形も、レムさんが作ってくれた物にそことなく似ている。
 レムさんから貰った手作り人形は、ピースと住んでいた『タート』の部屋に置いておいたのだが……。九十年以上も行方不明になっていたせいで、家具ごと全て撤去されていた。

 ピースが殺されてしまった日を境に、私は失った物が多すぎる。けれども、その一部をアルビスが取り戻してくれた。嬉しいなぁ、本当に嬉しい。
 そして、私がお前の人形も欲しいとわがままを言ってから、三十日後。ようやく完成し、あいつが『出来たぞ』と言いながら渡してくれた。
 あいつらしい、凛々しい髪型。淡い紫色の目。ちょっと角度のついた眉毛。丸っこい手足。箇所によって、黒の種類が違う使用人服。
 油断していた所を、急に渡してきたものだから。あの時は不意を突かれてしまい、また泣きそうになってしまった。

 あいつが作ってくれた大切な人形は、私とサニーが一番長く居る場所であろう、ベッドの頭棚に置いてある。もちろん、サニーも非常に気に入ってくれた。
 人形に向かって『おやすみなさい』と言ったり。日に日に人形の順番を入れ替えたり。三つの人形を抱き締めながら寝たりもしている。このままだと、サニーに全部取られてしまうかもしれないな。

 さて、ウィザレナの家の修繕が終わった。ウィザレナとレナに、危険を察知すると魔法壁が展開する、腕飾りと髪留めを贈った。レナには変身魔法と、大体の回復魔法を教えた。
 ウンディーネ様にも会わせたし。全員で花畑地帯へ行き、のんびり過ごして羽を伸ばしたりした。沼地帯に来てから、もう半年以上が経ったけれども。早々に全員と馴染みに、二人も居る日常が当たり前になっている。
 後やるべき事は、明日、ウィザレナ達も『渓谷地帯』へ連れて行ってあげる事ぐらいなもの。その後は、何をしてやろうか。サニーやアルビスと一緒になり、考えておかないと。












「おお! レナ、真下を見てみろ! 地面が遠くてかなり怖いぞ!」

「本当だ、すごく怖い! けど、向かい風が気持ちいい! まるでペガサスになったみたい!」

 初めて箒に跨り、空を飛んだエルフ達が、怖いと言いつつも笑い合っている。恐怖よりも楽しさの方が勝っていそうだ。
 現在私達は『渓谷地帯』に向かうべく、箒に乗って高高度を飛んでいる。私が乗っている箒には、鼻歌を歌っているサニーが居て。
 予備の箒には、ウィザレナとレナが。一応アルビスにも、私が幼少期の頃に使っていた箒を渡そうとしたものの。『自分の翼で飛ぶ』と言い、私の隣で龍の翼をはためかせている。

「アルビス、疲れてないか?」

「無論だ。貴様、さっきから心配し過ぎだぞ? 余にとって、これが普通の飛び方だ。この距離の飛行で疲れたら、流石に余も危機感を覚えるぞ」

「ああ、そうか。すまない」

「まあ、心配してくれるのはありがたい。何かあったら報告しよう」

 一度は叱ってきたけど、私の問い掛けを肯定してくれたアルビスが、凛とほくそ笑んだ。そういえば、あいつは十日間ぐらい平気に飛べるんだった。
 アルビスは大丈夫だと言っていたし。一応『ふわふわ』をかけているけども、ウィザレナとレナの様子に集中していよう。
 が、それも余計な心配だったらしく。渓谷地帯が見えてくるまでの間、二人は箒をしっかりと握り、移り変わっていく様々な景色に終始興奮していた。

「アカシック殿! あの何個もある深い谷が、渓谷地帯か?」

「そうだ。もう少し先へ進めば、ハルピュイアが住んでる集落に着く」

 まだ遠くて薄っすらと霞んでいるけど、切り立った谷が幾重にも分かれた、今日の目的地である『渓谷地帯』が見えてきた。
 ここから見えるだけで、渓谷の入口は五つ以上ある。が、ここへは何度も来た事があるので、集落を移転させていなければ、何事もなく着くだろう。

「全部違う所へ続いてそうだ。アカシック殿、道は分かるのか?」

「ああ。左から三番目にある、左右の坂が滑らかな谷から入れば着くぞ」

「左から三番目は……、あそこだな。私も覚えておこう」

 実は、渓谷地帯より高く飛び、ハルピュイアが飛んでいる渓谷を探した方が早い。しかし、空を飛べる者じゃないと出来ない探索方法なので、教えるのはやめておこう。
 ウィザレナに説明した通り、左から三番目の左右に木々が生い茂った渓谷に入り、速度を落として先へ進んでいく。
 魔物の気配がほとんど無いから、景色を堪能する余裕があるな。底を流れている、色が青く見えるほどに透明度が高い川―――。

「む?」

 上流から流れてきている葉や枝の量が、異常なまでに多い。あっという間に川を覆い隠してしまった。そしてどの葉も、先ほどまで枝に付いていたような若々しさだ。

「どうしたの? お母さん」

「川を流れてる葉が、やけに多いと思ってな」

「葉っぱ? あっ、本当だ」

 サニーの後を追い、ウィザレナ達やアルビスも川に注目し出していく。少しすると途切れ途切れになり、元の川が見えてきたけど、奥でハルピュイア達が何かやっているのだろうか?

「葉っぱや枝だけっていうのも、なんだか違和感があるな」

「だよな。何かすごい勢いで一気に吹き飛ばされたというか、そんな感じの量だった」

 地すべりだとしたら、木本体が流れてくるだろうし。ハルピュイアの羽ばたきで吹き飛ばすのも、ちょっと無理がある。風魔法を覚えていたら、話は別になるけども。
 そもそも、ハルピュイアの集落は断崖絶壁にあるから、木々なんて一本も無い。なんだか、だんだん原因が気になってきたな。

「アカシック殿。あそこに居る大きい鳥みたいなのが、ハルピュイア殿か?」

「あそこ?」

 何かを見つけたウィザレナが、右方面に指を差したので、顔をそちら側に向けてみれば。斜面にある薬草を慌ただしく集めている、二体のハルピュイアが居た。

「ああ、そうだ。あれがハルピュイアだ」

「おお、やはり! 上半身が人間みたいで、腕と下半身がまんま鳥だな」

「アカシック様。会話をする事は可能なのでしょうか?」

 興味津々の眼差しで、ハルピュイアを追っているウィザレナをよそに、レナが質問を投げ掛ける。

「言葉を話せるから、ごく普通に会話が出来るぞ」

「そうなのですね。それと、いきなり襲って来たりとかは、しませんよね?」

「ここに居るハルピュイアは、基本中立的な立場に居るから、こちらから攻撃をしなければ何もしてこない」

「それはよかった、ありがとうございます! ふふっ、どんなお話をしようかな?」

 無邪気に微笑んでいるレナは、どうやら会話を楽しみにしているらしい。元は言葉を話せないユニコーンだったから、会話が出来る事に喜びを感じていそうだ。

「……おや? アカシック殿。さっき見えたハルピュイア殿達が、こっちに向かって飛んで来てるぞ」

「こっちに?」

「そこの御一行様方ーー!!」

 後ろへ振り返ろうとする前に、聞き慣れない叫び声が背中にぶつかってきたので、箒ごと背後へ振り向かせる私。
 着た空路を認めた視界の先。ウィザレナが言った通り、二体のハルピュイアが血相を変え、こちらに向かって飛んで来ていた。
 二体共、脇目もふらずというか、焦りや不安を抱えているような表情をしている。私達を呼び止めたようだし、只事じゃないのだけは確かだ。
 その、突進してきそうな勢いで飛んで来た二体のハルピュイアは、私達の前で急停止して滞空すると、「あの!」と声を荒げた。

「あなた様方の中に、回復魔法を使えるお方はおりませんか!?」

「回復魔法? 一応使えるが」

「私も、多少心得ております」

 手を挙げて教えると、レナも私の後を追う。

「二人も居る! あの! 報酬はいくらでも差し上げますから、少しだけ私達の集落に寄って頂き、おさ様の翼を治してはくれませんか!?」

「長様? 『ピピラダ』に何かあったのか?」

 ハルピュイアの長である『ピピラダ』の名を出してみれば。何者にも縋りそうな、焦りに満ちているハルピュイア達の目が、希望を宿したかのようにカッと見開いた。

「ピピラダ様をご存知なのですか!?」

「ああ。前までよく会ってたし、互いに見知ってる。それに、これから会いに行こうと思ってたんだ」

「そ、そうだったのですね! それでは道案内をしますので、私達に付いて来て下さい!」

「あ、ちょっと……」

 ピピラダに何があったのか聞きたかったのだが……。話を続けようとする前に、二体のハルピュイアは目にも留まらぬ速さで、渓谷の先へ飛んで行ってしまった。
 翼を治してほしいと言っていたけど、魔物にでも襲われたのだろうか? いや、行けば分かる事だ。それよりも、今はハルピュイアを追わないと。

「ウィザレナ、レナ、これから限界速度で飛ぶ。箒をしっかり握っててくれ」

「分かった!」
「分かりました」

 点となった二体のハルピュイアを見据えつつ、左隣から聞こえてくる了承の声。

「サニーも、ちゃんと握ってろよ?」

「うん! いきなりでビックリしちゃったけど……、お母さん。ハルピュイアさんの翼、綺麗に治してあげてね」

「任せておけ、完璧に治してやる」

 おどおどとしているサニーに即答すると、心配している顔がぱぁっと明るくなり、安心そうに微笑んだ。

「アルビス、付いて来れるか?」

「なんとかな。見失わない程度に付いていく」

「分かった。何かあったら叫んでくれ」

「心得た」

「よし、行くぞ!」

 全員に確認が取れたので、体をやや前のめりにさせ、二本の箒を急発進させる。
 ほぼ同時、左隣から「うわっ!」と、二つの驚いた声が重なったけど。横目を流してみれば、二人は口を閉じて前だけを見ていた。
 アルビスの翼をはためかせている音も、風切り音に紛れて微かに聞こえている。全員問題は無さそうだ。ならば、この速度を維持してハルピュイアの集落を目指してしまおう。
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