ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
131 / 304

128話、癒す権利がない、悲痛な涙

しおりを挟む
「……え? 沼地帯? ……引っ越す?」

「そうだ。実は私とサニーは、この地の一角にある『沼地帯』に住んでる。純白の花が咲き乱れてて、とても綺麗な場所でな。魔物や獣も居ないし、ここに居るよりかはずっとマシだと思う。どうだ、一緒に来ないか?」

「……つまり、どういう事だ?」

 いきなり提案してしまったせいか、はたまた動揺しているのか。ウィザレナから返ってきたのは、まるで理解していない様子の再質問。
 無理もない、いきなり引っ越そうなんて言ったんだ。動揺しない方がおかしい。逆に分かったと即答されたら、私が驚いていただろう。

「要は、お前をここから救い出してやりたいんだ。いつ来るか分からない脅威に怯え、限定的な閉鎖空間に取り残されたお前をな」

「はあ……。つまりアカシック殿が、私をこの森から出してくれて。平和な沼地帯へ連れていってくれると?」

「そんな感じだ」

 頭で理解してくれたようだけど。ウィザレナの表情が途端に曇り出し、申し訳なさそうに細まった横目を、サニー達へ送った。

「とても嬉しい提案なんだが……。すまない、アカシック殿。その提案は受け入れられない」

「なんでだ?」

「先にも話した通り、私はあの子達を守る為だけに生きてる。私がここを出てしまったら、あの子達が孤立してしまうだろ? だから―――」

「ああ、すまん。言葉足らずだったな。あの子達も一緒に連れてくぞ」

 足りなかった説明をあっけらかんと付け加えると、見開いたウィザレナの目が私の方へ戻ってきた。

「あ、あの子達ごと!? ……出来るのか? そんな事が」

「出来る、例えばだ。あそこにある家は、お前のか?」

 手頃な大きさの物を見つけ、サニーの背後にある家を指差す私。

「ああ、私の家だ。最初は木の上にあったんだが、あの子達の中に、上へ登れない子がいてな。皆で安心して眠れるようにと、少しずつ解体してあそこに建て直したんだ」

「建て直した!? それはすごいな……」

「ふふん、すごいだろ? 慣れない作業だったから、数年掛かってしまった。でもお陰で、皆が雨風を凌げるようになり、安心して夜を超えられてる」

 どこか誇らしげに笑ったウィザレナが、しみじみとした表情を家へ送る。木の上にある家、相当高い場所にあるのだが……。想像を絶する肉体労働だっただろうに。
 生半可な覚悟では、絶対に出来ない作業だ。それ程までに、あの子達を想っているのだろう。ならば、余計に放ってはおけない。必ず全員、ここから連れ出してみせる。

「そうか。仲間思いなんだな、ウィザレナは」

「当然だ。最早、私とあの子達は一心同体。あの子達が居なければ、私もとっくの昔に死んでただろう」

 『死んでただろう』という言葉が、私には『死を選んでいた』としか聞こえなかった。とどのつまり、あの子達はウィザレナにとって、唯一無二の生命線。最後の希望の光。
 いつから一緒に居ただとか、どの子も見た事がない動物だとか。不要な好奇心が湧いてきたけども、まずは本題を進めよう。

「でだ。あの家は、地面に固定してあるのか?」

「いや、してない。地面に置いてある感じだ」

 地面には固定されていない。ならば、かつて花畑地帯でゴーレム達を浮かせた要領で、簡単に沼地帯へ運んでいける。

「なら、あの家を乗り物にしよう」

「はい? 乗り物?」

「そうだ。空を飛ぶ家なんて、面白いと思わないか?」

「……アカシック殿? 何を考えてるんだ?」

 少し焦らしてみれば、ウィザレナの困惑顔に深みがかかっていった。分かりやすく説明するべく、私は風の杖に指招きをして、手前まで持ってきた。

「風魔法で家を浮かせるんだ。高高度まで昇れば、魔物に襲われる心配もない。安全な空の旅を楽しみつつ、沼地帯まで行けるぞ」

「風魔法で、家を……? それならば、あの子達を家の中に待機させておけばいい話だが……。その沼地帯とやらは、本当にここより安全なのか? 魔物が居なくとも、盗賊達はどうなんだ? この森の外は、一体どうなってるんだ? 教えてくれ、アカシック殿」

