136 / 301
133話、恐怖心を和らげる嘘
しおりを挟む
アルビスと『タート』へ行く為に、箒を召喚してから『後ろに乗れ』と言うも。真顔のアルビスに強く拒否され、そこから説教が始まってしまった。
なんでも箒の後ろに乗ると、私の体を抱きしめなければならないので、それがすごく恥ずかしいと言われ。追い打ちに『貴様はもっと、女性としての自覚を持て』と真面目に叱られた。
一応、私は女としての自覚をちゃんと持っている。しかし、私とアルビスは家族だ。体に触れられるぐらいなら、別に全然構わないし、私はまったく気にしない。
そう伝えようと思ったのだが……。説教の時間がとんでもなく長くなってしまいそうなので、とりあえず素直に聞き入れ、もう一本の箒を召喚して、あいつを乗せた。
アルビスは黒龍なので、自分の翼で飛ぶ事が出来るけども。そのまま『タート』まで行かれたら、あいつの正体が一発でバレてしまう。
なので、次回からも箒に乗って行ってもらう事にした。元々アルビスは魔法を使えるので、コツさえ掴めばすぐ飛べる様になる。
それと、あいつは人間として振る舞ってほしいので、変身魔法で龍眼を人間の目に変えてもらっておいた。色は深い紫色のままだが、これで大丈夫だろう。
もうすぐ針葉樹林地帯を飛び超し、雑木林を抜けて街道へ出る。タートへ着いた時、アルビスは一体どんな反応を示すだろうか。楽しみにしていよう。
「あとはこの道を真っ直ぐ行けば、タートに着く」
「ここを真っ直ぐだな。よし、道は覚えた。……しかし、人が多いな」
自身に『ふわふわ』をかけ、椅子に座る形で箒に乗り、腕と足を組んでいるアルビスが言う。見える範囲で行き来している人の数は、おおよそ五十人前後。
現在は、昼下がりを少し過ぎたぐらい。普段時と比べると、まあまあ多い気がする。
「主要な道の一つだからな。色んな方面から人が集まってきてるんだ」
「なるほど。人が少ない時間帯は、いつなんだ?」
「大体、三時過ぎから夕方前ぐらいだな。今の半分ぐらいまで減るぞ」
「そうか。なら、余もその時間帯に来るとしよう」
そう決めたアルビスは、頻繁に足を組み直したり、どこか落ち着かない様子で辺りを見渡している。何かを警戒しているのようだ。
「なにソワソワしてるんだ?」
「ちょっとな。余は、どうやら人混みが苦手なようだ」
「人混み?」
「ああ。まったく違う光景なんだが、どうも過去の記憶と重なってしまってな。これを克服するのは、ちょっと時間が掛かりそうだ」
過去の記憶。内容は聞くまでもなく、人間に襲われていた時の事だろう。『絶滅種録』に載っていたアルビスの体には、百じゃ利かない数の武器が刺さっていた。
しかし、それは武器だけの話。きっと、それ以上の人間達に襲われていたに違いない。今この道を歩いている人の数では、きっと比にならないだろう。
「大丈夫か? 無理をするなよ?」
「大丈夫、と言えば嘘になる。頭では分かってるんだ。ここに居る奴らは、余の正体を知らないし襲ってこない。余を襲ってきてた奴らは、とっくの昔に死んでるとな。しかし、まだ心が理解してくれてないようだ。執事をやってた時は、すぐに割り切れてたんだがな」
サラリと本音を明かしてくれたアルビスが、小刻みに震えている右手を眺めては、震えを黙らせるかのように握り拳を作った。
今のアルビスは、人混みに対して恐怖を感じている。眺めていた手の震えがいい証拠だ。けど、表情には一切出ていない。いつも通り、凛とした澄まし顔をしている。
でも、この人数で恐怖を感じているんだ。このままタートに入ったら、足が竦んで動けなくなる可能性だってある。断られる前提だけども、一応聞いてみるか。
「アルビス、一旦帰るか?」
「いや。とっととこの恐怖を克服したいから、決して帰らんぞ。むしろ、街に入ったら人が多い場所へ案内してくれ」
「本当に言ってるのか、それ?」
「無論だ。それに、今日は貴様が居る。情けないが、恐怖に負けたら助けてくれ」
なんとも清々しい表情をしながら、私に救いの手を求めるアルビス。余裕があるように見えるけど、私に頼ってくるという事は、内心そうでもないみたいだ。
たぶん合っているであろう、アルビスの心境を汲み取った私は、鼻からため息を漏らしながら顔を前へ向けた。
「当たり前だろ? 肩でもなんでも貸してやる」
「すまんな、頼りにしてるぞ」
