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79話、魔王襲来
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「魔王の正体が分かった勇者は―――。ん? なんだありゃ?」
「どうしたの、ヴェルインさん?」
私を抱っこしながら絵本を読んでくれてたヴェルインさんが、急に喋るの止めて、絵本に書かれてない事を言い出した。
ヴェルインさんを見てみると、ヴェルインさんは窓を見てた。顔が燃えるように赤い光に照らされるけど、なんの光だろう? 太陽の光じゃないのは分かる。だって太陽の光は、もっと白いもん。
少しすると、赤い光に照らされたヴェルインさんの顔が、いつもの茶色に戻っていく。けれども、ヴェルインさんは何かを見つけたのか。また「あ?」と言って、目を細めた。
「あれは……、レディか? なんでボロボロになって倒れてんだ?」
「えっ?」
お母さんが、ボロボロになって倒れてる……? なんだか、ものすごくイヤな予感がしてきた。顔が冷たくなるほどサーッてなって、左胸がドクンドクンとし出すほどに。
声をかけても、ヴェルインさんは黙って窓を見たままで、何も喋ってくれない。それどころか、長い口の横から白い牙を覗かせてきた。
「あいつがやったな? 許せねえ」
「ねえ、ヴェルインさん! お母さんがどうしたの!?」
「どうやら敵にやられたっぽいな。今の赤い光は、火の魔法かなんかだろ。フードをかぶってる奴の横で、レディが倒れてやがる」
……お母さんが、やられた? 倒れてる? 倒れてるってことは、もしかして……。イヤだ、そんなのは考えたくない。
でも、ちょっと考えたせいで、見えてる物がうるうるしてきた。口の震えが止まらない。歯同士が何度も当たって、カチカチいってる。
「お、お母さんは、生きてる、の……?」
お願いヴェルインさん、生きてるって言って。もしそれ以外のことを言われたら、私……。
「ああ、生きてる。結構遠くに居るが、肩で呼吸してるぜ。たぶんだが、まだ意識もありそうだ」
―――お母さんが生きてる。唸ってるヴェルインさんは、確かにハッキリとそう言ってくれた。
意識もある。それだけ分かれば充分だ! 早くお母さんを助けて、秘薬を飲ませてあげないと!
「ヴェルインさんはここに居て!」
「え、俺がここに居んの!? 逆でしょ、サニーちゃんがここに居なきゃ!」
ヴェルインさんはああ言ってるけど、私は床に落ちてる木の剣を拾い、扉まで走っていく。
「私なら、お母さんを絶対に助けられる! だから、ヴェルインさんはお家の中で待ってて!」
「ちょっと、サニーちゃん!?」
もう一度名前を呼ばれたけど、私は扉を開けて外に飛び出す。ヴェルインさんが見てた窓の方角は、確かこっち! お家から出て左側の方を向くと、そこには―――。
「お母さんっ!!」
「む? なんだ、まだ生命を宿した愚かなる者が居たか」
遠く方で、深緑色のフードをかぶってて、左手に杖を持ってる奴が居る。あいつがヴェルインさんが言ってた敵だな!
そしてその横で、ローブがボロボロになってるお母さんが倒れてる。息が乱れてて、顔中が真っ黒だ。あいつめ、よくも私のお母さんを! 絶対に許さないぞ!
「やいお前! 何が目的だ! どうしてお母さんを襲ったんだ!?」
「お母さん? ああ、こいつの事か。吾輩の力がどれだけ戻ったか確認するべく、火の魔法を使ってみたんだ。結果、力は一割も戻ってないようで、こいつの息の根を止める事すら出来なかった。実に嘆かわしい」
力が戻ったか確認するために、お母さんを襲った? なにそれ? それだけの理由で、お母さんがあんなボロボロに……? あまりにもふざけてる。
あいつは、ここで倒さなきゃ。野放ししてると、すごく危険だ。ヴェルインさんやアルビスさん、クロフライムさんやゴーレムさん達にも襲いかねない。
でもその前に、お母さんを助け出さなと! とりあえず、あいつに私を攻撃させよう。魔法壁さえ出れば、お母さんを安全に助け出すことができる。
次の行動を考えた私は、持ってた剣を両手で握り、前に構えた。
「ほう? この『魔王ルービス』に剣を向けるとは、なかなか勇敢で命知らずなお嬢さんじゃないか」
「魔王……? お前、魔王なのかっ!?」
「そうだッ! かつて遥か古! この世界を一度は掌握したものの、憎き勇者共の戦いに敗れてしまい、封印されてたのだ! だがしかぁしッ! 封印が解けた今、憎き勇者共が居ないこの世界を、再び吾輩の手で掌握してやるのだッ! フッフッフッフッ……、ハァーッハッハッハッハッハッハッ!!」
ずっとかかってた封印が解けて、本当に嬉しいんだろうな。人らしい両手を広げて、ギザギザな歯がある口を空に向けて笑ってる。
あいつが魔王だと分かったからには、余計に放っておけないぞ。ここで逃がしたら世界までもが危なくなっちゃう! なんとかしてでも倒さないと!
