ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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89話、これから私は、過去の私を殺す

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 遥か後方にある、活火山と化とした山蜘蛛の左前足が、鳥が留まりそうな程のらりくらりとした速度で動き出した。
 が、半分の距離にまで迫ると、前足から風を裂く轟音が鳴り出し、みるみる内に加速していく。
 山蜘蛛の左前足は、見た目からして堅固そうな殻に覆われている。そして、あのとんでもない速度だ。私の背後にある山ごと吹き飛ばしかねない威力だろう。
 けれども、その一撃はアルビスの全てに劣る。目視ができる攻撃なのであれば、恐るるに足りない。
 幾重にも重なる白い壁を纏う左前足が迫り来る中。私は土の杖先を左前足へかざした。

『山の砲台よ。身の程知らずな活火山が攻撃を仕掛けてきたぞ。お前も戦いたくてウズウズしてるだろ? さあ、我慢なんかしてないで放つがいい。永久とわの大石柱を』

 山に指示を出すと、背後から硝子が乱暴に割れた様な音がして、私のすぐ真横を、先が尖った純白の石柱が横切っていく。
 その途切れる事を知らない石柱が、山蜘蛛の左前足に爆音を響かせながら接触。石柱の先が粉々に四散していくも、止めどなく迎え撃つ石柱は、左前足の勢いを殺していく。
 数秒後に拮抗するも、山から放たれる石柱の勢いは衰えず、山蜘蛛の左前足を徐々に押し戻していった。

「グゥッ……!」

 空いている右前足を山に突き立て、踏ん張りをきかせる山蜘蛛。今の衝撃で私が立っている山が大いに揺れ、私が氷漬けにして殺した可愛い子供達とやらが、もっと殺された。
 あいつめ、やはり口先だけじゃないか。既に亡骸だけども、自分の子をぞんざいに扱いやがって。どこまでふざけているんだ? あいつの行動全てが癪に障る。
 まずはあのふざけた右前足を潰す。標的を変えた私は、右手に風の杖を持つ。そのまま杖先を地面に向け、力を込めて思いっ切り振り上げた。

 杖を振り上げた軌跡に出現したのは、刃の先が歪に曲がっている薄緑色をした風の回転刃。
 その回転刃が、地面に大量の火花を散らしながら高速回転し出し、山蜘蛛の右前足の付け根部分に目掛けて飛んでいく。

「ギャッ……!」

 風の回転刃が黒紫色の体液を辺りに撒き散らしつつ、右前足を付け根から切断。山蜘蛛が体勢を崩した直後、永久の石柱に負けだしていた左前足が、鈍い音を立たせて引き千切れた。
 ほぼ同時に両前足を失い、声にならない悲鳴を上げる山蜘蛛。体の左右から、おびただしい量の体液が噴出している。あれだけで新しい湖が出来そうだ。

「生意気にも痛覚があるんだな。どうだ、痛いだろう? その痛みは、お前の子が心に受けた痛みだと思え」

「ガッ……! く、クソガァアアアアアッ!!」

 山蜘蛛の虚空を押し潰す雄叫びが、氷山の氷に何本もの亀裂を走らせる。狂風自体はすぐに止んだものの、最早、これも攻撃の一種だな。逐一耳を塞がないと、本当に鼓膜が破れかねない。
 その狂風と暴音の二段攻撃を兼ね揃えている口が、私の居る方を向いて大きく開いた。

「レディ! たぶん溶解液かなんかがくるぞ!」

 溶解液。ヴェルインの言っていた事が正しければ、サニーにも向けられた攻撃。それに、山の様に巨大な奴から放たれる量だ。大惨事は免れない。
 ……と言うか、あいつの足元には、まだ生きている子供達が群がっているんじゃないのか? その状況下であいつは、辺り一帯を沈み尽くしかねない量の溶解液を、放つつもりでいるのか?
 不可解ないきどおりに駆られながらも、私は右手に持っている風の杖を離し、氷の杖に持ち変える。素早く横に振り、山蜘蛛の顔全体を凍らせた。

 口内を駆け巡る絶叫が氷を割らずに貫通し、私の全身を殴りつける。

 私は、あいつが言う可愛い子供達とやらに、同情の念は一切抱いていない。逆に敵だと認識している。
 じゃあなぜ、私はここまで苛立っているんだ? あいつが自分の子を雑に扱う度に、この不可解な苛立ちが増していくんだ?
 サニーが殺されそうになった時に感じた怒りとは、また違った二つ目の苛立ちを。
 あいつの子供の体は小さい。私の身長と同等程度か、それ以下。産まれてから間もないと予想できる。なら子供というよりも、赤ん坊に近い。

 ……赤ん坊? 赤ん坊を、雑に扱う? いや、まさか……。ああ、そうか。あいつ―――。

「……過去の私と、どこか似てるんだ」

 ようやく理解できた。私は、過去の私が許せないでいるんだ。サニーを拾って間もない頃、目の前で死なれると二つ目の罪悪感を背負う羽目になるから、とにかく雑に扱い、目の届かない場所でサニーが死ぬのを願っていた頃の私を。
 私は無意識の内に、あいつを過去の私と重ねていたんだ。私の意識が届かない深層心理の奥底で、闇に堕ちていた過去の私と、ただ本能のままに動いているあいつを。
 それはそれで反吐が出るが、この予想はおおむね合っているだろう。あの時の私だって下手したら、この手でサニーを殺していたかもしれないのだから。

 この戦いは、サニーを魔の手から守る戦いでもあり。過去の私を殺し、完全に決別する戦いだ。
 そしてこの戦いが終わったら、もう身勝手な過ちは二度と犯さない。決してな。

「ヴェルイン、サニーの様子はどうだ?」

「スピディが耳をばっちり塞いで、カッシェが目をちゃんと覆い隠してるから、大地を揺るがす暴音にもものともせず眠ってるぜ」

「分かった。その調子で引き続き頼む」

「おう。しっかりとあいつの息の根を止めてやれ」

「息の根を止める? それだけじゃ甘い」

 念には念を入れて、氷の杖をもう一度横に振り、山蜘蛛の前半身を凍らせる。
 後ろ半身にある数本の足をばたつかせている姿を認めた後、ヴェルインが居る方へ向いた。

「あいつには私の全力をぶつけて、魂ごと消滅させる」

「ぜ、全力……!?」

 ヴェルインの目が見開き、ピンと立っていた耳が後ろに隠れていく。

「お前それ、本気で言ってんの……?」

「ああ、本気だ」

「……あのよ? お前の本気の攻撃に、この魔法壁は耐えられるのか?」

「一応耐えられるようにしてあるが、それについては安心しろ。攻撃範囲は、前にある草原内だけにしておく」

「そ、そうか……。なら俺達は、とんでもなくヤバそうな衝撃に備えておくわ」

 動揺しているヴェルインの体が、ゆっくりと下がり、怖いもの見たさな顔だけが残る。準備が済んだと判断した私は、体を前へ戻した。
 過去の私と重ねた山蜘蛛は、大地を揺らしながら依然としてもがいている。こちらへ突進を仕掛けてくる余裕さえなさそうだ。なら、あの召喚魔法を使って大地に打ち付けてやろう。
 そう考えた私は、右手に持っていた氷の杖を手放す。左手に持っていた土の杖を前へかざし、息を細く吸い込み、大きく吐いた。
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