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102話、涙の底に沈んでいく景色
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ようやく全ての“天翔ける極光鳥”を放出し終えたのか。私を挟んでいた光の魔法陣が文字通り光の粒子となり、煌きを流しながら姿を消していく。
完全に消えた事を認めると、火、風、土、氷、光の杖を私の周囲へ配置し、使う予定の無い水の杖を消した。ここで水魔法を使用すると、ウンディーネに乗っ取られて戦況が悪化する可能性がある。
いや、間違いない。相手は水を司る大精霊だ。私が出した水魔法すらも操り、それで反撃を仕掛けてくるだろう。
現在の戦況を把握するべく、顔を上下へやる。空からは数多の光柱が降り注いでいて。避けている分身達を、光の線と化した“天翔ける極光鳥”が、確実に貫いていっている。
“天翔ける極光鳥”は、視界に目標物が映っていなければ、そこら辺を飛んでいる鳥と大した差はない。けれども、敵を視認した直後。細長く伸びる一筋の光芒となり、一瞬で敵を貫くのだ。
光芒になっている間に、捕える事はまず不可能。敵の攻撃はかすりもしない。が、普通に飛んでいる時は、本当にただの鳥と同じだ。いともたやすく倒されてしまう。
まあ、しばらくの間は大丈夫だろう。分身達が学習するか、新たな攻撃が来ない限り、“天翔ける極光鳥”の群は壊滅しないはず。なら私は、私の出来る事を優先しよう。
「……む?」
今、たまたま向けていた視線の先に居た、紺碧の壁沿いを飛んでいる極光鳥の群が、瞬時に半数以上の姿が消えて分断されたような……?
おかしいと思い、流れるように合流した群の様子を観察する。数秒すると、また半数以上の極光鳥が、縦から裂かれて二組に分断され、今度は真横から姿をくらまし、四組に分かれてしまった。
「一体、あいつらはどんな攻撃を受けてるんだ?」
不可視の攻撃? それとも、とんでもない速度で飛んでいる何かが、あの群を襲っている? いや、あの群だけじゃない。他の壁沿いを飛んでいる群達も、同じ様に姿を消していっている。
壁から離れている群は無事な所を見ると……。今は、壁沿いに居るのは危険だ。目視が出来ない新たな攻撃の餌食になってしまう。
『“天翔ける極光鳥”! 壁沿いから離れ……、グッ!?』
命令を出している途中、背後から体が仰け反る程の強い衝撃が走った。慌てて振り向いてみると、僅かな亀裂が入っている火の魔法壁が、大量の水を浴びたかのように濡れていた。
「あ、まずい!」
焦る言葉が口から漏れ出し、すかさず指を鳴らして火の魔法壁ごと凍らせる私。すぐさま浮上すると同時、下部分で何かを振り抜いたような風切り音が通り過ぎ、攻撃を再度受けたであろう火の魔法壁に亀裂が増し、粉々に砕け散った。
更に上を目指し、“天翔ける極光鳥”が優位に立っている戦場へ避難。……なんだ? 何をされたんだ? 変な音がしたから、凄まじい速度で何かが飛んできたのは間違いない。
問題は、まったく見えなかった事だ。『ヒュン』という短い音だったから、大きな物ではないはず。たぶん、やられた極光鳥も先の攻撃を受けたのだろう。
しかし、私はほぼ中央に居た。壁沿いからもっとも離れている中央にだ。その私が攻撃されたという事は、最早どこに居ようとも関係ない。全ての範囲に届く攻撃になる。
見えなければ、反撃すら出来ない。ひとまず、正体を探りながら動き続けなければ。私が逃げ込んだ空間は、分身達から放たれている有象無象の飛来物と、凄まじい数の光芒の線が乱れ合う混戦状態。
けど、ここも様子がおかしい。光芒から元の姿に戻った直後、叩き落とされたかの様に落下していく極光鳥や、戦況を静観している分身の体が、右肩から左腰にかけて急に裂けたりしている。
その、未だに見えない鋭さと速さを兼ね揃えている攻撃が、私の周りに居る敵味方を見境無しに蹂躙していった。まずい、既に不可視の攻撃に囲まれている!