「けど、私はお前ほど勘が鋭くないからな。何かあったらちゃんと言ってくれよ?」
「分かった、包み隠さず報告しよう」
この私が、アルビスに頼られている。どうしよう、ちょっと嬉しい。ここ最近、アルビスに頼ってばかりだったし。あいつを落胆させないよう、その想いにしっかり応えてやらねば。
俄然やる気が出てきたせいで、早くタートへ行きたくなった私は、箒の速度をやや速め、人混みを避けつつ進んで行く。
そして、会話が止まってから一分後。タートの城門が朧気に見えてきたので、注意されないよう箒の速度を徐々に緩め、城門から三十m手前付近で停止させた。
「人が多いから、ここからは歩こう。箒から降りてくれ」
「分かった」
腕を組んだままのアルビスが、地面に降りた事を確認し。私も箒から降りて、乗っていた二つの箒を消した。
先に前を歩き始めたアルビスは、普段と変わらない様子でいる。足取りも悠々と軽い。先に知っていなければ、恐怖心を抱いているなんて微塵も思っていなかっただろう。
なんとしても、アルビスの恐怖心を早く取り除いてやりたい。何か、妙案でもあればいいのだがな。
アルビスが抱いている恐怖心は、周りに居る無害な人達が、過去にさんざん襲ってきた人間達と重なっているせいだ。
その人間達は、アルビスが黒龍だと分かっていたから、部位欲しさに襲っていた。……なら、タートではアルビスを、違う種族だと周知させてしまえばいいんじゃないか?
一番手っ取り早いのは、行く先々の店で、私の兄か弟だと紹介する事。タートの一階層や二階層では、私は人間の魔女だと知られている。
だからアルビスを、そうやって紹介してしまえば、自ずと人間だと思ってくれるかもしれない。いや、そう思うのが普通だ。これは、やってみる価値があるぞ!
「アルビス、ちょっと耳を貸してくれ」
「む? 何故だ?」
「いい作戦を思い付いたんだ、早く貸せ」
何か、嫌な予感でも頭に過ったのだろうか。アルビスの眉間にシワが寄ったものの、私の傍まで顔を寄せてくれた。
「……なんだ?」
「ちょっと試したい事がある。上手くいけば、誰もお前を龍だと思わなくなるぞ」
「……一応聞いておこう。どんな作戦なんだ?」
「よく行く店の人達に、お前を私の兄か弟だと紹介するんだ。そうすれば、全員お前の事を人間だと思ってくれるはずだ。どうだ、この作戦? いけると思うんだが」
途中から確信まで交えて伝えるも、アルビスは「……ふむ」とだけ呟き、握った拳を口に当て、顔を少しだけ地面へ下げた。
この仕草は、何かを考えている時にする仕草だけども。数秒後、拳から垣間見える口角が上がり、腕を組み直した。
「なるほど。顔や素性が知れ渡ってる貴様が、余をそうやって紹介してくれれば、兵士だって欺けるかもしれんな」
「ああ。私は兵士にも顔や名前を知られてるし、評判もまあまあいい。最近になってだけど、街中ですれ違うと、兵士が私の名前を呼んで挨拶してくれるようになった」
「ほう。評判がいいという事は、信頼されてる証にもなる。よし、物は試しだ。早速だが、城門前に居る兵士に、余を兄だと紹介してみてくれ」
「分かった、兄でいいんだな?」
「うむ。適当に合わせるから、好きに話を進めろ」
話に乗ってくれたアルビスに対し、小さく頷く私。そうだ。このパッと思い付いた作戦は、信頼を得ているからこそ出来る作戦だ。
今まで愛想よく……、とまでは分からないけども。小さな信頼をコツコツ積み重ねてきてよかった。城門前に居る衛兵は、とても気さくで、サニーの誕生日を祝ってくれた衛兵だ。
会う度に会話をしているし、たぶんタートで私を一番よく知っている人物だろう。……そんな人を騙すのは、ちょっと良心が痛むな。
「どうも」
「む? ああ、アカシックさんじゃ……」
すれ違う人に挨拶を交わしていた衛兵が、私の存在に気付くや否や。物珍しそうにしている顔を、アルビスが居る方へやった。
「この凛々しいお方、アカシックさんの旦那さんですか?」
会って早々、アルビスを旦那と呼ぶか……。まさかの言葉に怯んでしまったが、掴みは上々だ。
「まさか。こいつは、私の兄です」
「あっ、これは失礼……。お兄さんでしたか」
「ええ、アルビスと申します。以後、お見知りおきを」
なんとも好印象を与える口振りで自己紹介し、丁寧に一礼するアルビス。よし、私の紹介を何の疑いもなく信じてくれた。この作戦、間違いなくいける!
