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98話、対ウンディーネ戦
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視界が純白の色に支配されてから、何秒経っただろうか? 時の流れさえ止まった感覚に陥っている中。白しか見えない視界が徐々に色付き始め、本来の色を取り戻していった。
「……ここは?」
前方に居るウンディーネの姿を無視し、辺りの殺風景な奇観を認める私。上は、夕刻時に移り変わっている最中にも見える、青と淡い薄紫が混じり合う儚げな空模様。
下は、地平線の彼方まで清らかな水が浅く張っているようで、上にある空模様を鏡のように映している。
まるで、上にも下にも空があるような空間だ。水面に波紋を立たせないと、どこから地面なのか把握が出来ない。
そして三百六十度見渡せど、水牢に捕らえられたアルビスの姿が、どこにも見当たらない。あいつだけ、ここに連れて来られなかったのか?
「ようこそ、我が水の瞑想場へ」
あえて外していた視線を、ウンディーネへ持っていく。
「水の瞑想場?」
「そう。『時の穢れ』を払うべく、私が作った異空間だ。ここなら、破壊できる物は何もない。なんの気兼ねもなく本気を出せるだろう」
この途方にもなく広大な空間が、ウンディーネが作り出した異空間。それと、唐突に出てきた『時の穢れ』という単語。
今は、そんな情報なぞどうでもいい。私が気になっているのは、アルビスの所在だけだ。
「おい、アルビスはどうした?」
「アルビスにはもう用がないので、泉に置いてきた。今頃、気を失って寝ているだろう」
「その言葉、どう信じろと?」
ウンディーネの口から出てきた言葉を、即座に一蹴する。今のウンディーネが、何も言おうとも信用出来ない。
いや、信用する気すら起きない。この瞬間にも、アルビスが水牢に圧殺されている可能性だってあるのだから。
「元よりアルビスを殺すつもりはない。お前を世界に旅立たせるべく、説得する材料として使わせてもらったまでだ」
「それも信じられないな。なら、演技紛いな行為でアルビスを殺そうとしてまでも、私を世界へ旅立たせたかった理由を言ってもらおうか?」
「最初から言えていたら、あんな卑劣な真似はしなかったさ。世界へ旅立てと言ったのも、いきなりピース殿の名前を出したのも、アルビスを殺そうとした行為にも、ちゃんと全てに意味がある。これ以上はもう言えない。だが、お前の為を想っている事だけは分かってほしい」
荒い口調ながらも、初めて会った時のような慈悲深さが垣間見える弁解よ。私の事を想ってか。ピースの名前が出てきた所を察するに、それに関係がありそうだ。
けれども、私が世界へ旅立てば、アルビスを幸せにする事が出来なくなってしまう。とどのつまり、一つの夢を諦めて、一つの夢を追いかけろと、あいつは言っている。
……やはり無理な相談だ。私はもう、アルビスの前で夢を語ってしまった。そのままアルビスの前から居なくなれば、あいつを裏切る事になってしまう。だからもう、世界へ旅立つのは不可能なんだよ。
「お前が言いたい事は、なんとなく分かった。でも、もう全部遅い。私はこの迫害の地で、全ての夢を叶えてみせる」
「それが出来ないから世界へ旅立てと言っているのに、何故分からんのだ!?」
万物が萎縮しかねないウンディーネの怒号が、鏡面に波紋を立たせては水しぶきを上げ、私の体に降りかかる。
「言っただろ? 私はアルビスに、約五百年分の幸せを与えてやりたいと。あいつの安寿の地は、ここ迫害の地だけだ。だから、私がここから居なくなる訳にはいかないんだよ」
「なら、私がアルビスを丁重に保護しよう。かつ、確たる安寧を約束する。これで、お前を縛る物は何もない。この地に未練なぞ無いだろう?」
……ああ、話が通じないのは健在か。こいつは何も分かっちゃいない。確かに、ウンディーネにとっては最善策の一つだろう。アルビスの為にもなるかもしれない。
が、ウンディーネのやり方が気に食わない。拒否し続けてようやく、仕方ないという形でアルビスを保護するといった、なんとも傲慢な提案に。そんな雑を極めた提案、アルビスが喜ぶはずがない。
不快感が、強い苛立ちが募っていく。私の意に反して、奥歯に力が篭っていく。視野が、だんだんと狭まっていく。あいつは、アルビスを何だと思っているんだ?