「“風の杖”! “氷の杖”!」
手前に寄せた風の杖で、私を中心にして巨大な竜巻を発生させ。氷の杖で、竜巻を再び暴氷風に昇華させる。これで、即席の魔法壁みたいな物が出来た。
不可視の攻撃は、間違いなく水の何かだ。凍らせてしまえば威力が落ちて、私を守っている魔法壁が破壊されてる事もなくなるはず。
さっきは、たった一回の攻撃で魔法壁にヒビが入ってしまった。一応、アルビスの攻撃でも二、三度は耐えられるというのに。
高速で移動しつつ、敵味方関係なく蹂躙されていく周囲を警戒。時折、暴氷風に一筋の細い線が入るものの、すぐに塞がっていく。やはり攻撃自体は、それほど大きくない。
けれども、攻撃の正確性が増していっているようで。暴氷風に入る線の数が、だんだんと増していっている。もっと速く動かな―――。
「……ふざけやがって! あんなあからさまな罠に、私自ら飛び込めというのか!?」
仰いだ空の先が、紺碧の壁から剥がれた天井と化した水よって覆い隠された。さっきは五枚も落としてきたのに対し、今回はたった一枚だけ。
完全に誘い込まれている。罠だと頭で理解しているけども、あれをどうにかしないと極光鳥が全滅してしまう。“光柱の管理人”だけじゃ、私の優位を保つ事が出来ない。
そして今、“天翔ける極光鳥”を再度召喚しても、紺碧の天井に一蹴されて無駄に終わってしまう。やはり、“気まぐれな中立者”にしておくべきだったか……!?
『クソッ……! “天翔ける極光鳥”達よ! 標的を変更する! 上から迫る紺碧の天井を迎え撃て!』
大声で指示を仰ぐと、数が少なった極光鳥の群が一斉に光芒となり、紺碧の天井へ向かっていった。どうせ天井を超えた矢先、不可視の攻撃で集中砲火を浴びる事になる。
ならば集中砲火を浴びる前に、新たな“天翔ける極光鳥”を再召喚するしかない。無理やり覚悟を決めさせらてた私も、暴氷風の先を閉じ、紺碧の天井を目指して上昇を開始。
光芒と光柱で穴だらけになっては、再生を繰り返す紺碧の天井との距離、おおよそ一km。ここで詠唱を開始するべく、光の杖を右手に持った。
『天地万物に等しき光明を差す、闇と対を成す光に告ぐ!』
紺碧の天井との距離、おおよそ五百m。
『“天翔ける極光鳥”、天罰を下す刻が来た! 差す光明を今一度閉じよ!』
紺碧の天井との距離、おおよそ二百m。私の左右を挟み、太陽の紋章が描かれた魔法陣が出現。
『“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 敵は、私と“光柱の管理人”以外の全てだ! 攻撃の手を一切休めず、敵を倒してくれ!』
暴氷風の先が、紺碧の壁と接触。瞬く間に凍り付いては削れていき、氷粒を辺りに撒き散らしていく。その荒い雪を認めつつ、薄い氷壁を突破。
『契約者の名は、ガハッ……!?』
詠唱を唱え終えようした直後。風、光の魔法壁が同時に割れ、私の腹部に息の詰まる激痛が走り、肺の空気を全て吐き出された。
景色が勝手に落ちていく視界の中に映っているのは、跨っていたはずの漆黒の箒。私の両足、光の杖を手放している右手。それらを覆い隠していく、大量の赤い液体。
……この液体は、血? 誰のだ? もしかして、私の? 呼吸をしようとしても、まったく出来ない。口の中が、何かで満たされている。それに、なんだか血の味がする。
私は今、血を吐いているのか? なんで? 攻撃を受けたから? ……なんの攻撃を? ああ、そういえば、正体はまだ水しか分かっていないんだった。
「が、カハ……! ゴフッ……」
意識が朦朧としている中。自身に『ふわふわ』をかけて、その場に留まる私。口から溢れ出してくる血が止まらない。内蔵がやられたか?
このままだと、死んでしまう。早く、早く秘薬を飲まないと……。微塵も動かせない上体を『ふわふわ』で起こし、震えが止まらない血塗れた右手を、内懐に入れる。
秘薬入りの容器を取り出し、親指で蓋を弾く。口にある血を全て吐き出し、目を瞑って、新たに湧いてきた血ごと一気に飲み干した。
「ガァッ……! グァ……! うぅっ……。……ハァハァハァハァ、ハァ……」
秘薬が効いてくれたのか。また口から出てきた血の量が収まっていき、少ししてから出なくなった。口の中に残っている血を雑に吐き捨て、瞼をゆっくりと開けた。
白く霞んだ視界の先。無機物な眼差しで私を睨みつけてきている、大量の分身達。その分身達は全員、水で出来た三叉槍の先を、私に向けていた。
『終わりだ、アカシック・ファーストレディ』
分身達の合間を縫い、四方から勝ち誇ったようなウンディーネの声が聞こえてきた。
「……ウンディーネ。私に、一体何をした?」
『幾重にも束ねた水の鞭を、高速でお前に叩き付けただけだが?』
水の鞭。そうか、不可視の攻撃の正体は、水の鞭だったのか。けど、今分かった所で何の意味も成さない。結局見えなければ、どうする事も出来ないのだから。
呼吸を整えながら、分身達の先の景色を確認してみる。“天翔ける極光鳥”の姿は皆無。魔力の供給が途切れてしまったせいで、“光柱の管理人”の攻撃も止んでいた。
横目を左右に流すも、五属性の杖が見当たらない。だとすると、私が今出来る攻撃手段は、指を鳴らし、詠唱を省いた下位の攻撃魔法のみ。……あれ? もしかして、この場を覆す事が出来る手段が、無い……?
『改めて言わせてもらおう。詰みだ、アカシック・ファーストレディ』
「あ、いや……! わ、私はまだ、この通り―――」
『一度死に掛けておいて、まだ醜態を晒すのか?』
「ま、待ってくれ……、ウンディーネ! 私はまだ、戦える……」
『どうやってだ?』
「ど、どうやって……?」
相手の流れに飲まれては駄目だ! 考えろ、思考を止めるな。指を連続で鳴らして、魔法壁を展開させる? いや、いくら出そうとも無駄だ。水の鞭で一網打尽にされてしまう。
最速で杖を召喚して……、これも無理だ。先に分身達の攻撃が私の体を貫くだろう。なら、指を鳴らして周りに居る奴らを凍らせる?
その後は、どうするんだ? どう足掻いても、水の鞭の対処が出来ないぞ!? まずい、この絶望的な場を打開する策が、思い付かない……。
唇が、握っている両手が、小刻みに震え出していく。視界が、だんだんとボヤけてきた。口から、断続的に短い声が勝手に漏れ出してくる。私は、咽び泣いているのか……?