「アルビスさんですね、どうも初めまして。服装からして、使用人か執事をやってらっしゃるんですか?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、執事の方を少々」
「おお、やはり! しかし、未熟者なんてとんでもない。その高貴な振る舞い方、城の執事として充分にやってけますよ」
「そうですか! それは光栄です! 自信が湧いてきました、ありがとうございます」
端から二人の会話を聞いていても、実に人間らしい自然な会話だ。これなら街に入ろうとも、誰もアルビスを黒龍だとは夢にも思わないだろう。
それにしても、アルビスの奴。ずいぶんと会話に花を咲かせているな。笑いながら冗談も交えているし、かなりの世渡り上手じゃないか。流石は本物の執事だ。
「それではアルビスさん、ようこそタートへ。本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。アカシック、中へ行こう。街を案内してくれ」
「あ、ああ、分かった」
名前だけで呼ぶのは恥ずかしいから嫌だと、あれだけ拒否していたのに……。やはり、役を全うしている時のアルビスは、色々とすごいな。
作戦も無事に成功したので、通り過ぎ様に衛兵に会釈をする私。アルビスの横に付くと、隣から「ふむ」と確信を得たような声が聞こえてきた。
「アカシック・ファーストレディ。貴様が考えたこの作戦、使えるな」
「だろ? お前達の会話を聞いてたけど、かなりの手応えを感じた」
「余も大いに感じてた。この調子で、どんどん余の紹介を頼むぞ。我が妹よ」
「任せておけ、兄さん」
よし。確かな結果を得られたし、アルビスにも好評だ。これでタートでは、アルビスを黒龍だと疑う人は居なくなる。
それと直に、アルビスの恐怖心も無くなっていくだろう。ならば、今日中に私が行っている全ての店で、アルビスを紹介してやらないと。
なんでも箒の後ろに乗ると、私の体を抱きしめなければならないので、それがすごく恥ずかしいと言われ。追い打ちに『貴様はもっと、女性としての自覚を持て』と真面目に叱られた。
一応、私は女としての自覚をちゃんと持っている。しかし、私とアルビスは家族だ。体に触れられるぐらいなら、別に全然構わないし、私はまったく気にしない。
そう伝えようと思ったのだが……。説教の時間がとんでもなく長くなってしまいそうなので、とりあえず素直に聞き入れ、もう一本の箒を召喚して、あいつを乗せた。
アルビスは黒龍なので、自分の翼で飛ぶ事が出来るけども。そのまま『タート』まで行かれたら、あいつの正体が一発でバレてしまう。
なので、次回からも箒に乗って行ってもらう事にした。元々アルビスは魔法を使えるので、コツさえ掴めばすぐ飛べる様になる。
それと、あいつは人間として振る舞ってほしいので、変身魔法で龍眼を人間の目に変えてもらっておいた。色は深い紫色のままだが、これで大丈夫だろう。
もうすぐ針葉樹林地帯を飛び超し、雑木林を抜けて街道へ出る。タートへ着いた時、アルビスは一体どんな反応を示すだろうか。楽しみにしていよう。
「あとはこの道を真っ直ぐ行けば、タートに着く」
「ここを真っ直ぐだな。よし、道は覚えた。……しかし、人が多いな」
自身に『ふわふわ』をかけ、椅子に座る形で箒に乗り、腕と足を組んでいるアルビスが言う。見える範囲で行き来している人の数は、おおよそ五十人前後。
現在は、昼下がりを少し過ぎたぐらい。普段時と比べると、まあまあ多い気がする。
「主要な道の一つだからな。色んな方面から人が集まってきてるんだ」
「なるほど。人が少ない時間帯は、いつなんだ?」
「大体、三時過ぎから夕方前ぐらいだな。今の半分ぐらいまで減るぞ」
「そうか。なら、余もその時間帯に来るとしよう」
そう決めたアルビスは、頻繁に足を組み直したり、どこか落ち着かない様子で辺りを見渡している。何かを警戒しているのようだ。
