ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
117 / 301

114話、憎きタイミングに葛藤し、歯を食いしばる魔女

しおりを挟む
 ひょんな事から、私の実年齢をアルビスに明かした後。あいつは私の年齢よりも、不老になった経緯の方に興味を示し、怒涛の質問攻めが始まり。
 質問に答えていく内に内容が移り変わり、新薬や魔法の開発までさかのぼり、そこから長々と説明をし続けてしまった。
 本当であれば、ここまで語るつもりはなかったのだが……。あいつが私の話を真摯しんしに聞き、語り続けたくなるような相槌あいづちを打つものだから、私もいつの間にか楽しくなっていたようだ。
 しかし、私がずっと一人で新薬や新魔法の開発をしていた事を話すのは、案外悪くはなかった。むしろ、開発の成果を公に出来て、今までの開発は決して無駄ではなかったんだと報われた気がした。

 これが一番大きい。開発意欲が段違いに違ってくる。やはり、なんの気兼ねもなく語れる者がそばに居ると、心の持ちようすら変わってくるんだな。
 今の私なら、ピースを生き返らせる事ができる魔法を、開発出来そうな気がする。いや、必ず開発してみせる。
 沢山待たせてしまっているけど、ほんのもう少しだけ時間をくれ。たぶん、そう遠くない未来で、お前と再会できるかもしれないから。













「それじゃあ行って来る」

「アルビスさん、行って来るね!」

「ああ、大いに楽しんでこい」

 雲一つ無い、晴れ渡った気持ちのいい青空の下。サニーよりも楽しそうにしているアルビスが、腕を組みながら凛とした笑みを浮かべた。

「うんっ! 本当だったら、アルビスさんとも一緒に行きたかったな」

「ほう、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。が、今日は色々と忙しいから、余は付いていけん。また今度にでも行こう」

「わかった、約束だからね!」

「ああ、約束だ」

 一昔であれば不可能だった約束を交わし、サニーの頭の上に手をポスンと乗せるアルビス。そう、昨日の夕方までならな。
 アルビスもといブラックドラゴンは、この世ではもう絶滅種として認定されている。なので、素性が割れていない人間の姿に変身していれば、どこでも自由に歩き回る事が可能となった。
 だが、それは『タート』だけにしておこうと、私とアルビスで決めている。絶滅したと言っても、それは百年以上も姿が確認されていないという、かなり曖昧な理由で決められた事。
 世界にはまだ、ブラックドラゴンの存在を諦めていない輩が、少なからず居るはずだ。だから、迫害の地から出たとしても、行動範囲は極力狭めておこうと二人で決めた。

 最早、自分の娘となったサニーの頭から手を離すと、アルビスはヴェルイン達が居る家の中へと入っていく。

「アカシック・ファーストレディ、いつ頃帰って来る予定なんだ?」

「そうだな、夕方頃までには帰る」

「夕方だな、分かった。気を付けて行ってこい」

 私達の帰宅時間を確認したアルビスが、横顔から見える口角を緩く上げ、扉を閉めた。

「さあ、ヴェルイン、カッシェ、ファートよ! これより作戦を開始する! 各自、行動に移ってくれッ!」

 あいつ、かなりの大声で指示を飛ばしているな。扉はしっかりと閉まっているのに、隣で叫んでいるが如く鮮明に聞こえてきたぞ。
 それに、作戦ってなんだ? 私は聞いてないぞ? ……いや、知らなくていいのか。私とサニーは別行動をするので、あの作戦とやらには一切関係がない。でも、内容が少しだけ気になる。

「お母さん、早く行こっ!」

「……っと、そうだな。行くか」

 今日という記念すべき日は、一秒一秒全てが貴重だ。どうでもいい好奇心のせいで、その一秒を空白のまま過去にするのは勿体ない。早くサニーを『タート』へ連れて行かなければ。
 雑念を振り払った私は、右手にすかさず漆黒色の箒を召喚。サニーには『ふわふわ』をかけてから自分で跨ってもらい、私もサニーを覆う形で箒に跨った。
 やはり八歳にもなると、昔みたいに私の体で覆い切るのは無理みたいだ。どう頑張って腰を伸ばしても、サニーの頭が飛び出してしまう。どうせだ。むしろ屈み、私の頬をサニーの頬に寄せてしまおう。