『みっともないぞ、アカシック・ファーストレディ。泣くなら、さっさと負けを認めたらどうだ?』
「……いや、嫌だ……。嫌だ……」
前を向いた先の景色が、全部歪んでいる。ウンディーネの言う通り、涙を流しているんだな、私。
『認めないというのであれば、やはりアルビスを殺すしかないな』
「な、なんだと!? やめろっ……! それだけはやめてくれ!!」
『やめて欲しいのであれば、さっさと負けと認めろ』
「あ……、うっ、うう……。クソォ……!」
追い打ちをかけてくるウンディーネの脅しに、私の全身が脱力していく。どこにも力が入らない。それに、頭の中で『パキン』と、何かが折れたような音がした。
……心でも折れたのか? それとも、追いかけていた夢の道が、閉ざされた音? どちらにせよ、もう―――。
歪んでいる景色が、深い深い涙の底に沈んでいく。今の私は、一体どんな表情をしているんだろうなぁ……。
「……ごめん、アルビス……。私……」
完全に消えた事を認めると、火、風、土、氷、光の杖を私の周囲へ配置し、使う予定の無い水の杖を消した。ここで水魔法を使用すると、ウンディーネに乗っ取られて戦況が悪化する可能性がある。
いや、間違いない。相手は水を司る大精霊だ。私が出した水魔法すらも操り、それで反撃を仕掛けてくるだろう。
現在の戦況を把握するべく、顔を上下へやる。空からは数多の光柱が降り注いでいて。避けている分身達を、光の線と化した“天翔ける極光鳥”が、確実に貫いていっている。
“天翔ける極光鳥”は、視界に目標物が映っていなければ、そこら辺を飛んでいる鳥と大した差はない。けれども、敵を視認した直後。細長く伸びる一筋の光芒となり、一瞬で敵を貫くのだ。
光芒になっている間に、捕える事はまず不可能。敵の攻撃はかすりもしない。が、普通に飛んでいる時は、本当にただの鳥と同じだ。いともたやすく倒されてしまう。
まあ、しばらくの間は大丈夫だろう。分身達が学習するか、新たな攻撃が来ない限り、“天翔ける極光鳥”の群は壊滅しないはず。なら私は、私の出来る事を優先しよう。
「……む?」
今、たまたま向けていた視線の先に居た、紺碧の壁沿いを飛んでいる極光鳥の群が、瞬時に半数以上の姿が消えて分断されたような……?
おかしいと思い、流れるように合流した群の様子を観察する。数秒すると、また半数以上の極光鳥が、縦から裂かれて二組に分断され、今度は真横から姿をくらまし、四組に分かれてしまった。
「一体、あいつらはどんな攻撃を受けてるんだ?」
不可視の攻撃? それとも、とんでもない速度で飛んでいる何かが、あの群を襲っている? いや、あの群だけじゃない。他の壁沿いを飛んでいる群達も、同じ様に姿を消していっている。
壁から離れている群は無事な所を見ると……。今は、壁沿いに居るのは危険だ。目視が出来ない新たな攻撃の餌食になってしまう。
『“天翔ける極光鳥”! 壁沿いから離れ……、グッ!?』
命令を出している途中、背後から体が仰け反る程の強い衝撃が走った。慌てて振り向いてみると、僅かな亀裂が入っている火の魔法壁が、大量の水を浴びたかのように濡れていた。
「あ、まずい!」
焦る言葉が口から漏れ出し、すかさず指を鳴らして火の魔法壁ごと凍らせる私。すぐさま浮上すると同時、下部分で何かを振り抜いたような風切り音が通り過ぎ、攻撃を再度受けたであろう火の魔法壁に亀裂が増し、粉々に砕け散った。
更に上を目指し、“天翔ける極光鳥”が優位に立っている戦場へ避難。……なんだ? 何をされたんだ? 変な音がしたから、凄まじい速度で何かが飛んできたのは間違いない。
問題は、まったく見えなかった事だ。『ヒュン』という短い音だったから、大きな物ではないはず。たぶん、やられた極光鳥も先の攻撃を受けたのだろう。
しかし、私はほぼ中央に居た。壁沿いからもっとも離れている中央にだ。その私が攻撃されたという事は、最早どこに居ようとも関係ない。全ての範囲に届く攻撃になる。
見えなければ、反撃すら出来ない。ひとまず、正体を探りながら動き続けなければ。私が逃げ込んだ空間は、分身達から放たれている有象無象の飛来物と、凄まじい数の光芒の線が乱れ合う混戦状態。
けど、ここも様子がおかしい。光芒から元の姿に戻った直後、叩き落とされたかの様に落下していく極光鳥や、戦況を静観している分身の体が、右肩から左腰にかけて急に裂けたりしている。
その、未だに見えない鋭さと速さを兼ね揃えている攻撃が、私の周りに居る敵味方を見境無しに蹂躙していった。まずい、既に不可視の攻撃に囲まれている!
