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78話、魔王ルービスは挫けない

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 顔に灰化粧を施されている最中。アルビスが練った設定の経緯を細々と説明し出したせいで、適度な相槌と褒め称えるのに大変だった。
 やれ、ヴェルインから手掛かりを得ただの。やれ、三日三晩寝ずに考えただの。やれ、完璧に練り終わった時の達成感が凄まじかっただの。
 極め付きは、やはり『魔王ルービス』の名は、自分の名前から取っていたとの事だった。
 私が好奇心に負けて先に言ってしまったものだから、アルビスは心底嬉しくなって『龍眼をやる』と言ってきたので、即座に拒否をした。

 あいつはどうやら、嬉しくなったり心を開いた者には、己の部位を分け与える節がある。たぶん、私にだけなのだろうけども。
 十年以上も前であれば、無償で部位を差し出してきたら何の気兼ねもなく受け取っていただろうし、殺してでも奪い取っていたに違いない。しかし、今は違う。
 部位は一切いらないし、何気ない日常を健康な体で送ってほしいと思っている。これは嘘偽りのない本音で、私たっての願いだ。

 今はまだ予想の内だけども、アルビスは私以上に暗い過去を持っているはずだ。
 それはもう、想像を絶する程に。アルビスは生まれてから約五百年以上もの間、常に追われ身で、心が安らぐ時がなかったらしい。
 五百年以上だぞ? 考えただけで身の毛がよだつ。しかし、その中の五十年前後は、私もあいつの部位が欲しくて毎日の様に襲ってしまっていた。
 アルビスの過去が少しずつ明らかになるに連れ、私の心に新たな罪悪感が芽生えていく。けれども、ここで嘆いている場合じゃない。
 場の空気を壊してしまう。謝るなら、あとで誠意を込めて謝ろう。

 そしてこれから私は、アルビスが笑って過ごせる様な日常を送れるよう、全面的に協力しようと思っている。
 アルビスにだって、平和に満ちた日常を送る権利があるはずだ。いや、ないとおかしい。
 もし初めからその権利を持たずに生まれてきてしまったのであれば、誰に邪魔されようとも、私が必ず作ってやるからな。









「それじゃあ、最終確認をするぞ」

「ああ」

 準備がほぼ万端の状態で、『魔王ルービス』に変身したアルビスが、倒れ掛かっている私の体に手を回しながら言ってきた。
 魔王ルービスの外見は、深緑色のローブを身に纏っていて、フードを深々とかぶっているので顔はほとんど拝めないが、ギザギザな歯を見せて笑っている口元だけがうかがえる。
 左手には、古樹を荒削りしたような見た目で、先に赤い宝石が浮かんでいる杖を持っている。魔王なので魔族かと思いきや、元は人間の大賢者という設定だ。
 アルビスいわく、裏設定も豊富にあるらしく、魔王ルービスだけで半日以上は語り明かせると豪語していたので、『とりあえず後で聞く』とだけ返しておいた。

「一つ目、小娘が余に立ち向かって来た場合。これが一番理想的な流れだ。余が絶対に当たらぬ火球を小娘に放ち続け、「なぜ当たらぬのだ!?」と狼狽えてる所を、為す術なく小娘に討伐される」

「そうだな、それが一番いい」

 すぐに返答したものの。サニーにとっては、かなり酷な場面だろう。私が傷まみれの状態で倒れている所を目撃したら、酷く動揺するに違いない。
 怒りが湧いてくるのが先か。絶望して地面に膝を突き、泣き崩れるのが先か。本当であれば、こんな予想は立てたくないのだがな。

「二つ目、小娘が絶望に囚われてしまった場合。ここからは、状況に応じて行動先が枝分かれしていく。まずは貴様が目を覚まし、小娘に助けを求めろ」

「手を差し伸べながら、掠れた声でサニーの名前を呼べばいいんだよな?」

「そうだ。まず最優先として、小娘に貴様が生きてる事を伝えなければならない。とにかくこれが大事なのだ。まだ助けられる可能性が生まれ、躍起になって余に立ち向かってくるだろう。そこからは一つ目の流れと一緒だ」

 これは、あくまで推測だ。勇気を振り絞れなかったら、そのまま泣き出して許しを乞う可能性だってある。そんなサニーの姿は、正直言うと見たくない。

「それでも駄目だったら、私とお前で戦い始めると」

「うむ、攻撃を相殺し合うだけでいい。少し戦った後、貴様が劣勢になり、小娘に助けを求めろ」

 本来であれば、サニーを戦いの場になんて出してはならない。私が身をていして守り、命に代えてでも敵を倒さなければいけないんだ。
 が、サニーは今、私を守る勇者になっている。だからこそ出来る流れだ。まあ、やるのはこれが最初で最後だ。次はない。サニーを危険な目に遭わせたくないので、二度とやらないだろう。

「分かった。で、これも駄目だったら」

「貴様は箒で高速移動して小娘の背後に付き、小娘と共に余を倒せ。早い話、貴様と小娘の共闘戦だな」

 サニーとの共闘戦。実は、これはやってみたいという気持ちが大いにある。後衛に回った私がサニーを魔法で援護して、サニーが剣で敵を倒す。至極真っ当な戦い方だ。
 前衛の勇者、後衛の魔女。それとも、私を姫と置き換えるべきか。その組み合わせは絵本でも無かった組み合わせだが、別に変ではない。普通だ、普通なのだ。
 私は魔女である前に、一端の女だ。姫に憧れた時期だってあるさ。もちろん、幼少期の頃だけだけども。大人になってからは、煌びやかな衣装を身に纏ってみたいとしか思っていない。

