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97話、たとえ大精霊だとしても、神だろうと関係ない
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なんだ、今のとんでもない質問は? 話が通じない相手が、もしウンディーネ様だとしたら? まるで意味が分からない。この場合は、なんと言えば正解になるんだ?
普通の相手であれば、殺すと答えるのが正解なのだろうが……。相手は水を司る大精霊、ウンディーネ様だぞ? 口が裂けても言える訳がない。
「す、すみません……。質問の意味が分からないです」
「何故、分からぬのだ? 私がアルビスを殺すと言っているのだぞ? その場合、お前だったらどうすると言っているのだ。答えろ」
清流のようにたゆたう殺気が混じる分かりやすい説明に、ただ唖然とする事しか出来ない私。ウンディーネ様が、アルビスを殺す? なんなんだよ、それ?
私を試す質問なんだろうけども、意図と意味がまったく分からない。なんだ? あなたを殺しますと答えればいいのか? ふざけるなよ私、恐れ多いにも程がある。
ただの一般庶民が、国王や神に対して言うようなものだぞ? 心や頭の中でも、決して思ってはいけない事だ。どうにかして、この質問をはぐらかさないと。
「ウンディーネ様、その質問はどうかお止めになって下さい。私には答えられません」
「この期に及んで忖度をするか。ずいぶんと慎重に物事を進めようとするじゃないか。その極まった能天気が甚だしい」
まるで話を聞いてくれないウンディーネ様が、氷のように凍てついた表情で一蹴した。まさかウンディーネ様は、話が通じない相手の役を演じている?
それなら、態度が急変したのも頷ける。きっと、私を試す為の役作りに違いない。危なかった、場の張り詰めた空気に飲まれそうになっていた。
ここは、無礼な返答は避けるべきだ。私がアルビスを殺す。なら、そのあなたを殺します。そんな安直な答えでは駄目だ。もっと別の答えがあるはず。まずは、それを見極めなければ。
「己の立場を理解していない、分からず屋め。なら、実際にやってやろう」
私を見下す様に睨み付けているウンディーネ様が、垂らしていた右手を水平に上げる。すると、紺碧色に輝く細かな光の粒子が、手の平に集まり出していく。
その光の粒子は、精霊の泉から湧き出している大粒の飛光体よりも大きくなり、ゆらゆらと不規則に揺れる球状にまでなった。
訳も分からず紺碧色の球体を眺めていると、球体が突然眩く発光し出し、柔らかな破裂音と共に辺りへ弾け飛んだ。
破裂音と弾ける様に驚いた私は、反射的に目を瞑る。すぐさま開けると、紺碧色の球体があったはずのウンディーネ様の手先に、腕を組んでいるアルビスが浮いていた。
「あいつは、穴に落ちたゴーレムを……、む? ここは……? なっ!?」
召喚でもされたのだろうか。現状をまったく理解していなく、辺りを見渡して現在の場所を認めたアルビスの周りに、半透明の水色の球体みたいな膜が出現。
「な、なんだこれは……?」
やたらとごもる、アルビスの困惑した声。やや上を向いているアルビスが、球体を押す仕草をする。が、見た目に反して硬いのか、いくら押し込んでもビクともしない。
「あ、アルビス?」
「む? アカシック・ファーストレディじゃないか。という事は……」
蹴る構えを取っていたアルビスが、私に顔を合わせると、すぐに左側へ移した。
「やはり、ウンディーネ様も。おい、アカシック・ファーストレディ。これは一体どういう―――」
「さあアカシックよ、場を整えたぞ。先の質問に答えろ」
落ち着きを取り戻したアルビスの問い掛けに、ウンディーネ様が割って入る。場を整えたという事は、もしかしてウンディーネ様は、本当にアルビスを殺すつもりでいるのか?