「“風の杖”! “氷の杖”!」
手前に寄せた風の杖で、私を中心にして巨大な竜巻を発生させ。氷の杖で、竜巻を再び暴氷風に昇華させる。これで、即席の魔法壁みたいな物が出来た。
不可視の攻撃は、間違いなく水の何かだ。凍らせてしまえば威力が落ちて、私を守っている魔法壁が破壊されてる事もなくなるはず。
さっきは、たった一回の攻撃で魔法壁にヒビが入ってしまった。一応、アルビスの攻撃でも二、三度は耐えられるというのに。
高速で移動しつつ、敵味方関係なく蹂躙されていく周囲を警戒。時折、暴氷風に一筋の細い線が入るものの、すぐに塞がっていく。やはり攻撃自体は、それほど大きくない。
けれども、攻撃の正確性が増していっているようで。暴氷風に入る線の数が、だんだんと増していっている。もっと速く動かな―――。
「……ふざけやがって! あんなあからさまな罠に、私自ら飛び込めというのか!?」
仰いだ空の先が、紺碧の壁から剥がれた天井と化した水よって覆い隠された。さっきは五枚も落としてきたのに対し、今回はたった一枚だけ。
完全に誘い込まれている。罠だと頭で理解しているけども、あれをどうにかしないと極光鳥が全滅してしまう。“光柱の管理人”だけじゃ、私の優位を保つ事が出来ない。
そして今、“天翔ける極光鳥”を再度召喚しても、紺碧の天井に一蹴されて無駄に終わってしまう。やはり、“気まぐれな中立者”にしておくべきだったか……!?
『クソッ……! “天翔ける極光鳥”達よ! 標的を変更する! 上から迫る紺碧の天井を迎え撃て!』
大声で指示を仰ぐと、数が少なった極光鳥の群が一斉に光芒となり、紺碧の天井へ向かっていった。どうせ天井を超えた矢先、不可視の攻撃で集中砲火を浴びる事になる。
ならば集中砲火を浴びる前に、新たな“天翔ける極光鳥”を再召喚するしかない。無理やり覚悟を決めさせらてた私も、暴氷風の先を閉じ、紺碧の天井を目指して上昇を開始。
光芒と光柱で穴だらけになっては、再生を繰り返す紺碧の天井との距離、おおよそ一km。ここで詠唱を開始するべく、光の杖を右手に持った。
『天地万物に等しき光明を差す、闇と対を成す光に告ぐ!』
紺碧の天井との距離、おおよそ五百m。
『“天翔ける極光鳥”、天罰を下す刻が来た! 差す光明を今一度閉じよ!』
紺碧の天井との距離、おおよそ二百m。私の左右を挟み、太陽の紋章が描かれた魔法陣が出現。
『“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 敵は、私と“光柱の管理人”以外の全てだ! 攻撃の手を一切休めず、敵を倒してくれ!』
暴氷風の先が、紺碧の壁と接触。瞬く間に凍り付いては削れていき、氷粒を辺りに撒き散らしていく。その荒い雪を認めつつ、薄い氷壁を突破。
『契約者の名は、ガハッ……!?』
詠唱を唱え終えようした直後。風、光の魔法壁が同時に割れ、私の腹部に息の詰まる激痛が走り、肺の空気を全て吐き出された。
景色が勝手に落ちていく視界の中に映っているのは、跨っていたはずの漆黒の箒。私の両足、光の杖を手放している右手。それらを覆い隠していく、大量の赤い液体。
……この液体は、血? 誰のだ? もしかして、私の? 呼吸をしようとしても、まったく出来ない。口の中が、何かで満たされている。それに、なんだか血の味がする。
私は今、血を吐いているのか? なんで? 攻撃を受けたから? ……なんの攻撃を? ああ、そういえば、正体はまだ水しか分かっていないんだった。
「が、カハ……! ゴフッ……」
意識が朦朧としている中。自身に『ふわふわ』をかけて、その場に留まる私。口から溢れ出してくる血が止まらない。内蔵がやられたか?
