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121話、次は、貴様の番だ
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私とサニーの歯止めが効かなくなってから、どれだけ経っただろうか。かなり長い間食べていたつもりだったのに、深い余韻に浸りながら窓を見てみると、夜はまだ始まったばかりだった。
どの料理も、本当に美味しかった。蒸して余分な脂を落とした、鳥肉と野菜の和え物。鶏肉には、程よい弾力が残っていて。なおかつ、例の酒で処理されており、こちらも臭みがまったく無かった。
野菜もそう。シャキシャキとした、みずみずしい歯ごたえ。それに、アルビスが独自で配合した香辛料。もう一度食べたくなるような酸味が利いていて、刺し匙が止まらなかった。
もちろん魚料理も。これも種類が豊富だった。特に心が安らぐような、なんとも優しい風味の汁物。飲む度に、『ほうっ……』とため息が何度も出ていたっけ。
極め付きは、食後の甘味。私が買ってきた野菜の中には、どうやら果物もあったらしく。その果物をきめ細かく刻み、砕いた氷と混ぜ合わせたふわふわの甘味が、新食感でたまらなく美味しかった。
作り方を知りたいけれども、今日食べた物は全てが高級食材。また材料を揃えるとなると、金貨五十枚が必要になる。……駄目だ、やめておこう。作り方を習ってはいけない。
サニーが『タート』で言っていたように、こんな贅沢を当たり前にしては駄目だ。稀に食べるからこそ良い。その美味しさが当たり前になったら、なんとも寂しくなってしまう。
そんな私にとって名言を放ったサニーは、私を祝福している夜空を描きたいと言い、ヴェルイン達と共に外へ出て、大いにはしゃいでいる。
アルビスは後片付けをしているので、私も手伝いたいのだが……。夢心地へと誘う余韻のせいで、首から下が眠っているかのように動かせない。
なんやかんや、今日は私も楽しんでしまったな。アルビスに感謝しておかないと。もしアルビスが居なかったら、今日という最高の日が訪れなかったのだから。
「ふう……」
「何回ため息をついてるんだ、貴様は」
テーブルに突っ伏している中。大量の木皿を慣れた手つきで洗っているアルビスが、呆れ気味に言う。
「しょうがないだろ? どの料理も、本当に美味しかったんだ。このまま寝たら、良い夢が見れそうだよ」
「ほうっ! そうか。料理を作る者にとって、この上ない褒め言葉だ。次は貴様の番だし、より気合いを入れて作らねばな」
「私の番?」
気になる言葉に、寝かせていた首を上げる。アルビスはというと、洗い物を終わらせていて、何かを作っている最中だった。
「そうだ。余が、もう少し早く貴様らの家族になってたら、貴様を祝えてたものの。五月十五日、今から待ち遠しくて仕方ない。今日以上の料理を振る舞ってやるから、覚悟して待ってろよ?」
氷魔法で出した丸い氷を、両手の握力で粉々に砕いたアルビスが、私に顔を合わせてきて、楽しそうに口角を上げる。
「かなり気合が入ってるな、楽しみにしてるよ。けど、誕生日前日に、私が買い出しに行かないとな。なんか複雑な気分だ」
「いや。その時になってれば、余が買い出しに行ってるだろ」
「お前が?」
「ああ。もうこの世からは、黒龍という種族は絶滅した事になってる。ならば、余が『タート』へ買い出しに行っても問題無いはずだ。余が買い出しに行けば、ピース殿を生き返らせる魔法の開発が捗るだろ?」
「まあ、確かにそうだけど……。わざわざお前が危険を冒してまで行く必要はない。今まで通り、私が行く」
「いや、ここは折れんぞ」
何かをかき混ぜ始めたアルビスが、食器棚がある方へ歩き、一枚の木皿を取り出す。
「貴様は、余という家族が増えた。余はもう、貴様の家族であり、執事でもある。だからもっと余を頼り、こき使え。そして、早くピース殿を生き返らせる事が出来る魔法を作り、ピース殿を生き返らせろ。そして」
説教染みた話を始めると、アルビスは台所に戻り、何かを木皿に盛りつけていく。
「幸せになってくれ」
「幸せに?」
