83 / 301
82話、ウェアウルフの紅一点
しおりを挟む
アルビスが二十日間掛けて練った設定が、何も知らないファートに暴かれた後。
ごっこ遊びに昇格した勇者と魔王の攻防は、無事にサニーからお墨付きを貰い、大変好評になっている。
今でも誰が魔王をやるか事前に決め、私かアルビスに変身魔法をかけてもらい、サニーには内緒で突発的に始まっている状態だ。
私も稀に、魔王の役をやっているのだが……。サニーを除いた全員から、変身魔法をかけずにやれと言われている。
理由は酷いもので、私はこのままでも、魔王として充分に適しているらしい。常にぶっきらぼうな喋り方。人を見下しているような赤い半目。首をやや傾げて腕を組めば、もう魔王そのものだと。
その上、その恰好で椅子に座り、足を組んでふんぞり返れば、完全なる魔王だと認定されてしまった。
トドメとしてファートに『お前、一回世界を掌握した事でもあんの?』と、真面目な口調で言われる始末。
私だって、変身魔法を使って魔王がやりたい。長い角でも生やせば、今よりもずっと強く見えるはずだ。絶対にそうだ、そうに違いない。今度、アルビスに直談判をしてみよう。
そして、勇者であるサニーが魔王を五十体ほど倒した後、七歳になった。身長は、約百二十二cm。私と同じ身長になるまで、残り四十cmを切っている。
微笑ましい笑顔には、まだ幼さが残っているものの、やや大人びた雰囲気も垣間見せるようになってきた。
しかし、私の心を癒してくれる可愛さは保ったままだ。このたまらない可愛さは、たとえ大人になったとしても消えないだろう。
気に入っている服装は依然として、上下一体の白い衣服。サニーの本当の母親である『エリィさん』も、似たような衣服を着ていたっけ。
……エリィさん、天国で夫さんと、幸せに暮らせているだろうか? それだけが気掛かりだ。
「サニー……、本当に行ってしまうのか?」
「うんっ。お母さんと離れるのはちょっと寂しいけど、いっぱい楽しんでくるね!」
持って行く荷物の確認を終え、体を左右に揺らしながらふわりと笑うサニー。サニーを育ててから八年目を迎え、とうとう別れの日が来てしまった。
私を差し置いて、ヴェルインのアジトへ遊びに行くだなんて。心配で心配で、耐え難い眩暈すら覚える。呼吸もいつもよりちょっと浅くて早い。
事の発端は、ヴェルインの些細な会話だった。ヴェルインには、七人程度の仲間がいる。内四人は、稀に私の家へ訪れて来るのだが……。
残りの三人に興味を示してしまったサニーが、ヴェルインのアジトへ行きたいと言い出した。当然、私も一緒に行くと言った。
だが残りの三人は、私に多大な畏怖の念を抱いているらしく、極力なら会いたくないらしい。
会うだけで怯えさせてしまうなら、行くにも行けなくなり。結果、サニーだけをアジトへ行かせる事になった。
「わ、忘れ物は、ないか?」
「うんっ、大丈夫だよ」
「どこか、痛い箇所とかはないか?」
「うん。どこも痛くないし、すごく元気だよ」
どうしてもサニーと離れたくないので、何か断念させる材料はないかと探し、眩しい朝日が差し込んでいる窓に顔を移す。
「雨が降りそうだから、今日はやめにしないか?」
「そう? 雲一つないけど」
「うっ……」
あまりにも露骨な嘘だったので、左胸に痛みすら感じなかった。いっその事、晴天の青空に『奥の手』を使い、水魔法を駆使して雨紛いな水を降らせてしまうか……?
「お~っす。サニーちゃんを迎えに来たぞー」
「やー、ここに来るのは何年振りかしらね」
―――来た。扉が開く音と共に、別れを告げる挨拶の言葉が耳に入り込んできてしまった。が、異なる二つの声が聞こえたな。
一つは、間違いなくヴェルインの物。もう一つは、あまり耳にしない若い声だ。
不思議に思いつつ、扉の方へ顔を向けてみる。一人は、扉を閉めている最中のヴェルイン。もう一人は見た感じ、女性のウェアウルフか。あのウェアウルフには、どこか見覚えがあるな。
細身ながらも、全身が引き締まった身体。胸には白い布を巻いていて、太ももが見える程の短い一枚布を腰に巻いている。
金色の瞳を宿している面立ちは女性美が強く、顔全体は小さい。そして全身を覆い尽くしている、手入れが行き届いた見事な銀色の毛皮。このウェアウルフは、確か……。
「あなたの名前は、確か『カッシェ』さん……、でしたっけ?」
朧気に名前を口から出してみると、ヴェルインの横に居た女性のウェアウルフが、左前足をくびれた腰に当て、嬉しそうに口角を上げる。
「ここには一回しか来た事がないのに、アタシの名前を覚えててくれたのね。光栄だわ。そうよ、ヴェルイン率いるウェアウルフの紅一点、『カッシェ』よ。よろしくね」
「ああ、合っててよかった。アカシックです、よろしく」
改めて聞いておけばよかったが、合っていたようで何よりだ。このカッシェというウェアウルフよ。
なぜか逆らってはいけない様な、もしくは敬語で喋らないといけない様な、とても大人びた雰囲気と魅力がある。
そのせいもあってか。普段は『さん』付けなんてしないのに、ごく自然に『さん』を付けてしまった。
「すげえ、レディが畏まって喋ってる。珍しいなあ。雨でも降るんじゃねえの?」
「私にも理由が分からないんだが……。カッシェさんには、敬語で喋らないといけない様な魅力を感じてるんだ。なんでだろうな?」
「ふっふーん。アタシから溢れ出てる母性が、そうさせてんじゃないの?」
下げていた右手も腰に当て、得意気に黒い鼻を鳴らすカッシュさん。母性か。カッシェさんが言うと、やけに説得力がある。勝手な偏見だけども、カッシェさんは常日頃から気苦労していそうだ。
しげしげとカッシェさんを眺めていると、サニーがカッシェさんの近くまで歩んでいき、頭をペコリと下げた。
「カッシェさん、初めまして。サニーです!」
「あら!? あなたがサニーちゃんだったの? へぇ~、ずいぶん大きくなったわねえ」
サニーが初めて会った体で自己紹介をしたし。カッシェさんも知らなかったという事は、カッシェさんがここへ来たのは、相当前になるはずだ。はて、いつ頃だったか?
「カッシェさん。あなたが初めて私の家に来たのは、いつぐらいでしたっけ?」
「あ~……、いつだったっけ?」
どうやらカッシェさんも記憶が曖昧らしく、おもむろに聞かれたヴェルインの顔が、天井へ向く。
「確か~、俺がサニーちゃんのお守りを始めたばかりの時じゃねえか?」
「となると、五年前ぐらいか」
もうそんなに経つのかという表情のカッシェさんが、背筋を伸ばして立っているサニーに顔を戻す。
「へぇ~。人間って、五年でこんなに大きくなるのね。美味しそうに育っちゃって」
「む……」
魔物の片鱗を見せる感想に、視野が狭まる私。普通なら間に入るべき所だが、冗談だと分かっているので、別の好奇心が芽生えてきてしまった。
ここ迫害の地にて、サニーは知性のある魔物に襲われた事がない。私が安全な場所を通ったり、平和な沼地帯に居るせいもあるのだが。
ここはやはり、知性のある魔物の意見を聞いてみたい。今のサニーだったら、どの種族の魔物が襲い掛かってきやすいとか。どれだけ美味しそうなのかと。
これを参考にすれば、以後、どの魔物に気を付けた方がいいのか事前に把握が出来る。とは言っても、全ての魔物に警戒した方がいいに越した事はないけども。
「カッシェさん、ちょっといいですか?」
「ん? なにかしら?」