「なにソワソワしてるんだ?」
「ちょっとな。余は、どうやら人混みが苦手なようだ」
「人混み?」
「ああ。まったく違う光景なんだが、どうも過去の記憶と重なってしまってな。これを克服するのは、ちょっと時間が掛かりそうだ」
過去の記憶。内容は聞くまでもなく、人間に襲われていた時の事だろう。『絶滅種録』に載っていたアルビスの体には、百じゃ利かない数の武器が刺さっていた。
しかし、それは武器だけの話。きっと、それ以上の人間達に襲われていたに違いない。今この道を歩いている人の数では、きっと比にならないだろう。
「大丈夫か? 無理をするなよ?」
「大丈夫、と言えば嘘になる。頭では分かってるんだ。ここに居る奴らは、余の正体を知らないし襲ってこない。余を襲ってきてた奴らは、とっくの昔に死んでるとな。しかし、まだ心が理解してくれてないようだ。執事をやってた時は、すぐに割り切れてたんだがな」
サラリと本音を明かしてくれたアルビスが、小刻みに震えている右手を眺めては、震えを黙らせるかのように握り拳を作った。
今のアルビスは、人混みに対して恐怖を感じている。眺めていた手の震えがいい証拠だ。けど、表情には一切出ていない。いつも通り、凛とした澄まし顔をしている。
でも、この人数で恐怖を感じているんだ。このままタートに入ったら、足が竦んで動けなくなる可能性だってある。断られる前提だけども、一応聞いてみるか。
「アルビス、一旦帰るか?」
「いや。とっととこの恐怖を克服したいから、決して帰らんぞ。むしろ、街に入ったら人が多い場所へ案内してくれ」
「本当に言ってるのか、それ?」
「無論だ。それに、今日は貴様が居る。情けないが、恐怖に負けたら助けてくれ」
なんとも清々しい表情をしながら、私に救いの手を求めるアルビス。余裕があるように見えるけど、私に頼ってくるという事は、内心そうでもないみたいだ。
たぶん合っているであろう、アルビスの心境を汲み取った私は、鼻からため息を漏らしながら顔を前へ向けた。
「当たり前だろ? 肩でもなんでも貸してやる」
「すまんな、頼りにしてるぞ」
「けど、私はお前ほど勘が鋭くないからな。何かあったらちゃんと言ってくれよ?」
「分かった、包み隠さず報告しよう」
この私が、アルビスに頼られている。どうしよう、ちょっと嬉しい。ここ最近、アルビスに頼ってばかりだったし。あいつを落胆させないよう、その想いにしっかり応えてやらねば。
俄然やる気が出てきたせいで、早くタートへ行きたくなった私は、箒の速度をやや速め、人混みを避けつつ進んで行く。
そして、会話が止まってから一分後。タートの城門が朧気に見えてきたので、注意されないよう箒の速度を徐々に緩め、城門から三十m手前付近で停止させた。
「人が多いから、ここからは歩こう。箒から降りてくれ」
「分かった」
腕を組んだままのアルビスが、地面に降りた事を確認し。私も箒から降りて、乗っていた二つの箒を消した。
先に前を歩き始めたアルビスは、普段と変わらない様子でいる。足取りも悠々と軽い。先に知っていなければ、恐怖心を抱いているなんて微塵も思っていなかっただろう。
なんとしても、アルビスの恐怖心を早く取り除いてやりたい。何か、妙案でもあればいいのだがな。
アルビスが抱いている恐怖心は、周りに居る無害な人達が、過去にさんざん襲ってきた人間達と重なっているせいだ。
その人間達は、アルビスが黒龍だと分かっていたから、部位欲しさに襲っていた。……なら、タートではアルビスを、違う種族だと周知させてしまえばいいんじゃないか?
一番手っ取り早いのは、行く先々の店で、私の兄か弟だと紹介する事。タートの一階層や二階層では、私は人間の魔女だと知られている。
だからアルビスを、そうやって紹介してしまえば、自ずと人間だと思ってくれるかもしれない。いや、そう思うのが普通だ。これは、やってみる価値があるぞ!
