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133話、恐怖心を和らげる嘘
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アルビスと『タート』へ行く為に、箒を召喚してから『後ろに乗れ』と言うも。真顔のアルビスに強く拒否され、そこから説教が始まってしまった。
なんでも箒の後ろに乗ると、私の体を抱きしめなければならないので、それがすごく恥ずかしいと言われ。追い打ちに『貴様はもっと、女性としての自覚を持て』と真面目に叱られた。
一応、私は女としての自覚をちゃんと持っている。しかし、私とアルビスは家族だ。体に触れられるぐらいなら、別に全然構わないし、私はまったく気にしない。
そう伝えようと思ったのだが……。説教の時間がとんでもなく長くなってしまいそうなので、とりあえず素直に聞き入れ、もう一本の箒を召喚して、あいつを乗せた。
アルビスは黒龍なので、自分の翼で飛ぶ事が出来るけども。そのまま『タート』まで行かれたら、あいつの正体が一発でバレてしまう。
なので、次回からも箒に乗って行ってもらう事にした。元々アルビスは魔法を使えるので、コツさえ掴めばすぐ飛べる様になる。
それと、あいつは人間として振る舞ってほしいので、変身魔法で龍眼を人間の目に変えてもらっておいた。色は深い紫色のままだが、これで大丈夫だろう。
もうすぐ針葉樹林地帯を飛び超し、雑木林を抜けて街道へ出る。タートへ着いた時、アルビスは一体どんな反応を示すだろうか。楽しみにしていよう。
「あとはこの道を真っ直ぐ行けば、タートに着く」
「ここを真っ直ぐだな。よし、道は覚えた。……しかし、人が多いな」
自身に『ふわふわ』をかけ、椅子に座る形で箒に乗り、腕と足を組んでいるアルビスが言う。見える範囲で行き来している人の数は、おおよそ五十人前後。
現在は、昼下がりを少し過ぎたぐらい。普段時と比べると、まあまあ多い気がする。
「主要な道の一つだからな。色んな方面から人が集まってきてるんだ」
「なるほど。人が少ない時間帯は、いつなんだ?」
「大体、三時過ぎから夕方前ぐらいだな。今の半分ぐらいまで減るぞ」
「そうか。なら、余もその時間帯に来るとしよう」
そう決めたアルビスは、頻繁に足を組み直したり、どこか落ち着かない様子で辺りを見渡している。何かを警戒しているのようだ。
「なにソワソワしてるんだ?」
「ちょっとな。余は、どうやら人混みが苦手なようだ」
「人混み?」
「ああ。まったく違う光景なんだが、どうも過去の記憶と重なってしまってな。これを克服するのは、ちょっと時間が掛かりそうだ」
過去の記憶。内容は聞くまでもなく、人間に襲われていた時の事だろう。『絶滅種録』に載っていたアルビスの体には、百じゃ利かない数の武器が刺さっていた。
しかし、それは武器だけの話。きっと、それ以上の人間達に襲われていたに違いない。今この道を歩いている人の数では、きっと比にならないだろう。
「大丈夫か? 無理をするなよ?」
「大丈夫、と言えば嘘になる。頭では分かってるんだ。ここに居る奴らは、余の正体を知らないし襲ってこない。余を襲ってきてた奴らは、とっくの昔に死んでるとな。しかし、まだ心が理解してくれてないようだ。執事をやってた時は、すぐに割り切れてたんだがな」
サラリと本音を明かしてくれたアルビスが、小刻みに震えている右手を眺めては、震えを黙らせるかのように握り拳を作った。
今のアルビスは、人混みに対して恐怖を感じている。眺めていた手の震えがいい証拠だ。けど、表情には一切出ていない。いつも通り、凛とした澄まし顔をしている。
でも、この人数で恐怖を感じているんだ。このままタートに入ったら、足が竦んで動けなくなる可能性だってある。断られる前提だけども、一応聞いてみるか。
「アルビス、一旦帰るか?」
「いや。とっととこの恐怖を克服したいから、決して帰らんぞ。むしろ、街に入ったら人が多い場所へ案内してくれ」
「本当に言ってるのか、それ?」
「無論だ。それに、今日は貴様が居る。情けないが、恐怖に負けたら助けてくれ」
なんとも清々しい表情をしながら、私に救いの手を求めるアルビス。余裕があるように見えるけど、私に頼ってくるという事は、内心そうでもないみたいだ。
たぶん合っているであろう、アルビスの心境を汲み取った私は、鼻からため息を漏らしながら顔を前へ向けた。