このままだと、死んでしまう。早く、早く秘薬を飲まないと……。微塵も動かせない上体を『ふわふわ』で起こし、震えが止まらない血塗れた右手を、内懐に入れる。
秘薬入りの容器を取り出し、親指で蓋を弾く。口にある血を全て吐き出し、目を瞑って、新たに湧いてきた血ごと一気に飲み干した。
「ガァッ……! グァ……! うぅっ……。……ハァハァハァハァ、ハァ……」
秘薬が効いてくれたのか。また口から出てきた血の量が収まっていき、少ししてから出なくなった。口の中に残っている血を雑に吐き捨て、瞼をゆっくりと開けた。
白く霞んだ視界の先。無機物な眼差しで私を睨みつけてきている、大量の分身達。その分身達は全員、水で出来た三叉槍の先を、私に向けていた。
『終わりだ、アカシック・ファーストレディ』
分身達の合間を縫い、四方から勝ち誇ったようなウンディーネの声が聞こえてきた。
「……ウンディーネ。私に、一体何をした?」
『幾重にも束ねた水の鞭を、高速でお前に叩き付けただけだが?』
水の鞭。そうか、不可視の攻撃の正体は、水の鞭だったのか。けど、今分かった所で何の意味も成さない。結局見えなければ、どうする事も出来ないのだから。
呼吸を整えながら、分身達の先の景色を確認してみる。“天翔ける極光鳥”の姿は皆無。魔力の供給が途切れてしまったせいで、“光柱の管理人”の攻撃も止んでいた。
横目を左右に流すも、五属性の杖が見当たらない。だとすると、私が今出来る攻撃手段は、指を鳴らし、詠唱を省いた下位の攻撃魔法のみ。……あれ? もしかして、この場を覆す事が出来る手段が、無い……?
『改めて言わせてもらおう。詰みだ、アカシック・ファーストレディ』
「あ、いや……! わ、私はまだ、この通り―――」
『一度死に掛けておいて、まだ醜態を晒すのか?』
「ま、待ってくれ……、ウンディーネ! 私はまだ、戦える……」
『どうやってだ?』
「ど、どうやって……?」
相手の流れに飲まれては駄目だ! 考えろ、思考を止めるな。指を連続で鳴らして、魔法壁を展開させる? いや、いくら出そうとも無駄だ。水の鞭で一網打尽にされてしまう。
最速で杖を召喚して……、これも無理だ。先に分身達の攻撃が私の体を貫くだろう。なら、指を鳴らして周りに居る奴らを凍らせる?
その後は、どうするんだ? どう足掻いても、水の鞭の対処が出来ないぞ!? まずい、この絶望的な場を打開する策が、思い付かない……。
唇が、握っている両手が、小刻みに震え出していく。視界が、だんだんとボヤけてきた。口から、断続的に短い声が勝手に漏れ出してくる。私は、咽び泣いているのか……?
『みっともないぞ、アカシック・ファーストレディ。泣くなら、さっさと負けを認めたらどうだ?』
「……いや、嫌だ……。嫌だ……」
前を向いた先の景色が、全部歪んでいる。ウンディーネの言う通り、涙を流しているんだな、私。
『認めないというのであれば、やはりアルビスを殺すしかないな』
「な、なんだと!? やめろっ……! それだけはやめてくれ!!」
『やめて欲しいのであれば、さっさと負けと認めろ』
「あ……、うっ、うう……。クソォ……!」
追い打ちをかけてくるウンディーネの脅しに、私の全身が脱力していく。どこにも力が入らない。それに、頭の中で『パキン』と、何かが折れたような音がした。
……心でも折れたのか? それとも、追いかけていた夢の道が、閉ざされた音? どちらにせよ、もう―――。
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