ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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109話、よそ見飛行は衝突の元

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「それじゃあ、買い出しに行ってくる」

「行ってらっしゃい、お母さん!」

「頼んだぞ、アカシック・ファーストレディ」

 ヴェルインの胸毛をわしゃわしゃと乱しているサニーに手を振り、横に居るアルビスにも手を振りながら外へ出る。
 空は、明日に迫るサニーの誕生日を祝うかの様に、雲一つ無い清々しい晴天。地面は、また純白の花が増えたのか。心安らぐ柔らかな匂いが、私の気持ちを和らげてくれた。

「さて、この量だ。『ふわふわ』を使うしかないな」

 中身の無いボヤキを入れ、アルビスから貰ったメモを再度見る。野菜。これはまあ、私でも持てる量だ。肉。鳥を丸ごと三羽に、質の良い肉を二kg。二kgなんて、七日間以上は持つ量だな。
 香辛料もそれなりの量だが、問題は酒。酒なんて、料理のどこで使うのだろうか? まるで分からない。
 それに、全てが見た事の無い名前の食材。けど、私より料理が上手いアルビスが指定してきたんだ。ちゃんと買っておかないと。
 周りに居る、花の手入れをしているゴーレムを眺めつつ、右手に漆黒色の箒を召喚。椅子に座る形で腰を下ろし、針葉樹林地帯を目指して飛んで行く。

 今の私が一人になる時間と言えば、買い出しに行っている時。それと、サニーの色棒を補充するべく、他の地帯へ材料を探しに行っている時ぐらいなもの。
 しかし明日は、この買い出しの時間も一人ではない。愛娘のサニーが居る。そう改めて思うと、楽しみでしょうがなくなってきた。気持ちが昂ってきた様で、鼻が『ふんふん』鳴っている。
 そうだ。今の内に、サニーを『タート』のどこへ連れて行くか、考えておいた方がいいな。『タート』はとんでもなく広い。歩いて回るとなると、一日では十分の一すら回れない程に。

 どこから行こうか? 入口を抜けると、すぐ右側に海があるけども、そこだけには絶対に行きたくない。あそこの海には、私とピースしか知らない浜辺がある。
 その浜辺で、ピースは『アンブラッシュ・アンカー』に殺されてしまったんだ。だが、この理由は間違えてでもサニーには言えない。まずは海に行けない口実を作らないと。

 魔物が出るから。いや、いくらなんでも無理がある。沖に出れば話は別だが……。あそこの浜辺で、魔物なんか見た事がない。たぶん沖に、見張りの兵士か魔法使いが常駐しているのだろう。
 とても危ない薬品が、海を汚染してしまっているから。これも無理だな。『タート』では、危険物及び薬品の不法投棄は重罪に値する。下手すれば、地下牢で残りの生涯を終える事になる。
 出入り禁止だから。これが一番分かりやすい嘘だな。あそこの海は、タートでも人気がある観光所なので、出入りが特に激しい。
 ……いきなり大きな壁に当たってしまった。サニーの事だ、間違いなく海に行きたいと言い出すはず。もし言われてしまったら、私は一体どうすればいいのだろう―――。

「魔女さん? 魔女さん!? 止まって止まって!!」

「む?」

 悩みの種が膨らみ、気が気でなくなっている中。不意に、焦っている人の声が聞こえてきたので、地面に向けていた顔を前へやる。
 視線の先。鎧を身に纏っていて、驚いた表情をしながら両手を前に突き出している兵士が居た。
 この人は、確か『タート』の城門の見張りをしている衛兵だ。……あれ? もうタートに着いていたのか。

「すみません。考え事をしてて、前を見てませんでした」

「やっぱり! ったく。街中では危険ですので、よそ見飛行はしないで下さいよ?」

「大丈夫です。ここからは歩いて行きますので」

 これ以上騒ぎを起こしたくないので、土の地面に足を着け、漆黒色の箒を消す私。視線を前に戻すと、衛兵は肩を落とし、その肩に右手で持っている槍を置いた。

「珍しいじゃないですか。魔女さんが、ぼーっとするだなんて。何か悩み事でも?」

「ちょっと、娘の事について考えてまして」

「え? 魔女さん、子供さんがいたんですか? 知らなかった。是非見てみたいですね」

「ちょうどよかった。明日、娘の誕生日なのでここに連れて来るんです。その時にお見せしますね」

 ぼーっとしていた理由を明かすと、衛兵の眉が跳ね上がり、嬉しそうに微笑んだ。

「へぇ~、誕生日! それはめでたいですね。それじゃあ、明日を楽しみにしてます」

「分かりました。それでは」

 謝る意味も含めて頭を下げ、城門の中へ向かう。危なかった。あのまま衝突していたら、こっぴどく叱られていただろう。とりあえず、海について考えるのは一旦やめておこう。
 先が光しか見えない城門内を抜け、街内へと出る。昼下がりともあってか。昼食の名残を思わせる匂いが、潮風と共に流れてきた。

「そうか。料理屋巡りをするのも悪くないな」

 それも店先で買えて、食べ歩きが出来る手軽な物を。交易地区に行けば、そういったたぐいの店が豊富にある。二、三日滞在しても、全ての店を回るのは難しい件数だ。
 交易地区は、私がよく買い出しに行っている地区でもある。サニーもそこへ行かせて、売買の様子を見せてやり、軽く学ばせておくか。
 絵本を見ているから知っているだろうけど、実際に見た事はない。もしかしたら、絵を描きたいと言い出すかもしれないな。
 ……絵か。そうだ、その場所も探しておかないと。サニーの事だ、絶対に言ってくるだろう。よし、今日やるべき事がだんだんと見えてきたぞ。

「うわーーーんっ!」

「む?」

 早速、交易地区がある二階層へ向かおうとした矢先。私の歩み出そうとした足を止める、なんとも痛々しい悲鳴が耳に飛び込んできた。
 声がしたのは、海がある方面。そちら側に顔をやると、映った視界の中に、地べたに座り込んで大泣きしている子供の姿があった。その子供の隣に女性がしゃがみ込んでいるけど、たぶん母親だな。
 母親が、心配そうな表情で子供をなだめている所を見ると、何か問題でも起きたのだろう。私で解決出来るか分からないが、とりあえず行ってみるか。

「どうかしましたか?」

「え? ……ああ、別に大した事じゃないです。転んで怪我をしただけですので」

 子供が泣いている理由が分かったので、母親に合わせていた顔を、子供の方へ移す。頭、顔、体と視線を滑らせていくと、右膝部分に小さな擦り傷を見つけた。
 血が薄っすらと滲んでいる。これぐらいの傷なら、詠唱を省いた回復魔法で全快するな。そう考えた私は、右手を子供の右膝近くまで伸ばし、指を鳴らす。
 すると右膝から少し離れた場所で、手の平大の黄色い魔法陣が出現。その魔法陣に描かれている煌びやかな紋章が、光を強く帯び、ゆっくりと右回転し出す。
 そして、ちゃんと魔法が発動したようで。魔法陣からきめ細かな光の粒子が現れては、子供の右膝に音も無く降り注いでいった。

「……これは?」

「回復魔法です。これで、傷がすぐに治りますよ」

 そう簡易的に説明している途中、擦り傷が癒えたのか。魔法陣全体も光の粒子に変わり、海風に乗って街に運ばれていった。
 子供の右膝を確認してみると、どこに擦り傷があったのか分からない程、綺麗サッパリと消えていた。よし、完璧だ。本来の目的で、回復魔法を使うのは久しぶりだったけども、腕は落ちていない。

「……あれ? 痛くない」

「すごい、傷が無くなっちゃってる……。あの、どうお礼をすればいいのやら。とにかく、ありがとうございます!」

 子供の右膝を認めた母親が、嬉しそうにしている顔を私に合わせてきて、何度も頭を下げてきた。やはり、小さな擦り傷ながらも、我が子を心配していたのだろう。

「困ってる人が居たら、放っておけない性ですので。ぼく、次からは気を付けて歩くんだぞ」

「うんっ! ありがとう、お姉ちゃん!」

 お姉ちゃんだと? 私はまだ、そんな風に呼ばれてもいいのか? 前に実年齢が分かってしまったものの、ちょっと自信が付いてきたぞ。この子は、本当にいい子だ。
 私はしっかりとうなずいてから立ち上がり、母親に体を向け、頭を軽く下げた。

「それでは、色々と用がありますので」

 無難に話を終わらせて、交易地区に続く階段へ向かおうとするも、母親の「あの!」という声がしたので、顔だけ振り向かせる私。

「なにか?」

「せめて、お名前だけでも教えてくれませんか?」

 名前……。まあ、名前ぐらいなら別に教えても構わないか。顔見知りにもなれるし、今度また出会った時に、ちょっとした会話も出来るかもしれないしな。

「アカシックです。ここへはよく来ますので、何かあったら気兼ねなく言って下さい」

「アカシックさん、いい名前ですね。分かりました。今度お会いできたら、一緒にお茶でもしましょう」

「いいですね。楽しみにしてます」

「ばいばい、アカシックお姉ちゃん! 本当にありがとう!」

 元気になった子供が、ワンパクな笑顔をしながら手を大きく振ってきたので、私も小さく振り返す。子供が泣き止んでくれて、本当によかった。
 ……そういえば私、今、流れる様に回復魔法を使えていたな。前までは恥ずかしがっていて、サニーやヴェルインにすら使えていなかったのに。

「……そうか。やれば出来るじゃないか、私」

 階段を目指している道中。開いている自分の右手を眺め、握ったり開いたりする。昔はああやって回復魔法を使い、色んな人達を癒していたな。
 数十年振りに、人を回復魔法で癒せたお陰か。また少しだけ、過去の私に戻れたような実感が湧いてきた。懐かしいなぁ、この気持ち。人の笑顔を見るのが、とにかく大好きだったっけ。

「ふふっ」

 視野が勝手に狭まり、握った手を口元に添える。そして、階段を上っていく私の足取りは、いつもより軽い気がした。
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