ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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92話、私はずっと二十四歳なんだ!

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 アルビルと共に、過去の私を重ねた山蜘蛛を終焉で滅ぼし、その終焉が深淵の暴食王に丸呑みされた後。

 私達は一旦家に帰ったものの。再び新参者が襲来して来ないか心配になってしまい、アルビス専用のシチューが入っている大釜ごと、ヴェルインのアジトの入口まで持って来て、二人でずっと待機していた。
 待機していた時間は、おおよそ五、六時間ぐらいだろうか。その間に私達は、先の出来事を振り返って会話に花を咲かせていた。

 互いに互いを殺す術を持っていただとか。深淵と終焉、どちらが強いだとか。いま戦ったとしたら、私とアルビスどっちが強いだとか。
 力の優劣は、ほぼ互角と言っていい。問題は、どちらが先に『奥の手』級を出せるかだ。が、これについてはいくら話そうとも結論が出ず、うやむやで終わってしまった。
 まあ、一秒先に死が待っている攻防を五十年以上も続けていた事だし、仕方ない。あえて答えを出すとしたら、その日によって変わってくるだろう。
 私が勝つ日もあるだろうし、アルビスが勝つ日だってある。そう、やってみなければ分からない。けれども、やろうとは微塵も思っていない。

 私とアルビスはもう、大袈裟に誇張してしまえば戦友の仲だ。共にサニーとヴェルイン達を守り、忌々しい過去の私を殺した戦友なのだ。
 そして、その後からだろうか。私はまた、更に過去の私に戻れたような気がする。まだピースと楽しく過ごせていた、感情が豊かだった頃の私に。










「まさか、ここまで変わってるとは……」

 新参者がヴェルインのアジトに襲来してきてから、二日後。昼食を食べ終え、新魔法の開発でもしようかと思っていた矢先。
 ヴェルインに『いい場所があるから付いて来い』と言われたので、家の近くにある森へ何十年振りかに入ってみれば……。まさか、ここまで様変わりしていたとは。

 精霊の森に負けず劣らずな、清々しい空気。風で身を踊らせている木々の天井からは、柔らかい布のような木漏れ日が降り注いでいる。
 その木々からは、ぷっくりと太った木の実が、あちらこちらに群生している。水も清らかになったんだな。私やサニーが食べられそうな木の実もありそうだ。
 ぬかるみや水たまりが絶えなかった地面もそう。今や、普通の草原となんら変わりない踏み心地だ。しっかりと固い。これはたぶん、ゴーレム達が踏み固めてくれたお陰だろう。
 
 変化はそれだけじゃない。ゴーレム達が植えた花の他に、多種多様な花が咲き誇っている。色や形も千差万別だ。
 燃え盛る炎のような赤。可憐さと妖しさを兼ね揃えた青。やんちゃで自己主張が強い黄。艶やかに水滴を滴らせている黒。思わず近づいて、匂いを確かめたくなるような魅力がある薄橙。
 そして何よりも良いのが、平和の象徴とも言われている鳥のさえずり。その耳をくすぐるさえずりが、辺りで心地よく響いている。
 魔物や獣の気配も一切ない。なんとも素晴らしい空間だ。まさか家の近くの森が、こんな事になっていただなんて。

「その反応を見るからに、久々に来た感じだな」

 この森の様子の変化を教えてくれて、私を案内してきたヴェルインが言う。

「ああ。この森は役に立ちそうな素材がまったくなかったから、過去に一回しか来た事がないんだ」

「勿体ねえなあ。すげえ良い場所なのによお」

「そうだな。サニーもはしゃいでるし、ちょくちょくここへ来るとしよう」

 緑々しい天井から、嬉々とした声が聞こえる方へ顔を向ける。視線の先には、アルビスに『ふわふわ』と『ぶうーん』をかけられ、空中を縦横無尽に飛び回っているサニーの姿。
 その近くには、跳躍して木の実を採っているスピディも見える。カッシェさんが木の実を抱えている所を察するに、食料調達をしているのだろう。

「そうしろそうしろ。それに、他の場所もかなり変わってんじゃねえか? 探索してみたらどうよ?」

「他の場所か。そうだな、悪くない案だ。買い出しの行き帰りにでも、少しずつ覗いてくる」

 とは言ったものの。沼地帯の行動範囲を広げてしまうと、その内エリィさんのお墓にたどり着いてしまう可能性がある。
 エリィさんのお墓と、サニーを鉢合わせてしまうのだけは避けたい。昨日もお墓参りに行ってしまったので、お墓の前には、大量の花束が添えられている。
 何も知らない人物が傍から見ると、不自然極まりない花束だ。訳もなく興味を抱いてしまうだろう。質問されてしまったら、目も当てられない。
 なので、そこら一帯だけは行くのをやめておかないと。あそこへ行くのは、私一人だけでいい。

「でよ、レディ。質問があるんだけどよ」

「質問? なんだ?」

「お前って、いま何歳なんだ?」

「私の歳?」

「そうそう。ちょっと気になってよ」

「あっ、あー……」

 私の年齢。私が作った新薬の副作用のせいで、二十四歳で体の成長が止まり、中途半端な不老の体になってしまっているので、二十四歳で間違いないはず。
 けれども、この場合は実年齢を言った方がいいのだろうか? ……待てよ、私の実年齢? まったく気にしていなかったから、数字がすっと出てこない。
 だが、計算は簡単だ。偽りの実年齢である二十四歳と、迫害の地に居る滞在年数、サニーを育てていた期間を足してしまえばいい。

 滞在年数は、おおよそ八十年前後。いや、二十歳の時に迫害の地へ来たので、八十四年にしておこう。次にサニーを育てた期間。これは八年だな。
 なので、二十、八十四、八を足せば、大体の実年齢が出る。答えは―――。

「……え?」

「あ? 急にどうした? なんか、見ちゃいけねえもんを見た時みたいな声出してよ」

「は? ……あっ、あいや。な、なんでも、ない……」

 私の実年齢、百十二歳……? 迫害の地に来てから、九十二年も経っているのか? 嘘だろ? ピースが殺されてしまってから、九十二年も経っているだと?
 ……そうか。私はピースを置き去りにして、ずいぶん先の未来に行ってしまったんだな。というか、今の今までそれにすら気が付かなかっただなんて。あまりにも鈍感で無頓着すぎる。
 それはそうと、魔女の平均寿命って、一体何歳なんだ? 調べた事がないから分からないぞ。それに、ヴェルインに実年齢を明かしたくない。絶対に嫌だ。間違いなく馬鹿にされる。
 ……偽ってしまうか? 実年齢は百十二歳なんだろうけども、私の体の成長は二十四歳の時に止まっているので、実質二十四歳だ。そうだ、私は二十四歳なんだ。そうに違いない。

「レディ? 目が虚ろになってっけど、大丈夫か?」

「……にゃにがだ?」

「呂律も回ってねえみたいだけど、酔っぱらってんのか?」

 まずい。頭の整理はついたものの、心がまだ動揺している。焦るな、らしくないぞ私よ。落ち着いて深呼吸をしろ。動揺を顔に出してはダメだ。余計な詮索をされてしまう。
 私は二十四歳だ。決して百十二歳なんかではない。実際、体は若々しく動いているじゃないか。肉体年齢も若い証拠である。腰が酷く凝っているのは、たぶん運動不足か何かだろう。
 そうだ。私は年相応の態度を取っていればいい。焦る必要なんてまったくないんだ。だって私は、二十四歳なのだから。

「ヴェルイン、私の年齢だったな?」

「おお、また急に戻ったな。そうそう、何歳なんだよ?」

「私の年齢は、だ」

 あえて二十四歳という言葉を強調し、腕を組む私。が、ヴェルインの顔は、ふざけてんのかと言わんばかりに、眉間に底が見えないシワを寄せた。

「二十四歳だあ? それ、ぜってえ嘘だろ?」

「嘘じゃない、実年齢だ」

「いやいや。俺とお前は、三十年ぐらい前に会ってんだぜ? 少なくともそれ以上だろうよ」

 確かに。ヴェルインとは三十年ほど前に。アルビスにいたっては、五十年以上も前から出会っている。なので、二十四という数字がおかしいのは明白だ。
 これについては、細かく説明をしなければな。ヴェルインが納得するまで何度でも、夜が更けようとも、朝日が昇ろうともだ。