私の考えの中に、ウンディーネ様を殺すという選択肢は無い。けれども、このままだとアルビスが殺されてしまう。……いや、そうだ。この質問に答えなければいいんだ。
口を閉じて黙り続けていれば、その内ウンディーネ様も諦め、アルビスを殺すのをやめるはず。そう、軽率に答えを出してはならないんだ。
これは、命が懸かっている質問だ。きっと、放っている殺意も演技で出しているんだろう。本当にアルビスを殺すだなんて、そんな真似をする訳がないじゃないか。
「何故、答えない?」
痺れを切らし始めたウンディーネ様の、二度目の催促。しかし、私はまだ喋らないぞ。
「答えろ。大精霊である私を、いつまで待たせるつもりだ? それとも、私がアルビスを殺さないとでも思っているのか?」
「う、ウンディーネ様? 今、余を殺すとおっしゃったのですか……?」
感付かれた。アルビスも己の置かれている立場をようやく理解したせいで、動揺し出してしまった。この返しは、黙り続けていたらまずい気がする。ひとまず、何か喋らないと。
「まさか、本当に殺すつもりでは、ありませんよね?」
「まずは、質問に答えろ」
口を開いてみれば、一方的な催促が飛んでくる。もうこれは、ただの質問なんかじゃない。人質を取り、一つしかないような答えをせがむ尋問みたいなものだ。
ウンディーネ様はどうしても、私の口から『あなたを殺す』と言わせたいらしい。そして言わなければ、アルビスは殺されてしまうだろう。とうとう答えが、元からあった一択にまで絞られてしまった。
「……答えれば、アルビスを解放してくれるんですか?」
「答えるだけなら、言葉を覚えたばかりの赤子でも出来る。アルビスを殺されたくない理由も添えろ」
ここに来て、注文が更に増えただと? アルビスを殺されたくない理由? ウンディーネ様は……、いや、こいつは、私の夢を潰すつもりでいるのか?
ここで理由を添えるとなると、アルビスに私の夢がバレてしまう。あいつにバレてしまったら、意味が無いというのに。ウンディーネめ、最初からこれが目的だったのか!?
敬うべき者に、私の恩人に、湧いてはいけない負の感情が、苛立ちが募り始めた。私の視野が、だんだんと狭まっていく。
「なんだ、その目は? 私を蔑むように睨み付けるとは、大した度胸だな」
「ウンディーネ様、あなたの目的と意図が分かりません。一方的にふざけた質問攻めをする前に、何が目的なのか言って下さい」
「ふ、二人共! 一回落ちつ、むおっ!?」
不穏なアルビスの叫びに、ウンディーネに向けていた視野が、瞬時にアルビスの元へ移る。
「球体が、小さくなってる?」
先ほどまでは、アルビスが立っていても余裕な広さがあったのに対し。今は立ち膝をしていても、かなり窮屈そうになっていた。球体が明らかに縮んでいる。
「言い忘れていたが。アルビスを捕えているこの水牢は、私の手の動きと連動していてな。こう、手の平を閉じようとすると―――」
視界の左端にあるウンディーネの開いた手が、徐々に閉じていく。それと共に、アルビスを囲っている球体が更に小さくなっていった。
「グッ!?」
「アルビス!」
「アカシックよ。いや、この地では『アカシック・ファーストレディ』だったな。私はもう、待つのに飽きた。なので、十秒数えた後に手の平を閉じ切り、アルビスを圧殺する。十」
「……は?」
おい、なんだよこの秒読み……。十秒後、アルビスを圧殺する?