手招きしてみれば、カッシェさんはきょとんとした顔をしながら近づいてきて、私に顔を寄せてきた。……カッシェさん、かなり背が高いんだな。私が見上げる形になってしまった。
「先ほど、サニーが美味しそうとか言ってましたよね?」
「あ、気に障っちゃった? ごめんなさいね」
「いえ、カッシェさんはサニーを食べないと分かってるので大丈夫です。それよりも、聞きたい事がありまして」
「聞きたい事? なにかしら?」
一旦横目でサニーの様子を窺いつつ、カッシェさんに顔を寄せていく。
「サニーって、どれぐらい美味しそうに見えます?」
「……え? 何その質問? 真面目に答えちゃってもいいの?」
「はい。もしよろしければ、どの魔物が襲い掛かってきそうなのかも、一緒に教えて頂けるとありがたいです」
「あ~、なるほどね。でも、アタシの意見なんかでいいのかしら?」
「はい。滅多に聞けない事ですので、もしよろしければ」
「ふ~ん、じゃあいいけど……。それじゃあ、サニーちゃんを触ってもいいかしら?」
「いいですよ」
即座に許可を出せば、カッシェさんは「分かったわ」と言い、サニーの元へ歩んでいく。そのまましゃがみ込むと、サニーの頬をいじり出した。
軽く摘んだり、両前足でぷにぷにと押している。どの顔になっても、やはりサニーは可愛いな。今の真顔で頬を押された時なんて、ずっと見ていられそうだ。
約二十秒後。サニーの味が分かったのか、立ち上がったカッシェさんが私の元へ戻ってきた。
「分かりましたか?」
「うん、大体わね。肉質はとても柔らかくて良好。アタシは人間を食べた事が無いから、ちゃんとした味は分からないけども、たぶんあの子は絶対に美味しいはずよ。本能のままに生きてるウェアウルフなら、間違いなく好んで食べるでしょうね。あっ、アタシ達は食べないから安心してちょうだい」
「な、なるほどです」
「襲ってくる魔物は、かなり多いかもしれないわね。特に肉を好んで食べる魔物。まっ、迫害の地最強の魔女が母親なら、あの子が食べられる心配はないでしょう」
もっともらしい意見を述べ、肩を小さく竦めるカッシェさん。結局は、私次第という訳だ。ならば、これからも気を引き締めていかねば。
「レディ。サニーちゃんが行きたがってるし、そろそろいいか?」
「うっ……」
そうだ、忘れていた。これから私は、サニーと離れ離れになる。たった今そんな答えを聞いてしまったから、余計に不安になってきた……。
けれども、もう断れる雰囲気でもない。ここでサニーと別れなければ……。胸が張り裂けそうな思いで意を決して私は、サニーの元へ行き、体を強く抱きしめた。
「サニー……、生きて帰って来るんだぞ……?」
「おいレディ。サニーちゃんは遊びに行くだけだぞ? その言い方だと、なんかやべえとこに行くみてえじゃねえか」
「……だって、実際そうだろ?」
「てめえ、俺様のアジトをなんだと思ってやがんだ?」
思わず本音が漏れたせいで、ヴェルインが細まった両目で私を睨みつけてきた。私に抱きつかれて嬉しかったのか、頬をスリスリさせてきていたサニーが、「お母さん」と言う。
「ヴェルインさん達を、いっぱい描いてくるねっ」
「さ、サニィ……」
「もはや涙声じゃねえか。なんかあったらサニーちゃんの魔法壁を展開させて、お前を召喚するから大丈夫だろって」
「そうだけども……」
一向に私が離さないせいか、頬をスリスリして満足したのか。サニーが器用にスルリと抜け出し、ヴェルインの元へ駆けていく。
「あっ……!」
「お母さんっ、行ってくるね!」
「んじゃ、また後でなー。カッシェ、行くぞー」
「はいはい。それじゃあアカシックさん、サニーちゃんを借りてくわね」
「待って! あと一時間、いや、五時間だけ待って―――」
手を伸ばして悪あがきをしようとしても、もう扉の前には誰も居なく、独りでに閉まっていった。……サニーが、とうとう連れて行かれてしまった。
急いで後を追いたいけれども、気配と匂いでバレてしまうだろう。何かの間違いで、今すぐにも魔法壁が発動して、私を召喚してくれないだろうか……?