「まあ聞け、詳しく説明してやる。私はサニーを育てる前は、新薬や新魔法の開発してたんだ」

「開発? へえ~、そうなのか。で?」

「それで、二十四歳になったとある日。新薬の副作用で、体の成長が止まってしまってな」

「はあ」

「だから私は、歳を取らない体になってるんだ。なので、二十四歳だ。お前と出会った時も、いまこの瞬間も。そしてこれからもずっとな」

「……はあ?」

 今の説明で、ヴェルインは納得してくれるだろうと踏んでいたのだが。予想は外れ、ヴェルインの黒い瞳が限界まで細まり、哀れみと蔑みが宿った。
 なんだ、その可哀想な奴を見ている様な潤んだ眼差しは? ヴェルインの奴、目で私の事を馬鹿にしてきている。やめろ、そんな目で私を見るな。

「レディ、何か嫌な事でもあったのか? 相談に乗るぞ?」

「おい、なんでそうなるんだ。事実を言ったまでだぞ?」

「嘘つけえ。不老不死になれる薬なんて、早々作れるもんじゃねえだろ? どうせ、変身魔法かなんかで誤魔化してんじゃねえのか?」

「いや、不老になってるけど不死にはなってない。実際、アルビスとの闘いで何度か死に掛けてるからな。ちゃんと致命傷を食らえば死ぬぞ」

「本当かよ? じゃあお前、ちゃんと死ぬ体でアルビスと五十年以上も戦ってた訳? それもすげえ……、ん? 待てよ」

 何かに気が付いてしまったのか。アルビスの右目だけが強張った。

「そういやお前、アルビスとは五十年前ぐらいに会ってたんだよな? となると、最低でも五十歳以上になる訳か」

「違うっ、私はずっと二十四歳だ。アルビスと出会った時も二十四歳だし、五十年間戦ってる間も二十四歳だ」

「頑なに認めようとしねえなあ……。まあ確かに、その時から顔がまったく変わってねえ気もするけどよ……」

「だろう? もちろん、変身魔法だって使ってはいない。正真正銘、二十四歳の素肌だ。ハリとツヤ、潤いも健在だぞ」

 肌の若さを証明するべく、両頬に手を添え、叩いてみたりこねくり回す私。うん、ちゃんと柔らかい。なんなら、赤ん坊の肌とさほど変わらない柔らかさだ。
 これで確信を得られた。私は百十二歳なんかではない、紛うことなき二十四歳だ。しかし、まだ納得していないようで。ヴェルインが腕を組み、不満そうに首をかしげた。

「なーんか、胡散臭えんだよなあ……。その副作用を起こした時に作った薬って、再現できんのか?」

「材料があれば作れる。

「その言い方だと、ねえみてえだな」

「一つだけある。だが、肝心のもう一つが無いんだ。それさえあれば、あとは迫害の地にある薬草やら蜜と一緒に煮込めば作れる」

「あるのかよ。その材料って、一体なんだ?」

「一つはファートから貰った『女王の包帯』。これには、あらゆる物を束縛する効果がある。もう一つは、何かのくちばしなんだが……。どの魔物のくちばしかは、特定できてないんだ」

「くちばし、ねえ。くちばしっつー事は、鳥だよなあ。特定できてねえって事は、拾ったりでもしたのか?」

「さあな。八十年以上も前だから、流石に覚えてない……、あっ」

 しまった、つい口が滑ってしまった……。恐る恐るヴェルインの顔をうかがってみると、口角は裂けんばかりに吊り上がり、邪悪の化身みたいな笑みを浮かべている。

「へぇ~、八十年以上も前ねえ~。それじゃあ今のレディちゃんは、百歳を超えてるんじゃあないのお?」

「ち、違う! 断じて超えてなんかいないっ。さっき言っただろ? 私の年齢は、二十四歳の時から止まってるんだ。だから私は二十四歳なんだ!」

「はいはい、分かった分かった。そういう事にしといてあげるよ、うんうん」

 まるで子供をあやすように、適当にあしらってくるヴェルイン。駄目だ……。もうこうなってしまうと、こいつは話をまともに聞いてくれなくなってしまう。
 ああ、嫌だ。実年齢が百十二歳だなんて……。いや、忘れよう。先のやり取りを全て、早急に忘れて無かった事にしてしまえばいいんだ。
 そして、後でヴェルインを引っ叩いておこう。もしかしたら衝撃で脳が揺さぶられて、上手い具合に記憶が消えてくれるかもしれないし。よし、今日中に何度もやってしまおう。
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