「九」
こいつ、アルビスを本当に殺すつもりでいるのか? いや違う。つもりじゃない、殺そうとしているんだ。
「八、七」
アルビスは、もはや身動きが取れないほど縮こまっている。水牢とやらに無理やり押し込まれているような状態だ。
「六、五」
あと五秒で、アルビスが死んでしまう。頭で理解したけども、ずいぶんと心が落ち着いているじゃないか、私は。私って、こんなに薄情な奴だったんだな。
「四、三」
私の視界に、中指に親指を添えている私の震えた手が、ふと映り込んだ。
「二」
親指が滑り、パチンと音が鳴った。
「一……ッ!?」
視界の左端に映っているウンディーネの手が、詠唱を省いた氷魔法により、分厚い氷に覆われた。
「……ウンディーネ様。いや、そこのお前。そのふざけた手を、それ以上閉じるなよ?」
私の視界が左へ動き出し、凍り付いた右手を抑えているウンディーネの姿が、視界の中央まで来た。
「確かに、お前を忖度してた。深く敬ってたし、多大なる恩人だと思って勝手に尊敬してた。底無しの恐怖も感じてたし、震えるほど戦慄もしてたよ」
私とウンディーネの間に火の杖が現れて、右へ流れていく。
「答え? そんなのはなから出てたさ。でも、頑なに答えたくなかった。言える訳がないだろ? 大精霊であるお前に、そんな恐れ多い事をな」
風の杖が目の前に現れて、右へ流れる。
「だが、もういい。やめだ、完全に吹っ切れたよ。言ってやるさ、全てをな」
呼んでもいない水の杖が視界内に現れ、右へ流れていく。
「私には三つの夢がある。一つは、最愛なるピースを生き返らせる事。もう一つは、サニーを生涯幸せにし続ける事。そして最後に、アルビスが平和な日常を送れるよう、私が影から全面的に協力する事だ。サニーもそうだが、アルビス。こいつには、今まで手にする事が出来なかった、約五百年分の幸せを与えてやりたいと切に思ってる」
土の杖が突然目先に現れ、ウンディーネの全体像を隠した後、右へ流れていく。
土の杖が視界から消えると、ウンディーネの手に纏っている氷に亀裂が入り、氷だけが砕け散った。
「だから私は、アルビスを殺そうとする奴を決して許さない。たとえそれが国王であれども。お前みたいな大精霊だとしても。数多の民衆に敬われ、崇拝されてる神だろうとな」
殺意の篭った氷の杖が、己の出番だと言わんばかりに現れては、右へ流れていく。
「そして、ウンディーネ。お前は今、アルビスに明確な殺意を向けて殺そうとしたよな?」
視線の先に、淡い光の粒子が点々と現れ始め、音も無く集まり出す。全てが重なった瞬間に眩い光を放っては弾け飛び、光の杖が姿を現した。
「アルビスは絶対に殺させはしないし、指一本でも触れさせはしない。お前がアルビスを殺す前に、私がお前を殺してやる」
殺されたくない理由と、長々と溜めていた答えを口から放ったと同時に、視界に映っている火、光、氷の杖先がウンディーネを差した。
先ほどまで凍っていた右手を雑に振り、腕を組んだウンディーネが、ずいぶんと冷めた眼差しで私を見下し、鼻で嘲笑う。
「ようやく言ったか。遅い、答えるのがあまりにも遅すぎる。アルビスを召喚してからお前が言うまでの間に、百回以上は殺せたぞ?」
「ああ、そうかもしれないな。私の頭がお前を敵だと認識するのに、だいぶ時間が掛かってしまったよ。もしこんな事態にならなかったら、未だに言えてなかっただろう」
「その判断の遅さ、命取りになるぞ?」
「そうだな。でも、私はもう迷わない。私の夢に、仲間達に殺意の刃を向けられる前に、全部根こそぎへし折ってやる」
「よろしい。では、次に移ろう」
質問を全て答えたのに、まだ話の主導権を握っているウンディーネが、私に重厚な紺碧色の三叉槍を向ける。
「アカシック・ファーストレディ。私と戦え」
泉から湧き上がる飛光体が、紺碧の三叉槍の先に触れ、吸い込まれていく。ウンディーネめ、最初からこの流れに持ってくるつもりだったな?
アルビスを出しに使い、私に明確な殺意を持たせるべく、答えが決まっている質問攻めを執拗に続けた。流石に、戦いたい理由までは分からないけども。
「いいだろう。だがその前に、私の質問に答えろ」
「なんだ?」
「お前はどうして、アルビスを殺そうとしたんだ?」
私の最期の質問に対し、ウンディーネは私に向けていた紺碧の三叉槍を縦に立たせる。すると、三叉槍の先が、目を瞑りたくなる程の強烈な白い光を放ち出した。
「アカシック・ファーストレディ、お前の為を想ってだ」
ウンディーネの全身が白い光に包まれ、その光が辺りを巻き込む勢いで膨張していく。私の事を想ってアルビスを殺す、か。
どうやらウンディーネは、是が非でも私を世界に旅立たせたいらしい。だから、邪魔なアルビスを殺そうとした訳か。
私の一つの夢を潰し、己の提案を通す為だけに。とち狂ってる。本当に話が通じない奴だったとはな。
「最後の質問に答えてくれてありがとう。どうやら私とお前は、一生分かり合えない関係にあるようだ。残念だよ、ウンディーネ」
「なら、あえてもう一度言ってやる。この、分からず屋め」
白い光の先に居るウンディーネが、そことなく悲し気そうでいる捨て台詞を吐く。そのまま目に映る視界が全て、色の無い純白に染まっていった。
普通の相手であれば、殺すと答えるのが正解なのだろうが……。相手は水を司る大精霊、ウンディーネ様だぞ? 口が裂けても言える訳がない。
「す、すみません……。質問の意味が分からないです」
「何故、分からぬのだ? 私がアルビスを殺すと言っているのだぞ? その場合、お前だったらどうすると言っているのだ。答えろ」
清流のようにたゆたう殺気が混じる分かりやすい説明に、ただ唖然とする事しか出来ない私。ウンディーネ様が、アルビスを殺す? なんなんだよ、それ?