 本筋から外れた思考をしてしまったせいか、本格的にサニーと共闘がしたくなってきてしまった……。サニーの勇敢なる姿を、後ろから眺め続けていたい。
 その姿は、絶対にかっこいいはずだ。魔法壁が展開しているだろうけども、無慈悲に向かって来る火球を避けつつ―――。

「あっ」

「む? どうした、アカシック・ファーストレディ。急に不穏な声を出して」

 即座に的を射られた言葉を投げ掛けられ、更に焦りを募らせていく私。しまった……。まだ実践では一回も発動した事が無い魔法壁の効果があったのを、すっかりと忘れていた。
 忘れていたのは、魔法壁内に私が召喚される効果。魔法壁は、私が離れた距離に居る時に発動すると、魔法壁内に私が召喚される様になっている。
 この効果は、私がどんなに離れていようとも関係ない。魔法壁が展開すると、私はどんな状況であろうとも召喚されてしまう。私の体を抱えている、魔王ルービスごと。

「あ、アルビス……。先に謝っておく、本当にすまない……」

「……なぜ、急に謝り出したのかは知らんが。内容次第では、?」

 まずい。アルビスが詮索している様な声で『分かってるな?』と言ってきた。私を殺しかねない、一触即発状態になっている証拠だ。
 一昔前だったら、この後に戦闘が始まっている。最早、懐かしささえ覚えるやり取りだ。
 だからこそ、次の発言には細心の注意を払わなければならない。下手すると、私が纏っている偽りの傷が全て本物になるか、骨すら残らず蒸発してしまう……。

「一つ……、言い忘れてた魔法壁の効果があってだな」

「効果? それは、他者に明かしても問題無い効果なのか?」

「大丈夫だ。むしろ、この流れをするからには、事前に明かさないといけない効果だった」

「なるほど、言ってみろ」

 先ほどとは打って変わり、殺気と怒りを感じる圧が濃い返しになっている。昔ならばなんてない空気だったが、今は気まずさと一抹の恐怖を肌で感じ取っている。
 そりゃそうだ。私のせいで、練った設定が全て水の泡と化し、失敗に終わる場合だってあるのだから。とりあえず、死ぬ覚悟で話そう。

「さ、サニーに一定の条件を満たすと、魔法壁が発動するだろ?」

「ああ、するな。発動条件はちゃんと忘れてるから、どうすれば発動するかは覚えてないが。それで?」

「それで……。私が離れてる時に発動すると、一緒に発動する効果があるんだ」

「勿体ぶるな、さっさと言え」

 威圧感が凄まじいアルビスの催促に、体をビクッとさせる私。

「え、えと……。それは魔法壁内に、私が召喚される効果だ」

「なにィ?」

 フードのせいで表情は見えないものの。アルビスは眉をひそめ、凍てついた眼光を私に放ってきている様な口調だ。ああ、間違いなく怒っている……。

「召喚、ねえ。……ふむ」

 ……む? 今の声色は、何かを思案し始める前に、よく出している時のものだ。
 効果を聞いただけで、別の流れを思い付いたのだろうか? それだといいのだが……。

「アカシック・ファーストレディ。その効果は、小娘は知ってるのか?」

「前に教えた事があるから知ってるし、たぶん覚えてるはずだ」

「覚えてるか、なるほど。なら小娘は、貴様を助けるべく、必ずその効果を使ってくるはずだ。それを逆手に取ろう」

 杖を持っているアルビスの手に、活路を見出したかの様に力が篭る。

「逆手に?」

「ああ。なので、流れを共闘戦一つに絞る。貴様は魔法壁内に召喚され次第、目を覚ませ。そして小娘に無事を伝え、余の攻撃手段を教えろ。そこから共闘戦に持ち込め。そうすれば、この流れは必ず完遂できるはずだ」

 そう落ち着いた様子で新たな作戦を練り、勝ち誇ったように笑うアルビス。まさか、それまで生かす流れを思い付くだなんて。
 そして、サニーと私が共闘できる流れが確立された。結果論だけども、始める前に思い出し、アルビスに言っておいて本当によかった。

「なるほど、よく思い付いたな。すごく良い案だ」

「だろう? 始める前に貴様が言ってくれて助かったぞ。もし知らぬまま始めてたら、想定外の出来事により、全てが破綻してたかもしれないからな」

 アルビスの言う通りだ。私もすっかりと忘れていた事だし、二人して召喚された途端に困惑していただろう。危なかった……。

「それじゃあ流れも決まった事だし、始めるとするか」

「待て。私達が密接してたら、お前まで魔法壁内に召喚されてしまう。だから離れよう」

「む、そうなのか。なら、余からある程度距離を取って倒れてろ」

「分かった」

 そう断りを入れ、自らの足で立った私はアルビスとの距離を取り、地面にうつ伏せで寝る。
 距離にして約二m前後。これだけ離れていれば、アルビスは召喚に巻き込まれないだろう。

「よし、始めるぞ」

「ああ、頼む」

 二度目の催促に答えると、アルビスは小さくうなずき、フードで隠れている顔を青空へ向けた。
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