「さあ、行くぞ。しっかり掴まってろよ」

「うんっ!」

 今まで何度言ったか忘れた注意を述べ、必ず返ってくる元気に溢れた声を聞き、ふわりと宙へ浮く。ある程度の高さまで昇ると、無言のまま限界速度で急発進した。

「うわーっ! やっぱ速ーい!」

「顔や体は痛くないか?」

「全然っ! もう慣れっこだよ!」

「そうか」

 久々に驚かせようと思ったのだが……。幾度となくやってきたし、慣れるのも無理はないか。サニーの驚いた顔や、可愛く怒った顔を見たかったのに、残念だ。
 風を裂く音の中に微かなため息を混ぜ、『タート』に続く街道を目指す。サニーと出会った針葉樹林地帯や、その先にある雑木林は飛び超してしまおう。
 針葉樹林地帯は、別名『自他殺じたさつの穴場』。迫害の地本来の姿が垣間見えてしまうので、サニーには絶対に見せたくない。
 雑木林もそう。あそこも血に飢えた獣で溢れている。なので針葉樹林地帯同様、土に還れない人骨がそこら中に点在しているのだ。

 辺りに響く断末魔や、耳にこびりつく命乞いも聞かせたくないので、少しずつ高高度に昇っていく。
 遥か下にある針葉樹林地帯を認めている最中。風切り音の中に「ねえ、お母さん」という声が割って入った。

「なんだ?」

「タートって、どんな所なの?」

「んんっ!?」

 まさか、このタイミングでサニーからの質問だと!? 何年振りだ? 不意を突かれたせいで、鼓動が一気に高まってきた。信じられない速度で脈を打っている。
 ああ、満足するまで細々と説明がしたい! しかし、ここで説明してしまうと、新しい景色へ期待する楽しみが、薄れてしまうかもしれない。
 けれども! 今やサニーが私に質問をしてくるだなんて、もう滅多にない事だ。したい、説明したい! 今すぐにでも箒を止め、サニーの頭に鮮明な地図が出来上がる程の説明がっ!

「うう~っ……」

「お、お母さん? なんで唸ってるの? 大丈夫?」

「だ、だいじょーぶ、だ……」

 滑り倒しそうな語り口を、思いっ切り食いしばる私。少しすると、ほんのりと血の味がしてきた。どうやら食いしばり過ぎて、口内が出血したようだ……。
 今日は、サニーにうんと楽しんでほしい。だから、細々と説明をしたら駄目だ。一片の情報たりとも与えてはならない。
 でも、したい……。この機を逃したら、次は無いかもしれないんだぞ? 今の貴重な質問は、アルビスと本格的な魔王ごっこをした時以来じゃないか。
 ……だがやはり、ここは堪えるべきだ。そもそもの話、私が楽しんでどうする? 今日の主役は、サニーだ。サニーを楽しませるべきなんだ。出しゃばるんじゃない、私よ。

「さ、サニーに楽しんで、ほしいから……、私は、説明、できない……。自分の目で、確かめてくれぇ……」

「お母さん。声が震えてるけど、泣いてるの?」

「目に、ゴミが入った、だけ―――」

 ……いや、待てよ? タートに着けば、サニーは怒涛の質問攻めを始めるのでは? そうだ。きっとそうに違いない。
 サニーにとって、タートは未知なる領域。目に映る全ての物が新鮮であり、初体験となるだろう。よし、確たる希望が見えてきた。これならば、私とサニー、共に楽しむ事が出来るぞ。

「サニー」

「ふえっ? なに?」

「今日は、一緒に楽しもうな」

「……うんっ、もちろんだよ!」

 左側から聞こえてくる、サニーの嬉々としていて、青空に響き渡る弾けた声。そうだ。難しく考える必要なんてない。もっと気楽に、もっと楽しく物事を考えよう。
 よし。ならば一秒でも速く、サニーをタートへ連れていかないと。今日という日を、なるべく長くする為にな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...