私を試す質問なんだろうけども、意図と意味がまったく分からない。なんだ? あなたを殺しますと答えればいいのか? ふざけるなよ私、恐れ多いにも程がある。
ただの一般庶民が、国王や神に対して言うようなものだぞ? 心や頭の中でも、決して思ってはいけない事だ。どうにかして、この質問をはぐらかさないと。
「ウンディーネ様、その質問はどうかお止めになって下さい。私には答えられません」
「この期に及んで忖度をするか。ずいぶんと慎重に物事を進めようとするじゃないか。その極まった能天気が甚だしい」
まるで話を聞いてくれないウンディーネ様が、氷のように凍てついた表情で一蹴した。まさかウンディーネ様は、話が通じない相手の役を演じている?
それなら、態度が急変したのも頷ける。きっと、私を試す為の役作りに違いない。危なかった、場の張り詰めた空気に飲まれそうになっていた。
ここは、無礼な返答は避けるべきだ。私がアルビスを殺す。なら、そのあなたを殺します。そんな安直な答えでは駄目だ。もっと別の答えがあるはず。まずは、それを見極めなければ。
「己の立場を理解していない、分からず屋め。なら、実際にやってやろう」
私を見下す様に睨み付けているウンディーネ様が、垂らしていた右手を水平に上げる。すると、紺碧色に輝く細かな光の粒子が、手の平に集まり出していく。
その光の粒子は、精霊の泉から湧き出している大粒の飛光体よりも大きくなり、ゆらゆらと不規則に揺れる球状にまでなった。
訳も分からず紺碧色の球体を眺めていると、球体が突然眩く発光し出し、柔らかな破裂音と共に辺りへ弾け飛んだ。
破裂音と弾ける様に驚いた私は、反射的に目を瞑る。すぐさま開けると、紺碧色の球体があったはずのウンディーネ様の手先に、腕を組んでいるアルビスが浮いていた。
「あいつは、穴に落ちたゴーレムを……、む? ここは……? なっ!?」
召喚でもされたのだろうか。現状をまったく理解していなく、辺りを見渡して現在の場所を認めたアルビスの周りに、半透明の水色の球体みたいな膜が出現。
「な、なんだこれは……?」
やたらとごもる、アルビスの困惑した声。やや上を向いているアルビスが、球体を押す仕草をする。が、見た目に反して硬いのか、いくら押し込んでもビクともしない。
「あ、アルビス?」
「む? アカシック・ファーストレディじゃないか。という事は……」
蹴る構えを取っていたアルビスが、私に顔を合わせると、すぐに左側へ移した。
「やはり、ウンディーネ様も。おい、アカシック・ファーストレディ。これは一体どういう―――」
「さあアカシックよ、場を整えたぞ。先の質問に答えろ」
落ち着きを取り戻したアルビスの問い掛けに、ウンディーネ様が割って入る。場を整えたという事は、もしかしてウンディーネ様は、本当にアルビスを殺すつもりでいるのか?
