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119話、ここが、私おすすめの店だ

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 私が“嬉”の感情を明確に感じ取り、涙が乾くまで空を仰ぎ続けた後。空から地面に戻ってきてからも、二人で楽しみながら色んな場所へ行ってきた。
 顔合わせの意味も含め、私が毎日のように行っている、野菜屋や魚屋。肉屋と酒屋。それに、絵本を買い占めてしまった書物屋にも。昔読ませていた絵本が多々とあったので、サニーは『懐かしい絵本がある!』とはしゃいでいた。
 五百冊以上も読んできたというのに、よく内容まで覚えているものだ。私だって題名こそは大体覚えていたが、内容や展開はうろ覚えで、サニーに説明されても曖昧な返事しか出来なかった。

 そして、書物屋の店内を全て回っている内に、時間の流れを忘れてしまっていたのか。外へ出た頃には昼下がりを過ぎていて、せっかちな太陽が傾き始めていた。
 体感的には、まだ一時間も経っていないのだが……。正確無慈悲な時の流れは、どうやら倍以上も先に行っていたらしい。こういう時ぐらい、だらしなく怠けてくれてもいいというのに。
 太陽の傾きから推測するに、夕方まで残り二時間前後。アルビスには夕方頃に帰ると言ってあるので、もう時間がかなり限られている。
 次の店に行き、店内に滞在している時間、帰りの時間を計算すると……。余裕を持って滞在できるのは、あと一、二件と見た方がいい。

 まだ行きたい場所や、見せたい景色が多々とあるものの。それは次の機会にしておこう。なにも、これで終わりじゃないんだ。焦る必要はない。
 なので行くとしたら、私おすすめの菓子屋しかない。ついでに、サニーにある程度のお金を渡しておき、食べたい物を買わせてみよう。
 そうすれば購入の体験も出来るし、自分で食べたい物が選べる。勉学も出来るし、一石二鳥だ。よし、これでいこう。ならば、早速菓子屋に行くとするか。








「そうだ。サニー、これを渡しておこう」

 最後の店に向かっている道中。あと一つ曲がれば菓子屋に着く距離で立ち止まり、握っている手をサニーに差し出す。

「これは、お金だっ。いいの?」

 サニーの両手に置いたのは、銅貨十枚、銀貨一枚、金貨一枚。菓子は驚くほどに安い。これだけあれば、菓子屋に何時間居ても足りるはずだ。

「ああ、お小遣いだと思え。最後に行く店は、自分で食べたい物を選び、自分で買ってみろ」

「わあっ、自分で食べ物を買っていいんだ! 一回でいいから、やってみたかったんだっ」

 私が金を渡していなければ、ずっと我慢していたであろう欲を漏らしたサニーが、嬉しそうな笑顔になり、銅貨やらを内懐にしまい込んだ。
 なるほど。やはりサニーは、基本欲を出さずに我慢しているらしい。本当にいい子だな。しかし、我慢し過ぎるのも良くない。
 これからタートには何回も来るだろうし、ここに居る時ぐらいは、なるべく我慢させないようにしてやらないと。

「もしかして、ずっと我慢してたのか?」

「えへへ……。お母さんが困っちゃうと思って、言わないでいたんだ」

「サニー……」

 今の聞きましたか、エリィさん? サニーは、こんなに立派な子に育ちました! ああ、感動して視界が潤んできた。今すぐにでも抱きしめてやりたい。
 だが、周りに人が沢山居るから、流石に恥ずかしいな。視線を気にした私は、断腸の思いで踏み止まり、サニーの頭をそっと撫でた。

「別に、ここに居る時ぐらいは我慢しなくてもいいんだぞ? 今度来た時は、どんどん私に言ってこい」

「いいのっ!? それに今度って、またここに来てもいいの?」

「ああ、私もほぼ毎日来てるんだ。だからお前も、毎日付いてきてもいいんだぞ」

「毎日……」

 そう催促するも、きょとんとさせたサニーの顔が、苦笑いにすり替わった。

「う~ん、毎日はいいや。三十日間とかいっぱい経ってから来たいな」

「そんなに間隔を空けるのか? やりたい事や、見たい場所が沢山あるだろ?」

「うん、いっぱいあるよ。お城にも行ってみたいし、食べてみたい物もいっぱいある。そのうち、全部見て周りたいと思ってるけど……」

 欲をちゃんと出してくれたサニーが、一呼吸置く。

「ここって、絵本の中みたいにすごい場所でしょ? だから、それを当たり前にしたくないな~って」

「はあ……。そ、そうか」

 予想すらしていなかった大人染みた返事に、唖然としてしまった。まるで絵本に綴られたような珍しい場所を、当たり前の日常にしたくないだと?
 サニーって、本当に八歳の子供、だよな? たまに発想や物事の考え方が、私の遥か先を行っている気がする……。
 もしかしたら、また遠慮しているのかもしれないけど、サニーがそう言っているんだ。無理に連れて来ない方がいいな。

