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84話、ようこそ、俺達のアジトへ

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「よーし、やっと着いたぜ」

 時間にして、やはり約一時間前後は掛かっちまったけど。何事も無く、サニーちゃんをアジトへ迎え入れる事が出来そうだ。
 カッシェが不可解な事を言ったせいで、一応周りを警戒しながら走ってきたから、少し気疲れしちまったな。

「ここがヴェルインさん達のお家っ!」

 背中から降ろしたサニーちゃんが、俺の足元に寄り添いながら言う。空のように青い瞳を輝かせての、この嬉しそうでいる反応よ。結構はしゃいでる様子だし、連れて来た甲斐があったぜ。

「そうよ。さあさあ、入りな」

「うんっ!」

 カッシェに軽く背中を押され、先に前を行くサニーちゃん達の後を、俺も付いていく。それなりの広さがある洞穴のような下り坂を、ゆっくり歩いていった。
 アジトは硬い蒼白岩山の奥深くにあるから、当然陽の光は入ってこない。なので道の左右には、等間隔に松明を設置してある。
 ここら辺まで来ると、足元が結構薄暗いな。サニーちゃんが居るし、気を付けて進まねえと。

「まるで探検してるみたいだなぁ」

 足音と、松明のパチパチと燃えてる音が反響してる洞穴内に、サニーちゃんの弾んだ声が上塗りされる。

「そうね。でも魔物は出てこないから、安心して進みなさい」

「うんっ。あとどれくらい歩くの?」

「もうちょっとだけよ」

 カッシェがそう言ったもんだから、サニーちゃんが気持ち早足になった。ここからでもアジトの地面が見えてるし、あと十秒ぐらいで着くだろう。
 俺達も歩幅を広げて歩くと、洞穴はすぐに終わりを迎え、それなりに明るくて開けた空間へと出た。

「うわぁ~っ……! お山の中なのに、すごく広いっ!」

「俺達のアジトへようこそ、サニーちゃん」

 年相応にはしゃぎ出したサニーちゃんが、ひっきりなしに辺りを見渡し始める。半円球の形を成した、ゴツゴツした蒼白岩石に囲まれた空間。
 明かりを確保するべく、壁には狭い間隔で大量に設置されてる松明。かなりの数があるけど、天井まで光は及んでないようで、やや暗くなってる。

「あっ! 真ん中にウェアウルフさん達がいる!」

 あまり見応えがない空間を見終えたようで、サニーちゃんが中央に注目した。身の丈よりもでけえ焚き火を囲んでる、五体のウェアウルフ。
 今は、焚き火で魚を焼いてる最中か。俺達は食っても平気だが、サニーちゃんに食わせるのはやめておこう。

「俺の仲間達だ。挨拶するかい?」

「うんっ、したい!」

「分かった、じゃあ行こうぜ」

 そう言うとサニーちゃんは、幼い笑みを浮かべて中央へ歩き出した。もう五年も見てきたが、相変わらず守ってあげたくなるような笑顔をしてるぜ。
 サニーちゃんの父になったような気分になりつつ、俺達も中央へ向かっていく。あいつらめ、寝てんのか? 俺達の気配にまったく気付いてねえ。仕方ねえから、こっちから声を掛けるか。

「おーい、連れて来たぞー」

「んー? おっ、親分! それにサニーちゃんも来たっすか!」

 いの一番に反応を示したのが、大の字で寝っ転がって一番だらけてた『スピディ』。その状態から跳ね上がる様に飛び起きては、俺達との間合いを一気に詰めてきた。
 体は普通のウェアウルフより小柄だが、やたらと足が速い。かつてサニーちゃんが、蜂に似た魔物に襲われてた時、サニーちゃんを抱えて家の中に連れ込んだのがこいつだ。
 頭の回転も早く、俺が『スピディ』と呼ぶだけで、その時その時の状況で最も適した行動を起こしてくれるんだ。

「スピディさんだ! こんにちはっ!」

「おおっ! 久々に会ったのに、俺っちの事を覚えててくれたっすかあ。嬉しっすねえ」

 スピディをレディの家に連れて行ったのは、確か二年以上前だったか? サニーちゃんの記憶力も中々のもんだな。
 覚えててくれてよっぽど嬉しかったんだろう。ニコニコしてるスピディの尻尾が、バッサッバッサ大振りして、砂埃を上げてやがる。