私の考えの中に、ウンディーネ様を殺すという選択肢は無い。けれども、このままだとアルビスが殺されてしまう。……いや、そうだ。この質問に答えなければいいんだ。
口を閉じて黙り続けていれば、その内ウンディーネ様も諦め、アルビスを殺すのをやめるはず。そう、軽率に答えを出してはならないんだ。
これは、命が懸かっている質問だ。きっと、放っている殺意も演技で出しているんだろう。本当にアルビスを殺すだなんて、そんな真似をする訳がないじゃないか。
「何故、答えない?」
痺れを切らし始めたウンディーネ様の、二度目の催促。しかし、私はまだ喋らないぞ。
「答えろ。大精霊である私を、いつまで待たせるつもりだ? それとも、私がアルビスを殺さないとでも思っているのか?」
「う、ウンディーネ様? 今、余を殺すとおっしゃったのですか……?」
感付かれた。アルビスも己の置かれている立場をようやく理解したせいで、動揺し出してしまった。この返しは、黙り続けていたらまずい気がする。ひとまず、何か喋らないと。
「まさか、本当に殺すつもりでは、ありませんよね?」
「まずは、質問に答えろ」
口を開いてみれば、一方的な催促が飛んでくる。もうこれは、ただの質問なんかじゃない。人質を取り、一つしかないような答えをせがむ尋問みたいなものだ。
ウンディーネ様はどうしても、私の口から『あなたを殺す』と言わせたいらしい。そして言わなければ、アルビスは殺されてしまうだろう。とうとう答えが、元からあった一択にまで絞られてしまった。
「……答えれば、アルビスを解放してくれるんですか?」
「答えるだけなら、言葉を覚えたばかりの赤子でも出来る。アルビスを殺されたくない理由も添えろ」
ここに来て、注文が更に増えただと? アルビスを殺されたくない理由? ウンディーネ様は……、いや、こいつは、私の夢を潰すつもりでいるのか?
ここで理由を添えるとなると、アルビスに私の夢がバレてしまう。あいつにバレてしまったら、意味が無いというのに。ウンディーネめ、最初からこれが目的だったのか!?
敬うべき者に、私の恩人に、湧いてはいけない負の感情が、苛立ちが募り始めた。私の視野が、だんだんと狭まっていく。
「なんだ、その目は? 私を蔑むように睨み付けるとは、大した度胸だな」
「ウンディーネ様、あなたの目的と意図が分かりません。一方的にふざけた質問攻めをする前に、何が目的なのか言って下さい」
「ふ、二人共! 一回落ちつ、むおっ!?」
不穏なアルビスの叫びに、ウンディーネに向けていた視野が、瞬時にアルビスの元へ移る。
「球体が、小さくなってる?」
先ほどまでは、アルビスが立っていても余裕な広さがあったのに対し。今は立ち膝をしていても、かなり窮屈そうになっていた。球体が明らかに縮んでいる。
「言い忘れていたが。アルビスを捕えているこの水牢は、私の手の動きと連動していてな。こう、手の平を閉じようとすると―――」
視界の左端にあるウンディーネの開いた手が、徐々に閉じていく。それと共に、アルビスを囲っている球体が更に小さくなっていった。
「グッ!?」
「アルビス!」
「アカシックよ。いや、この地では『アカシック・ファーストレディ』だったな。私はもう、待つのに飽きた。なので、十秒数えた後に手の平を閉じ切り、アルビスを圧殺する。十」
「……は?」
おい、なんだよこの秒読み……。十秒後、アルビスを圧殺する?