「当たり前だろ? 肩でもなんでも貸してやる」
「すまんな、頼りにしてるぞ」
「けど、私はお前ほど勘が鋭くないからな。何かあったらちゃんと言ってくれよ?」
「分かった、包み隠さず報告しよう」
この私が、アルビスに頼られている。どうしよう、ちょっと嬉しい。ここ最近、アルビスに頼ってばかりだったし。あいつを落胆させないよう、その想いにしっかり応えてやらねば。
俄然やる気が出てきたせいで、早くタートへ行きたくなった私は、箒の速度をやや速め、人混みを避けつつ進んで行く。
そして、会話が止まってから一分後。タートの城門が朧気に見えてきたので、注意されないよう箒の速度を徐々に緩め、城門から三十m手前付近で停止させた。
「人が多いから、ここからは歩こう。箒から降りてくれ」
「分かった」
腕を組んだままのアルビスが、地面に降りた事を確認し。私も箒から降りて、乗っていた二つの箒を消した。
先に前を歩き始めたアルビスは、普段と変わらない様子でいる。足取りも悠々と軽い。先に知っていなければ、恐怖心を抱いているなんて微塵も思っていなかっただろう。
なんとしても、アルビスの恐怖心を早く取り除いてやりたい。何か、妙案でもあればいいのだがな。
アルビスが抱いている恐怖心は、周りに居る無害な人達が、過去にさんざん襲ってきた人間達と重なっているせいだ。
その人間達は、アルビスが黒龍だと分かっていたから、部位欲しさに襲っていた。……なら、タートではアルビスを、違う種族だと周知させてしまえばいいんじゃないか?
一番手っ取り早いのは、行く先々の店で、私の兄か弟だと紹介する事。タートの一階層や二階層では、私は人間の魔女だと知られている。
だからアルビスを、そうやって紹介してしまえば、自ずと人間だと思ってくれるかもしれない。いや、そう思うのが普通だ。これは、やってみる価値があるぞ!
「アルビス、ちょっと耳を貸してくれ」
「む? 何故だ?」
「いい作戦を思い付いたんだ、早く貸せ」
何か、嫌な予感でも頭に過ったのだろうか。アルビスの眉間にシワが寄ったものの、私の傍まで顔を寄せてくれた。
「……なんだ?」
「ちょっと試したい事がある。上手くいけば、誰もお前を龍だと思わなくなるぞ」
「……一応聞いておこう。どんな作戦なんだ?」
「よく行く店の人達に、お前を私の兄か弟だと紹介するんだ。そうすれば、全員お前の事を人間だと思ってくれるはずだ。どうだ、この作戦? いけると思うんだが」
途中から確信まで交えて伝えるも、アルビスは「……ふむ」とだけ呟き、握った拳を口に当て、顔を少しだけ地面へ下げた。
この仕草は、何かを考えている時にする仕草だけども。数秒後、拳から垣間見える口角が上がり、腕を組み直した。
「なるほど。顔や素性が知れ渡ってる貴様が、余をそうやって紹介してくれれば、兵士だって欺けるかもしれんな」
「ああ。私は兵士にも顔や名前を知られてるし、評判もまあまあいい。最近になってだけど、街中ですれ違うと、兵士が私の名前を呼んで挨拶してくれるようになった」
「ほう。評判がいいという事は、信頼されてる証にもなる。よし、物は試しだ。早速だが、城門前に居る兵士に、余を兄だと紹介してみてくれ」
「分かった、兄でいいんだな?」
「うむ。適当に合わせるから、好きに話を進めろ」
話に乗ってくれたアルビスに対し、小さく頷く私。そうだ。このパッと思い付いた作戦は、信頼を得ているからこそ出来る作戦だ。
今まで愛想よく……、とまでは分からないけども。小さな信頼をコツコツ積み重ねてきてよかった。城門前に居る衛兵は、とても気さくで、サニーの誕生日を祝ってくれた衛兵だ。
会う度に会話をしているし、たぶんタートで私を一番よく知っている人物だろう。……そんな人を騙すのは、ちょっと良心が痛むな。
「どうも」
「む? ああ、アカシックさんじゃ……」
すれ違う人に挨拶を交わしていた衛兵が、私の存在に気付くや否や。物珍しそうにしている顔を、アルビスが居る方へやった。
「この凛々しいお方、アカシックさんの旦那さんですか?」
会って早々、アルビスを旦那と呼ぶか……。まさかの言葉に怯んでしまったが、掴みは上々だ。
「まさか。こいつは、私の兄です」
「あっ、これは失礼……。お兄さんでしたか」
「ええ、アルビスと申します。以後、お見知りおきを」
なんとも好印象を与える口振りで自己紹介し、丁寧に一礼するアルビス。よし、私の紹介を何の疑いもなく信じてくれた。この作戦、間違いなくいける!
「アルビスさんですね、どうも初めまして。服装からして、使用人か執事をやってらっしゃるんですか?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、執事の方を少々」
「おお、やはり! しかし、未熟者なんてとんでもない。その高貴な振る舞い方、城の執事として充分にやってけますよ」
「そうですか! それは光栄です! 自信が湧いてきました、ありがとうございます」
端から二人の会話を聞いていても、実に人間らしい自然な会話だ。これなら街に入ろうとも、誰もアルビスを黒龍だとは夢にも思わないだろう。
それにしても、アルビスの奴。ずいぶんと会話に花を咲かせているな。笑いながら冗談も交えているし、かなりの世渡り上手じゃないか。流石は本物の執事だ。
「それではアルビスさん、ようこそタートへ。本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。アカシック、中へ行こう。街を案内してくれ」
「あ、ああ、分かった」
名前だけで呼ぶのは恥ずかしいから嫌だと、あれだけ拒否していたのに……。やはり、役を全うしている時のアルビスは、色々とすごいな。
作戦も無事に成功したので、通り過ぎ様に衛兵に会釈をする私。アルビスの横に付くと、隣から「ふむ」と確信を得たような声が聞こえてきた。
「アカシック・ファーストレディ。貴様が考えたこの作戦、使えるな」
「だろ? お前達の会話を聞いてたけど、かなりの手応えを感じた」
「余も大いに感じてた。この調子で、どんどん余の紹介を頼むぞ。我が妹よ」
「任せておけ、兄さん」
よし。確かな結果を得られたし、アルビスにも好評だ。これでタートでは、アルビスを黒龍だと疑う人は居なくなる。
それと直に、アルビスの恐怖心も無くなっていくだろう。ならば、今日中に私が行っている全ての店で、アルビスを紹介してやらないと。
なんでも箒の後ろに乗ると、私の体を抱きしめなければならないので、それがすごく恥ずかしいと言われ。追い打ちに『貴様はもっと、女性としての自覚を持て』と真面目に叱られた。
一応、私は女としての自覚をちゃんと持っている。しかし、私とアルビスは家族だ。体に触れられるぐらいなら、別に全然構わないし、私はまったく気にしない。
そう伝えようと思ったのだが……。説教の時間がとんでもなく長くなってしまいそうなので、とりあえず素直に聞き入れ、もう一本の箒を召喚して、あいつを乗せた。
アルビスは黒龍なので、自分の翼で飛ぶ事が出来るけども。そのまま『タート』まで行かれたら、あいつの正体が一発でバレてしまう。
なので、次回からも箒に乗って行ってもらう事にした。元々アルビスは魔法を使えるので、コツさえ掴めばすぐ飛べる様になる。
それと、あいつは人間として振る舞ってほしいので、変身魔法で龍眼を人間の目に変えてもらっておいた。色は深い紫色のままだが、これで大丈夫だろう。
もうすぐ針葉樹林地帯を飛び超し、雑木林を抜けて街道へ出る。タートへ着いた時、アルビスは一体どんな反応を示すだろうか。楽しみにしていよう。
「あとはこの道を真っ直ぐ行けば、タートに着く」
「ここを真っ直ぐだな。よし、道は覚えた。……しかし、人が多いな」
自身に『ふわふわ』をかけ、椅子に座る形で箒に乗り、腕と足を組んでいるアルビスが言う。見える範囲で行き来している人の数は、おおよそ五十人前後。
現在は、昼下がりを少し過ぎたぐらい。普段時と比べると、まあまあ多い気がする。
「主要な道の一つだからな。色んな方面から人が集まってきてるんだ」
「なるほど。人が少ない時間帯は、いつなんだ?」
「大体、三時過ぎから夕方前ぐらいだな。今の半分ぐらいまで減るぞ」
「そうか。なら、余もその時間帯に来るとしよう」
そう決めたアルビスは、頻繁に足を組み直したり、どこか落ち着かない様子で辺りを見渡している。何かを警戒しているのようだ。
「なにソワソワしてるんだ?」
「ちょっとな。余は、どうやら人混みが苦手なようだ」
「人混み?」
「ああ。まったく違う光景なんだが、どうも過去の記憶と重なってしまってな。これを克服するのは、ちょっと時間が掛かりそうだ」
過去の記憶。内容は聞くまでもなく、人間に襲われていた時の事だろう。『絶滅種録』に載っていたアルビスの体には、百じゃ利かない数の武器が刺さっていた。
しかし、それは武器だけの話。きっと、それ以上の人間達に襲われていたに違いない。今この道を歩いている人の数では、きっと比にならないだろう。
「大丈夫か? 無理をするなよ?」
「大丈夫、と言えば嘘になる。頭では分かってるんだ。ここに居る奴らは、余の正体を知らないし襲ってこない。余を襲ってきてた奴らは、とっくの昔に死んでるとな。しかし、まだ心が理解してくれてないようだ。執事をやってた時は、すぐに割り切れてたんだがな」
サラリと本音を明かしてくれたアルビスが、小刻みに震えている右手を眺めては、震えを黙らせるかのように握り拳を作った。
今のアルビスは、人混みに対して恐怖を感じている。眺めていた手の震えがいい証拠だ。けど、表情には一切出ていない。いつも通り、凛とした澄まし顔をしている。
でも、この人数で恐怖を感じているんだ。このままタートに入ったら、足が竦んで動けなくなる可能性だってある。断られる前提だけども、一応聞いてみるか。
「アルビス、一旦帰るか?」
「いや。とっととこの恐怖を克服したいから、決して帰らんぞ。むしろ、街に入ったら人が多い場所へ案内してくれ」
「本当に言ってるのか、それ?」
「無論だ。それに、今日は貴様が居る。情けないが、恐怖に負けたら助けてくれ」
なんとも清々しい表情をしながら、私に救いの手を求めるアルビス。余裕があるように見えるけど、私に頼ってくるという事は、内心そうでもないみたいだ。
たぶん合っているであろう、アルビスの心境を汲み取った私は、鼻からため息を漏らしながら顔を前へ向けた。
「当たり前だろ? 肩でもなんでも貸してやる」
「すまんな、頼りにしてるぞ」
「けど、私はお前ほど勘が鋭くないからな。何かあったらちゃんと言ってくれよ?」
「分かった、包み隠さず報告しよう」
この私が、アルビスに頼られている。どうしよう、ちょっと嬉しい。ここ最近、アルビスに頼ってばかりだったし。あいつを落胆させないよう、その想いにしっかり応えてやらねば。
俄然やる気が出てきたせいで、早くタートへ行きたくなった私は、箒の速度をやや速め、人混みを避けつつ進んで行く。
そして、会話が止まってから一分後。タートの城門が朧気に見えてきたので、注意されないよう箒の速度を徐々に緩め、城門から三十m手前付近で停止させた。
「人が多いから、ここからは歩こう。箒から降りてくれ」
「分かった」
腕を組んだままのアルビスが、地面に降りた事を確認し。私も箒から降りて、乗っていた二つの箒を消した。
先に前を歩き始めたアルビスは、普段と変わらない様子でいる。足取りも悠々と軽い。先に知っていなければ、恐怖心を抱いているなんて微塵も思っていなかっただろう。
なんとしても、アルビスの恐怖心を早く取り除いてやりたい。何か、妙案でもあればいいのだがな。
アルビスが抱いている恐怖心は、周りに居る無害な人達が、過去にさんざん襲ってきた人間達と重なっているせいだ。
その人間達は、アルビスが黒龍だと分かっていたから、部位欲しさに襲っていた。……なら、タートではアルビスを、違う種族だと周知させてしまえばいいんじゃないか?
一番手っ取り早いのは、行く先々の店で、私の兄か弟だと紹介する事。タートの一階層や二階層では、私は人間の魔女だと知られている。
だからアルビスを、そうやって紹介してしまえば、自ずと人間だと思ってくれるかもしれない。いや、そう思うのが普通だ。これは、やってみる価値があるぞ!
「アルビス、ちょっと耳を貸してくれ」
「む? 何故だ?」
「いい作戦を思い付いたんだ、早く貸せ」
何か、嫌な予感でも頭に過ったのだろうか。アルビスの眉間にシワが寄ったものの、私の傍まで顔を寄せてくれた。
「……なんだ?」
「ちょっと試したい事がある。上手くいけば、誰もお前を龍だと思わなくなるぞ」
「……一応聞いておこう。どんな作戦なんだ?」
「よく行く店の人達に、お前を私の兄か弟だと紹介するんだ。そうすれば、全員お前の事を人間だと思ってくれるはずだ。どうだ、この作戦? いけると思うんだが」
途中から確信まで交えて伝えるも、アルビスは「……ふむ」とだけ呟き、握った拳を口に当て、顔を少しだけ地面へ下げた。
この仕草は、何かを考えている時にする仕草だけども。数秒後、拳から垣間見える口角が上がり、腕を組み直した。
「なるほど。顔や素性が知れ渡ってる貴様が、余をそうやって紹介してくれれば、兵士だって欺けるかもしれんな」
「ああ。私は兵士にも顔や名前を知られてるし、評判もまあまあいい。最近になってだけど、街中ですれ違うと、兵士が私の名前を呼んで挨拶してくれるようになった」
「ほう。評判がいいという事は、信頼されてる証にもなる。よし、物は試しだ。早速だが、城門前に居る兵士に、余を兄だと紹介してみてくれ」
「分かった、兄でいいんだな?」
「うむ。適当に合わせるから、好きに話を進めろ」
話に乗ってくれたアルビスに対し、小さく頷く私。そうだ。このパッと思い付いた作戦は、信頼を得ているからこそ出来る作戦だ。
今まで愛想よく……、とまでは分からないけども。小さな信頼をコツコツ積み重ねてきてよかった。城門前に居る衛兵は、とても気さくで、サニーの誕生日を祝ってくれた衛兵だ。
会う度に会話をしているし、たぶんタートで私を一番よく知っている人物だろう。……そんな人を騙すのは、ちょっと良心が痛むな。
「どうも」
「む? ああ、アカシックさんじゃ……」
すれ違う人に挨拶を交わしていた衛兵が、私の存在に気付くや否や。物珍しそうにしている顔を、アルビスが居る方へやった。
「この凛々しいお方、アカシックさんの旦那さんですか?」
会って早々、アルビスを旦那と呼ぶか……。まさかの言葉に怯んでしまったが、掴みは上々だ。
「まさか。こいつは、私の兄です」
「あっ、これは失礼……。お兄さんでしたか」
「ええ、アルビスと申します。以後、お見知りおきを」
なんとも好印象を与える口振りで自己紹介し、丁寧に一礼するアルビス。よし、私の紹介を何の疑いもなく信じてくれた。この作戦、間違いなくいける!
「アルビスさんですね、どうも初めまして。服装からして、使用人か執事をやってらっしゃるんですか?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、執事の方を少々」
「おお、やはり! しかし、未熟者なんてとんでもない。その高貴な振る舞い方、城の執事として充分にやってけますよ」
「そうですか! それは光栄です! 自信が湧いてきました、ありがとうございます」
端から二人の会話を聞いていても、実に人間らしい自然な会話だ。これなら街に入ろうとも、誰もアルビスを黒龍だとは夢にも思わないだろう。
それにしても、アルビスの奴。ずいぶんと会話に花を咲かせているな。笑いながら冗談も交えているし、かなりの世渡り上手じゃないか。流石は本物の執事だ。
「それではアルビスさん、ようこそタートへ。本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。アカシック、中へ行こう。街を案内してくれ」
「あ、ああ、分かった」
名前だけで呼ぶのは恥ずかしいから嫌だと、あれだけ拒否していたのに……。やはり、役を全うしている時のアルビスは、色々とすごいな。
作戦も無事に成功したので、通り過ぎ様に衛兵に会釈をする私。アルビスの横に付くと、隣から「ふむ」と確信を得たような声が聞こえてきた。
「アカシック・ファーストレディ。貴様が考えたこの作戦、使えるな」
「だろ? お前達の会話を聞いてたけど、かなりの手応えを感じた」
「余も大いに感じてた。この調子で、どんどん余の紹介を頼むぞ。我が妹よ」
「任せておけ、兄さん」
よし。確かな結果を得られたし、アルビスにも好評だ。これでタートでは、アルビスを黒龍だと疑う人は居なくなる。
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