ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
89 / 301

88話、最初に戻ってきた感情は、“怒”り

しおりを挟む
 ヴェルインが私の名前を呼んでくれたお陰で、朦朧としていた意識がハッキリとしてきた。けれども、まだ呼吸がしづらい。目に映る景色が微かに赤く、頭痛と眩暈がする。
 心臓が全身を打ち付ける様に強く鼓動していて、何度も嘔吐えずきそうだ。おぼつかない足もそう。サニーの様子を見に行きたいのに、私の意思に反して前へ勝手に進んで行く。
 私の感情が、私の身体の中にある全てが、“怒”りの感情に塗り潰されているんだ。意識が飛び飛びになっていたのも、そのせいだろう。

 私は、この感情に二度の覚えがある。一つ目は、ピースが『アンブラッシュ・アンカー』に首を刎ねられた時。
 もう一つは、サニーがヴェルインに喰われたと勘違いした時。とどのつまり私は、激昂すると感情の抑制が出来なくなり、瞬時に頭に血が上って暴走してしまうのだ。
 そして私は、サニーを拾ってから三年目の時にはもう、サニーの事を無自覚で愛していたし、気付かぬ内に怒りの感情が戻ってきていたんだな。

 外へ続く出入口の前に着き、緩やかな登り坂を見上げる。
 アジト内の壁や天井は全て青白いのに対し、目先にある登り坂は、黒、黒、黒。ぞわぞわと蠢く黒一色。まだこんなに居るのか、鬱陶しいにも程がある。

「邪魔だ」

 遠回しな死の宣告を告げ、風の杖を雑に振り上げる。すると、目前に緑色の魔法陣が出現。現れるは、視認出来る程の高密度で、乱暴な螺旋のうねりを上げる竜巻。
 登り坂に飛び込んだ竜巻は、蠢く黒を粉微塵になるまで切り刻み、跡形も残らず押し上げていった。
 安全を確保出来た所で私も歩き出し、指を鳴らして壁に炎を灯しながら先を進む。
 第二波を警戒していたが、一向に来ず。そのまま上っていくと、出入口付近の状況を認めるや否や、私の視野が狭まった。

「それで塞いだつもりか?」

 唯一の出入口を塞いでいるのは、不規則な木漏れ日を作っている蜘蛛の集団。チラチラと汚らわしい光を発している。
 それなりに統率力と知性はあるようだが、知能は皆無のようだ。塵と化した仲間が吹き飛ばされてきた時点で、逃げ出していればよかったものの。あれじゃあ、殺して下さいと言わんばかりの恰好の的だ。

 あいつらの願いを叶えるべく、火の杖に持ち変え、横に振る。同時に汚らわしい白の木漏れ日が、紅蓮の赤へと染まる。
 その炎の壁に巻き込まれた蜘蛛達は、体が蒸発して影に変わり、空間に残った影さえも炎に飲まれていった。
 木漏れ日が、常に差し込んでくる大きな光に変わり、太陽の光で白に支配されている外へと出た。

 やや遅れて目が光に慣れてきて、白の世界がぼんやりと色付き出す。が、視界に映り込んできたのは、開けた山々の景色ではなく、再び黒い壁だった。
 呼吸をしているかの様に、膨らんでは縮んでいく壁。その壁には枝を思わせる太さで、光を浴びて白みを帯びた毛みたいな物が、ビッシリと生え揃っている。
 空を仰ぐ前に、左右に顔を移してみる。沼地帯に続く坂道も、アルビスが住んでいる頂上へ続く登り坂にも、蠢く黒がどこまでも続いているし、追加の蜘蛛が崖から這い上がって来ていた。

 やっと私に恐れを成したのか。距離を一定に保っている蜘蛛達を認めた後、視界を上に持っていく。

 最初に視界に入ったのは、鎌状のでかい何かが二本。蜘蛛の口か? その上に、上下に四つずつある虹色の艶を走らせている八個の黒い丸。あれは目だろうか?
 一つ一つの目が、私の体よりも遥かに大きい。上段の中央二つは更に巨大だ。アルビスがドラゴンの姿に戻ったとしても、すっぽりと収まってしまいそうな程に。
 そうか。全容が確認出来ないけども、私の目の前に居るのは、山の様に巨体な蜘蛛という訳か。という事は、こいつが小蜘蛛にサニーとヴェルイン達を襲うよう仕向けた、全ての元凶。

「お前か? ワシの可愛い子供達を焼き殺した餌は?」

 まるで、山が直接叫んでいる様な声量だ。一言一言が、大気と地面をビリビリと揺らしている。こいつが絶叫した日には、鼓膜が弾け飛んでしまいそうだ。

「ヴェルイン」

「いいっ!? な、なんだよ……? 俺達が居るの、分かってたのかよ」

 近くに居ない事を確認したのに、背後からヴェルインの声が聞こえてきてしまった。宝物部屋で留まっていてほしかったのだが……。
 来てしまったのであれば仕方ない。全員居るか確認しておきたいので、このまま続けてしまおう。