「九」
こいつ、アルビスを本当に殺すつもりでいるのか? いや違う。つもりじゃない、殺そうとしているんだ。
「八、七」
アルビスは、もはや身動きが取れないほど縮こまっている。水牢とやらに無理やり押し込まれているような状態だ。
「六、五」
あと五秒で、アルビスが死んでしまう。頭で理解したけども、ずいぶんと心が落ち着いているじゃないか、私は。私って、こんなに薄情な奴だったんだな。
「四、三」
私の視界に、中指に親指を添えている私の震えた手が、ふと映り込んだ。
「二」
親指が滑り、パチンと音が鳴った。
「一……ッ!?」
視界の左端に映っているウンディーネの手が、詠唱を省いた氷魔法により、分厚い氷に覆われた。
「……ウンディーネ様。いや、そこのお前。そのふざけた手を、それ以上閉じるなよ?」
私の視界が左へ動き出し、凍り付いた右手を抑えているウンディーネの姿が、視界の中央まで来た。
「確かに、お前を忖度してた。深く敬ってたし、多大なる恩人だと思って勝手に尊敬してた。底無しの恐怖も感じてたし、震えるほど戦慄もしてたよ」
私とウンディーネの間に火の杖が現れて、右へ流れていく。
「答え? そんなのはなから出てたさ。でも、頑なに答えたくなかった。言える訳がないだろ? 大精霊であるお前に、そんな恐れ多い事をな」
風の杖が目の前に現れて、右へ流れる。
「だが、もういい。やめだ、完全に吹っ切れたよ。言ってやるさ、全てをな」
呼んでもいない水の杖が視界内に現れ、右へ流れていく。
「私には三つの夢がある。一つは、最愛なるピースを生き返らせる事。もう一つは、サニーを生涯幸せにし続ける事。そして最後に、アルビスが平和な日常を送れるよう、私が影から全面的に協力する事だ。サニーもそうだが、アルビス。こいつには、今まで手にする事が出来なかった、約五百年分の幸せを与えてやりたいと切に思ってる」
土の杖が突然目先に現れ、ウンディーネの全体像を隠した後、右へ流れていく。
土の杖が視界から消えると、ウンディーネの手に纏っている氷に亀裂が入り、氷だけが砕け散った。
「だから私は、アルビスを殺そうとする奴を決して許さない。たとえそれが国王であれども。お前みたいな大精霊だとしても。数多の民衆に敬われ、崇拝されてる神だろうとな」
殺意の篭った氷の杖が、己の出番だと言わんばかりに現れては、右へ流れていく。
「そして、ウンディーネ。お前は今、アルビスに明確な殺意を向けて殺そうとしたよな?」
視線の先に、淡い光の粒子が点々と現れ始め、音も無く集まり出す。全てが重なった瞬間に眩い光を放っては弾け飛び、光の杖が姿を現した。
「アルビスは絶対に殺させはしないし、指一本でも触れさせはしない。お前がアルビスを殺す前に、私がお前を殺してやる」
殺されたくない理由と、長々と溜めていた答えを口から放ったと同時に、視界に映っている火、光、氷の杖先がウンディーネを差した。
先ほどまで凍っていた右手を雑に振り、腕を組んだウンディーネが、ずいぶんと冷めた眼差しで私を見下し、鼻で嘲笑う。
「ようやく言ったか。遅い、答えるのがあまりにも遅すぎる。アルビスを召喚してからお前が言うまでの間に、百回以上は殺せたぞ?」
「ああ、そうかもしれないな。私の頭がお前を敵だと認識するのに、だいぶ時間が掛かってしまったよ。もしこんな事態にならなかったら、未だに言えてなかっただろう」
「その判断の遅さ、命取りになるぞ?」
「そうだな。でも、私はもう迷わない。私の夢に、仲間達に殺意の刃を向けられる前に、全部根こそぎへし折ってやる」
「よろしい。では、次に移ろう」
質問を全て答えたのに、まだ話の主導権を握っているウンディーネが、私に重厚な紺碧色の三叉槍を向ける。
「アカシック・ファーストレディ。私と戦え」
泉から湧き上がる飛光体が、紺碧の三叉槍の先に触れ、吸い込まれていく。ウンディーネめ、最初からこの流れに持ってくるつもりだったな?
アルビスを出しに使い、私に明確な殺意を持たせるべく、答えが決まっている質問攻めを執拗に続けた。流石に、戦いたい理由までは分からないけども。
「いいだろう。だがその前に、私の質問に答えろ」
「なんだ?」
「お前はどうして、アルビスを殺そうとしたんだ?」
私の最期の質問に対し、ウンディーネは私に向けていた紺碧の三叉槍を縦に立たせる。すると、三叉槍の先が、目を瞑りたくなる程の強烈な白い光を放ち出した。
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どうやらウンディーネは、是が非でも私を世界に旅立たせたいらしい。だから、邪魔なアルビスを殺そうとした訳か。
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「最後の質問に答えてくれてありがとう。どうやら私とお前は、一生分かり合えない関係にあるようだ。残念だよ、ウンディーネ」
「なら、あえてもう一度言ってやる。この、分からず屋め」
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