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131話、実況を欠かさない大精霊

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「見えてきた。ウィザレナ、あそこが私達の家だ」

「む! どれどれ」

 『山岳地帯』を抜けている途中。私が大声を上げてしまったせいで、サニーとユニコーン達が起きてしまい。
 その山岳地帯を抜けた先にある森を超え、薄っすらと霞んで見える私達の家に指を差せば、サニーを抱っこして遊んでいたウィザレナが、窓の外へ注目した。

「おお、あの家がそうなのか! お、アカシック殿が紹介してくれたアルビス殿も居るぞ」

 家の真上近くまで移動すると、入口の前で腕を組み、こちらの様子をうかがっているアルビスと目が合った。まるで待っていたぞと言わんばかりの立ち方だ。

「ちょうどいい、お前をあいつに紹介してやる。家はどこに置きたい?」

「もちろん、アカシック殿の家の隣がいい!」

「そういえば、何回も言ってたな。分かった、すぐ隣に置こう」

「わーい! これからお隣さんだ!」

 話が決まるや否や。ウィザレナに抱っこされていたサニーが、満面の笑顔でバンザイをする。
 そんなサニーを見て、微笑んだウィザレナはサニーを床へ降ろし、頭を優しく撫でた。

「里でも言ったが、これからよろしく頼む」

「はいっ! いっぱい遊びましょうね!」

「ああ、沢山遊ぼう! ここにも綺麗な花が咲いてるから、花冠が作れるな。落ち着いたら大きな花冠を作って、サニー殿にあげよう」

「花冠! 楽しみにしてますね!」

 もう遊ぶ約束まで交わしている。しかし、花冠か。ウィザレナが攻撃されないよう、後でクロフライムとゴーレム達に言い聞かせておかないと。
 ここからは風魔法を精密に操るべく、視線をサニー達から外し、私の家へ向ける。家からの距離は、おおよそ三mぐらい離れていればいいな。
 理想は一m以内なのだが……。そこまでギリギリを攻めると、家同士が接触しかねないので、後日ウィザレナに言われたら微調整しておこう。

 家との距離、約五m。かなり間近に迫っている。初めての作業だから、緊張して鼓動が早まってきた。
 家との距離、約三m。窓から屋根が見える。いまいち距離感が掴めない。一旦ウィザレナの家を地面に降ろしてしまおう。
 約五秒後。家全体が軽く揺れ、天井から埃がパラパラと落ちてきた。よし、なんとか無事に到着した。家もちゃんと水平になっている。ひとまず安心だ。

「つ、着いたのか?」

「ああ、無事にな。アルビスが外で待ってるし、一回出よう」

 というか、アルビスはいつの間にか扉の前に居て、中を眺めている。私が近づいて扉を開けようとすると、アルビスは四、五歩後ろへ下がっていった。

「本当に家ごと来るとはな。あの人の言った通りだった」

「え? 知ってたのか? それに、あの人って?」

「それは、あー……。すまない、サニー」

 ばつが悪そうに言葉を濁したアルビスが、足元で飛び跳ねているサニーの両肩を掴み、体をグルンと半周させる。
 そして両耳を塞ぐと、サニーは体をビクンと波立たせ、真剣な表情をしながらアルビスの手をポンポンと叩き出した。
 なんだ、その顔は? そんな真剣な顔、今まで見た事がないぞ? アルビスだけずるい、私もあの顔でポンポンされたい。

「ウンディーネ様が、ずっと貴様らの動向を見てたんだ」

「ウンディーネ様が?」

「ああ、余の前で嬉しそうに細々と実況してたぞ。『どうやら、エルフさんと和解したようです』とか『すみません、アルビスさん。今からアカシックさんとお話をします』とか、『アカシックさん達が、これから家に乗ってこちらに帰ってきますよ!』とかな」

「ほ、本当にずっとだな……」

 だから私が話そうとした時、『今か今かと待ち構えていました』と言っていたのか。この調子だと、エルフの里に行く前から見られていたかもしれない。
 しかし、逆に見られていない瞬間とかあるのだろうか? 流石に、寝ている時とか見ていないだろう。そう思いたい。