「やいっ! お前が魔王だからって怖くなんかないぞ! 私がここで倒してやるっ! かかってこいっ!」
「ほう? いたいけな少女の割に、威勢だけは勇者並だな。その無謀な勇敢さよ、かつての勇者を見てるようだ。ああ、甚だしい。虫唾が走る」
難しい言葉を並べてる魔王ルービスの体が、私の方へ向いた。
「よかろう。先ほど最大魔法を放ってしまったので、魔力はほぼ枯渇してるが問題無い。貴様を倒すなぞ、最下級の魔法で充分だ。ここを貴様の墓場にしてやる」
魔王ルービスがそう言うと、背後に六つの赤い魔法陣が出現した。あの魔法陣は、何度も見たことがある。アルビスさんと修行をしてる時にも見た魔法陣だ。
ならきっと攻撃方法は、まっすぐ飛んでくる火の球に違いない。それなら私も避けられる! だけど、まだ動かないぞ。あいつを倒すのは、お母さんを助け出してからだ。
まだ焦っちゃいけない。今はあいつが攻撃してくるのを、ただずっと待ってるだけでいい。
「どうした、吾輩を倒すんじゃないのか? なら、こちらから先に攻撃させてもらおう」
先に痺れをを切らした魔王ルービスが、杖を前にかざす。すると、右側にあった魔法陣が一つだけ強い光を放ち、小さな火の球が出てきた。
やっぱり! アルビスさんが使ってた魔法と一緒だ! だけど、真上に向かって飛んでってる。あれだと、私には絶対に当たらないや。
「クッ……! やはり力が戻ってないと、まともな方向にすら飛ばんか。なら、これならどうだッ!」
勝手に焦り出した魔王ルービスが、杖を横に振る。今度は全ての魔法陣が光って、六個の火の球が出てきた。五つはまた真上に飛んでってるけど、一つだけこっちに向かって飛んできてる。
けれども、私の頭の上を飛んでいきそうだ。でも、私の近くを通りそうだし、このまま立ってても魔法壁が出るはず。
こっちに向かって飛んできてる火の球を、動かずに目で追ってく。近くまで来ると、私の予想は当たったようで、首からぶら下げてた十字架の首飾りが、ピカッと光り出しだ。
そのまま、私の周りに透明の膜みたいな物が現れて、バーッと広がってく。広がりが止まると、今度は私の足元が眩しくなった。
顔を下に移してみると、左側の方で白い魔法陣が浮かび上がってた。よし、この魔法陣からお母さんが出てくるぞ!
「なんだ、この光はッ!?」
魔王ルービスが驚いてるような声を上げたので、一旦そっちに顔を向ける。その魔王ルービスは、地面で倒れてるお母さんを見てた。
どうやらお母さんの所も、魔法陣が出てるみたいだ。地面が明るく光ってる。数秒後、お母さんがパッと消えたから、すぐに左側へ顔を戻す。
目線の先には、魔法陣が無くなってる場所に、息を荒げているお母さんが倒れていた。
「お、お母さんっ!!」
持ってた剣を頬り投げ、倒れてるお母さんの体を仰向けにして、上体を持つ私。ローブはボロボロ……。よく見ると、焦げた跡がいっぱいある。顔中も真っ黒だ……。
なんでお母さんが、こんな酷い目に……。すごく痛いだろうなぁ……。早く起こして、秘薬を飲ませてあげないと!