視界は赤くなっていないものの。深い怒りを覚えた私は、右腕を水平に上げ、手元に氷の杖を招いた。
「もういい、お前と話すのは時間の無駄だ。これだけは言わせてもらおう。私から、私の大事な夢を奪うな」
「確かに。話が平行線のままで一向に進まない。なら、こうしよう」
鋭く凍てついた目つきに変わったウンディーネが、紺碧の三叉槍を後ろ斜めに構える。
「私がこの戦いに勝ったら、お前は世界へ旅立て」
最早、アルビスのくだりを全て蔑ろにする発言に、氷の杖を後ろに構えた私の視野が、更に狭まった。
「なら、完膚無きまで叩きのめしてやるよ。ウンディーネ」
「その戯言、そっくりお前に返してやる。行くぞッ!」
戦乙女の咆哮を上げたウンディーネが、三叉槍を水面に滑らせながら振り上げ、天を穿つ怒涛を巻き起こす。
遥か上空にある怒涛の頂点を認めてから、私も氷の杖先を水面に叩きつけながら振り上げ、一際高く分厚い氷壁を召喚して対抗。
怒涛が氷壁に激突し、頂点で弾けた水が数多の雫となり、雨の様に空から降り注ぐ。それに意を介さず私は、左手に火の杖を握り締め、左斜め後ろに構えた。
『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風。生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを。『不死鳥の息吹』!』
火の杖先に魔法陣が出現したようで。辺りにある空が映った水面が、煌々と瞬く鮮烈な紅緋色に染まる。的外れな方向で『不死鳥の息吹』が発動した証だ。
『不死鳥の息吹』は、火属性最上位の魔法。溶岩のように粘り気が強く、触れた箇所が爆発を伴う灼熱の大熱線だ。
「ハァァアアアッ!!」
明後日の方向に向いている杖先を、前に君臨した氷壁に目掛け、ウンディーネが居る高さから真横に一閃。
すると、魔法が発動している魔法陣も杖先の軌跡を追い、鞭の様にしなった大熱線が氷壁をなぞっていく。
その大熱線が触れた箇所は瞬時に溶け、隙間から水が流れている光景を覗かせるも、遅れて後に続いていく連なった爆発が先の光景を覆い隠し、黄と赤の衝撃波が、氷壁に枝分かれした亀裂を走らせていった。
「手応えがまるで無かったな、逃げたか?」
大熱線から通して手に伝わった感触は、氷壁をなぞった重い手応えのみ。他の異物感は、まるで感じ取れなかった。
『不死鳥の息吹』はまだ発動しているので、追加で下から左斜め上に向かって杖先を振り、もう一度左から右に振る。
手応えは同じく無し。氷壁の向こう側には、もうウンディーネは居ないようだ。相手には場所が割れてしまったので、場所を空へ移すべく、氷の杖を手放した右手に漆黒色の箒を召喚した。
「……なっ!?」
直後。私の足元が光り出したかと思えば、唐突に出現した水色の魔法陣が急激に広がっていく。
「まずい!」
魔法が発動する前に、漆黒色の箒を力強く握り締め、そのまま限界速度で発進。この逃げ方は、アルビスと長年戦っていた時、あいつの攻撃を避ける為に使っていた常套手段だ。
私よりも遥か先を行く魔法陣が、何かの魔法を発動する前に、なんとか魔法陣外へ離脱。全身が硬直してしまう様な風圧に耐えつつ、先ほどまで居た戦場に顔を移す。
目に入ったのは、信じられないほど巨大な水柱が、天を目指して高高度まで昇っている光景。あんな馬鹿げた水量、魔法壁で防いだとしてもまるで意味がない。囚われて終わりだ。
「ウンディーネめ、完全に殺すつもりで来て……、は?」
ボヤいている最中。天を撫でる勢いで昇っていた水柱の壁に、私の足元に現れた物と同じ魔法陣が浮かび上がった。
「まさか……」
予想を立てる前に、水柱の壁に刻まれた魔法陣が、一際強い青色の光を放つ。そして予想を立てたと同時に、答え合わせの水柱が出現。私に目掛け、飛んでいる速度よりも速く噴出してきた。
「クソッ、めちゃくちゃだ! 魔法で出した物に、新たな魔法を出すだなんて!」
このままだと水柱に追いつかれてしまうので、私を引っ張っていた漆黒色の箒を一旦消す。地面に落ちる前に、右手を空に掲げて漆黒色の箒を再召喚。そのまま水柱から逃れるべく、空に向けて急上昇していった。
「……ここは?」
前方に居るウンディーネの姿を無視し、辺りの殺風景な奇観を認める私。上は、夕刻時に移り変わっている最中にも見える、青と淡い薄紫が混じり合う儚げな空模様。
下は、地平線の彼方まで清らかな水が浅く張っているようで、上にある空模様を鏡のように映している。
まるで、上にも下にも空があるような空間だ。水面に波紋を立たせないと、どこから地面なのか把握が出来ない。
そして三百六十度見渡せど、水牢に捕らえられたアルビスの姿が、どこにも見当たらない。あいつだけ、ここに連れて来られなかったのか?
「ようこそ、我が水の瞑想場へ」
あえて外していた視線を、ウンディーネへ持っていく。
「水の瞑想場?」
「そう。『時の穢れ』を払うべく、私が作った異空間だ。ここなら、破壊できる物は何もない。なんの気兼ねもなく本気を出せるだろう」
この途方にもなく広大な空間が、ウンディーネが作り出した異空間。それと、唐突に出てきた『時の穢れ』という単語。
今は、そんな情報なぞどうでもいい。私が気になっているのは、アルビスの所在だけだ。
「おい、アルビスはどうした?」
「アルビスにはもう用がないので、泉に置いてきた。今頃、気を失って寝ているだろう」
「その言葉、どう信じろと?」
ウンディーネの口から出てきた言葉を、即座に一蹴する。今のウンディーネが、何も言おうとも信用出来ない。
いや、信用する気すら起きない。この瞬間にも、アルビスが水牢に圧殺されている可能性だってあるのだから。
「元よりアルビスを殺すつもりはない。お前を世界に旅立たせるべく、説得する材料として使わせてもらったまでだ」
「それも信じられないな。なら、演技紛いな行為でアルビスを殺そうとしてまでも、私を世界へ旅立たせたかった理由を言ってもらおうか?」
「最初から言えていたら、あんな卑劣な真似はしなかったさ。世界へ旅立てと言ったのも、いきなりピース殿の名前を出したのも、アルビスを殺そうとした行為にも、ちゃんと全てに意味がある。これ以上はもう言えない。だが、お前の為を想っている事だけは分かってほしい」
荒い口調ながらも、初めて会った時のような慈悲深さが垣間見える弁解よ。私の事を想ってか。ピースの名前が出てきた所を察するに、それに関係がありそうだ。
けれども、私が世界へ旅立てば、アルビスを幸せにする事が出来なくなってしまう。とどのつまり、一つの夢を諦めて、一つの夢を追いかけろと、あいつは言っている。
……やはり無理な相談だ。私はもう、アルビスの前で夢を語ってしまった。そのままアルビスの前から居なくなれば、あいつを裏切る事になってしまう。だからもう、世界へ旅立つのは不可能なんだよ。
「お前が言いたい事は、なんとなく分かった。でも、もう全部遅い。私はこの迫害の地で、全ての夢を叶えてみせる」
「それが出来ないから世界へ旅立てと言っているのに、何故分からんのだ!?」
万物が萎縮しかねないウンディーネの怒号が、鏡面に波紋を立たせては水しぶきを上げ、私の体に降りかかる。
「言っただろ? 私はアルビスに、約五百年分の幸せを与えてやりたいと。あいつの安寿の地は、ここ迫害の地だけだ。だから、私がここから居なくなる訳にはいかないんだよ」
「なら、私がアルビスを丁重に保護しよう。かつ、確たる安寧を約束する。これで、お前を縛る物は何もない。この地に未練なぞ無いだろう?」
……ああ、話が通じないのは健在か。こいつは何も分かっちゃいない。確かに、ウンディーネにとっては最善策の一つだろう。アルビスの為にもなるかもしれない。
が、ウンディーネのやり方が気に食わない。拒否し続けてようやく、仕方ないという形でアルビスを保護するといった、なんとも傲慢な提案に。そんな雑を極めた提案、アルビスが喜ぶはずがない。
不快感が、強い苛立ちが募っていく。私の意に反して、奥歯に力が篭っていく。視野が、だんだんと狭まっていく。あいつは、アルビスを何だと思っているんだ?
視界は赤くなっていないものの。深い怒りを覚えた私は、右腕を水平に上げ、手元に氷の杖を招いた。
「もういい、お前と話すのは時間の無駄だ。これだけは言わせてもらおう。私から、私の大事な夢を奪うな」
「確かに。話が平行線のままで一向に進まない。なら、こうしよう」
鋭く凍てついた目つきに変わったウンディーネが、紺碧の三叉槍を後ろ斜めに構える。
「私がこの戦いに勝ったら、お前は世界へ旅立て」
最早、アルビスのくだりを全て蔑ろにする発言に、氷の杖を後ろに構えた私の視野が、更に狭まった。
「なら、完膚無きまで叩きのめしてやるよ。ウンディーネ」
「その戯言、そっくりお前に返してやる。行くぞッ!」
戦乙女の咆哮を上げたウンディーネが、三叉槍を水面に滑らせながら振り上げ、天を穿つ怒涛を巻き起こす。
遥か上空にある怒涛の頂点を認めてから、私も氷の杖先を水面に叩きつけながら振り上げ、一際高く分厚い氷壁を召喚して対抗。
怒涛が氷壁に激突し、頂点で弾けた水が数多の雫となり、雨の様に空から降り注ぐ。それに意を介さず私は、左手に火の杖を握り締め、左斜め後ろに構えた。
『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風。生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを。『不死鳥の息吹』!』
火の杖先に魔法陣が出現したようで。辺りにある空が映った水面が、煌々と瞬く鮮烈な紅緋色に染まる。的外れな方向で『不死鳥の息吹』が発動した証だ。
『不死鳥の息吹』は、火属性最上位の魔法。溶岩のように粘り気が強く、触れた箇所が爆発を伴う灼熱の大熱線だ。
「ハァァアアアッ!!」
明後日の方向に向いている杖先を、前に君臨した氷壁に目掛け、ウンディーネが居る高さから真横に一閃。
すると、魔法が発動している魔法陣も杖先の軌跡を追い、鞭の様にしなった大熱線が氷壁をなぞっていく。
その大熱線が触れた箇所は瞬時に溶け、隙間から水が流れている光景を覗かせるも、遅れて後に続いていく連なった爆発が先の光景を覆い隠し、黄と赤の衝撃波が、氷壁に枝分かれした亀裂を走らせていった。
「手応えがまるで無かったな、逃げたか?」
大熱線から通して手に伝わった感触は、氷壁をなぞった重い手応えのみ。他の異物感は、まるで感じ取れなかった。
『不死鳥の息吹』はまだ発動しているので、追加で下から左斜め上に向かって杖先を振り、もう一度左から右に振る。
手応えは同じく無し。氷壁の向こう側には、もうウンディーネは居ないようだ。相手には場所が割れてしまったので、場所を空へ移すべく、氷の杖を手放した右手に漆黒色の箒を召喚した。
「……なっ!?」
直後。私の足元が光り出したかと思えば、唐突に出現した水色の魔法陣が急激に広がっていく。
「まずい!」
魔法が発動する前に、漆黒色の箒を力強く握り締め、そのまま限界速度で発進。この逃げ方は、アルビスと長年戦っていた時、あいつの攻撃を避ける為に使っていた常套手段だ。
私よりも遥か先を行く魔法陣が、何かの魔法を発動する前に、なんとか魔法陣外へ離脱。全身が硬直してしまう様な風圧に耐えつつ、先ほどまで居た戦場に顔を移す。
目に入ったのは、信じられないほど巨大な水柱が、天を目指して高高度まで昇っている光景。あんな馬鹿げた水量、魔法壁で防いだとしてもまるで意味がない。囚われて終わりだ。
「ウンディーネめ、完全に殺すつもりで来て……、は?」
ボヤいている最中。天を撫でる勢いで昇っていた水柱の壁に、私の足元に現れた物と同じ魔法陣が浮かび上がった。
「まさか……」
予想を立てる前に、水柱の壁に刻まれた魔法陣が、一際強い青色の光を放つ。そして予想を立てたと同時に、答え合わせの水柱が出現。私に目掛け、飛んでいる速度よりも速く噴出してきた。
「クソッ、めちゃくちゃだ! 魔法で出した物に、新たな魔法を出すだなんて!」
このままだと水柱に追いつかれてしまうので、私を引っ張っていた漆黒色の箒を一旦消す。地面に落ちる前に、右手を空に掲げて漆黒色の箒を再召喚。そのまま水柱から逃れるべく、空に向けて急上昇していった。
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