「アルビス、ちょっと耳を貸してくれ」
「む? 何故だ?」
「いい作戦を思い付いたんだ、早く貸せ」
何か、嫌な予感でも頭に過ったのだろうか。アルビスの眉間にシワが寄ったものの、私の傍まで顔を寄せてくれた。
「……なんだ?」
「ちょっと試したい事がある。上手くいけば、誰もお前を龍だと思わなくなるぞ」
「……一応聞いておこう。どんな作戦なんだ?」
「よく行く店の人達に、お前を私の兄か弟だと紹介するんだ。そうすれば、全員お前の事を人間だと思ってくれるはずだ。どうだ、この作戦? いけると思うんだが」
途中から確信まで交えて伝えるも、アルビスは「……ふむ」とだけ呟き、握った拳を口に当て、顔を少しだけ地面へ下げた。
この仕草は、何かを考えている時にする仕草だけども。数秒後、拳から垣間見える口角が上がり、腕を組み直した。
「なるほど。顔や素性が知れ渡ってる貴様が、余をそうやって紹介してくれれば、兵士だって欺けるかもしれんな」
「ああ。私は兵士にも顔や名前を知られてるし、評判もまあまあいい。最近になってだけど、街中ですれ違うと、兵士が私の名前を呼んで挨拶してくれるようになった」
「ほう。評判がいいという事は、信頼されてる証にもなる。よし、物は試しだ。早速だが、城門前に居る兵士に、余を兄だと紹介してみてくれ」
「分かった、兄でいいんだな?」
「うむ。適当に合わせるから、好きに話を進めろ」
話に乗ってくれたアルビスに対し、小さく頷く私。そうだ。このパッと思い付いた作戦は、信頼を得ているからこそ出来る作戦だ。
今まで愛想よく……、とまでは分からないけども。小さな信頼をコツコツ積み重ねてきてよかった。城門前に居る衛兵は、とても気さくで、サニーの誕生日を祝ってくれた衛兵だ。
会う度に会話をしているし、たぶんタートで私を一番よく知っている人物だろう。……そんな人を騙すのは、ちょっと良心が痛むな。
「どうも」
「む? ああ、アカシックさんじゃ……」
すれ違う人に挨拶を交わしていた衛兵が、私の存在に気付くや否や。物珍しそうにしている顔を、アルビスが居る方へやった。
「この凛々しいお方、アカシックさんの旦那さんですか?」
会って早々、アルビスを旦那と呼ぶか……。まさかの言葉に怯んでしまったが、掴みは上々だ。
「まさか。こいつは、私の兄です」
「あっ、これは失礼……。お兄さんでしたか」
「ええ、アルビスと申します。以後、お見知りおきを」
なんとも好印象を与える口振りで自己紹介し、丁寧に一礼するアルビス。よし、私の紹介を何の疑いもなく信じてくれた。この作戦、間違いなくいける!
「アルビスさんですね、どうも初めまして。服装からして、使用人か執事をやってらっしゃるんですか?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、執事の方を少々」
「おお、やはり! しかし、未熟者なんてとんでもない。その高貴な振る舞い方、城の執事として充分にやってけますよ」
「そうですか! それは光栄です! 自信が湧いてきました、ありがとうございます」
端から二人の会話を聞いていても、実に人間らしい自然な会話だ。これなら街に入ろうとも、誰もアルビスを黒龍だとは夢にも思わないだろう。
それにしても、アルビスの奴。ずいぶんと会話に花を咲かせているな。笑いながら冗談も交えているし、かなりの世渡り上手じゃないか。流石は本物の執事だ。
「それではアルビスさん、ようこそタートへ。本日はごゆるりとお楽しみ下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。アカシック、中へ行こう。街を案内してくれ」
「あ、ああ、分かった」
名前だけで呼ぶのは恥ずかしいから嫌だと、あれだけ拒否していたのに……。やはり、役を全うしている時のアルビスは、色々とすごいな。
作戦も無事に成功したので、通り過ぎ様に衛兵に会釈をする私。アルビスの横に付くと、隣から「ふむ」と確信を得たような声が聞こえてきた。
「アカシック・ファーストレディ。貴様が考えたこの作戦、使えるな」
「だろ? お前達の会話を聞いてたけど、かなりの手応えを感じた」
「余も大いに感じてた。この調子で、どんどん余の紹介を頼むぞ。我が妹よ」
「任せておけ、兄さん」
よし。確かな結果を得られたし、アルビスにも好評だ。これでタートでは、アルビスを黒龍だと疑う人は居なくなる。
それと直に、アルビスの恐怖心も無くなっていくだろう。ならば、今日中に私が行っている全ての店で、アルビスを紹介してやらないと。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。


【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる