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90話、お前も過去の私を殺したいだろ?
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『生命を宿す者の基部にして、生命の残した証を慈悲なる心で抱擁せし台地。その証を護る絶対暴君に告ぐ。“覇者の左腕”、“竜の楔”、慈悲なる心を今一度捨てよ』
詠唱を始めると、目の前に全長二十m前後はあろう、尊厳深い山の模様が描かれた土色の魔法陣が浮かび上がった。今から使うのは、土の最上位の召喚魔法だ。
召喚対象は多々とある。私が知っている限り、土の召喚魔法だけでおおよそ五十体以上。全てを覚えるのは至難の業だ。私でも五体程度しか召喚できない。
『“覇者の左腕”に告ぐ。怒り狂う山蜘蛛に鉄槌の裁きを。“竜の楔”に告ぐ。空に漂う山蜘蛛を大地へと還せ』
土の魔法陣が眩い光を放ち、模様全体がゆっくりと右に回転し出した。とりあえず詠唱は終わった。後は、最後の合図を出すのみ。
『契約者の名は“アカシック”』
合図を出した途端、土の魔法陣から荒々しい岩の壁が出現。同時に、前方から衝突音に似た凄まじい轟音が大気を裂いた。
衝撃波紛いな轟音を全身で受け止めてから、視線を上へ持っていく。そこには、先からずっと居たはずの山蜘蛛の姿はどこにもなく。
代わりに黒紫色の液体を大量に滴らせている、巨大な岩の握り拳が太陽を隠していた。
あの万物をも殴り殺しそうな握り拳は、私が召喚した“覇者の左腕”。目の前に突如として現れた岩の壁は、“覇者の左腕”の断面だ。
地面に落ちていく黒紫色の液体を二粒眺めた後、姿を忽然と消した山蜘蛛の行方を探るべく、空を仰ぐ。首を限界まで上げると、黒い粒が張り付いている雲を見つけた。
その黒い粒を、遥か上空まで殴り飛ばされた山蜘蛛だと断定する私。まともに当たったのは初めてだが、とんでもない威力だ。あいつも山の様に巨体で重いはずなのに、軽々と高高度まで殴り飛ばすだなんて。
黒い粒を捉え続けていると、視界に入っている左腕の断面に、音を立てつつ亀裂が入り出す。視界を下へ滑らそうとした直後、左腕の断面が突風を巻き起こしながら四散。大小様々な破片を辺りに散らせていく。
思わず腕で顔を覆い隠し、変化が訪れた目の前を見てみる。が、特に変わった変化は無い。砕けたはずの断面は、依然として形を保ったままだった。
けど、突風が止まっていない。魔法陣から何かが召喚され続けている。断面を認めた視線を、再び上へ持っていく。
視線の先には、空へ果てしなく続いてる岩の線が一本伸びていた。間違いない、“竜の楔”の体だ。先頭を行く顔は視認できないものの、見た目は一般的な竜の姿ではなく、幻獣種に近い。
翼は無く、腹部だと思われる下の部分に時折、高速に流れていく短い前足みたいなのが見える。約二十秒後、ようやく全体が召喚され切ったのか。
岩の断面が途切れ、土の魔法陣が黄土色の粒子に変わり、残り風に流されていった。
そよ風の音すら聞こえない静寂が訪れてから、顔を雲に張り付いている黒の粒に戻す。すぐ間近に“竜の楔”が居るようで、粒が二つに増えていた。
その二つの粒が重なると、厚い雲の真ん中部分から穴が開き、輪っか状に広がりながら音も無く消滅。
そのまま一秒、二秒と秒刻みで粒が大きくなっていく。約五秒後、粒の形に明確な変化が現れ、丸い物体に線が伸びている形に変わった。
黒い丸の輪郭が山蜘蛛に戻り、横から伸びている六本の足が視認できた矢先。視界から急に消え失せ、強烈な爆発音に似た音と共に、私の体が前後左右に激しく揺れた。
体をよろけさせながら、定まらない視線を草原に持っていく。対面の山の近くにある、剥き出しの土が激しく隆起している草原に、異物を発見。
目を凝らしてみると、異物は山よりも高い一本の細長い岩に打ちつけられ、六本の足を痙攣させている山蜘蛛だと分かった。
どうやら前半身は、“覇者の左腕”の一撃で弾け飛んだのか、見るも無残に抉れている。それでも尚、下半身は健在のようだ。あの山蜘蛛もかなり頑丈でしぶといな。
「む……」
風に吹かれて白い波を立たせている草原が、大地に打ち付けられた山蜘蛛を目指しているかのように、岸から黒に染まっていっている。
「もしかして、この黒いのは全て、あいつの子か?」
だとすると……。数にして数十万か数百万、下手すればもっと居る事になる。信じられない数だ。あらゆる場所から現れている所を察するに、各地へ流れていたのだろう。
染まりゆく黒が、山蜘蛛の元へ集中していく。助けるつもりでいるのか? 一極に群がり過ぎて、まるで草原に漆黒の離れ小島が出来たようにも見える。
好都合だ、一掃する手間が省ける。今の内に、空に『奥の手』を使ってしまおう。そう決めた私は、何度も見た群青の空を仰ぎ、両手を広げた。
『空よ、驚かせてしまってすまなかった。だが、大体の状況は把握できただろう? 今から私は、過去の私を殺す。トドメはお前にくれてやろう。だから、手を貸し――』
「アカシック・ファーストレディーーッ!」
『む?』
誰かに呼ばれたせいで、『奥の手』の語りに抜けた言葉が混ざり込んでしまった。広げていた両手を垂らし、声がした方に顔を移す。
移した視線の中に、龍の翼を広げてこちらへ飛んで来ている、アルビスの姿が映り込んだ。
その慌てているようにも見えるアルビスが、私の隣へ着地しては翼をたたみ、服に付着している埃を右手で払った。
「どうした?」
「どうしたも何も。余の山がいきなり氷山と化してしまったから、何事かと思って来てみれば……」
腕を組んだアルビスが、一部荒野に変貌している草原に顔を向ける。
「どうやら取り込み中だったようだな。新参者か?」
「たぶんな。サニーとヴェルインが、あいつらに襲われたんだ」
「なるほど。という事は、余と貴様の共通の敵になる訳だな」
共通の敵か。アルビスだって、日頃からサニーと遊んでくれているし、ヴェルインとの付き合いも長い。もはや仲間みたいな関係とも言える。
その仲間が襲われてしまったんだ。敵と認定するのが普通だろう。……そうだ。私がさっき思った事を、アルビスに打ち明けてしまうか。
あの山蜘蛛は、私達共通の敵であり、私が殺したい過去の私でもある。アルビスも過去の私に、散々な目を遭わせられてきた。当本人である私が言える事ではないけども。
私とアルビスで、過去の私を共に殺そう。そうすれば、アルビスの気も少しは晴れてくれるだろう。
「アルビス、話がある」
「なんだ?」
「あいつは私達共通の敵であり、過去の私でもあるんだ」
「過去の貴様? まるで意味が分からん、どういう事だ?」
「ちょっとした共通点があってな。過去、お前に鱗をせがんた時があっただろ?」
「ああ、そんな事もあったな。それがどうした?」
「その時の私は、サニーを毛嫌いしてたんだ。とにかく雑に扱ってた。毎日のように、私の目が届かない場所で、知らない誰かに殺されないかとさえ願ってた」
「そうか。あの時の貴様は、他者に対してまるで興味を持ってなかったからな。だからあの時は、心底驚いたさ。あの貴様が他人を助けるべく、秘薬を作りたいから鱗を寄こせと言ってきたんだからな」
「それで、あいつの周りに黒いのが蠢いてるだろ?」
「居るな」
「あの黒いの、全部あいつの赤ん坊なんだ」
「赤ん坊、ねえ。それで?」
「私と戦闘をしてる時、あいつは自分の赤ん坊をないがしろに扱ってたんだ。生きてる奴も、既に息絶えた奴も関係無しに、ぞんざいにな」
私が伝えたい内容を理解してくれたのか。草原に向いていたアルビス顔が、私の方へ向いてきた。
「とどのつまり……。過去の貴様とあいつが、似てるという訳か?」
「そうだ。私が勝手にそう思って、重ねてるだけだがな」
「ふむ、なるほど」
「それで、お前も過去の私が嫌いだろ?」
本題に入ると、アルビスの右眉が跳ね上がる。
「それは、真面目に答えていい質問なのか?」
「ああ。過去に思ってた事を、そのまま私に教えてくれ」
「ふむ……」
そのまま黙り込み、組んでいた右手を握り、口に当てるアルビス。どうやら長考しているな。言おうか言うまいか迷っているのだろう。
それほどまで、私を恨んでいた証拠にもなる。そりゃそうだ。五十年以上もしつこく付きまとっていたんだ、恨まない方がおかしい。
やっと言う決心がついたのか。口に当てていた拳を離し、再び腕を組んだ。
「本当に言ってもいいんだな?」
「ああ、頼む」
「そうか。なら、お望み通り言ってやろう。……嫌い? そんな一言二言で語れるほど、生易しいもんじゃない。一刻でも早く殺してやりたいと、毎日のように怒りを募らせてたさ。なんで命からがら迫害の地まで逃げて来たというのに、ここでも襲われ続けなければならないんだとな。当時はとにかく絶望したよ。この世には、余の安息の地がないんだとな。っと、これは全て昔の話だ。今の貴様に、そんな感情は一切抱いてない。安心しろ」
―――予想はしていた、していたけども……。アルビスの深すぎる恨みの棘が、私の心に全て突き刺さった。左胸が、息が詰まりそうなほどに痛い。
もし最後の救いの言葉が無ければ、心の激痛に耐えかねて、顔を歪めていたかもしれない。
「……そうか、分かった。言ってくれてありがとう。その……、アルビス」
「謝るなよ?」
全てを見透かされてしまい、口を噤む私。
「貴様が聞いてきた事だ、後悔するな。それに、関係を白紙に戻しただろ? 更には、互いに守り合う仲にまでなってるじゃないか。もう過去の事は気にするな。忘れてしまえ」
「だがっ」
「だがでもない。貴様は気にし過ぎなんだ。余はもう、今の貴様に対して恨み辛みは一切持ち合わせてない。過去の貴様についての話はこれで終わりだ。で、話をさっさと戻せ。結局のところ、貴様はどうしたいんだ?」
「むう……」
私がしたい事を先読みされ、全て封殺されてしまった……。私は、気にし過ぎているのか? いやでも、それは今考える事ではない。論点がずれてしまっている。アルビスの言う通り、話を一旦戻そう。
「……私も、過去の私が大嫌いなんだ。殺したいほどにな。そして目先に、過去の私と重ねた奴がいるだろ?」
「なるほど、ようやく貴様の言いたい事が分かった。そうか。貴様も、過去の貴様を殺したいほど嫌ってたんだな」
「ああ、そうだ。あまりにもふざけてる奴だった。歯ぎしりするような憎しみすら覚える。それでだ、アルビス。共闘しようじゃないか」
「過去の貴様を殺すべく、今の貴様と共闘をするのか。ふん、面白い! やるからには跡形も残さん、徹底的にやるぞ」
「ああ、もちろんだ」
回りくどく言ってしまったが、やっと話が纏まった。私も草原に顔を移した直後。『奥の手』を使った空に私の魔力が馴染んだようで、太陽よりも眩い光が一度だけ瞬いた。
詠唱を始めると、目の前に全長二十m前後はあろう、尊厳深い山の模様が描かれた土色の魔法陣が浮かび上がった。今から使うのは、土の最上位の召喚魔法だ。
召喚対象は多々とある。私が知っている限り、土の召喚魔法だけでおおよそ五十体以上。全てを覚えるのは至難の業だ。私でも五体程度しか召喚できない。
『“覇者の左腕”に告ぐ。怒り狂う山蜘蛛に鉄槌の裁きを。“竜の楔”に告ぐ。空に漂う山蜘蛛を大地へと還せ』
土の魔法陣が眩い光を放ち、模様全体がゆっくりと右に回転し出した。とりあえず詠唱は終わった。後は、最後の合図を出すのみ。
『契約者の名は“アカシック”』
合図を出した途端、土の魔法陣から荒々しい岩の壁が出現。同時に、前方から衝突音に似た凄まじい轟音が大気を裂いた。
衝撃波紛いな轟音を全身で受け止めてから、視線を上へ持っていく。そこには、先からずっと居たはずの山蜘蛛の姿はどこにもなく。
代わりに黒紫色の液体を大量に滴らせている、巨大な岩の握り拳が太陽を隠していた。
あの万物をも殴り殺しそうな握り拳は、私が召喚した“覇者の左腕”。目の前に突如として現れた岩の壁は、“覇者の左腕”の断面だ。
地面に落ちていく黒紫色の液体を二粒眺めた後、姿を忽然と消した山蜘蛛の行方を探るべく、空を仰ぐ。首を限界まで上げると、黒い粒が張り付いている雲を見つけた。
その黒い粒を、遥か上空まで殴り飛ばされた山蜘蛛だと断定する私。まともに当たったのは初めてだが、とんでもない威力だ。あいつも山の様に巨体で重いはずなのに、軽々と高高度まで殴り飛ばすだなんて。
黒い粒を捉え続けていると、視界に入っている左腕の断面に、音を立てつつ亀裂が入り出す。視界を下へ滑らそうとした直後、左腕の断面が突風を巻き起こしながら四散。大小様々な破片を辺りに散らせていく。
思わず腕で顔を覆い隠し、変化が訪れた目の前を見てみる。が、特に変わった変化は無い。砕けたはずの断面は、依然として形を保ったままだった。
けど、突風が止まっていない。魔法陣から何かが召喚され続けている。断面を認めた視線を、再び上へ持っていく。
視線の先には、空へ果てしなく続いてる岩の線が一本伸びていた。間違いない、“竜の楔”の体だ。先頭を行く顔は視認できないものの、見た目は一般的な竜の姿ではなく、幻獣種に近い。
翼は無く、腹部だと思われる下の部分に時折、高速に流れていく短い前足みたいなのが見える。約二十秒後、ようやく全体が召喚され切ったのか。
岩の断面が途切れ、土の魔法陣が黄土色の粒子に変わり、残り風に流されていった。
そよ風の音すら聞こえない静寂が訪れてから、顔を雲に張り付いている黒の粒に戻す。すぐ間近に“竜の楔”が居るようで、粒が二つに増えていた。
その二つの粒が重なると、厚い雲の真ん中部分から穴が開き、輪っか状に広がりながら音も無く消滅。
そのまま一秒、二秒と秒刻みで粒が大きくなっていく。約五秒後、粒の形に明確な変化が現れ、丸い物体に線が伸びている形に変わった。
黒い丸の輪郭が山蜘蛛に戻り、横から伸びている六本の足が視認できた矢先。視界から急に消え失せ、強烈な爆発音に似た音と共に、私の体が前後左右に激しく揺れた。
体をよろけさせながら、定まらない視線を草原に持っていく。対面の山の近くにある、剥き出しの土が激しく隆起している草原に、異物を発見。
目を凝らしてみると、異物は山よりも高い一本の細長い岩に打ちつけられ、六本の足を痙攣させている山蜘蛛だと分かった。
どうやら前半身は、“覇者の左腕”の一撃で弾け飛んだのか、見るも無残に抉れている。それでも尚、下半身は健在のようだ。あの山蜘蛛もかなり頑丈でしぶといな。
「む……」
風に吹かれて白い波を立たせている草原が、大地に打ち付けられた山蜘蛛を目指しているかのように、岸から黒に染まっていっている。
「もしかして、この黒いのは全て、あいつの子か?」
だとすると……。数にして数十万か数百万、下手すればもっと居る事になる。信じられない数だ。あらゆる場所から現れている所を察するに、各地へ流れていたのだろう。
染まりゆく黒が、山蜘蛛の元へ集中していく。助けるつもりでいるのか? 一極に群がり過ぎて、まるで草原に漆黒の離れ小島が出来たようにも見える。
好都合だ、一掃する手間が省ける。今の内に、空に『奥の手』を使ってしまおう。そう決めた私は、何度も見た群青の空を仰ぎ、両手を広げた。
『空よ、驚かせてしまってすまなかった。だが、大体の状況は把握できただろう? 今から私は、過去の私を殺す。トドメはお前にくれてやろう。だから、手を貸し――』
「アカシック・ファーストレディーーッ!」
『む?』
誰かに呼ばれたせいで、『奥の手』の語りに抜けた言葉が混ざり込んでしまった。広げていた両手を垂らし、声がした方に顔を移す。
移した視線の中に、龍の翼を広げてこちらへ飛んで来ている、アルビスの姿が映り込んだ。
その慌てているようにも見えるアルビスが、私の隣へ着地しては翼をたたみ、服に付着している埃を右手で払った。
「どうした?」
「どうしたも何も。余の山がいきなり氷山と化してしまったから、何事かと思って来てみれば……」
腕を組んだアルビスが、一部荒野に変貌している草原に顔を向ける。
「どうやら取り込み中だったようだな。新参者か?」
「たぶんな。サニーとヴェルインが、あいつらに襲われたんだ」
「なるほど。という事は、余と貴様の共通の敵になる訳だな」
共通の敵か。アルビスだって、日頃からサニーと遊んでくれているし、ヴェルインとの付き合いも長い。もはや仲間みたいな関係とも言える。
その仲間が襲われてしまったんだ。敵と認定するのが普通だろう。……そうだ。私がさっき思った事を、アルビスに打ち明けてしまうか。
あの山蜘蛛は、私達共通の敵であり、私が殺したい過去の私でもある。アルビスも過去の私に、散々な目を遭わせられてきた。当本人である私が言える事ではないけども。
私とアルビスで、過去の私を共に殺そう。そうすれば、アルビスの気も少しは晴れてくれるだろう。
「アルビス、話がある」
「なんだ?」
「あいつは私達共通の敵であり、過去の私でもあるんだ」
「過去の貴様? まるで意味が分からん、どういう事だ?」
「ちょっとした共通点があってな。過去、お前に鱗をせがんた時があっただろ?」
「ああ、そんな事もあったな。それがどうした?」
「その時の私は、サニーを毛嫌いしてたんだ。とにかく雑に扱ってた。毎日のように、私の目が届かない場所で、知らない誰かに殺されないかとさえ願ってた」
「そうか。あの時の貴様は、他者に対してまるで興味を持ってなかったからな。だからあの時は、心底驚いたさ。あの貴様が他人を助けるべく、秘薬を作りたいから鱗を寄こせと言ってきたんだからな」
「それで、あいつの周りに黒いのが蠢いてるだろ?」
「居るな」
「あの黒いの、全部あいつの赤ん坊なんだ」
「赤ん坊、ねえ。それで?」
「私と戦闘をしてる時、あいつは自分の赤ん坊をないがしろに扱ってたんだ。生きてる奴も、既に息絶えた奴も関係無しに、ぞんざいにな」
私が伝えたい内容を理解してくれたのか。草原に向いていたアルビス顔が、私の方へ向いてきた。
「とどのつまり……。過去の貴様とあいつが、似てるという訳か?」
「そうだ。私が勝手にそう思って、重ねてるだけだがな」
「ふむ、なるほど」
「それで、お前も過去の私が嫌いだろ?」
本題に入ると、アルビスの右眉が跳ね上がる。
「それは、真面目に答えていい質問なのか?」
「ああ。過去に思ってた事を、そのまま私に教えてくれ」
「ふむ……」
そのまま黙り込み、組んでいた右手を握り、口に当てるアルビス。どうやら長考しているな。言おうか言うまいか迷っているのだろう。
それほどまで、私を恨んでいた証拠にもなる。そりゃそうだ。五十年以上もしつこく付きまとっていたんだ、恨まない方がおかしい。
やっと言う決心がついたのか。口に当てていた拳を離し、再び腕を組んだ。
「本当に言ってもいいんだな?」
「ああ、頼む」
「そうか。なら、お望み通り言ってやろう。……嫌い? そんな一言二言で語れるほど、生易しいもんじゃない。一刻でも早く殺してやりたいと、毎日のように怒りを募らせてたさ。なんで命からがら迫害の地まで逃げて来たというのに、ここでも襲われ続けなければならないんだとな。当時はとにかく絶望したよ。この世には、余の安息の地がないんだとな。っと、これは全て昔の話だ。今の貴様に、そんな感情は一切抱いてない。安心しろ」
―――予想はしていた、していたけども……。アルビスの深すぎる恨みの棘が、私の心に全て突き刺さった。左胸が、息が詰まりそうなほどに痛い。
もし最後の救いの言葉が無ければ、心の激痛に耐えかねて、顔を歪めていたかもしれない。
「……そうか、分かった。言ってくれてありがとう。その……、アルビス」
「謝るなよ?」
全てを見透かされてしまい、口を噤む私。
「貴様が聞いてきた事だ、後悔するな。それに、関係を白紙に戻しただろ? 更には、互いに守り合う仲にまでなってるじゃないか。もう過去の事は気にするな。忘れてしまえ」
「だがっ」
「だがでもない。貴様は気にし過ぎなんだ。余はもう、今の貴様に対して恨み辛みは一切持ち合わせてない。過去の貴様についての話はこれで終わりだ。で、話をさっさと戻せ。結局のところ、貴様はどうしたいんだ?」
「むう……」
私がしたい事を先読みされ、全て封殺されてしまった……。私は、気にし過ぎているのか? いやでも、それは今考える事ではない。論点がずれてしまっている。アルビスの言う通り、話を一旦戻そう。
「……私も、過去の私が大嫌いなんだ。殺したいほどにな。そして目先に、過去の私と重ねた奴がいるだろ?」
「なるほど、ようやく貴様の言いたい事が分かった。そうか。貴様も、過去の貴様を殺したいほど嫌ってたんだな」
「ああ、そうだ。あまりにもふざけてる奴だった。歯ぎしりするような憎しみすら覚える。それでだ、アルビス。共闘しようじゃないか」
「過去の貴様を殺すべく、今の貴様と共闘をするのか。ふん、面白い! やるからには跡形も残さん、徹底的にやるぞ」
「ああ、もちろんだ」
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