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132話、何かを訴えかけるユニコーン
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新しく引っ越してきた隣人を持て成すべく、気合の入ったアルビスと料理を作っている最中。楽しみにしていたシチューを食べられなくなってしまったアルビスに、一言謝りを入れたものの。
あいつは小声で『別に構わん。貴様のシチューはいつでも食べられる。が、今日という特別な日は二度と訪れん。余の事は一旦忘れ、ウィザレナを持て成してやれ』と返してきた。
確かに、アルビスの言っている事は正しい。私達にとっても、ウィザレナにとっても、今日は生涯で一度しかない特別な日だ。逃してしまえば、手の届かない過去になってしまう。
特に気にしている様子もなかったので。アルビスの言う通り、一旦忘れる事にした。だから明日は、最高のシチューを作ってやらなければ。
そして、ウィザレナはというと。野菜を中心とした料理を食べては、ホロリと泣き。ウィザレナ曰く、エルフの里に居る間、風呂はおろか、水浴びすら満足に出来ていなかったらしく。
夜になれば、私の家にある風呂を貸し。その間に私は、ウィザレナが着ていた服の洗濯。アルビスは、エルフでも食べられる甘味を用意。
とろけた顔をしながら出てきたウィザレナに、二人で追撃をして喜ばせ。結局その日は、動物達と共に私の家に泊まり、ふかふかの布団で一夜を過ごした。
みんな相当疲れていたのだろう。朝になっても誰一人として起きず、みんな安心し切った寝顔をしていて、昼近くまで寝ていた。
さて、ヴェルインも来た事だし。アルビスにシチューを食べさせるべく、『タート』へ買い出しに行かなければ。昨日は食べさせてやれなかったし、大量に作ってやらないとな。
「それじゃあ、買い出しに行ってくる」
「む。待て、アカシック・ファーストレディ。余も行く」
「え? お前も来るのか?」
熱心に本棚の掃除をしていたアルビスが、埃取り棒をあった場所へ戻し、私の元まで歩んできた。
「ああ、ウィザレナの家を直す為の補強材が欲しいんだ。それと、そろそろ『タート』の街並みを見ておきたいし、店の配置も覚えておきたいからな」
「店の配置って、買い出しに行く気まんまんだな」
「無論だ。すぐにその役割を貴様から奪ってやる。せいぜい、残り少ない買い出しを楽しむんだな」
すぐとは言わず、今日の内に奪いそうなアルビスが、そことなく魔王感を出しながら腕を組む。言い回しや雰囲気、私への見下し方が本物のそれに近い。
民の買い出しを代わる魔王か。なんだか、人が嫌がる事を率先してやりそうだな。根の良さが隠し切れていない。
「ずっととはいかないぞ。せめて、お互い半々ぐらいの頻度にしよう」
「そうはいかん。いいか? 貴様が買い出しに行き来すると、決まって一時間以上掛かる。しかし余が行けば、その貴重な一時間が浮く事になるんだぞ? たかが一時間、されど一時間。長い目で見れば、塵も積もればなんとやらだ」
私を言い包めようと説教を始めたアルビスをよそに、私は扉がある方へ歩き出す。
「だからこそだ。私は、お前の時間も大事に使ってほしいと思って―――」
扉の近くまで来た矢先。柔らかい何かにぶつかったせいで、驚いて口が止まった私は、視界を恐る恐る前へ持っていく。
移り変わった視界内には、あるはずの扉はどこにも見当たらず。代わりに、ユニコーンの白い胴体が視界内を埋め尽くしていた。
そして左側を向けば、私をじーっと見ているユニコーンの顔。ちょっと気まずいな……。前を見ないで歩いていた私が悪いし、数歩下がってから謝りを入れよう。
「すまない、前を向いて歩いてなかった」
頭を軽く下げて謝ろうとも、ユニコーンの表情に変化は無し。それどころか、私を見ている目が細まっていった。もしかして、怒っているのだろうか……?
「ほ、本当にすまなかった。いや、すみませんでした。私の不注意により、あなたの体を汚してしまって。お、怒って、ますよね……?」
しどろもどろになってきた私に対し、顔を横に振るユニコーン。
「という事は、怒って、ません?」
今度は顔を縦に振ってくれた。よかった、どうやら怒ってないみたいだ。というか、私の言葉の意味を理解しているんだな。
なら、意思の伝達も可能になる。これは大きな情報だ。ユニコーンについての情報や生態は、正直ほとんど知らないけれども、知性はかなり高いと見た。
「とりあえず、あなたが怒ってないようでよかったです。以後、気を付けます」
私が安心した旨を伝えるも、ユニコーンはその場から動き出そうとはせず、私を見据えたまま。一向にどいてはくれない。
外へ通じる扉は、ユニコーンの体によって完全に塞がれている。そろそろ買い出しへ行きたいし、どうにかしてどいてもらわないと。
「すみません、外へ行きたいんです。少しだけ動いてもらってもいいでしょうか?」
棘のない言葉で言うも、ユニコーンは首を横に振った。私を外へ出す気はないらしい。……なぜだ?
「なんだ、余らに用でもあるのか?」
背後から聞こえてきたアルビスの問いに、ユニコーンは首を振り回す勢いで縦に振った。
「仕草からして合ってるようだな」
「みたいだな」
だから扉を塞いでまで、私を止めた訳か。けど、ここからはかなり難しいぞ。言葉の意味は理解しているけども、ユニコーンは喋る事が出来ない。
しかも、ゴーレムのように手は無いし、常に四つん這いの状態だ。器用な動作をして、相手に意思を伝える事も出来ない。さて、どうしたものか。
「それで、余らになんの用があるんだ?」
ちゃんと聞く姿勢をしているものの。ユニコーンは私達の顔を困惑気味に見返しては、頭と耳を垂れ下げていくばかり。表情もしょんぼりと落ち込んでいる。
私達を引き留めるのには成功したけど、知性が高い故、用件を伝えられる手段が無いと悟ったのだろう。
そうなると、九百年以上も共にしてきたウィザレナと意思疎通を図れなかった事を、ちょっと可哀想に思えてきた。
獣人のヴェルインのように、言葉を話せる体の構造をしていればよかったのに。……言葉を話せる、体の構造?
そうだ。話す事が出来ないのであれば、話せる体にしてやればいい。私とアルビスは、そういう体にさせてやれる魔法を知っている。なんなら、今もアルビスが自身に使っている魔法だ。
「アルビス。ユニコーンに変身魔法を使ってみないか?」
「変身魔法? ああ、なるほど。言葉を話せる種族に変身させるんだな」
「そうだ。そうすれ、どわっ!?」
解決策を見出した直後。何か重い物に押し倒され、視界が勝手に移り変わっていく。ほぼ同時、背中に軽い衝撃が走り、腹部に重い何かがのしかかってきた。
「グッ……。一体、何が起こったんだ……? ……む」
状況を確認するべく、頭だけ上げてみれば。いつの間にか隣で寝そべっているユニコーンが、嬉しそうにしている顔を、私の腹部に擦り付けていた。
「どうやら、それが正解みたいだな」
「……そうみたいだな」
試そうと思っていた事が正解だったようで。私は短く嘶《いなな》いているユニコーンの顔を撫でた後、痛みが走っている腰を擦りながら立ち上がる。
その姿を見ていたユニコーンも立ち上がり、再び私の体に顔を寄せてきた。今度は私を押し倒さないよう、顔を軽く擦り付けている。
本当に嬉しがっているのか。表情は柔らかく、どこか笑っているようにも見えるな。
「ユニコーン。言葉を話せる体になりたいのか?」
アルビスが念を押して問い掛けてみると、ユニコーンは私の体から顔を離し、是非そうしてくれと言わんばかりに、顔を激しく縦に振った。
「ふむ、そうか。どうする、アカシック・ファーストレディ? どの種族に変身させようか?」
「そうだな……」
真っ先に思い浮かんだのは、私のような人間。しかし、人間に襲われていた時期があまりにも長いので、その姿は酷く嫌うだろう。
だとすると、妖精、精霊、獣人、エルフ、ドワーフといった種族が好ましい。どうしよう、意外と選択肢の幅が広いな。一応、ユニコーンに聞いてみるか。
「ユニコーンさん、何かなりたい種族とかありますか?」
そう要望を出した途端、ユニコーンが顔を明後日の方向へバッと下げた。そのまま動かなくなってしまったけれども、あの動作にだって必ず意味があるはずだ。
「……ウィザレナになりたいのか?」
詮索しているようなアルビスの声に、顔を小刻みに縦へ揺らすユニコーン。
「なんで分かったんだ?」
「ほら、角がウィザレナを差してるだろ? その姿が、指を差してるように見えてな」
アルビスの説明に、とある方向を差しているユニコーンの角に注目してみる。次に角の先へ視線を滑らせてみれば、こちらの様子を心配そうに窺っているウィザレナの姿があった。
ヴェルインとサニーも物珍しそうな顔で、私達を見ている所を察するに。結構前から見られていたようだ。
「なるほど。それじゃあ、ウィザレナみたいな姿でいいんですね?」
それが答えだと確信したのに、ユニコーンは顔を横に振った。
「……ウィザレナそのものですか?」
答えを少し変えてみると、ユニコーンは満足気に顔を縦に振る。
「だそうだ、アカシック・ファーストレディ」
「ああ、答えに辿り着けてよかった」
もし私だけだったら、ここまですんなり答えまで辿り着けなかっただろう。今回は、アルビスの勘の鋭さに感謝しておかなければ。
「もしかして、その子と喋れるようになるのか!?」
視界の外から聞こえてきた、どこか期待に満ちているウィザレナの大声。
「そうだ。ユニコーンさんの要望で、これからお前そっくりの姿に変身させる」
「おおっ、本当か!? なら早くやってくれ!」
あの弾けた喜びよう。たぶんウィザレナも、ユニコーンと喋りたいと思っていたに違いない。なら、すぐにその願いを叶えてやらないと。
「それではユニコーンさん、変身魔法をかけますね」
鼻息を荒げ、首を縦に振り続けているユニコーンを認めつつ、私は構えている右手をユニコーンに向け、指をパチンと鳴らす。すると、何事もなく変身魔法が発動したようで。
ユニコーンの足元に魔法陣が現れ、目を瞑りたくなるような眩い虹色の光が、部屋内を薄っすらと満たしていく。
数秒すると変身が終わったのか。光の壁を昇らせていた魔法陣が、収まってきた虹色の光と共に消滅していった。
「ふむ、流石はアカシック・ファーストレディといった所か。やはり変身魔法の精度が高いな」
光の中から現れた人物を見て、さり気なく私を褒めるアルビス。元々ユニコーンが立っていた場所には、一角獣の姿はどこにもなく、代わりに一人の人物が立っていた。
髪色はユニコーンの毛並みをあやかり、雪原を彷彿とさせる純白。きょとんとさせている切れ目も、ユニコーンの時と同じく黒。
後は、ほぼウィザレナと一緒だ。薄緑色の狩人の服に、華奢で白みを帯びた腕。長くて先が尖っている、エルフ特有の耳。うん、完璧だ。これならユニコーンさんも喜んでくれるだろう。
その、まだ状況を把握していなさそうなユニコーンが、己の姿を確かめるように下を向く。粗方見終えると、黒色の切れ目を私に合わせてきた。
「……あ、あーっ。……そ、そこのあなた。確か、アカシック様、でしたよね? 私の言葉が、分かりますか?」
「ええ、分かります」
しっかりと頷いてみせれば、なんともおしとやかな声を発したユニコーンの目が見開き、涙で滲んできた目を細めていく。
華奢な両手で口元を覆い隠すと、駆け足で私の元へ来ては、私の両手を強く握り締めた。
「ご恩に着ります、アカシック様! ああ、なんとお礼を述べればいいのやら……」
喜びを爆発させているユニコーンの右目から、溢れ出した清らかな涙が頬を伝い、床に落ちていく。
「お礼なんて、別にいりません。姿はそれで大丈夫ですか?」
「ええ! これ以上の誇りはない姿です! 本当にありがとうございます、アカシック様!」
「よかったな、ユニコーン」
どこか親心さえ垣間見えるアルビスの言葉に、ユニコーンは長く尖った耳をピクリと反応させ、私に深くお辞儀をしてからアルビスの元へ駆けて行く。
「アルビス様も! 言葉が話せない私の気持ちを汲み取って下さり、本当にありがとうございます!」
「余の事はいい。それよりも、ウィザレナと話したいんだろ? 行ってこい」
昨夜、ウィザレナから『気を遣わないでくれ』と言われたアルビスが、ウィザレナに手をかざす。
「え? いいの、ですか?」
「構わん。だからこそ、その姿になりたかったんだろ? 表情にも出てるし、早く行ってやれ」
「まっ……」
ここからだと後ろ姿しか見えないが。両手で覆い隠したユニコーンの顔は、図星を突かれて真っ赤になっていそうだ。
「うう……。そ、それでは、アルビス様のお言葉に甘えさせて頂きます! アルビス様、アカシック様! このご恩は一生忘れません!」
終始優しさが滲み出ているユニコーンは、私とアルビスに頭を深く下げ。ウィザレナが居る方向へ体を向けたかと思えば、床を蹴り上げて飛び込んでいった。
「ウィザレナーーっ!!」
座っていたら、勢い余って倒れ込むと予想したのだろう。慌てて立ち上がったウィザレナが、飛んで来たユニコーンの体を抱きしめた。
「ウィザレナ、私だよ! あなたとずっと一緒に居たユニコーンだよ!」
「一部始終を見てたぞ。ははっ、私そっくりじゃないか」
「当たり前だよ! だって、私とウィザレナは一心同体なんでしょ?」
「あ! もしかして、エルフの里で私とアカシック殿の会話を聞いてたな?」
「ふふん、ユニコーンの聴力を侮らないでよね。それよりも! ウィザレナと話せる日が来るだなんて、まるで夢のようだわ! 話したい事が山ほどあるのに、何から話せばいいのか分からないよ!」
「ふふっ、私もだ。けど、焦らなくていい。ここでは、私達の時間は沢山ある。思い付いた事を話していけばいいさ」
「うん、そうだね! それじゃあ―――」
隙を突き、アルビスと共に外へ出て、扉を静かに閉める私。けれども、ユニコーンの喋っている声が大きいので、耳をすまして聞いてみれば、会話の内容が丸わかりである。
「あの様子だと、もう二度と元の姿には戻らないだろうな」
「そうだな。暇な時にでも変身魔法を教えてやろう」
九百年以上という途方にもなく長い時を経て、本来であれば訪れる事なぞ決してない機会が、ユニコーンに訪れたんだ。あの喜びようも無理はない。
そしてそのユニコーンは、変身魔法でエルフになった。なら、ユニコーンというエルフにも、ウィザレナと同様の歓迎会を開いてやらないとな。
あいつは小声で『別に構わん。貴様のシチューはいつでも食べられる。が、今日という特別な日は二度と訪れん。余の事は一旦忘れ、ウィザレナを持て成してやれ』と返してきた。
確かに、アルビスの言っている事は正しい。私達にとっても、ウィザレナにとっても、今日は生涯で一度しかない特別な日だ。逃してしまえば、手の届かない過去になってしまう。
特に気にしている様子もなかったので。アルビスの言う通り、一旦忘れる事にした。だから明日は、最高のシチューを作ってやらなければ。
そして、ウィザレナはというと。野菜を中心とした料理を食べては、ホロリと泣き。ウィザレナ曰く、エルフの里に居る間、風呂はおろか、水浴びすら満足に出来ていなかったらしく。
夜になれば、私の家にある風呂を貸し。その間に私は、ウィザレナが着ていた服の洗濯。アルビスは、エルフでも食べられる甘味を用意。
とろけた顔をしながら出てきたウィザレナに、二人で追撃をして喜ばせ。結局その日は、動物達と共に私の家に泊まり、ふかふかの布団で一夜を過ごした。
みんな相当疲れていたのだろう。朝になっても誰一人として起きず、みんな安心し切った寝顔をしていて、昼近くまで寝ていた。
さて、ヴェルインも来た事だし。アルビスにシチューを食べさせるべく、『タート』へ買い出しに行かなければ。昨日は食べさせてやれなかったし、大量に作ってやらないとな。
「それじゃあ、買い出しに行ってくる」
「む。待て、アカシック・ファーストレディ。余も行く」
「え? お前も来るのか?」
熱心に本棚の掃除をしていたアルビスが、埃取り棒をあった場所へ戻し、私の元まで歩んできた。
「ああ、ウィザレナの家を直す為の補強材が欲しいんだ。それと、そろそろ『タート』の街並みを見ておきたいし、店の配置も覚えておきたいからな」
「店の配置って、買い出しに行く気まんまんだな」
「無論だ。すぐにその役割を貴様から奪ってやる。せいぜい、残り少ない買い出しを楽しむんだな」
すぐとは言わず、今日の内に奪いそうなアルビスが、そことなく魔王感を出しながら腕を組む。言い回しや雰囲気、私への見下し方が本物のそれに近い。
民の買い出しを代わる魔王か。なんだか、人が嫌がる事を率先してやりそうだな。根の良さが隠し切れていない。
「ずっととはいかないぞ。せめて、お互い半々ぐらいの頻度にしよう」
「そうはいかん。いいか? 貴様が買い出しに行き来すると、決まって一時間以上掛かる。しかし余が行けば、その貴重な一時間が浮く事になるんだぞ? たかが一時間、されど一時間。長い目で見れば、塵も積もればなんとやらだ」
私を言い包めようと説教を始めたアルビスをよそに、私は扉がある方へ歩き出す。
「だからこそだ。私は、お前の時間も大事に使ってほしいと思って―――」
扉の近くまで来た矢先。柔らかい何かにぶつかったせいで、驚いて口が止まった私は、視界を恐る恐る前へ持っていく。
移り変わった視界内には、あるはずの扉はどこにも見当たらず。代わりに、ユニコーンの白い胴体が視界内を埋め尽くしていた。
そして左側を向けば、私をじーっと見ているユニコーンの顔。ちょっと気まずいな……。前を見ないで歩いていた私が悪いし、数歩下がってから謝りを入れよう。
「すまない、前を向いて歩いてなかった」
頭を軽く下げて謝ろうとも、ユニコーンの表情に変化は無し。それどころか、私を見ている目が細まっていった。もしかして、怒っているのだろうか……?
「ほ、本当にすまなかった。いや、すみませんでした。私の不注意により、あなたの体を汚してしまって。お、怒って、ますよね……?」
しどろもどろになってきた私に対し、顔を横に振るユニコーン。
「という事は、怒って、ません?」
今度は顔を縦に振ってくれた。よかった、どうやら怒ってないみたいだ。というか、私の言葉の意味を理解しているんだな。
なら、意思の伝達も可能になる。これは大きな情報だ。ユニコーンについての情報や生態は、正直ほとんど知らないけれども、知性はかなり高いと見た。
「とりあえず、あなたが怒ってないようでよかったです。以後、気を付けます」
私が安心した旨を伝えるも、ユニコーンはその場から動き出そうとはせず、私を見据えたまま。一向にどいてはくれない。
外へ通じる扉は、ユニコーンの体によって完全に塞がれている。そろそろ買い出しへ行きたいし、どうにかしてどいてもらわないと。
「すみません、外へ行きたいんです。少しだけ動いてもらってもいいでしょうか?」
棘のない言葉で言うも、ユニコーンは首を横に振った。私を外へ出す気はないらしい。……なぜだ?
「なんだ、余らに用でもあるのか?」
背後から聞こえてきたアルビスの問いに、ユニコーンは首を振り回す勢いで縦に振った。
「仕草からして合ってるようだな」
「みたいだな」
だから扉を塞いでまで、私を止めた訳か。けど、ここからはかなり難しいぞ。言葉の意味は理解しているけども、ユニコーンは喋る事が出来ない。
しかも、ゴーレムのように手は無いし、常に四つん這いの状態だ。器用な動作をして、相手に意思を伝える事も出来ない。さて、どうしたものか。
「それで、余らになんの用があるんだ?」
ちゃんと聞く姿勢をしているものの。ユニコーンは私達の顔を困惑気味に見返しては、頭と耳を垂れ下げていくばかり。表情もしょんぼりと落ち込んでいる。
私達を引き留めるのには成功したけど、知性が高い故、用件を伝えられる手段が無いと悟ったのだろう。
そうなると、九百年以上も共にしてきたウィザレナと意思疎通を図れなかった事を、ちょっと可哀想に思えてきた。
獣人のヴェルインのように、言葉を話せる体の構造をしていればよかったのに。……言葉を話せる、体の構造?
そうだ。話す事が出来ないのであれば、話せる体にしてやればいい。私とアルビスは、そういう体にさせてやれる魔法を知っている。なんなら、今もアルビスが自身に使っている魔法だ。
「アルビス。ユニコーンに変身魔法を使ってみないか?」
「変身魔法? ああ、なるほど。言葉を話せる種族に変身させるんだな」
「そうだ。そうすれ、どわっ!?」
解決策を見出した直後。何か重い物に押し倒され、視界が勝手に移り変わっていく。ほぼ同時、背中に軽い衝撃が走り、腹部に重い何かがのしかかってきた。
「グッ……。一体、何が起こったんだ……? ……む」
状況を確認するべく、頭だけ上げてみれば。いつの間にか隣で寝そべっているユニコーンが、嬉しそうにしている顔を、私の腹部に擦り付けていた。
「どうやら、それが正解みたいだな」
「……そうみたいだな」
試そうと思っていた事が正解だったようで。私は短く嘶《いなな》いているユニコーンの顔を撫でた後、痛みが走っている腰を擦りながら立ち上がる。
その姿を見ていたユニコーンも立ち上がり、再び私の体に顔を寄せてきた。今度は私を押し倒さないよう、顔を軽く擦り付けている。
本当に嬉しがっているのか。表情は柔らかく、どこか笑っているようにも見えるな。
「ユニコーン。言葉を話せる体になりたいのか?」
アルビスが念を押して問い掛けてみると、ユニコーンは私の体から顔を離し、是非そうしてくれと言わんばかりに、顔を激しく縦に振った。
「ふむ、そうか。どうする、アカシック・ファーストレディ? どの種族に変身させようか?」
「そうだな……」
真っ先に思い浮かんだのは、私のような人間。しかし、人間に襲われていた時期があまりにも長いので、その姿は酷く嫌うだろう。
だとすると、妖精、精霊、獣人、エルフ、ドワーフといった種族が好ましい。どうしよう、意外と選択肢の幅が広いな。一応、ユニコーンに聞いてみるか。
「ユニコーンさん、何かなりたい種族とかありますか?」
そう要望を出した途端、ユニコーンが顔を明後日の方向へバッと下げた。そのまま動かなくなってしまったけれども、あの動作にだって必ず意味があるはずだ。
「……ウィザレナになりたいのか?」
詮索しているようなアルビスの声に、顔を小刻みに縦へ揺らすユニコーン。
「なんで分かったんだ?」
「ほら、角がウィザレナを差してるだろ? その姿が、指を差してるように見えてな」
アルビスの説明に、とある方向を差しているユニコーンの角に注目してみる。次に角の先へ視線を滑らせてみれば、こちらの様子を心配そうに窺っているウィザレナの姿があった。
ヴェルインとサニーも物珍しそうな顔で、私達を見ている所を察するに。結構前から見られていたようだ。
「なるほど。それじゃあ、ウィザレナみたいな姿でいいんですね?」
それが答えだと確信したのに、ユニコーンは顔を横に振った。
「……ウィザレナそのものですか?」
答えを少し変えてみると、ユニコーンは満足気に顔を縦に振る。
「だそうだ、アカシック・ファーストレディ」
「ああ、答えに辿り着けてよかった」
もし私だけだったら、ここまですんなり答えまで辿り着けなかっただろう。今回は、アルビスの勘の鋭さに感謝しておかなければ。
「もしかして、その子と喋れるようになるのか!?」
視界の外から聞こえてきた、どこか期待に満ちているウィザレナの大声。
「そうだ。ユニコーンさんの要望で、これからお前そっくりの姿に変身させる」
「おおっ、本当か!? なら早くやってくれ!」
あの弾けた喜びよう。たぶんウィザレナも、ユニコーンと喋りたいと思っていたに違いない。なら、すぐにその願いを叶えてやらないと。
「それではユニコーンさん、変身魔法をかけますね」
鼻息を荒げ、首を縦に振り続けているユニコーンを認めつつ、私は構えている右手をユニコーンに向け、指をパチンと鳴らす。すると、何事もなく変身魔法が発動したようで。
ユニコーンの足元に魔法陣が現れ、目を瞑りたくなるような眩い虹色の光が、部屋内を薄っすらと満たしていく。
数秒すると変身が終わったのか。光の壁を昇らせていた魔法陣が、収まってきた虹色の光と共に消滅していった。
「ふむ、流石はアカシック・ファーストレディといった所か。やはり変身魔法の精度が高いな」
光の中から現れた人物を見て、さり気なく私を褒めるアルビス。元々ユニコーンが立っていた場所には、一角獣の姿はどこにもなく、代わりに一人の人物が立っていた。
髪色はユニコーンの毛並みをあやかり、雪原を彷彿とさせる純白。きょとんとさせている切れ目も、ユニコーンの時と同じく黒。
後は、ほぼウィザレナと一緒だ。薄緑色の狩人の服に、華奢で白みを帯びた腕。長くて先が尖っている、エルフ特有の耳。うん、完璧だ。これならユニコーンさんも喜んでくれるだろう。
その、まだ状況を把握していなさそうなユニコーンが、己の姿を確かめるように下を向く。粗方見終えると、黒色の切れ目を私に合わせてきた。
「……あ、あーっ。……そ、そこのあなた。確か、アカシック様、でしたよね? 私の言葉が、分かりますか?」
「ええ、分かります」
しっかりと頷いてみせれば、なんともおしとやかな声を発したユニコーンの目が見開き、涙で滲んできた目を細めていく。
華奢な両手で口元を覆い隠すと、駆け足で私の元へ来ては、私の両手を強く握り締めた。
「ご恩に着ります、アカシック様! ああ、なんとお礼を述べればいいのやら……」
喜びを爆発させているユニコーンの右目から、溢れ出した清らかな涙が頬を伝い、床に落ちていく。
「お礼なんて、別にいりません。姿はそれで大丈夫ですか?」
「ええ! これ以上の誇りはない姿です! 本当にありがとうございます、アカシック様!」
「よかったな、ユニコーン」
どこか親心さえ垣間見えるアルビスの言葉に、ユニコーンは長く尖った耳をピクリと反応させ、私に深くお辞儀をしてからアルビスの元へ駆けて行く。
「アルビス様も! 言葉が話せない私の気持ちを汲み取って下さり、本当にありがとうございます!」
「余の事はいい。それよりも、ウィザレナと話したいんだろ? 行ってこい」
昨夜、ウィザレナから『気を遣わないでくれ』と言われたアルビスが、ウィザレナに手をかざす。
「え? いいの、ですか?」
「構わん。だからこそ、その姿になりたかったんだろ? 表情にも出てるし、早く行ってやれ」
「まっ……」
ここからだと後ろ姿しか見えないが。両手で覆い隠したユニコーンの顔は、図星を突かれて真っ赤になっていそうだ。
「うう……。そ、それでは、アルビス様のお言葉に甘えさせて頂きます! アルビス様、アカシック様! このご恩は一生忘れません!」
終始優しさが滲み出ているユニコーンは、私とアルビスに頭を深く下げ。ウィザレナが居る方向へ体を向けたかと思えば、床を蹴り上げて飛び込んでいった。
「ウィザレナーーっ!!」
座っていたら、勢い余って倒れ込むと予想したのだろう。慌てて立ち上がったウィザレナが、飛んで来たユニコーンの体を抱きしめた。
「ウィザレナ、私だよ! あなたとずっと一緒に居たユニコーンだよ!」
「一部始終を見てたぞ。ははっ、私そっくりじゃないか」
「当たり前だよ! だって、私とウィザレナは一心同体なんでしょ?」
「あ! もしかして、エルフの里で私とアカシック殿の会話を聞いてたな?」
「ふふん、ユニコーンの聴力を侮らないでよね。それよりも! ウィザレナと話せる日が来るだなんて、まるで夢のようだわ! 話したい事が山ほどあるのに、何から話せばいいのか分からないよ!」
「ふふっ、私もだ。けど、焦らなくていい。ここでは、私達の時間は沢山ある。思い付いた事を話していけばいいさ」
「うん、そうだね! それじゃあ―――」
隙を突き、アルビスと共に外へ出て、扉を静かに閉める私。けれども、ユニコーンの喋っている声が大きいので、耳をすまして聞いてみれば、会話の内容が丸わかりである。
「あの様子だと、もう二度と元の姿には戻らないだろうな」
「そうだな。暇な時にでも変身魔法を教えてやろう」
九百年以上という途方にもなく長い時を経て、本来であれば訪れる事なぞ決してない機会が、ユニコーンに訪れたんだ。あの喜びようも無理はない。
そしてそのユニコーンは、変身魔法でエルフになった。なら、ユニコーンというエルフにも、ウィザレナと同様の歓迎会を開いてやらないとな。
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※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
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