「そうだ。貴様は、余に五百年分の幸せを与えると言ってくれた。実際、余はもう充分過ぎる程の幸せを手に入れてる。心に収まり切らず、溢れ出すほどの温かな幸せをな。これに関しては、本当に感謝してる。ありがとう、アカシック・ファーストレディ」
「むっ……」
突然のお礼に、全身がむず痒くなってきた。ここまで素直に感謝されると、恥ずかしくなってくるな……。まさか、急に言ってくるだなんて。せめて、身構える時間ぐらいは欲しかった。
「そうか、お前が幸せになってくれて何よりだ。私も嬉しいよ」
「そう。余は、貴様のお陰で幸せになれた。だから今度は、貴様が幸せになれ」
また全身がむず痒くなってくるような、恥ずかしい台詞をサラリと言い放ったアルビスが、木皿を持ちながら歩いて来て、私の前にその木皿を置いた。
「これは……。夕食にも出てきた甘味か」
木皿に盛られているのは、雲の様にふわふわとしていて、薄橙色をした甘味。粒状になっている氷のシャリシャリ感と、さっぱりとした爽やかな甘みよ。美味しかったなぁ、この甘味も。
「果物が少々余ってしまってな。この果物は傷みやすく、長期の保存が出来んのだ。腐らせるのも勿体ないから、食べてくれ」
甘味に手を差し伸べたアルビスが、対面の席に腰を下ろし、「で」と続ける。
「話を戻すぞ。余は、恩を与えてくれた者に対し、更なる恩で返す主義でな。過去の話になるが。貴様、酒を飲んだ翌日、心が折れそうになった時があっただろ?」
「ああ、あったな。その時、お前は私を励ましてくれて、夢を応援してくれた」
「そう。その時は確かに、応援すると言った。だが今度は、手助けをしたい」
「手助け?」
言葉をそっくり返すと、アルビスは背もたれに体を預け、腕を組んだ。
「そうだ。夢へ向かって歩んでる貴様の道に、少しでも近道を作ってやりたい。一人でコツコツと寂しく作ってきた道も、二人で作っていけば、早く夢にたどり着けるとは思わないか?」
「まあ……。早くなるとは、思う」
「だろう? 今まででの二倍の速度になる。もしかしたら、三倍、四倍、いや! それ以上の速度になるかもしれない。そうだ。貴様を阻んでる壁は、余が全て破壊してやろう。だから貴様は、夢に向かって駆けて行くだけでいい」
「し、しかし……」
「しかしでもない。いいか? アカシック・ファーストレディ。人に与えた幸せは、巡り巡って自分の元へ帰ってくるものだ。その幸せはより大きく、より温かな幸せとなってな。さっき、余が言ったように。余は、恩を与えてくれた者に対し、更なる恩で返す主義だ。当然、幸せも然り。貴様は、余に五百年分の幸せを与えてやると言ってくれた。なら余は、貴様に千年分の幸せを返してやる」
テーブルに両肘を突き、組んだ両手の上に顎を置いたアルビスが、「だから」と呟く。
「夢へ続いている長い道を、一人で歩くのはやめろ。余も一緒に歩いてやる。そして、早くピース殿を生き返らせて、幸せになってくれ」
「あっ……」
静かに語るも、なんとも頼り甲斐のある笑みを浮かべるアルビス。……ああ、やっとむず痒くなくなってきたのに、今度は心が震え出してきた。
頭部も、ちりちりとくすぐったい。この感覚は、タートでも味わった感覚だ。満面な笑顔をしたサニーが、私に嬉しい言葉を言ってきてくれた時にも感じた、あのくすぐったい感覚。
あの時と同じように、私の視界がだんだん潤んできた。目の前に居るアルビスが、溢れそうな涙の壁に遮られていく。アルビスに泣いている所を見られたくないから、手で顔を覆ってしまおう。
「参ったな……。今日は泣いてばかりだ……」
「ふっ、それほど嬉しいか。だが、泣くのはまだ早い。その涙は、ピース殿が生き返った時の為に取っておけ」
「……そうしたいのは山々だけど、今は無理だ。もう、止めれないんだよ……」
どんなに我慢しようとも、顔や口に力を込めて止めようとしても。顔を覆っている手の隙間から、涙が零れ落ちないようにするだけで精一杯だ。
私から貰った五百年分の幸せを、千年分にして返してやる、か。アルビスだって、私以上に悲惨な生涯を送ってきたというのに。どれだけお人好しなんだ、こいつは……。
そう思っている私は、もうアルビスの言葉に甘えているのだろう。いや、違う。縋っているんだ、アルビスに。口から言わず、代わりに涙を流して助けてくれと、訴えかけているんだ。
「ほんと、運命に組み込まれた出会いのタイミングは、なんでこうも最悪なんだ……。お前とはもっと早く、もっと平和な別の場所で、ピースと一緒に笑い合える環境で出会いたかった……」
「そうだな。もし、この世に神が居るのであれば、相当ひねくれた奴なのだろう。会える機会があったら、死ぬまでぶん殴ってやりたい」
「ああ、同感だ……」
それでもなお、私の涙は止まらない。たぶん、相当嬉しがっているんだろう。アルビスの温かな言葉に。アルビスという、救いの手を差し伸べてくれる理解者に。
「あと、先に謝っておく。余は貴様みたいに、体を貸す事は出来んぞ。あまりにも恥ずかしいからな」
「……お前って、変な所は素直だよな」
まったく隠れていない照れ隠しのせいで、涙がピタリと止まってしまった。別に、言わなくてよかったものの……。
まあ、お陰で涙は止まったんだ。ずっと泣いているのも悪いし、さっさと拭ってしまおう。浅くため息をついた私は、ローブの袖で顔全体を拭き、残っている涙を手の甲で拭った。
「ありがとう、アルビス。誕生日はまだ先なのに、かけがえのない贈り物を貰った気分だ」
「そうか。ならばそれは、前回出来なかった分の贈り物だ。次の五月十五日が来たら、ちゃんとした形のある贈り物をくれてやろう」
「本当に律儀だな。分かった、楽しみにしてるよ」
誕生日の贈り物か。最後に貰ったのは、まだピースとレムさんが居る時だった。懐かしいなぁ。あの時レムさんは、私とピースを模した人形をくれたっけ。
「しかし……。貴様は、今日は泣いてばかりだと言ったな? タートで何かあったのか?」
「ああ。サニーが、すごく嬉しい事を言ってくれたんだ。誰にでも自慢が出来る、すごいお母さんだってな」
「ほう、よかったじゃないか。そうだ。そっちで何があったか、詳しく教えてくれないか?」
「いいけど、甘味を食べながらでもいいか?」
「構わん。貴様の為に作ったんだ、味わって食ってくれ」
そう柔らかく言い、甘味へ手をかざすアルビス。許可を貰えたから、ゆっくり食べよう。さてと、サニーはまだ外から帰って来ないだろうし、今宵は長くなりそうだ。
どの料理も、本当に美味しかった。蒸して余分な脂を落とした、鳥肉と野菜の和え物。鶏肉には、程よい弾力が残っていて。なおかつ、例の酒で処理されており、こちらも臭みがまったく無かった。
野菜もそう。シャキシャキとした、みずみずしい歯ごたえ。それに、アルビスが独自で配合した香辛料。もう一度食べたくなるような酸味が利いていて、刺し匙が止まらなかった。
もちろん魚料理も。これも種類が豊富だった。特に心が安らぐような、なんとも優しい風味の汁物。飲む度に、『ほうっ……』とため息が何度も出ていたっけ。
極め付きは、食後の甘味。私が買ってきた野菜の中には、どうやら果物もあったらしく。その果物をきめ細かく刻み、砕いた氷と混ぜ合わせたふわふわの甘味が、新食感でたまらなく美味しかった。
作り方を知りたいけれども、今日食べた物は全てが高級食材。また材料を揃えるとなると、金貨五十枚が必要になる。……駄目だ、やめておこう。作り方を習ってはいけない。
サニーが『タート』で言っていたように、こんな贅沢を当たり前にしては駄目だ。稀に食べるからこそ良い。その美味しさが当たり前になったら、なんとも寂しくなってしまう。
そんな私にとって名言を放ったサニーは、私を祝福している夜空を描きたいと言い、ヴェルイン達と共に外へ出て、大いにはしゃいでいる。
アルビスは後片付けをしているので、私も手伝いたいのだが……。夢心地へと誘う余韻のせいで、首から下が眠っているかのように動かせない。
なんやかんや、今日は私も楽しんでしまったな。アルビスに感謝しておかないと。もしアルビスが居なかったら、今日という最高の日が訪れなかったのだから。
「ふう……」
「何回ため息をついてるんだ、貴様は」
テーブルに突っ伏している中。大量の木皿を慣れた手つきで洗っているアルビスが、呆れ気味に言う。
「しょうがないだろ? どの料理も、本当に美味しかったんだ。このまま寝たら、良い夢が見れそうだよ」
