ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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82話、ウェアウルフの紅一点

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 アルビスが二十日間掛けて練った設定が、何も知らないファートに暴かれた後。
 ごっこ遊びに昇格した勇者と魔王の攻防は、無事にサニーからお墨付きを貰い、大変好評になっている。
 今でも誰が魔王をやるか事前に決め、私かアルビスに変身魔法をかけてもらい、サニーには内緒で突発的に始まっている状態だ。
 私も稀に、魔王の役をやっているのだが……。サニーを除いた全員から、変身魔法をかけずにやれと言われている。

 理由は酷いもので、私はこのままでも、魔王として充分に適しているらしい。常にぶっきらぼうな喋り方。人を見下しているような赤い半目。首をややかしげて腕を組めば、もう魔王そのものだと。
 その上、その恰好で椅子に座り、足を組んでふんぞり返れば、完全なる魔王だと認定されてしまった。
 トドメとしてファートに『お前、一回世界を掌握した事でもあんの?』と、真面目な口調で言われる始末。
 私だって、変身魔法を使って魔王がやりたい。長い角でも生やせば、今よりもずっと強く見えるはずだ。絶対にそうだ、そうに違いない。今度、アルビスに直談判をしてみよう。

 そして、勇者であるサニーが魔王を五十体ほど倒した後、七歳になった。身長は、約百二十二cm。私と同じ身長になるまで、残り四十cmを切っている。
  微笑ましい笑顔には、まだ幼さが残っているものの、やや大人びた雰囲気も垣間見せるようになってきた。
 しかし、私の心を癒してくれる可愛さは保ったままだ。このたまらない可愛さは、たとえ大人になったとしても消えないだろう。

 気に入っている服装は依然として、上下一体の白い衣服。サニーの本当の母親である『エリィさん』も、似たような衣服を着ていたっけ。
 ……エリィさん、天国で夫さんと、幸せに暮らせているだろうか? それだけが気掛かりだ。









「サニー……、本当に行ってしまうのか?」

「うんっ。お母さんと離れるのはちょっと寂しいけど、いっぱい楽しんでくるね!」

 持って行く荷物の確認を終え、体を左右に揺らしながらふわりと笑うサニー。サニーを育ててから八年目を迎え、とうとう別れの日が来てしまった。
 私を差し置いて、ヴェルインのアジトへ遊びに行くだなんて。心配で心配で、耐え難い眩暈すら覚える。呼吸もいつもよりちょっと浅くて早い。

 事の発端は、ヴェルインの些細な会話だった。ヴェルインには、七人程度の仲間がいる。内四人は、稀に私の家へ訪れて来るのだが……。
 残りの三人に興味を示してしまったサニーが、ヴェルインのアジトへ行きたいと言い出した。当然、私も一緒に行くと言った。
 だが残りの三人は、私に多大な畏怖の念を抱いているらしく、極力なら会いたくないらしい。
 会うだけで怯えさせてしまうなら、行くにも行けなくなり。結果、サニーだけをアジトへ行かせる事になった。

「わ、忘れ物は、ないか?」

「うんっ、大丈夫だよ」

「どこか、痛い箇所とかはないか?」

「うん。どこも痛くないし、すごく元気だよ」

 どうしてもサニーと離れたくないので、何か断念させる材料はないかと探し、眩しい朝日が差し込んでいる窓に顔を移す。

「雨が降りそうだから、今日はやめにしないか?」

「そう? 雲一つないけど」

「うっ……」

 あまりにも露骨な嘘だったので、左胸に痛みすら感じなかった。いっその事、晴天の青空に『奥の手』を使い、水魔法を駆使して雨紛いな水を降らせてしまうか……?

「お~っす。サニーちゃんを迎えに来たぞー」
「やー、ここに来るのは何年振りかしらね」

 ―――来た。扉が開く音と共に、別れを告げる挨拶の言葉が耳に入り込んできてしまった。が、異なる二つの声が聞こえたな。
 一つは、間違いなくヴェルインの物。もう一つは、あまり耳にしない若い声だ。

 不思議に思いつつ、扉の方へ顔を向けてみる。一人は、扉を閉めている最中のヴェルイン。もう一人は見た感じ、女性のウェアウルフか。あのウェアウルフには、どこか見覚えがあるな。
 細身ながらも、全身が引き締まった身体。胸には白い布を巻いていて、太ももが見える程の短い一枚布を腰に巻いている。
 金色の瞳を宿している面立ちは女性美が強く、顔全体は小さい。そして全身を覆い尽くしている、手入れが行き届いた見事な銀色の毛皮。このウェアウルフは、確か……。

「あなたの名前は、確か『カッシェ』さん……、でしたっけ?」

 朧気に名前を口から出してみると、ヴェルインの横に居た女性のウェアウルフが、左前足をくびれた腰に当て、嬉しそうに口角を上げる。

「ここには一回しか来た事がないのに、アタシの名前を覚えててくれたのね。光栄だわ。そうよ、ヴェルイン率いるウェアウルフの紅一点、『カッシェ』よ。よろしくね」

「ああ、合っててよかった。アカシックです、よろしく」

 改めて聞いておけばよかったが、合っていたようで何よりだ。このカッシェというウェアウルフよ。
 なぜか逆らってはいけない様な、もしくは敬語で喋らないといけない様な、とても大人びた雰囲気と魅力がある。
 そのせいもあってか。普段は『さん』付けなんてしないのに、ごく自然に『さん』を付けてしまった。

「すげえ、レディがかしこまって喋ってる。珍しいなあ。雨でも降るんじゃねえの?」

「私にも理由が分からないんだが……。カッシェさんには、敬語で喋らないといけない様な魅力を感じてるんだ。なんでだろうな?」

「ふっふーん。アタシから溢れ出てる母性が、そうさせてんじゃないの?」

 下げていた右手も腰に当て、得意気に黒い鼻を鳴らすカッシュさん。母性か。カッシェさんが言うと、やけに説得力がある。勝手な偏見だけども、カッシェさんは常日頃から気苦労していそうだ。
 しげしげとカッシェさんを眺めていると、サニーがカッシェさんの近くまで歩んでいき、頭をペコリと下げた。

「カッシェさん、初めまして。サニーです!」

「あら!? あなたがサニーちゃんだったの? へぇ~、ずいぶん大きくなったわねえ」

 サニーが初めて会ったていで自己紹介をしたし。カッシェさんも知らなかったという事は、カッシェさんがここへ来たのは、相当前になるはずだ。はて、いつ頃だったか?

「カッシェさん。あなたが初めて私の家に来たのは、いつぐらいでしたっけ?」

「あ~……、いつだったっけ?」

 どうやらカッシェさんも記憶が曖昧らしく、おもむろに聞かれたヴェルインの顔が、天井へ向く。

「確か~、俺がサニーちゃんのお守りを始めたばかりの時じゃねえか?」

「となると、五年前ぐらいか」

 もうそんなに経つのかという表情のカッシェさんが、背筋を伸ばして立っているサニーに顔を戻す。

「へぇ~。人間って、五年でこんなに大きくなるのね。美味しそうに育っちゃって」

「む……」

 魔物の片鱗を見せる感想に、視野が狭まる私。普通なら間に入るべき所だが、冗談だと分かっているので、別の好奇心が芽生えてきてしまった。
 ここ迫害の地にて、サニーは知性のある魔物に襲われた事がない。私が安全な場所を通ったり、平和な沼地帯に居るせいもあるのだが。
 ここはやはり、知性のある魔物の意見を聞いてみたい。今のサニーだったら、どの種族の魔物が襲い掛かってきやすいとか。どれだけ美味しそうなのかと。
 これを参考にすれば、以後、どの魔物に気を付けた方がいいのか事前に把握が出来る。とは言っても、全ての魔物に警戒した方がいいに越した事はないけども。

「カッシェさん、ちょっといいですか?」

「ん? なにかしら?」

 手招きしてみれば、カッシェさんはきょとんとした顔をしながら近づいてきて、私に顔を寄せてきた。……カッシェさん、かなり背が高いんだな。私が見上げる形になってしまった。

「先ほど、サニーが美味しそうとか言ってましたよね?」

「あ、気に障っちゃった? ごめんなさいね」

「いえ、カッシェさんはサニーを食べないと分かってるので大丈夫です。それよりも、聞きたい事がありまして」

「聞きたい事? なにかしら?」

 一旦横目でサニーの様子をうかがいつつ、カッシェさんに顔を寄せていく。

「サニーって、どれぐらい美味しそうに見えます?」

「……え? 何その質問? 真面目に答えちゃってもいいの?」

「はい。もしよろしければ、どの魔物が襲い掛かってきそうなのかも、一緒に教えて頂けるとありがたいです」

「あ~、なるほどね。でも、アタシの意見なんかでいいのかしら?」

「はい。滅多に聞けない事ですので、もしよろしければ」

「ふ~ん、じゃあいいけど……。それじゃあ、サニーちゃんを触ってもいいかしら?」

「いいですよ」

 即座に許可を出せば、カッシェさんは「分かったわ」と言い、サニーの元へ歩んでいく。そのまましゃがみ込むと、サニーの頬をいじり出した。
 軽く摘んだり、両前足でぷにぷにと押している。どの顔になっても、やはりサニーは可愛いな。今の真顔で頬を押された時なんて、ずっと見ていられそうだ。
 約二十秒後。サニーの味が分かったのか、立ち上がったカッシェさんが私の元へ戻ってきた。

「分かりましたか?」

「うん、大体わね。肉質はとても柔らかくて良好。アタシは人間を食べた事が無いから、ちゃんとした味は分からないけども、たぶんあの子は絶対に美味しいはずよ。本能のままに生きてるウェアウルフなら、間違いなく好んで食べるでしょうね。あっ、アタシ達は食べないから安心してちょうだい」

「な、なるほどです」

「襲ってくる魔物は、かなり多いかもしれないわね。特に肉を好んで食べる魔物。まっ、迫害の地最強の魔女が母親なら、あの子が食べられる心配はないでしょう」

 もっともらしい意見を述べ、肩を小さくすくめるカッシェさん。結局は、私次第という訳だ。ならば、これからも気を引き締めていかねば。

「レディ。サニーちゃんが行きたがってるし、そろそろいいか?」

「うっ……」

 そうだ、忘れていた。これから私は、サニーと離れ離れになる。たった今そんな答えを聞いてしまったから、余計に不安になってきた……。
 けれども、もう断れる雰囲気でもない。ここでサニーと別れなければ……。胸が張り裂けそうな思いで意を決して私は、サニーの元へ行き、体を強く抱きしめた。

「サニー……、生きて帰って来るんだぞ……?」

「おいレディ。サニーちゃんは遊びに行くだけだぞ? その言い方だと、なんかやべえとこに行くみてえじゃねえか」

「……だって、実際そうだろ?」

「てめえ、俺様のアジトをなんだと思ってやがんだ?」

 思わず本音が漏れたせいで、ヴェルインが細まった両目で私を睨みつけてきた。私に抱きつかれて嬉しかったのか、頬をスリスリさせてきていたサニーが、「お母さん」と言う。

「ヴェルインさん達を、いっぱい描いてくるねっ」

「さ、サニィ……」

「もはや涙声じゃねえか。なんかあったらサニーちゃんの魔法壁を展開させて、お前を召喚するから大丈夫だろって」

「そうだけども……」

 一向に私が離さないせいか、頬をスリスリして満足したのか。サニーが器用にスルリと抜け出し、ヴェルインの元へ駆けていく。

「あっ……!」

「お母さんっ、行ってくるね!」

「んじゃ、また後でなー。カッシェ、行くぞー」

「はいはい。それじゃあアカシックさん、サニーちゃんを借りてくわね」

「待って! あと一時間、いや、五時間だけ待って―――」

 手を伸ばして悪あがきをしようとしても、もう扉の前には誰も居なく、独りでに閉まっていった。……サニーが、とうとう連れて行かれてしまった。
 急いで後を追いたいけれども、気配と匂いでバレてしまうだろう。何かの間違いで、今すぐにも魔法壁が発動して、私を召喚してくれないだろうか……?
 ああ、アルビス。早く私の家に来てくれ。サニーが傍に居ないという強烈な孤独感に、弱っている私の心が押し潰されてしまいそうだ……。
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