「お母さん、お母さんっ!」
お母さんの上体を持ってる手を大きく揺すって、大声で呼んでみたら、お母さんの閉じてる瞼がピクリと動いて、赤い瞳を覗かせた。
「……サニー?」
「お母さんっ!! よかった……!」
よかった、よかった! お母さんが生きてたっ! すぐにギュッてしたいけど、まだ我慢しないと。
お母さんをギュッとしたい手を懐に入れて、秘薬が入っている入れ物を取り出した。
「お母さん。秘薬を飲ませてあげるから、口を開けて!」
「ありがとう……」
いつもより小さい声でお礼を言ったお母さんが、口を開ける。その中に秘薬をゆっくり流し込むと、お母さんは喉を鳴らして飲んでくれた。
よし、これでもう大丈夫だ。よかった。お母さんが無事で、本当によかったや。
秘薬が効いて元気になったのか。お母さんは倒れてる上体を起こして、私の体をギュッとしてきた。
……お母さんの体、すごく温かい。とても優しい温かさだ。ずっとギュッてされてたいなぁ。
「ありがとう、サニー。助かったよ」
「うん。お母さんが元気になって、本当によかった。……でも」
このまま甘えてたらダメだ。だって、まだ全ては終わってないんだもん。お母さんをこんな目に遭わせた魔王ルービスを、早く倒さきゃ!
そう決めた私は、そっとお母さんの体から離れる。地面に落ちてる剣を拾って、魔王ルービスに向かって構えた。
「お母さんは、お家の中で隠れてて」
「サニーは、どうするつもりなんだ?」
「私は、お母さんをこんな酷い目に遭わせた魔王を、お母さんが買ってくれたこの剣で倒すんだ」
「魔王……? あいつが?」
やっぱりお母さんは、何も知らないまま襲われたらしい。今の困ってる声が物語ってる。魔王め、絶対に許さないぞ!
「出て来い、“氷”」
「えっ?」
お家に隠れるどころか、杖を呼び出す声が耳に入ってきたから、後ろを振り向いてみる。
そこには、召喚された氷の杖を、右手に持っているお母さんの姿があった。
「お母さん、何をするつもりなの?」
「サニー、一緒に戦おう」
「一緒に、戦う?」
お母さんと私が、一緒に戦う……? それって、協力して魔王ルービスを倒すってこと?
すごく嬉しいけど……。ダメだ、お母さんをこれ以上危ない目には遭わせたくない。
「ダメだよ! お母さんはまだ、そんなにボロボロじゃんか! お家の中に入ってて!」
「大丈夫だ。安心しろ、サニー」
言うことを聞いてくれないお母さんが、その場にしゃがみ込んできて、私の頭の上に手を置いた。
「お前がアルビス達と修行をしてる間に、私もこっそりと攻撃魔法の練習をしてたんだ」
「攻撃魔法の、練習?」
「ああ。不意打ちをされたから何も出来なかったが……。真っ向から挑めば、それなりに健闘が出来るはずだ」
お母さんも、修行みたいなことをしてたんだ。まったく気が付かなかったや。こっそりと言うからには、隠れてやってたのかな?
「で、でもぉ……」
私の視線が、勝手に下へ落ちていく。お母さんと一緒に戦えるのは、すごく嬉しい。とても心強いし、何よりも一緒に戦ってみたいと思ってる。
だけどやっぱ、お母さんがもっと傷つく所を、これ以上見たくない。お母さんが傷ついてる所を見ただけで、泣きそうになっちゃったから。
どう言えばお母さんがお家の中に入ってくれるか、悩みの種が二つ以上ある頭で考えてると、私の頭に乗ってるお母さん手が、ゆっくりと動き出した。
「分かった、ならこうしよう。私が後方で魔王の攻撃を全て相殺する。サニーはその合間を縫っていき、持ってる剣で魔王を倒せ」
「そうさい……?」
そうさい、初めて聞いた言葉だ。思わず質問しちゃった。
「相手の攻撃を、私の攻撃で打ち消すという意味だ。相殺については、知らなかったのか?」
「うん。絵本にも書いてなかったから、知らなかった」
「ほうっ、そうか」
お母さんのこの嬉しそうな声も、久々に聞いたや。私が知らないって言うと、いつもこんな声を出すんだ。そこから、すごく分かりやすい説明が始まる。
頭を撫でててくれたお母さんが、大きな手を離して、静かに立ち上がる。けど、お家には向かわず、氷の杖を前にかざした。
「なら後で、もっと詳しく教えてやろう。だから、早く魔王を一緒に倒すぞ」
「……うん、わかったっ」
もうお母さんは絶対にお家の中には行ってくれないだろうと思って、私も魔王がいる方に向いて、木の剣を構える。
「お母さん、私のことを守っててね」
「任せろ。この命に代えてでも、お前を絶対に守り通してみせるさ」
「よしっ。じゃあ行くよ、お母さん!」
「ああ」
「どうしたの、ヴェルインさん?」