ああ、アルビス。早く私の家に来てくれ。サニーが傍に居ないという強烈な孤独感に、弱っている私の心が押し潰されてしまいそうだ……。
ごっこ遊びに昇格した勇者と魔王の攻防は、無事にサニーからお墨付きを貰い、大変好評になっている。
今でも誰が魔王をやるか事前に決め、私かアルビスに変身魔法をかけてもらい、サニーには内緒で突発的に始まっている状態だ。
私も稀に、魔王の役をやっているのだが……。サニーを除いた全員から、変身魔法をかけずにやれと言われている。
理由は酷いもので、私はこのままでも、魔王として充分に適しているらしい。常にぶっきらぼうな喋り方。人を見下しているような赤い半目。首をやや傾げて腕を組めば、もう魔王そのものだと。
その上、その恰好で椅子に座り、足を組んでふんぞり返れば、完全なる魔王だと認定されてしまった。
トドメとしてファートに『お前、一回世界を掌握した事でもあんの?』と、真面目な口調で言われる始末。
私だって、変身魔法を使って魔王がやりたい。長い角でも生やせば、今よりもずっと強く見えるはずだ。絶対にそうだ、そうに違いない。今度、アルビスに直談判をしてみよう。
そして、勇者であるサニーが魔王を五十体ほど倒した後、七歳になった。身長は、約百二十二cm。私と同じ身長になるまで、残り四十cmを切っている。
微笑ましい笑顔には、まだ幼さが残っているものの、やや大人びた雰囲気も垣間見せるようになってきた。
しかし、私の心を癒してくれる可愛さは保ったままだ。このたまらない可愛さは、たとえ大人になったとしても消えないだろう。
気に入っている服装は依然として、上下一体の白い衣服。サニーの本当の母親である『エリィさん』も、似たような衣服を着ていたっけ。
……エリィさん、天国で夫さんと、幸せに暮らせているだろうか? それだけが気掛かりだ。
「サニー……、本当に行ってしまうのか?」
「うんっ。お母さんと離れるのはちょっと寂しいけど、いっぱい楽しんでくるね!」
持って行く荷物の確認を終え、体を左右に揺らしながらふわりと笑うサニー。サニーを育ててから八年目を迎え、とうとう別れの日が来てしまった。
私を差し置いて、ヴェルインのアジトへ遊びに行くだなんて。心配で心配で、耐え難い眩暈すら覚える。呼吸もいつもよりちょっと浅くて早い。
事の発端は、ヴェルインの些細な会話だった。ヴェルインには、七人程度の仲間がいる。内四人は、稀に私の家へ訪れて来るのだが……。
残りの三人に興味を示してしまったサニーが、ヴェルインのアジトへ行きたいと言い出した。当然、私も一緒に行くと言った。
だが残りの三人は、私に多大な畏怖の念を抱いているらしく、極力なら会いたくないらしい。
会うだけで怯えさせてしまうなら、行くにも行けなくなり。結果、サニーだけをアジトへ行かせる事になった。
「わ、忘れ物は、ないか?」
「うんっ、大丈夫だよ」
「どこか、痛い箇所とかはないか?」
「うん。どこも痛くないし、すごく元気だよ」
どうしてもサニーと離れたくないので、何か断念させる材料はないかと探し、眩しい朝日が差し込んでいる窓に顔を移す。
「雨が降りそうだから、今日はやめにしないか?」
「そう? 雲一つないけど」
「うっ……」
あまりにも露骨な嘘だったので、左胸に痛みすら感じなかった。いっその事、晴天の青空に『奥の手』を使い、水魔法を駆使して雨紛いな水を降らせてしまうか……?
「お~っす。サニーちゃんを迎えに来たぞー」
「やー、ここに来るのは何年振りかしらね」
―――来た。扉が開く音と共に、別れを告げる挨拶の言葉が耳に入り込んできてしまった。が、異なる二つの声が聞こえたな。
一つは、間違いなくヴェルインの物。もう一つは、あまり耳にしない若い声だ。
不思議に思いつつ、扉の方へ顔を向けてみる。一人は、扉を閉めている最中のヴェルイン。もう一人は見た感じ、女性のウェアウルフか。あのウェアウルフには、どこか見覚えがあるな。
細身ながらも、全身が引き締まった身体。胸には白い布を巻いていて、太ももが見える程の短い一枚布を腰に巻いている。
金色の瞳を宿している面立ちは女性美が強く、顔全体は小さい。そして全身を覆い尽くしている、手入れが行き届いた見事な銀色の毛皮。このウェアウルフは、確か……。
「あなたの名前は、確か『カッシェ』さん……、でしたっけ?」
朧気に名前を口から出してみると、ヴェルインの横に居た女性のウェアウルフが、左前足をくびれた腰に当て、嬉しそうに口角を上げる。
「ここには一回しか来た事がないのに、アタシの名前を覚えててくれたのね。光栄だわ。そうよ、ヴェルイン率いるウェアウルフの紅一点、『カッシェ』よ。よろしくね」
「ああ、合っててよかった。アカシックです、よろしく」
改めて聞いておけばよかったが、合っていたようで何よりだ。このカッシェというウェアウルフよ。
なぜか逆らってはいけない様な、もしくは敬語で喋らないといけない様な、とても大人びた雰囲気と魅力がある。
そのせいもあってか。普段は『さん』付けなんてしないのに、ごく自然に『さん』を付けてしまった。
「すげえ、レディが畏まって喋ってる。珍しいなあ。雨でも降るんじゃねえの?」
「私にも理由が分からないんだが……。カッシェさんには、敬語で喋らないといけない様な魅力を感じてるんだ。なんでだろうな?」
「ふっふーん。アタシから溢れ出てる母性が、そうさせてんじゃないの?」
下げていた右手も腰に当て、得意気に黒い鼻を鳴らすカッシュさん。母性か。カッシェさんが言うと、やけに説得力がある。勝手な偏見だけども、カッシェさんは常日頃から気苦労していそうだ。
しげしげとカッシェさんを眺めていると、サニーがカッシェさんの近くまで歩んでいき、頭をペコリと下げた。
「カッシェさん、初めまして。サニーです!」
「あら!? あなたがサニーちゃんだったの? へぇ~、ずいぶん大きくなったわねえ」
サニーが初めて会った体で自己紹介をしたし。カッシェさんも知らなかったという事は、カッシェさんがここへ来たのは、相当前になるはずだ。はて、いつ頃だったか?
「カッシェさん。あなたが初めて私の家に来たのは、いつぐらいでしたっけ?」
「あ~……、いつだったっけ?」
どうやらカッシェさんも記憶が曖昧らしく、おもむろに聞かれたヴェルインの顔が、天井へ向く。
「確か~、俺がサニーちゃんのお守りを始めたばかりの時じゃねえか?」
「となると、五年前ぐらいか」
もうそんなに経つのかという表情のカッシェさんが、背筋を伸ばして立っているサニーに顔を戻す。
「へぇ~。人間って、五年でこんなに大きくなるのね。美味しそうに育っちゃって」
「む……」
魔物の片鱗を見せる感想に、視野が狭まる私。普通なら間に入るべき所だが、冗談だと分かっているので、別の好奇心が芽生えてきてしまった。
ここ迫害の地にて、サニーは知性のある魔物に襲われた事がない。私が安全な場所を通ったり、平和な沼地帯に居るせいもあるのだが。
ここはやはり、知性のある魔物の意見を聞いてみたい。今のサニーだったら、どの種族の魔物が襲い掛かってきやすいとか。どれだけ美味しそうなのかと。
これを参考にすれば、以後、どの魔物に気を付けた方がいいのか事前に把握が出来る。とは言っても、全ての魔物に警戒した方がいいに越した事はないけども。
「カッシェさん、ちょっといいですか?」
「ん? なにかしら?」
手招きしてみれば、カッシェさんはきょとんとした顔をしながら近づいてきて、私に顔を寄せてきた。……カッシェさん、かなり背が高いんだな。私が見上げる形になってしまった。
「先ほど、サニーが美味しそうとか言ってましたよね?」
「あ、気に障っちゃった? ごめんなさいね」
「いえ、カッシェさんはサニーを食べないと分かってるので大丈夫です。それよりも、聞きたい事がありまして」
「聞きたい事? なにかしら?」
一旦横目でサニーの様子を窺いつつ、カッシェさんに顔を寄せていく。
「サニーって、どれぐらい美味しそうに見えます?」
「……え? 何その質問? 真面目に答えちゃってもいいの?」
「はい。もしよろしければ、どの魔物が襲い掛かってきそうなのかも、一緒に教えて頂けるとありがたいです」
「あ~、なるほどね。でも、アタシの意見なんかでいいのかしら?」
「はい。滅多に聞けない事ですので、もしよろしければ」
「ふ~ん、じゃあいいけど……。それじゃあ、サニーちゃんを触ってもいいかしら?」
「いいですよ」
即座に許可を出せば、カッシェさんは「分かったわ」と言い、サニーの元へ歩んでいく。そのまましゃがみ込むと、サニーの頬をいじり出した。
軽く摘んだり、両前足でぷにぷにと押している。どの顔になっても、やはりサニーは可愛いな。今の真顔で頬を押された時なんて、ずっと見ていられそうだ。
約二十秒後。サニーの味が分かったのか、立ち上がったカッシェさんが私の元へ戻ってきた。
「分かりましたか?」
「うん、大体わね。肉質はとても柔らかくて良好。アタシは人間を食べた事が無いから、ちゃんとした味は分からないけども、たぶんあの子は絶対に美味しいはずよ。本能のままに生きてるウェアウルフなら、間違いなく好んで食べるでしょうね。あっ、アタシ達は食べないから安心してちょうだい」
「な、なるほどです」
「襲ってくる魔物は、かなり多いかもしれないわね。特に肉を好んで食べる魔物。まっ、迫害の地最強の魔女が母親なら、あの子が食べられる心配はないでしょう」
もっともらしい意見を述べ、肩を小さく竦めるカッシェさん。結局は、私次第という訳だ。ならば、これからも気を引き締めていかねば。
「レディ。サニーちゃんが行きたがってるし、そろそろいいか?」
「うっ……」
そうだ、忘れていた。これから私は、サニーと離れ離れになる。たった今そんな答えを聞いてしまったから、余計に不安になってきた……。
けれども、もう断れる雰囲気でもない。ここでサニーと別れなければ……。胸が張り裂けそうな思いで意を決して私は、サニーの元へ行き、体を強く抱きしめた。
「サニー……、生きて帰って来るんだぞ……?」
「おいレディ。サニーちゃんは遊びに行くだけだぞ? その言い方だと、なんかやべえとこに行くみてえじゃねえか」
「……だって、実際そうだろ?」
「てめえ、俺様のアジトをなんだと思ってやがんだ?」
思わず本音が漏れたせいで、ヴェルインが細まった両目で私を睨みつけてきた。私に抱きつかれて嬉しかったのか、頬をスリスリさせてきていたサニーが、「お母さん」と言う。
「ヴェルインさん達を、いっぱい描いてくるねっ」
「さ、サニィ……」
「もはや涙声じゃねえか。なんかあったらサニーちゃんの魔法壁を展開させて、お前を召喚するから大丈夫だろって」
「そうだけども……」
一向に私が離さないせいか、頬をスリスリして満足したのか。サニーが器用にスルリと抜け出し、ヴェルインの元へ駆けていく。
「あっ……!」
「お母さんっ、行ってくるね!」
「んじゃ、また後でなー。カッシェ、行くぞー」
「はいはい。それじゃあアカシックさん、サニーちゃんを借りてくわね」
「待って! あと一時間、いや、五時間だけ待って―――」
手を伸ばして悪あがきをしようとしても、もう扉の前には誰も居なく、独りでに閉まっていった。……サニーが、とうとう連れて行かれてしまった。
急いで後を追いたいけれども、気配と匂いでバレてしまうだろう。何かの間違いで、今すぐにも魔法壁が発動して、私を召喚してくれないだろうか……?
ああ、アルビス。早く私の家に来てくれ。サニーが傍に居ないという強烈な孤独感に、弱っている私の心が押し潰されてしまいそうだ……。
10
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる