上 下
99 / 296

98話、対ウンディーネ戦

しおりを挟む
 視界が純白の色に支配されてから、何秒経っただろうか? 時の流れさえ止まった感覚に陥っている中。白しか見えない視界が徐々に色付き始め、本来の色を取り戻していった。

「……ここは?」

 前方に居るウンディーネの姿を無視し、辺りの殺風景な奇観きかんを認める私。上は、夕刻時に移り変わっている最中にも見える、青と淡い薄紫が混じり合う儚げな空模様。
 下は、地平線の彼方まで清らかな水が浅く張っているようで、上にある空模様を鏡のように映している。
 まるで、上にも下にも空があるような空間だ。水面に波紋を立たせないと、どこから地面なのか把握が出来ない。
 そして三百六十度見渡せど、水牢に捕らえられたアルビスの姿が、どこにも見当たらない。あいつだけ、ここに連れて来られなかったのか?

「ようこそ、我が水の瞑想場へ」

 あえて外していた視線を、ウンディーネへ持っていく。

「水の瞑想場?」

「そう。『時の穢れ』を払うべく、私が作った異空間だ。ここなら、破壊できる物は何もない。なんの気兼ねもなく本気を出せるだろう」

 この途方にもなく広大な空間が、ウンディーネが作り出した異空間。それと、唐突に出てきた『時の穢れ』という単語。
 今は、そんな情報なぞどうでもいい。私が気になっているのは、アルビスの所在だけだ。

「おい、アルビスはどうした?」

「アルビスにはもう用がないので、泉に置いてきた。今頃、気を失って寝ているだろう」

「その言葉、どう信じろと?」

 ウンディーネの口から出てきた言葉を、即座に一蹴する。今のウンディーネが、何も言おうとも信用出来ない。
 いや、信用する気すら起きない。この瞬間にも、アルビスが水牢に圧殺されている可能性だってあるのだから。

「元よりアルビスを殺すつもりはない。お前を世界に旅立たせるべく、説得する材料として使わせてもらったまでだ」

「それも信じられないな。なら、演技紛いな行為でアルビスを殺そうとしてまでも、私を世界へ旅立たせたかった理由を言ってもらおうか?」

「最初から言えていたら、あんな卑劣な真似はしなかったさ。世界へ旅立てと言ったのも、いきなりピース殿の名前を出したのも、アルビスを殺そうとした行為にも、ちゃんと全てに意味がある。これ以上はもう言えない。だが、お前の為を想っている事だけは分かってほしい」

 荒い口調ながらも、初めて会った時のような慈悲深さが垣間見える弁解よ。私の事を想ってか。ピースの名前が出てきた所を察するに、それに関係がありそうだ。
 けれども、私が世界へ旅立てば、アルビスを幸せにする事が出来なくなってしまう。とどのつまり、一つの夢を諦めて、一つの夢を追いかけろと、あいつは言っている。
 ……やはり無理な相談だ。私はもう、アルビスの前で夢を語ってしまった。そのままアルビスの前から居なくなれば、あいつを裏切る事になってしまう。だからもう、世界へ旅立つのは不可能なんだよ。

「お前が言いたい事は、なんとなく分かった。でも、もう全部遅い。私はこの迫害の地で、全ての夢を叶えてみせる」

「それが出来ないから世界へ旅立てと言っているのに、何故分からんのだ!?」

 万物が萎縮しかねないウンディーネの怒号が、鏡面に波紋を立たせては水しぶきを上げ、私の体に降りかかる。

「言っただろ? 私はアルビスに、約五百年分の幸せを与えてやりたいと。あいつの安寿の地は、ここ迫害の地だけだ。だから、私がここから居なくなる訳にはいかないんだよ」

「なら、私がアルビスを丁重に保護しよう。かつ、確たる安寧を約束する。これで、お前を縛る物は何もない。この地に未練なぞ無いだろう?」

 ……ああ、話が通じないのは健在か。こいつは何も分かっちゃいない。確かに、ウンディーネにとっては最善策の一つだろう。アルビスの為にもなるかもしれない。
 が、ウンディーネのやり方が気に食わない。拒否し続けてようやく、仕方ないという形でアルビスを保護するといった、なんとも傲慢な提案に。そんな雑を極めた提案、アルビスが喜ぶはずがない。
 不快感が、強い苛立ちが募っていく。私の意に反して、奥歯に力が篭っていく。視野が、だんだんと狭まっていく。あいつは、アルビスを何だと思っているんだ?
 視界は赤くなっていないものの。深い怒りを覚えた私は、右腕を水平に上げ、手元に氷の杖を招いた。