「気配で分かってた。お前の仲間は、全員そこに居るのか?」

「ああ、居るぜ」

「当然サニーも居るんだろうな?」

「居るし、安心しろ。今はスヤスヤ眠ってるぜ」

「そうか。サニーが起きたら、すぐに知らせてくれ」

「あいよ」

 サニーが眠っているなら好都合だ。これから私は、性根をアルビスと戦っていた頃までに戻す。
 そんな闇に飲まれていた頃の私なんて、サニーには絶対に見せたくないからな。

「おい、ワシを無視するな」

「驚いた。最近の山は、泥みたいに汚らしい声で喋るんだな。それに酷い刺激臭だ。すっかりと汚染されてるじゃないか。私が綺麗に掃除してやろうか?」

「盲目がやっとワシを視認できたかと思えば、急にさえずりやがって。かなり活きがいい餌だ。霞にもならない量だが、食い応えがありそうだな」

「僅かな知性はあるようだが、知能の無さを自ら露呈させてるぞ? 私を餌と認識してる辺りがいい証拠だ」

「ああ?」

 攻撃性のある短い怒号を放つ山蜘蛛。あいつの感情に感化されたのか、私の足元からふつふつと禍々しい殺気が湧き出してきた。
 たった二度の稚拙な挑発で、臨戦態勢に入るとは。拍子抜けだ。こいつは、本能のままに行動する獣と何ら変わりがない。ただ体が規格外に大きいだけ。たったそれだけの事だ。

「ふざけやがって。ワシの可愛い子供達よ、餌の時間だ。そこに立ってる愚かな餌を、骨すら残さず食い散らかしてやれ」

 辺りを漂っている殺気に、とてつもない圧迫感が生まれた。私を包囲している蜘蛛達も殺気立ったようだ。
 だが、私はここから一歩たりとも動かない。サニーとヴェルイン達を守る役目がある。それに、背後にある山には『奥の手』を使用した、はず……。
 記憶が曖昧なせいで定かではないが、一回だけなら空振りしても問題無い。徐々に殺気の壁が迫り来る中。私は山蜘蛛を見据えたまま、氷の杖を手に引き寄せる。

 氷の杖を握ると同時に、杖先で地面を叩くと『コォーン……』と透き通った音が反響し、下から微風が舞い上がった。
 そして、辺りから物が瞬時に凍るような『パキパキ』とした音が鳴り出し、殺気を薄めながら遠ざかっていく。
 数秒もすれば、辺りに充満していた殺気は無くなり、風の音すら聞こえない無音の世界に包まれた。

「……山が、凍った?」

 目前にある山蜘蛛が、私の背後にある山の現状を認めた様なので、私も視界を左右へ移す。左側、氷の下に沈んでいる蜘蛛の大群。右側も同じ光景が広がっている。
 やはり『奥の手』は便利だ。使用した魔法は下位の氷魔法だというのに、山全体が凍りついてしまった。新手が来ない事を確認した私は、目の前にある無傷の山蜘蛛に視線を戻した。

「ワシの可愛い子供達が、どうしたって?」

「グッ……!」

「いいか? よく聞け。その可愛い子供達とやらに、私のたった一人の愛娘が殺されそうになったんだ。それを聞いた時は、怒り狂って我を失ったよ。なのにお前なんだ? 数百以上の子供を目の前で殺されたっていうのに、最初に出た言葉が『山が凍った』? 聞いて呆れる。自分の子供を駒みたいな使い方しやがって。お前から産まれた子供達が可哀想だよ。こんな薄情な母親の命令のせいで、命を無駄に落としてしまったんだからな」

 この挑発は、私の心にも突き刺さる挑発だ。人の事をとやかく言える立場じゃない。サニーを拾ってから間もない頃、私もサニーをぞんざいに扱ってしまっていたのだから。
 挑発を重ねようとも、山蜘蛛は微動だにしない。恐れを成したか。それとも、我が子を殺されたという現実から目を逸らしているのか。はたまた、逃げる算段を考えているのか。
 どれにせよ、こいつだけは絶対に逃がさない。こいつは、サニーを殺そうとした元凶だ。たとえ地の果てまで逃げようとも、どんな手を使ってでも追い詰めて必ず殺してやる。

「反論しないのであれば、もういい。終わりにしよう。どっちみちお前を逃がすつもりは毛頭ない。せめてもの情けだ。子供達もろとも、まとめてあの世に送ってやる」

 そう言った途端。山蜘蛛の口元から、赤く発光した線が体中に走り出した。ギザギザに分かれていく線は胴体を駆け、足先まで広がっていく。ようやく怒り出したようだ。
 その証拠に、全身から白い湯気が昇り始めている。怒りで血か体液が沸騰しているな。まるで活火山だ。その活火山が、一番前にある左前足を上げ、背後に回していった。

「貴様ァ……! すり潰して氷山の一部にしてやらあッ!!」

 左前足の攻撃よりも、暴風の怒号に体が飛ばされそうになり、すぐさま風魔法で相殺する私。そのまま土の杖を左手に持ち、活火山にかざした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...