「うんっ。走るのがすっごく速いウェアウルフさんだよね! 私、ちゃんと覚えてるよ!」

「かあ~っ! 可愛いっすねえ。いいこいいこしてあ……、っと。その前に手を洗ってくるから、ちょっと待っててね」

 サニーちゃんの頭に前足を置こうとしたスピディが、自分の前足を見た途端。水が湧き出してる壁際に駆けていった。
 あいつ、直前まで焼き魚を食ってたな? 両前足が油でテッカテカになってやがった。あんな前足でサニーちゃんを触ったら、後でレディに何を言われるか分かったもんじゃねえ。
 水飛沫をあげる勢いで前足を洗ってるスピディを眺めてると、前から「……うっす」となんとも掠れた声が聞こえてきたから、顔を前へやる。
 目線の先には、紺色の前髪で顔が全部隠れてる『イージ』が居た。こいつ、基本的に気配が薄いから、いきなり背後に立たれたりすると、すげえ驚くんだよな。

「え~と、う~んと……。あっ、イージさん!」

「当たり、ようこそ」

 レディ以上にぶっらきぼうに言ったイージが、やたらと発達した右前足を中央へかざす。イージの武器は、主に布とでかい石を使った投てき。
 俺の腕よりも太い右前足から放たれる投てきは、今の今までで百発百中。しかも硬い石を好んで投てきするので、威力も申し分ない。
 あいつの難点があるとすれば、石は現地調達してるって所か。だから、周りに石が無いとほぼ無力だ。

 未だに前足をジャブジャブ洗ってるスピディを見送りつつ、焚き火がある中央へ足を運ぶ。一応ここら辺が各々の居住空間になってっから、ちょっときたねえな。
 布団代わりにしてる、くたびれた一枚布。散乱してる魚の骨。これはスピディの仕業だな。牙が疼いた時に齧ってる、真っ二つに割れた魔物の骨。
 極め付きは、もう誰の毛か分からねえほどに混じってる大量の抜け毛。これらをかき集めたら、二人分ぐらいの布団が出来そうだ。ぜってえ作らねえけど。

「あれ? 残りの三人はどこ行った? さっきまでここに居たはずなのに」

「シルド達なら、宝物部屋に逃げ込んでいったわよ」

 ため息混じりの呆れたカッシェの言葉に、アジトの右奥にある宝物部屋に顔をやる。
 木の扉が開いてるその中から、怯えながらこっちの様子をうかがってるシルド達が顔を覗かせてた。

「なに怯えてんだ、お前ら?」

「お、親分! その子は俺達の事を喰わない!? 大丈夫!?」
「火柱とかあげて襲って来ない!?」
「人!? ちゃんとした人なの!?」

 精一杯声を張り上げ、サニーちゃんが安全かどうかを用心深く探ってくる、シルド、パスカ、オブラ。
 あいつらがレディを恐れてる三人だ。まあ、無理もねえか。久々にレディの家に行った時、サニーちゃんを蜂に似た魔物から助け、お守りをしてる最中。
 やっとレディが帰って来たかと思えば、火柱で俺達を焼き殺そうとしてきたかんな。理由は未だに分からねえけど、五年以上も前だし、今さら聞いてもなあ。とっとと忘れるか。
 それにしても、サニーちゃんはまだ七歳だぞ? あいつら怖がり過ぎじゃねえか? ……そうだ、いい事思い付いたぞ。ちょっとおちょくってやろう。

「サニーちゃん。両手を挙げながら「がおー」っつって、あいつらに挨拶をしてきな」

「がおー? なんで?」

「ウェアウルフの挨拶みたいなもんさ。ほれ、行ってきな」

「ウェアウルフさんの挨拶って、がおーなんだっ。わかった!」

 なんの疑いもなく了承しちまったサニーちゃんが、宝物部屋に体を向けて両手を挙げる。その体勢を維持したまま、トコトコと走り出していった。

「がおー!」

「ぬわー!? こ、こっちに来た! 逃げろー!!」
「待ってシルド! 俺達を置いてかないでくれ!」
「ギャァァアアアア!! 喰われるーー!!」

 捕食者と認定したサニーちゃんから、宝物部屋から飛び出して逃げ惑う被食者共。壁沿いを綺麗に走ってっけど、スピディ並に素早く逃げてんな。

「見てみろよカッシェ。あいつら、あんなに速く走ってんぜ」

「あら、やれば出来るじゃない。けどヴェルイン、あんたって本当に悪魔ね」

「面白そうだったから、ついな。後であいつらに謝っておかねえと」

 逃げても無駄だと悟ったのか。勇気を振り絞った被食者共が、負けじと『がおー』で対抗し出してやがる。なんとも腑抜けた威嚇だが、そことなく楽しそうにやってんな。
 さーて、これからサニーちゃんに絵でも描いてもらうか。俺達全員が居る絵は、まだ描いてもらった事がねえからな。
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