「もういい、お前と話すのは時間の無駄だ。これだけは言わせてもらおう。私から、私の大事な夢を奪うな」

「確かに。話が平行線のままで一向に進まない。なら、こうしよう」

 鋭く凍てついた目つきに変わったウンディーネが、紺碧の三叉槍を後ろ斜めに構える。

「私がこの戦いに勝ったら、お前は世界へ旅立て」

 最早、アルビスのくだりを全てないがしろにする発言に、氷の杖を後ろに構えた私の視野が、更に狭まった。

「なら、完膚無きまで叩きのめしてやるよ。ウンディーネ」

「その戯言、そっくりお前に返してやる。行くぞッ!」

 戦乙女の咆哮を上げたウンディーネが、三叉槍を水面に滑らせながら振り上げ、天を穿うがつ怒涛を巻き起こす。
 遥か上空にある怒涛の頂点を認めてから、私も氷の杖先を水面に叩きつけながら振り上げ、一際高く分厚い氷壁を召喚して対抗。
 怒涛が氷壁に激突し、頂点で弾けた水が数多の雫となり、雨の様に空から降り注ぐ。それに意を介さず私は、左手に火の杖を握り締め、左斜め後ろに構えた。

『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風ぐふう。生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを。『不死鳥の息吹』!』

 火の杖先に魔法陣が出現したようで。辺りにある空が映った水面が、煌々こうこうと瞬く鮮烈な紅緋色に染まる。的外れな方向で『不死鳥の息吹』が発動した証だ。
 『不死鳥の息吹』は、火属性最上位の魔法。溶岩のように粘り気が強く、触れた箇所が爆発を伴う灼熱の大熱線だ。

「ハァァアアアッ!!」

 明後日の方向に向いている杖先を、前に君臨した氷壁に目掛け、ウンディーネが居る高さから真横に一閃。
 すると、魔法が発動している魔法陣も杖先の軌跡を追い、鞭の様にしなった大熱線が氷壁をなぞっていく。
 その大熱線が触れた箇所は瞬時に溶け、隙間から水が流れている光景を覗かせるも、遅れて後に続いていく連なった爆発が先の光景を覆い隠し、黄と赤の衝撃波が、氷壁に枝分かれした亀裂を走らせていった。

「手応えがまるで無かったな、逃げたか?」

 大熱線から通して手に伝わった感触は、氷壁をなぞった重い手応えのみ。他の異物感は、まるで感じ取れなかった。
 『不死鳥の息吹』はまだ発動しているので、追加で下から左斜め上に向かって杖先を振り、もう一度左から右に振る。
 手応えは同じく無し。氷壁の向こう側には、もうウンディーネは居ないようだ。相手には場所が割れてしまったので、場所を空へ移すべく、氷の杖を手放した右手に漆黒色の箒を召喚した。

「……なっ!?」

 直後。私の足元が光り出したかと思えば、唐突に出現した水色の魔法陣が急激に広がっていく。

「まずい!」

 魔法が発動する前に、漆黒色の箒を力強く握り締め、そのまま限界速度で発進。この逃げ方は、アルビスと長年戦っていた時、あいつの攻撃を避ける為に使っていた常套手段だ。
 私よりも遥か先を行く魔法陣が、何かの魔法を発動する前に、なんとか魔法陣外へ離脱。全身が硬直してしまう様な風圧に耐えつつ、先ほどまで居た戦場に顔を移す。
 目に入ったのは、信じられないほど巨大な水柱が、天を目指して高高度まで昇っている光景。あんな馬鹿げた水量、魔法壁で防いだとしてもまるで意味がない。囚われて終わりだ。

「ウンディーネめ、完全に殺すつもりで来て……、は?」

 ボヤいている最中。天を撫でる勢いで昇っていた水柱の壁に、私の足元に現れた物と同じ魔法陣が浮かび上がった。

「まさか……」

 予想を立てる前に、水柱の壁に刻まれた魔法陣が、一際強い青色の光を放つ。そして予想を立てたと同時に、答え合わせの水柱が出現。私に目掛け、飛んでいる速度よりも速く噴出してきた。

「クソッ、めちゃくちゃだ! 魔法で出した物に、新たな魔法を出すだなんて!」

 このままだと水柱に追いつかれてしまうので、私を引っ張っていた漆黒色の箒を一旦消す。地面に落ちる前に、右手を空に掲げて漆黒色の箒を再召喚。そのまま水柱から逃れるべく、空に向けて急上昇していった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...