 外の状況が気になり出したウィザレナが、質問攻めをしながら私に詰め寄ってきた。そうだ。ウィザレナは『樹海地帯』から一歩も外へ出た事がない。
 ならば、この地が今どうなっているのか。世界からどう呼ばれているのかすら知らないだろう。まずは、そこを順々に説明した方がいい。

「分かった、説明する。説明するけども、一つだけ約束してほしい事がある」

「約束? なんだ?」

 ウィザレナの問い掛けに、私は一旦サニーへ横目を送る。

「ここから話す内容は、全てサニーも知らないんだ。だから、内緒にしておいてほしい」

「内緒に? なぜだ?」

「色々と深い事情があってな。話すと長くなるから、沼地帯に着いたら追々話す」

 一方的なお願いにも関わらず、ウィザレナは私達の関係を察してくれたのか。何か詮索しているような瞳をサニーへ流してから、私の方に戻してきて、小さくうなずいてくれた。

「分かった。私は、アカシック殿を信じてる。何か訳ありみたいだし、今は聞くのをやめておこう」

「ありがとう、私を信じてくれて。私達の関係も、後で必ず話す。じゃあ、今この地がどうなってるか説明しよう」

 絶大な信頼を得られる切っ掛けとなった、ウンディーネ様に感謝しつつ、細く息を吐く。

「今この地は、針葉樹林、沼、山岳、砂漠、渓谷、凍原といった様々な地帯で構成されてて、とある名前が付いてる」

「名前? この地に、名前なんてないはずだが……。なんて呼ばれてるんだ?」

「『迫害の地』、そう呼ばれてる」

「は、迫害の地? ……なんだ、それ? 一体、誰がそんな物騒な名を?」

「残念だが、それに至った経緯は、どの書物にも記されてない。誰かが勝手に呼び始めて、それが噂となって定着していったのか。世界が、必然的にそう呼ぶようになったのか。どちらにせよ、的を射た名前だと思ってる」

「的を射たって、どういう事なんだ?」

 聞きたい事が山積みなようで、困惑しているウィザレナの問い返しが続く。生まれてからずっと、この地に居たというのに……。
 ウィザレナの時間は、おさ様が盗賊に殺されてから止まったままだ。まだ、この地に名前が付いていなかった頃から。そして、『迫害の地』という名前が付いてからも、ずっと。

「この森に、凶暴な魔物や獣が溢れ返ってるように。他の地帯も同様、酷い有り様になってる。唯一安全に住めるとしたら、私達が居る『沼地帯』。それとこの森の隣にある、『花畑地帯』だけだ」

「そ、そんな……。あ、そうだ!」

 表情が絶望の底に沈んでいったかと思いきや。すぐにウィザレナが声を上げ、絶望が振り払われた。

「長様から聞いた話だと、この森の隣にあるのは草原のはずだ。今は違うのか?」

「それは、かなり古い情報だぞ。いつ聞いた話なんだ?」

 私も気になっていた事を質問にして返してみると、ウィザレナは左手で口を覆い隠し、天色の瞳を右へ逸らした。
 そのまま硬直すると、眉間にシワが寄り。瞳がそっと閉じ、数秒して更に強く閉じていった。

「たぶん……、八、九百年前、ぐらいだと思う」

「きゅ、九百年前?」

「たぶんな。記憶が正しければ、大体そのぐらいだ」

 ……九百年前? もう、古いという騒ぎじゃない。よく書物に残っていたなという次元だ。流石に、それほど古いとは予想していなかった。『タート』があったかどうかすら怪しいぞ。
 となると、ウィザレナは少なくとも九百歳以上になる。アルビスの、ほぼ倍……? 見た目は、二十歳ぐらいの女性とそんなに大差がないのに……。エルフって、とんでもなく長生きするんだな。

「……だ、だいぶ古いな。今は、心優しいゴーレムが住んでて、一帯に純白の花を植えて管理してるぞ」

「ゴーレム? それも魔物じゃないのか?」

「魔物だけども、花畑地帯に居るゴーレムはちょっと違う。人間の手によって造られ、そして廃棄された使用人とも言うべきか」

「使用人?」

「そう、元は使用人として造られた人工物だ。けど、不要な心と意思を持ってしまった為に、草原だった場所に廃棄されたらしい」

「なんなんだ、それ? 本当に救いようのない屑だな、人間って奴は。……あ、アカシック殿の事ではないから、気を悪くしないでくれ」

 人間への憎悪が垣間見える本音を漏らすも、慌てて弁解を挟むウィザレナ。そのまま話を逸らすように、「それじゃあ」と声を暗くしつつも口を開いた。

「ゴーレムが居るって事はだ。その花畑となった草原には、もう盗賊は居ないのか?」

「まったく居ないし、他の地帯もそうだ。この地に住んでから九十年以上経つけども、盗賊なんて一度も見た事がない」

「九十年間、一度も……?」

 今にも消えてしまいそうに呟いたウィザレナが、落胆と絶望が入り乱れたような表情になり、その顔を地面へ下げていった。
 ゴーレムのくだりから、様子がおかしくなっていたが……。何かまずい事を言った気がする。今まで暴言を一度も吐いていなかったし、ゴーレムの説明が決定打となったのかもしれない。
 気まずい雰囲気が漂い出し、次の説明が出てこない中。沈黙を貫いているウィザレナの見えない顔から、水らしき物がポタポタと落ち始めた。もしかして、泣いているのだろうか……?

 おもむろに握った両手が、小刻みに震えている。その震えが腕、肩、上半身まで移ると、ウィザレナはゆっくりと顔を上げ、私に合わせてきた。
 先ほどまでとは打って変わり、ウィザレナの表情は弱々しく。色白な両頬には、太い涙の線が走っていた。

「……もう、そんな昔から、盗賊はこの地から居なくなってたんだな。それを知らずに、百年近くも馬鹿みたいに怯えて暮らしてただなんて……。いきなりなだれ込んで来たかと思えば……、仲間を次々に攫って殺し。いつの間にか、また勝手に消えやがって……!」

 とうとう我慢出来なくなったのだろう。誰にも届かなかった強い恨み辛みが、震えた口から溢れ出してきている。

「私達エルフは、人間に何かしたか……? してないよなぁ……? ただこの森で、静かに暮らしてただけなのに……。それなのに!! なんだこの仕打ちは!? 私は一体、なんの為に生まれてきたんだ!? ……一体、なんの為に……」

 私はただ、奥歯を食いしばり、ウィザレナの恨みを聞く事だけしか出来ない。なんとももどかしい……。人間の代表として、土下座をして謝りたいというのに……。
 けど、今のウィザレナは怒りと憎しみに囚われている。下手に謝れば、神経を逆撫でするかもしれない。何も出来ないこの状況が、本当に悔しいな……。

「……アカシック殿、私は人間が大嫌いだ。なんて身勝手な生き物なんだ、人間って奴は……。いきなり来て、仲間達を攫って殺し。この大地を穢して、勝手に居なくなった人間が、大嫌いだ……! クソッ! クソォッ!! ……悔しいよぉ、アカシック殿ぉ……」

 一欠片の恨みを曝け出しだウィザレナが、私の胸元に顔をうずめ、体を抱きしめながら本格的に泣き出してしまった。
 ……果たして私は、慰める為にウィザレナの体を抱き返してやってもいいのだろうか? そんな恐れ多い権利が、私にあるとは到底思えない。
 ああ、心が痛い。ウィザレナの悲しくて重い嗚咽おえつが耳に入る度に、何もしてやれない未熟な心が、際限なく締めつけられていく。

 ウィザレナの後頭部を見ている視界が、逃げるように空を仰いだ。……人間である私は、ウィザレナを幸せにする事が出来るのだろうか?
 それ以前に私は、エルフを幸せにする権利を持っているのか? 人間にとって、おこがましい行為なんじゃないか? ……もう、だんだん分からなくなってきた。
 しかし、私はウィザレナを助けてやると言った。平和な沼地帯へ、連れていってやるとも言った。ならば、やる事はただ一つ。私なりに、ウィザレナを幸せにしてみせる。
 権利が無くとも、私が人間であろうと関係ない。罪を背負えと言われたら、喜んで背負ってやる。とりあえず今は、ウィザレナの涙を受け取り続けていよう。

 泣きたいほど悔しいけど、今の私には、それしか出来る事がないのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

処理中です...