「分かった。それじゃあ、来たくなったら言ってくれ。必ず連れて来てやるからな」

「うんっ! ありがとう!」

 そう笑顔でお礼を言ってきたサニーが、いつもより大きく見える手を伸ばしてきた。私もその手を握り、目的の店に向かって歩き出す。
 が、すぐそこだったので、三十歩も歩かない内に着いてしまった。まだ夕方になっていないせいか、菓子屋の前には誰も居ない。大通りに比べると、かなり静かになっている。やや物寂しい光景だ。
 あわよくば、子供達にサニーを紹介したかったのだが。まあ仕方ない。このまま店の中に入ってしまおう。

「サニー、この店に入るぞ」

「ここって、もしかして!」

 店の前で店内の商品を見てしまったのだろう。声を弾ませたサニーが、握っていた私の手を振り解き、店内へ駆けて行ってしまった。
 あの様子だと、たぶんサニーは菓子を知っていそうだ。絵本でもよく題材として使われていたし、知らない方がおかしいか。
 私もサニーの後を追うべく、「わっ、わっ!」と可愛い声が飛んでくる店内へと向かう。薄暗さが際立つ店内に入ると、まだ暗さに慣れていない視界の中に、両手を上下にぶんぶんと振り、暗闇を振り払わんとする笑顔のサニーが店内を見渡していた。

「やっぱり! お菓子屋さんだあっ!」

「あらあら、昨日の魔女さんじゃないの」

 気分的に外よりも明るくなった店の奥から、おばさんの声が聞こえたので、そちらに顔を向ける。
 本来の暗さを保っている視界の先、ここの店長であるおばさんが、ニコニコと笑いながら正座をしていた。

「昨日はどうも。今日は、娘を連れて来ました」

「あらぁ~、魔女さんの娘さんなのね。通りで、初めて見る子だと思ったわ」

 私達の会話を耳にしたのか。興奮が最高潮に達していたサニーが、ようやくおばさんの存在に気付いたようで。トコトコとおばさんの元へ駆けていく。目の前まで行くと、ペコリとお辞儀をした。

「初めまして! サニーです!」

「まあ、サニーちゃんって言うのね。まだ小さいのに、とてもお利口さんね」

「おりこう?」

 来た! この声色は、知らないから教えろという時の声色だ!

「お利口というのは―――」

「とてもいい子って意味だよ」

「んなっ……!」

 私が後ろから教えようとするも、おばさんが先にサニーに教えてしまった。そんな……、これが今日最後の好機だったかもしれないのに……。

「いい子っ! 私、いい子なの!?」

「うん。すごくいい子だよ」

「わーい! お母さん! 私がすごくいい子だって! ……あれ?」

 悲しさのあまりに、上体を項垂れさせている中。サニーの困惑を宿した声が、前から聞こえてきた。

「お母さん、なんで泣いてるの?」

「……サニーがいい子って言われたから、嬉しくなってな……」

「そ、そんなに」

 涙は流していないのだが……。サニーには、そんな風に見えているのか。まあ、露骨に落ち込んでいるのは、自分でも分かっているけども。
 先に言われたからには仕方ない。おばさんは悪くないんだ。これ以上、サニーを心配させたくないし、意識を逸らすべく菓子を食べさせてやらねば。
 そう決めた私は、項垂れていた上体を起こし、悲しい感情をため息に変えて口から吐き出した。

「サニー、ここからは自由行動だ。好きな菓子をいっぱい選んで、購入してからたーんと食え」

「自由行動! わかったっ!」

 菓子を食べたいという欲を思い出したのか。自由行動と聞いて嬉々と反応したサニーが、菓子が並んでいる陳列棚に走っていった。
 さてと。しばらく間、私は無用になる。お気に入りの菓子を食べながら、サニーの様子を見守るとしよう。
 早速菓子を食べるべく、昨日食べた透明の小袋に入った白い菓子を手に取る。そのまま、真剣に菓子を選んでいるサニーに横目を送りつつ、おばさんの元へと行った。

「すみません、これ下さい」

「はいはい、銅貨一枚ね」

 あらかじめ内懐に用意していた銅貨を取り出し、おばさんに渡す。また、おばさんの隣で食べてしまうか。

「ここで食べてもいいですか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます、では」

 優しい声で許可を得られたので、慣れた手つきで小袋の封を開け、白い玉を取り出す。口に入れて転がすと、昨日も感じた、全身を癒してくれるような甘い活力が口の中に広がっていった。

「う~ん、美味しいっ」

「さっきはすみませんねえ、先にサニーちゃんに説明をしちゃって」

「ぶっ!? ……あっ」

 あまりにも気まずい、おばさんからの突然の詫びに、思わず白い玉を噴き出す私。
 慌てて指を鳴らし、綺麗な直線を描いて飛んでいく玉に『ふわふわ』を発動させ、指招きをして口の中へ戻した。