「ほうっ! そうか。料理を作る者にとって、この上ない褒め言葉だ。次は貴様の番だし、より気合いを入れて作らねばな」
「私の番?」
気になる言葉に、寝かせていた首を上げる。アルビスはというと、洗い物を終わらせていて、何かを作っている最中だった。
「そうだ。余が、もう少し早く貴様らの家族になってたら、貴様を祝えてたものの。五月十五日、今から待ち遠しくて仕方ない。今日以上の料理を振る舞ってやるから、覚悟して待ってろよ?」
氷魔法で出した丸い氷を、両手の握力で粉々に砕いたアルビスが、私に顔を合わせてきて、楽しそうに口角を上げる。
「かなり気合が入ってるな、楽しみにしてるよ。けど、誕生日前日に、私が買い出しに行かないとな。なんか複雑な気分だ」
「いや。その時になってれば、余が買い出しに行ってるだろ」
「お前が?」
「ああ。もうこの世からは、黒龍という種族は絶滅した事になってる。ならば、余が『タート』へ買い出しに行っても問題無いはずだ。余が買い出しに行けば、ピース殿を生き返らせる魔法の開発が捗るだろ?」
「まあ、確かにそうだけど……。わざわざお前が危険を冒してまで行く必要はない。今まで通り、私が行く」
「いや、ここは折れんぞ」
何かをかき混ぜ始めたアルビスが、食器棚がある方へ歩き、一枚の木皿を取り出す。
「貴様は、余という家族が増えた。余はもう、貴様の家族であり、執事でもある。だからもっと余を頼り、こき使え。そして、早くピース殿を生き返らせる事が出来る魔法を作り、ピース殿を生き返らせろ。そして」
説教染みた話を始めると、アルビスは台所に戻り、何かを木皿に盛りつけていく。
「幸せになってくれ」
「幸せに?」
「そうだ。貴様は、余に五百年分の幸せを与えると言ってくれた。実際、余はもう充分過ぎる程の幸せを手に入れてる。心に収まり切らず、溢れ出すほどの温かな幸せをな。これに関しては、本当に感謝してる。ありがとう、アカシック・ファーストレディ」
「むっ……」
突然のお礼に、全身がむず痒くなってきた。ここまで素直に感謝されると、恥ずかしくなってくるな……。まさか、急に言ってくるだなんて。せめて、身構える時間ぐらいは欲しかった。
「そうか、お前が幸せになってくれて何よりだ。私も嬉しいよ」
「そう。余は、貴様のお陰で幸せになれた。だから今度は、貴様が幸せになれ」
また全身がむず痒くなってくるような、恥ずかしい台詞をサラリと言い放ったアルビスが、木皿を持ちながら歩いて来て、私の前にその木皿を置いた。
「これは……。夕食にも出てきた甘味か」
木皿に盛られているのは、雲の様にふわふわとしていて、薄橙色をした甘味。粒状になっている氷のシャリシャリ感と、さっぱりとした爽やかな甘みよ。美味しかったなぁ、この甘味も。
「果物が少々余ってしまってな。この果物は傷みやすく、長期の保存が出来んのだ。腐らせるのも勿体ないから、食べてくれ」
甘味に手を差し伸べたアルビスが、対面の席に腰を下ろし、「で」と続ける。
「話を戻すぞ。余は、恩を与えてくれた者に対し、更なる恩で返す主義でな。過去の話になるが。貴様、酒を飲んだ翌日、心が折れそうになった時があっただろ?」
「ああ、あったな。その時、お前は私を励ましてくれて、夢を応援してくれた」
「そう。その時は確かに、応援すると言った。だが今度は、手助けをしたい」
「手助け?」
言葉をそっくり返すと、アルビスは背もたれに体を預け、腕を組んだ。
「そうだ。夢へ向かって歩んでる貴様の道に、少しでも近道を作ってやりたい。一人でコツコツと寂しく作ってきた道も、二人で作っていけば、早く夢にたどり着けるとは思わないか?」
「まあ……。早くなるとは、思う」
「だろう? 今まででの二倍の速度になる。もしかしたら、三倍、四倍、いや! それ以上の速度になるかもしれない。そうだ。貴様を阻んでる壁は、余が全て破壊してやろう。だから貴様は、夢に向かって駆けて行くだけでいい」
「し、しかし……」
「しかしでもない。いいか? アカシック・ファーストレディ。人に与えた幸せは、巡り巡って自分の元へ帰ってくるものだ。その幸せはより大きく、より温かな幸せとなってな。さっき、余が言ったように。余は、恩を与えてくれた者に対し、更なる恩で返す主義だ。当然、幸せも然り。貴様は、余に五百年分の幸せを与えてやると言ってくれた。なら余は、貴様に千年分の幸せを返してやる」
テーブルに両肘を突き、組んだ両手の上に顎を置いたアルビスが、「だから」と呟く。
「夢へ続いている長い道を、一人で歩くのはやめろ。余も一緒に歩いてやる。そして、早くピース殿を生き返らせて、幸せになってくれ」
「あっ……」
静かに語るも、なんとも頼り甲斐のある笑みを浮かべるアルビス。……ああ、やっとむず痒くなくなってきたのに、今度は心が震え出してきた。
頭部も、ちりちりとくすぐったい。この感覚は、タートでも味わった感覚だ。満面な笑顔をしたサニーが、私に嬉しい言葉を言ってきてくれた時にも感じた、あのくすぐったい感覚。
あの時と同じように、私の視界がだんだん潤んできた。目の前に居るアルビスが、溢れそうな涙の壁に遮られていく。アルビスに泣いている所を見られたくないから、手で顔を覆ってしまおう。
「参ったな……。今日は泣いてばかりだ……」
「ふっ、それほど嬉しいか。だが、泣くのはまだ早い。その涙は、ピース殿が生き返った時の為に取っておけ」
「……そうしたいのは山々だけど、今は無理だ。もう、止めれないんだよ……」
どんなに我慢しようとも、顔や口に力を込めて止めようとしても。顔を覆っている手の隙間から、涙が零れ落ちないようにするだけで精一杯だ。
私から貰った五百年分の幸せを、千年分にして返してやる、か。アルビスだって、私以上に悲惨な生涯を送ってきたというのに。どれだけお人好しなんだ、こいつは……。
そう思っている私は、もうアルビスの言葉に甘えているのだろう。いや、違う。縋っているんだ、アルビスに。口から言わず、代わりに涙を流して助けてくれと、訴えかけているんだ。
「ほんと、運命に組み込まれた出会いのタイミングは、なんでこうも最悪なんだ……。お前とはもっと早く、もっと平和な別の場所で、ピースと一緒に笑い合える環境で出会いたかった……」
「そうだな。もし、この世に神が居るのであれば、相当ひねくれた奴なのだろう。会える機会があったら、死ぬまでぶん殴ってやりたい」
「ああ、同感だ……」
それでもなお、私の涙は止まらない。たぶん、相当嬉しがっているんだろう。アルビスの温かな言葉に。アルビスという、救いの手を差し伸べてくれる理解者に。
「あと、先に謝っておく。余は貴様みたいに、体を貸す事は出来んぞ。あまりにも恥ずかしいからな」
「……お前って、変な所は素直だよな」
まったく隠れていない照れ隠しのせいで、涙がピタリと止まってしまった。別に、言わなくてよかったものの……。
まあ、お陰で涙は止まったんだ。ずっと泣いているのも悪いし、さっさと拭ってしまおう。浅くため息をついた私は、ローブの袖で顔全体を拭き、残っている涙を手の甲で拭った。
「ありがとう、アルビス。誕生日はまだ先なのに、かけがえのない贈り物を貰った気分だ」
「そうか。ならばそれは、前回出来なかった分の贈り物だ。次の五月十五日が来たら、ちゃんとした形のある贈り物をくれてやろう」
「本当に律儀だな。分かった、楽しみにしてるよ」
誕生日の贈り物か。最後に貰ったのは、まだピースとレムさんが居る時だった。懐かしいなぁ。あの時レムさんは、私とピースを模した人形をくれたっけ。
「しかし……。貴様は、今日は泣いてばかりだと言ったな? タートで何かあったのか?」
「ああ。サニーが、すごく嬉しい事を言ってくれたんだ。誰にでも自慢が出来る、すごいお母さんだってな」
「ほう、よかったじゃないか。そうだ。そっちで何があったか、詳しく教えてくれないか?」
「いいけど、甘味を食べながらでもいいか?」
「構わん。貴様の為に作ったんだ、味わって食ってくれ」
そう柔らかく言い、甘味へ手をかざすアルビス。許可を貰えたから、ゆっくり食べよう。さてと、サニーはまだ外から帰って来ないだろうし、今宵は長くなりそうだ。
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