私を抱っこしながら絵本を読んでくれてたヴェルインさんが、急に喋るの止めて、絵本に書かれてない事を言い出した。
ヴェルインさんを見てみると、ヴェルインさんは窓を見てた。顔が燃えるように赤い光に照らされるけど、なんの光だろう? 太陽の光じゃないのは分かる。だって太陽の光は、もっと白いもん。
少しすると、赤い光に照らされたヴェルインさんの顔が、いつもの茶色に戻っていく。けれども、ヴェルインさんは何かを見つけたのか。また「あ?」と言って、目を細めた。
「あれは……、レディか? なんでボロボロになって倒れてんだ?」
「えっ?」
お母さんが、ボロボロになって倒れてる……? なんだか、ものすごくイヤな予感がしてきた。顔が冷たくなるほどサーッてなって、左胸がドクンドクンとし出すほどに。
声をかけても、ヴェルインさんは黙って窓を見たままで、何も喋ってくれない。それどころか、長い口の横から白い牙を覗かせてきた。
「あいつがやったな? 許せねえ」
「ねえ、ヴェルインさん! お母さんがどうしたの!?」
「どうやら敵にやられたっぽいな。今の赤い光は、火の魔法かなんかだろ。フードをかぶってる奴の横で、レディが倒れてやがる」
……お母さんが、やられた? 倒れてる? 倒れてるってことは、もしかして……。イヤだ、そんなのは考えたくない。
でも、ちょっと考えたせいで、見えてる物がうるうるしてきた。口の震えが止まらない。歯同士が何度も当たって、カチカチいってる。
「お、お母さんは、生きてる、の……?」
お願いヴェルインさん、生きてるって言って。もしそれ以外のことを言われたら、私……。
「ああ、生きてる。結構遠くに居るが、肩で呼吸してるぜ。たぶんだが、まだ意識もありそうだ」
―――お母さんが生きてる。唸ってるヴェルインさんは、確かにハッキリとそう言ってくれた。
意識もある。それだけ分かれば充分だ! 早くお母さんを助けて、秘薬を飲ませてあげないと!
「ヴェルインさんはここに居て!」
「え、俺がここに居んの!? 逆でしょ、サニーちゃんがここに居なきゃ!」
ヴェルインさんはああ言ってるけど、私は床に落ちてる木の剣を拾い、扉まで走っていく。
「私なら、お母さんを絶対に助けられる! だから、ヴェルインさんはお家の中で待ってて!」
「ちょっと、サニーちゃん!?」
もう一度名前を呼ばれたけど、私は扉を開けて外に飛び出す。ヴェルインさんが見てた窓の方角は、確かこっち! お家から出て左側の方を向くと、そこには―――。
「お母さんっ!!」
「む? なんだ、まだ生命を宿した愚かなる者が居たか」
遠く方で、深緑色のフードをかぶってて、左手に杖を持ってる奴が居る。あいつがヴェルインさんが言ってた敵だな!
そしてその横で、ローブがボロボロになってるお母さんが倒れてる。息が乱れてて、顔中が真っ黒だ。あいつめ、よくも私のお母さんを! 絶対に許さないぞ!
「やいお前! 何が目的だ! どうしてお母さんを襲ったんだ!?」
「お母さん? ああ、こいつの事か。吾輩の力がどれだけ戻ったか確認するべく、火の魔法を使ってみたんだ。結果、力は一割も戻ってないようで、こいつの息の根を止める事すら出来なかった。実に嘆かわしい」
力が戻ったか確認するために、お母さんを襲った? なにそれ? それだけの理由で、お母さんがあんなボロボロに……? あまりにもふざけてる。
あいつは、ここで倒さなきゃ。野放ししてると、すごく危険だ。ヴェルインさんやアルビスさん、クロフライムさんやゴーレムさん達にも襲いかねない。
でもその前に、お母さんを助け出さなと! とりあえず、あいつに私を攻撃させよう。魔法壁さえ出れば、お母さんを安全に助け出すことができる。
次の行動を考えた私は、持ってた剣を両手で握り、前に構えた。
「ほう? この『魔王ルービス』に剣を向けるとは、なかなか勇敢で命知らずなお嬢さんじゃないか」
「魔王……? お前、魔王なのかっ!?」
「そうだッ! かつて遥か古! この世界を一度は掌握したものの、憎き勇者共の戦いに敗れてしまい、封印されてたのだ! だがしかぁしッ! 封印が解けた今、憎き勇者共が居ないこの世界を、再び吾輩の手で掌握してやるのだッ! フッフッフッフッ……、ハァーッハッハッハッハッハッハッ!!」
ずっとかかってた封印が解けて、本当に嬉しいんだろうな。人らしい両手を広げて、ギザギザな歯がある口を空に向けて笑ってる。
あいつが魔王だと分かったからには、余計に放っておけないぞ。ここで逃がしたら世界までもが危なくなっちゃう! なんとかしてでも倒さないと!
「やいっ! お前が魔王だからって怖くなんかないぞ! 私がここで倒してやるっ! かかってこいっ!」
「ほう? いたいけな少女の割に、威勢だけは勇者並だな。その無謀な勇敢さよ、かつての勇者を見てるようだ。ああ、甚だしい。虫唾が走る」
難しい言葉を並べてる魔王ルービスの体が、私の方へ向いた。
「よかろう。先ほど最大魔法を放ってしまったので、魔力はほぼ枯渇してるが問題無い。貴様を倒すなぞ、最下級の魔法で充分だ。ここを貴様の墓場にしてやる」
魔王ルービスがそう言うと、背後に六つの赤い魔法陣が出現した。あの魔法陣は、何度も見たことがある。アルビスさんと修行をしてる時にも見た魔法陣だ。
ならきっと攻撃方法は、まっすぐ飛んでくる火の球に違いない。それなら私も避けられる! だけど、まだ動かないぞ。あいつを倒すのは、お母さんを助け出してからだ。
まだ焦っちゃいけない。今はあいつが攻撃してくるのを、ただずっと待ってるだけでいい。
「どうした、吾輩を倒すんじゃないのか? なら、こちらから先に攻撃させてもらおう」
先に痺れをを切らした魔王ルービスが、杖を前にかざす。すると、右側にあった魔法陣が一つだけ強い光を放ち、小さな火の球が出てきた。
やっぱり! アルビスさんが使ってた魔法と一緒だ! だけど、真上に向かって飛んでってる。あれだと、私には絶対に当たらないや。
「クッ……! やはり力が戻ってないと、まともな方向にすら飛ばんか。なら、これならどうだッ!」
勝手に焦り出した魔王ルービスが、杖を横に振る。今度は全ての魔法陣が光って、六個の火の球が出てきた。五つはまた真上に飛んでってるけど、一つだけこっちに向かって飛んできてる。
けれども、私の頭の上を飛んでいきそうだ。でも、私の近くを通りそうだし、このまま立ってても魔法壁が出るはず。
こっちに向かって飛んできてる火の球を、動かずに目で追ってく。近くまで来ると、私の予想は当たったようで、首からぶら下げてた十字架の首飾りが、ピカッと光り出しだ。
そのまま、私の周りに透明の膜みたいな物が現れて、バーッと広がってく。広がりが止まると、今度は私の足元が眩しくなった。
顔を下に移してみると、左側の方で白い魔法陣が浮かび上がってた。よし、この魔法陣からお母さんが出てくるぞ!
「なんだ、この光はッ!?」
魔王ルービスが驚いてるような声を上げたので、一旦そっちに顔を向ける。その魔王ルービスは、地面で倒れてるお母さんを見てた。
どうやらお母さんの所も、魔法陣が出てるみたいだ。地面が明るく光ってる。数秒後、お母さんがパッと消えたから、すぐに左側へ顔を戻す。
目線の先には、魔法陣が無くなってる場所に、息を荒げているお母さんが倒れていた。
「お、お母さんっ!!」
持ってた剣を頬り投げ、倒れてるお母さんの体を仰向けにして、上体を持つ私。ローブはボロボロ……。よく見ると、焦げた跡がいっぱいある。顔中も真っ黒だ……。
なんでお母さんが、こんな酷い目に……。すごく痛いだろうなぁ……。早く起こして、秘薬を飲ませてあげないと!