「や、やっぱり、気付いてたんですね……」

「ええ。わたしが説明してあげた途端、残念そうな顔をしてたからねえ。イヤでも気付いちゃうよ」

 そんな顔をしていたのか、私は。分かりやすいにも程がある。感情が顔に浮かんでいるとなると、これからサニーに嘘をつくのが難しくなりそうだ。

「謝らないで下さい。あの時は、おばさんとサニーが話してたんです。割って入ろうとした私が悪いんですよ」

「そう言ってくれると、すごくありがたいねえ。普段から子供達に物を教えるのが好きで、つい癖でね」

「ああ、分かります。それで分かるように教えてあげると、子供は笑顔になるんですよね」

「そうそう。その笑顔を見るのが好きなのよ」

「ええ、私も大好きです」

 そう。だからサニーの笑顔が見たくて、率先して説明をしてあげているんだ。しかし、独り占めもよくない。
 おばさんは、今日初めてサニーと会ったんだ。おばさんにも幸せになってほしいから、逆にもっとサニーの笑顔を見せてやらないと。

「ねえ、お母さん! どれがおいしいの?」

「む?」

 二つ目の白い玉を食べようとすると、視界外からサニーの問い掛けが聞こえてきた。視線を上げると、入口の逆光を浴び、影を薄く纏っているサニーが居た。
 どうしよう。私も子供達を宙に浮かせた後、二つ三つ菓子を食べたものの。サニーにおすすめ出来る菓子が分からない。
 けれどもサニーには、私おすすめの店として、ここへ連れて来たんだ。説明が出来なければ、色々と示しがつかなくなってしまう。

「おばさん、どの菓子がいいですかね?」

 どうしても説明がしたいので、小さい声でおばさんに助け求める私。

「魔女さんが食べてる物でいいよ。一緒に食べると、もっと美味しくなるだろうしね」

「なるほど、分かりました。サニー。お前の右隣に、私が持ってる菓子と同じ物があるだろ? それが美味いぞ」

「お母さんが持ってる、お菓子……。これだっ!」

 私が言った菓子をすぐに見つけたサニーが、菓子を持った手を大袈裟に掲げる。無邪気な笑顔でこちらに走って来ると、菓子を持っている両手をおばさんに差し出した。

「これくださいっ!」

「はいはい、銅貨一枚ね」

「銅貨一枚……。えと、これだっ。はいっ!」

 先ほどあげた銅貨を、内懐から一発で取り出したサニーが、おばさんの手に乗せる。その手の平にある銅貨を認めると、おばさんはゆっくりうなずいた。

「うん、確かに。えらいねぇ。まだ小さいのに、ちゃんとお買い物が出来るだなんて」

「えへへっ、またほめられちゃった。ありがとうございますっ!」

「まあっ、お礼も言えるなんて。本当にえらい子だわぁ」

 事あるごとにサニーを褒めちぎるおばさんに、嬉しくなって終始ニコニコしているサニーよ。なんとも微笑ましい光景だ。一生見ていられる。
 そんな体を左右に揺らしているサニーが、体を私の方へ向けてきては、菓子を持っている両手を伸ばしてきた。

「お母さん、もう食べてもいいよね?」

「ああ、それはもうお前の物だ。焦らずゆっくり食えよ?」

「うんっ、わかった!」

 焦らずという言葉を真に受けたサニーは、慎重にかつ細心の注意を払い、小袋の封を開けていく。
 「よいしょっ、よいしょっ」と、口を尖らせながら呟いているけど、サニーの可愛さは天井知らずだな。
 慣れない作業に手間取り、約十秒後。綺麗に封を開けられると、サニーの表情がぱあっと明るくなった。

「開いた! よし、いただきまーす! あむっ。……う~~んっ、あまーーいっ!」

 初めての味に、両腕をブンブンと上下に振り、全身でこの上ない喜びを表すサニー。甘いのは、お前の表情や仕草だ。どの菓子よりも甘く、そして、私の心身を癒してくれる。
 ああ、もうすごい。目で甘味を食べている様な気分だ。今の私なら、なんでも出来そうな気がする。

「お母さんっ! これ、すごくおいしいっ!」

 『お前の笑顔の方が、何百倍も美味しいよ』という恥ずかしい言葉を喉に引っ掛け、「だろ?」とだけ返す私。危なかった。もし私とサニーだけしか居なかったら、普通に言っていたかもしれない……。

「そんなに美味しい菓子が、ここには山ほどある。今度は、自分で選んでみろ」

「わかったっ! よーし、どれにしようかな~」

 さて、サニーも自分で菓子を選び始めた事だし。私も、昨日食べ損ねた菓子を食べてみるとしよう。
 そう決めて、余っている菓子を内懐にしまい込み、感謝の意味も込めておばさんに軽く会釈をし、サニーの元へ歩き出した。
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