「今、ウンディーネ様と言ったか?」

 左側から聞こえてきた、呆気に取られたようなウィザレナの声。

「貴様がウィザレナ殿だな。ウンディーネ様から、貴様宛に言付けがある」

「う、ウンディーネ様が、私に?」

「そうだ。ウンディーネ様は、貴様に会いたいと言ってた。会いたくなったら、余にこっそり教えてくれ。ウンディーネ様の元へ案内しよう」

「……え? へっ? あ、え、ええっ!?」

 余程信じられない内容だったのだろう。驚愕して目を見開いているウィザレナが、私とアルビスを何度も見返し始めた。傍から見ていて、私まで首が痛くなってきそうな早さだ。
 その見返しは数秒してからアルビスの方で止まり、おぼつかない足取りで二、三歩ほど前へ歩んでいった。

「あ、アルビス殿……? それは、本当なのか?」

「本当だ。貴様、里で何回も会いたいと言ってたらしいな。ウンディーネ様もその気になって、貴様に会いたがってる。それに、名前までは知らなかったものの、ウンディーネ様は貴様の顔を覚えてたぞ。里で召喚された時、何度か貴様を見たと言ってた」

「……そ、そんな! ウンディーネ様とは、一度も喋った事がない私を、覚えてて、くれたのか……」

 今はウィザレナの後ろ姿しか見えないから、どんな表情をしているのか分からないけども。
 小刻みに震え出した肩や背中から、溢れんばかりの喜びを感じる。そんな歓喜に震えている強張った肩が、ストンと落ちた。

「……今日は、喜ばしい事ばかり起きるな。会ったのは遥か昔なのに、ウンディーネ様が私を覚えててくれただなんて……。光栄だ、嬉しいなぁ」

「よかったな、ウィザレナ殿。それじゃあ、もう余の正体を知ってるようだが、一応自己紹介をしておこう」

 凛とした顔をほころばせているアルビスが、サニーの耳から両手を離す。そのまま内懐から手拭いを取り出し、ウィザレナに差し出した。

「初めまして、ブラックドラゴンのアルビスだ。アカシック・ファーストレディやサニー同様、余も貴様を歓迎する」

 柔らかい声で自己紹介を済ませると、ウィザレナの後頭部が少し下がり、「ありがとう」と言いつつ、差し出された手拭いを左手で受け取る。
 顔を拭いているけど、また嬉し泣きしていたようだ。涙をぬぐうと、ウィザレナは「ふう」と息を漏らし、アルビスと握手を交わした。

「エルフのウィザレナだ。これから迷惑を掛けるかもしれないが、よろしく頼む!」

「一向に構わん。自由奔放にやりたい事をやれば、うおっ!?」

 まだ気遣いが垣間見えるウィザレナに、そんな事は無用だと言い聞かせている最中。油断しているアルビスの体を、横から突然現れたユニコーンが押しのけた。
 いきなりの事でアルビスがよろけるも、ユニコーンはアルビスにビッタリと引っ付き、甘えるように顔を頬ずりし出した。

「貴様、ユニコーンか!? ははっ、やけに人懐っこいじゃないか。余の体に、同族の匂いでも残ってるのか?」

 一旦は驚いた表情になるも、体にぶつかってきたのがユニコーンだと理解すると、アルビスは嬉しそうに微笑み、慣れた様子でユニコーンの顔を撫で始めた。

「あの子が、あそこまで嬉しがるなんて。アルビス殿、ユニコーンに会った事があるのか?」

「まあな。執事をやってた時期があるんだが、共に同じ部屋で暮らしてたんだ。そいつは変身魔法を使えたから、人間に化けてたがな。おお、よしよし」

 懐かれたであろう原因を晒し、押し倒す勢いで迫るユニコーンを器用になだめるアルビス。また唐突に、気になる情報が出てきたな。
 アルビスの元あるじは、そういう珍しい種族を匿っていたのだろうか?