「お母さん、お母さんっ!」
お母さんの上体を持ってる手を大きく揺すって、大声で呼んでみたら、お母さんの閉じてる瞼がピクリと動いて、赤い瞳を覗かせた。
「……サニー?」
「お母さんっ!! よかった……!」
よかった、よかった! お母さんが生きてたっ! すぐにギュッてしたいけど、まだ我慢しないと。
お母さんをギュッとしたい手を懐に入れて、秘薬が入っている入れ物を取り出した。
「お母さん。秘薬を飲ませてあげるから、口を開けて!」
「ありがとう……」
いつもより小さい声でお礼を言ったお母さんが、口を開ける。その中に秘薬をゆっくり流し込むと、お母さんは喉を鳴らして飲んでくれた。
よし、これでもう大丈夫だ。よかった。お母さんが無事で、本当によかったや。
秘薬が効いて元気になったのか。お母さんは倒れてる上体を起こして、私の体をギュッとしてきた。
……お母さんの体、すごく温かい。とても優しい温かさだ。ずっとギュッてされてたいなぁ。
「ありがとう、サニー。助かったよ」
「うん。お母さんが元気になって、本当によかった。……でも」
このまま甘えてたらダメだ。だって、まだ全ては終わってないんだもん。お母さんをこんな目に遭わせた魔王ルービスを、早く倒さきゃ!
そう決めた私は、そっとお母さんの体から離れる。地面に落ちてる剣を拾って、魔王ルービスに向かって構えた。
「お母さんは、お家の中で隠れてて」
「サニーは、どうするつもりなんだ?」
「私は、お母さんをこんな酷い目に遭わせた魔王を、お母さんが買ってくれたこの剣で倒すんだ」
「魔王……? あいつが?」
やっぱりお母さんは、何も知らないまま襲われたらしい。今の困ってる声が物語ってる。魔王め、絶対に許さないぞ!
「出て来い、“氷”」
「えっ?」
お家に隠れるどころか、杖を呼び出す声が耳に入ってきたから、後ろを振り向いてみる。
そこには、召喚された氷の杖を、右手に持っているお母さんの姿があった。
「お母さん、何をするつもりなの?」
「サニー、一緒に戦おう」
「一緒に、戦う?」
お母さんと私が、一緒に戦う……? それって、協力して魔王ルービスを倒すってこと?
すごく嬉しいけど……。ダメだ、お母さんをこれ以上危ない目には遭わせたくない。
「ダメだよ! お母さんはまだ、そんなにボロボロじゃんか! お家の中に入ってて!」
「大丈夫だ。安心しろ、サニー」
言うことを聞いてくれないお母さんが、その場にしゃがみ込んできて、私の頭の上に手を置いた。
「お前がアルビス達と修行をしてる間に、私もこっそりと攻撃魔法の練習をしてたんだ」
「攻撃魔法の、練習?」
「ああ。不意打ちをされたから何も出来なかったが……。真っ向から挑めば、それなりに健闘が出来るはずだ」
お母さんも、修行みたいなことをしてたんだ。まったく気が付かなかったや。こっそりと言うからには、隠れてやってたのかな?
「で、でもぉ……」
私の視線が、勝手に下へ落ちていく。お母さんと一緒に戦えるのは、すごく嬉しい。とても心強いし、何よりも一緒に戦ってみたいと思ってる。
だけどやっぱ、お母さんがもっと傷つく所を、これ以上見たくない。お母さんが傷ついてる所を見ただけで、泣きそうになっちゃったから。
どう言えばお母さんがお家の中に入ってくれるか、悩みの種が二つ以上ある頭で考えてると、私の頭に乗ってるお母さん手が、ゆっくりと動き出した。
「分かった、ならこうしよう。私が後方で魔王の攻撃を全て相殺する。サニーはその合間を縫っていき、持ってる剣で魔王を倒せ」
「そうさい……?」
そうさい、初めて聞いた言葉だ。思わず質問しちゃった。
「相手の攻撃を、私の攻撃で打ち消すという意味だ。相殺については、知らなかったのか?」
「うん。絵本にも書いてなかったから、知らなかった」
「ほうっ、そうか」
お母さんのこの嬉しそうな声も、久々に聞いたや。私が知らないって言うと、いつもこんな声を出すんだ。そこから、すごく分かりやすい説明が始まる。
頭を撫でててくれたお母さんが、大きな手を離して、静かに立ち上がる。けど、お家には向かわず、氷の杖を前にかざした。
「なら後で、もっと詳しく教えてやろう。だから、早く魔王を一緒に倒すぞ」
「……うん、わかったっ」
もうお母さんは絶対にお家の中には行ってくれないだろうと思って、私も魔王がいる方に向いて、木の剣を構える。
「お母さん、私のことを守っててね」
「任せろ。この命に代えてでも、お前を絶対に守り通してみせるさ」
「よしっ。じゃあ行くよ、お母さん!」
「ああ」
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