「よし、いい子だ。あとで毛並みを綺麗に整えてやろう」

「その子も喜ぶだろう。道具は私の家にある、使いたくなったら言ってくれ」

「そうか、助かる。……む?」

 何かに注目したアルビスが、ウィザレナの家に向かって歩き出していく。入口の前で止まると、こちらに顔だけ振り向かせてきた。

「ウィザレナ殿、入ってもいいか?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとう。では」

 ウィザレナから許可を貰うと、アルビスは扉を開けて中へ入っていったので、私達もその背中を追う。
 入口付近で部屋内を覗いてみると、アルビスは辺りを舐めるように見渡していて、時には床を手の甲で叩き。指を鳴らして己に『ふわふわ』をかけ、天井も隈なく確認し出した。

「この家は確か、ウィザレナ殿が建て直したんだったな?」

「そうだ」

「なるほど。しっかりしてるように見えるが、所々の釘打ちが甘いぞ。雨漏りしてないのが不思議なぐらいだ。しかし、劣化はどこもしてないな。この材木が特殊なのか?」

 天井で立ち膝をしているアルビスが、右手を口元に当て、興味津々そうに天井を凝視している。しばらくすると、指を鳴らして『ふわふわ』を解除し、天井から降ってきた。

「ウィザレナ殿、今のままだと少々心許ない。余が完璧に修繕してやろう」

「え? アルビス殿が直してくれるのか?」

「ああ。荒れ狂う暴風にも、殴りつけてくる暴雨にも負けない、長寿のエルフが一生住める頑丈な家にしてやる」

 本当にやりかねない気迫を見せ、右手に固い握り拳を作るアルビス。気の入りようがすごい。最早、執事というよりも、一流の建築家みたいな雰囲気を醸し出している。

「……いや。まだ会って間もないし、流石に気が引ける。私があとで直しておくから、悪い箇所を教えてくれ」

「いつ会ったかどうかとか、そんなものは関係無い。いいから余に任せておけ。貴様はゆっくり休んでろ。それに、アカシック・ファーストレディ同様、余にも気を利かすな。何かあったら、気軽になんでも言ってくれ」

 間髪を容れぬアルビスの反撃に、ウィザレナは硬直したかのように黙り込んでしまった。『気を利かすな』という言葉は、帰りの道中、私がウィザレナを説得している時に使った言葉だ。
 話の流れを知っているていで、その言葉をあやかっていたし。ウンディーネ様は一体、どこまで細かく実況をしていたんだ? なんだか、だんだん恥ずかしくなってきたな……。

「そうだ、かなり疲れてるだろ? しばらくの間、身の回りの事は私とアルビスに任せておけ」

「アカシック殿……」

 私に向けてきたウィザレナの瞳は、また涙で潤んでいた。今日だけで何回も泣いているし、そろそろほどほどにしておかないと。

「……ここに来てから十分も経ってないけど、本当に居心地がいいなぁ。私の荒んでた重い心が、どんどん癒されて軽くなってく。今なら自力で空を飛べそうだ」

 私としても嬉しい例えを出したウィザレナが、ほくそ笑みながらアルビス殿の方へ顔を戻した。

「それに、アカシック殿の言う通りだった。アルビス殿も心優しいなぁ。いくら涙があっても足りなくなりそうだ」

「ほう、そんな事を言ってたのか。それは聞いてなかったな。まあいい。よし、アカシック・ファーストレディ。ウィザレナをもっと泣かすぞ」

「へ?」

 突拍子もなく泣かすと言ってきたせいで、思わず抜けた声で返す私。その間にアルビスは、袖を捲りながら扉の方へ歩いていく。

「へ? じゃない。貴様、ウィザレナに美味い物をたらふく食わせてやると言ってただろ? 余も手伝おう。が、それだけじゃ足りない」

 逆光で影を帯びているアルビスの顔が、こちらへ向き、口角を楽し気に上げる。

「ついでだ、歓迎会も開こう。引っ越してきた隣人を盛大に持て成すぞ」

「歓迎会か。なるほど、いいな」

 最初は何事かと思ったけれど、アルビスらしい良い提案だ。すぐさま乗り気になった私も、棒立ちしているウィザレナの手を握り、アルビスの元へ歩み出す。

「という事だ、ウィザレナ。行くぞ」

「……あ、ちょ! ふ、二人共!? あまり私を泣かせないでくれ! ほどほどに頼むぞ!?」

「それは出来ない相談だ、諦めろ」

 慌てふためくウィザレナを認めてから、顔を前にやる。悪いな、ウィザレナ。歓迎会を開くからには、私も本気を出させてもらう。
 しかし……。この調子だと、今日はアルビス専用のシチューは作れなくなりそうだ。相当楽しみにしていたし、申し訳ない気持ちが湧いてきてしまった。後でこっそり謝っておかないと。
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